理事会より処分を受けた智哉が、渡米して十か月後。
クイル・レースクラブの練習場にて、一人のウマ娘の少女がターフを駆けていた。
練習中は結んでいる艶やかな金髪を靡かせ、宝物のピンクの星のポイントが入った水色の耳飾りを付けた少女。成長し、最近は言葉遣いもしっかりとしてきた少女。
ハーフマイルの怪物と他クラブに恐れられる、クラブの誇るエースのフランである。
フランの加入からクラブは智哉の姉ことミッドデイが肘の殺し屋、エルボーのミッドデイなどと恐れられていた頃以来の黄金期を迎え、ここに入れば選抜戦に出れると加入者も増えた。
クラブの運営者である母は、うれしい悲鳴を可愛らしく上げた。
「ジェームスおじ様!タイムはどうかしら?」
「これで5連続で20秒だな。フランちゃんの体内時計はとんでもねえな…」
彼女のクラブでのトレーナーを務める、チームディレクターのジェームス氏がその才能に舌を巻く。
フランがクラブにいる間の期間、この才能を育てられる事にジェームス氏の血は騒いだ。
そして、あの渡米した才能溢れる少年と、この天才少女が将来一体どれ程の偉業を成すのかに思いを馳せる。
「……トム坊とフランちゃんのコンビか。楽しみでならねえなあ」
彼が次のタイムを計ろうとした、そんな時である。
久居留邸の方角から、何やら騒がしい声が近付いてくる。
全員、フランに聞き覚えのある友人の声であった。
一人は最近シメノンと言う名前を三女神より賜り、学院を目指す事にした花屋のアンナ。
もう一人はクラブのもう一人のエース、暴走優等生の異名を持つエスティ。
そして最後の一人は──
「だから!少し話があるだけだと言っておるではないか!我はフランケルに文句を言いに来ただけで!喧嘩するつもりはないのだ!!」
「その文句を言うなと言っているの!どうしてフランさんに突っかかるのよ!」
「まあまあ二人ともおちつけよー!」
アスコットの幼き王者、エクセレブレーションであった。
面倒そうに優等生の詰問をかわしながら進むエクスが、練習場にフランを見つける。
そして指を差して、こう言った。
「ようやく見つけたぞフランケル!貴様、なぜ今年の選抜戦に出て来なかったのだ!?」
エクスがここクイル・レースクラブまで来た理由、それは今年の選抜戦に好敵手と認めたフランが出てこなかった事への苦情であった。
あの敗北から一年。
エクスは姉であるもやしの培養に付き合いながらも己を磨き、雪辱の日として選抜戦の日を待ち続けていたのだ。
しかしこの好敵手は、選抜戦に出てこなかったのである。
代わりにクラブの別のメンバーが選抜戦に出てきていた。
そしてフランが出場しなかった選抜戦はエクスの一着、記録としては二連覇で幕を閉じたのである。
これにエクスは肩透かしを食らい憤った。
トレーナーとして忙しい日々を送る姉に、今年こそは勝つから見に来てほしいと伝えていたのだ。どちらにせよ妹の為にもやしは見に来ていた。
そうして一言、来年は出ろと言いたくて、良い子のエクスは姉に相談した後にここにやってきたのである。
もやしはもやしでアメリカのレース結果を見ても、とある名前が見つからない事に、また何かに巻き込まれたのあの疫病神と思い偵察も兼ねて許可を出した。似たもの姉妹である。
こんな経緯でやってきたエクスの言葉を聞いたフランは、不思議そうに首を傾げ、こう返した。
「……どうして?エクスちゃん、ポニーステークスは大事なレースなのよ」
フランとエクスは理事会主催の子供でも参加できる気楽な社交会で、既に選抜戦以来の再会を果たしている。
その時はあの選抜戦を観てコナをかけておこうと、幼女に近付く事案トレーナーやその縁者達に困るフランを、面倒見の良さを発揮したエクスがメイドと協力して助けているのだ。
そして好敵手に懐かれて困っている。面倒見の良さが仇となっていた。この懐いてくる好敵手の発言にエクスはまた憤った。
「大事なレースと解っているなら何故出てこんのだ!?我と雌雄を決す気は無いのか!?」
この二人の選抜戦への認識には、齟齬があった。
エクスの怒号に、更に首を傾げフランが応える。
「エクスちゃん、選抜戦は学院を目指す子が、見に来るトレーナーさんに自分を見てもらう場なのよ。わたしはもう心に決めている、約束している人がいるのよ?」
「知っておるわ!トモヤ・クイルであろう!我だって姉上と………あっ」
ここでエクスは気付いた。トレーナーにアピールする必要が無いのに選抜戦に出てしまったと気付いてしまったのだ。
やらかした事実に気付いたエクスの顔が青くなる。慕ってくれている家臣達のアピールの場を奪っていたのである。
ちなみに家臣達はエクスの活躍が見れて大喜びである。王は家臣の気持ちがわからない。
「そ……そうであったか。ならば仕方あるまい。来年は我も出場を家臣に譲ろう」
幼き王者はすぐに自らの過ちを認めた。王は自らを律するものである。
このエクスの様子を見たフランは、名案を思い付いた。
勝負がしたいならここでいいのだ。フランは友達と思っているエクスと走れるし一石二鳥である。
「エクスちゃん、わたしと走りたいなら今ここでどう?」
エクスはこの提案を魅力的に感じた。
しかしここはアウェーである。
負ける気は無いが出来れば五分の状況で、もやしが見ている前で雌雄を決したいのだ。
それにこんな場所で勝っても意味は無いと感じた。生涯の好敵手とは最高の舞台で戦いたいのだ。
そこで強い意志を込めた目で、フランに言葉を伝えた。
「魅力的な提案だが……断らせてもらおう。次は学院で、お互いのトレーナーの見る前で、そして重賞の舞台でやろうではないか」
この強い気持ちに、フランもしっかりと応えるべきだと感じた。
特にトレーナーの見る前、というのにぐっと来ていた。幼女は強く成長するための代償が芽生えつつあった。
「ええ……ええ!必ず一緒に走りましょう!エクスちゃん!」
「なんで友達と走るような言い方なのだ!我と貴様は好敵手なのだぞ!?」
この後エクスは、突っかかってくるエスティを軽くわからせてやろうとして勝負し、勝った。
しかしその後無尽蔵のスタミナで何度も再戦を要求してくる気性難に恐怖し、二度とこんなクラブに来るかと誓ったのだった。
もやしのお使いは達成できなかった。同期の疫病神が今どうしているか聞きそびれたのである。
この出来事からおよそ一年と数ヶ月後、その疫病神は、今──
*****
「ああ~~~酒がうめええええええ!!!!」
「トムちゃんナチョス無くなったよ~おかわり~早く持ってこい~~!!」
「うぜえ…………」
飲んだくれの相手をしていた。
姉とその飲み友達、ヤッタことゼニヤッタである。
昼から呑みに出かけた姉はヤッタと二軒ハシゴしてから、うちの弟に何か作らせながら呑もうぜという姉の意見が全面的に採用されたため、そのまま酒を買い込んで帰宅し、弟を厨房に立たせている。
名バ二人が酒屋で酒を棚ごと買おうとする所を複数人に見られている。姉とヤッタの女子力は終わっているのだ。
ちなみにアメリカではお酒は21歳になってからである。なった途端にザルのように呑み始めた姉の将来を弟は心配でならない。
智哉が適当にヤッタご所望のニンジン入りナチョスと姉ご所望のバッファローウィングを仕上げ、二人の前に持って行く。
ここで智哉はヤッタをとても残念なものを見る目で眺めた。姉は元々残念なので気にしていない。
渡米前に映像で見た、現役最強にして、自らの名前がレースに使われる予定の生きた伝説のウマ娘が、こんな飲んだくれの女子力ゼロウマ娘という現実に幻滅しているのだ。ヤッタの女子力は終わっている。
ちなみにまだグローリーカップには出ておらずシニア級で現役である。一度引退発表し、セレモニーまでやった三週間後に何かいけそうだし続けるわ、とぬかしチームも記者も彼女のトレーナーですらもひっくり返った。
見た目は文句なしで美ウマ娘である。黒鹿毛の美しい髪をローテールにまとめ、三角錐のような形の流星を持ち、姉と比べるとスレンダーなモデル体型の人目を惹くウマ娘である。なおこの人目を惹く容姿で酒を買い込んでいた。ヤッタの女子力は終わっているのだ。しかもまだシニア級の現役である。智哉は一応彼女の担当を務める女性トレーナーに連絡を入れたら、電話の向こうから嗚咽が聞こえてきた。記者に彼女の奔放ぶりを制御できない事を追及されるのだ。不憫である。
彼女の奔放ぶりにはホースガールクラブの元代表にして、現在は
しかしこれでいて音楽好きで歌唱力も抜群、ライブ中にギターソロまで行う生粋のパフォーマーとして全米で圧倒的な人気を誇っている。
アメリカのダートにおいて現役最強と言って過言ではない実力、ライブでの圧倒的なパフォーマンス、どちらをとっても現在の米国競バ界のトップウマ娘である。
この名バと智哉の初対面は姉と千鳥足で肩を組んでの来訪であった。三度見してから現実を受け入れられずに扉を閉めたら姉にぶっ飛ばされた。
そんなヤッタに姉が上機嫌で語る。
「ヤッちゃん聞いてよ~!あたしやっぱり天才だって~!!」
「聞いてる聞いてる~!トムちゃんがみ~んなダメにしちゃうんでしょ。リッちゃんとか」
リッちゃんは智哉が二戦のみの短期契約で担当した事があるウマ娘である。
有力ウマ娘で、楽な仕事だったと覚えている。二戦目で怪我をし、現在はグローリーカップで復帰済みである。
ダメにした覚えは当然ない智哉が抗議の声を上げた。自分は順調にキャリアを積んでいるはずである。
「ヤッタさん、俺ダメにした覚えないんすけど……」
これを聞いた姉が笑いながら弟を指差し、それにヤッタが続いた。やけくそになったかのような笑いであった。
笑い終えた姉が、指を差したまま智哉に語り掛ける。弟にストレスが溜まってきているのだ。
「あんたティアラ路線の子にクラシック勝たせてさ~、次で骨折した時に倒れる前にすっ飛んで抱き上げに行ったでしょ」
この件は智哉にも確かに覚えがあった。倒れる所をギリギリで抱え上げて、脚を刺激しないようにそのまま観客を飛び越えつつレース場内の医務室まで運んだのだ。
「そりゃするだろ」
「それはあたしもまあよくやったと思うけど、その時何て言ったか覚えてる?あたしとジョエル理事の決めた事破ったでしょ?あたし後ろで聞いてたわよ」
智哉が腕を組んで思い返す。必死過ぎてその時の記憶が曖昧だった。
「悪い、覚えてねえわ」
「ほらね~!ヤッちゃんこういうとこなのよ!ジョエル理事の話に乗っからないとヤバかったわ~!」
「自覚ないのね~トムちゃん!ぎゃはははは!」
クッソ汚い笑い声を上げるヤッタに耐えられなくなった智哉が、仕込みをすると伝えてその場を離れようとする。
残念すぎて耐えられないというのは初めて体験する感覚であった。
一人になった所で、智哉はふと昼間の事を思い出した。
あの、隣の家のダン少年の独り言のような呟きを。
『すごい人に見てもらえたら、ボクも変われるのかな、って………』
この呟きが気掛かりになっていた。何か、渇望するような、救いを求めるような声色だったのだ。
(……来週に日本のオトナシ?とかって記者の取材があるけど、それまでは暇だしな……明日も遊んでやるか)
そう思い、智哉は酔っ払いどもの世話にかかるためにそれ以上は深く考えない事にした。
明日聞けばいい話だと思っていた。
しかし翌日、ダン少年に事件が起きたのである──
残念どもの周りの時空がずれてるけど気にしないでクレメンス。
ヤッタの音楽好きは馬主ネタです。
1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…
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いる
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いらない
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まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
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キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ