昼に起きた姉は、弟の報告に口をあんぐりと開けて聞き入っていた。
あり得ない事が起きていた。危惧していた事である。
「──だから、これからダンを連れて近所のダートコース行って……姉貴、聞いてんのか?」
弟の問いに、姉が自分の頬を引っ張って現実か確かめる。
酒が残っていて白昼夢を見ている可能性に賭けたのだ。
痛い。現実だった。
もう一度、弟に聞き返す。
「ダン君が、ダンちゃんで……ウマ娘?」
「さっきそう言ったろ……聞いてねえのかよ。おい、姉貴?」
ここで姉は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
今ですらチームの管理バの突き上げに苦労しているのだ。
ここに来て、プライベートまで弟の謎の運命じみた縁に悩まされるのかという絶望があった。
(あり得ないでしょこの馬鹿……困ってるウマ娘助けて、男性観破壊するために生まれてきたんじゃないの?コイツ……)
弟は、過去の経緯での荒んだ心、そして目つきの悪さがもう直っている。
直ってしまっているのだ。そして現役の競走バ達と同年代である。これが問題だった。
だから弟のトレーナーとしての才能を熟知している姉は、あのちゃらんぽらんオヤジの提案に全面的に乗っかったのだ。
下手をしたらウマ娘の執着心を知らない弟が、重バ場に呑まれアメリカから帰れなくなるからだ。
そうなったら連れて行った姉の責任問題である。フランは泣くだろうし、メイドにはブチ切れられる。母も怒るだろう。それだけは避けなければならない。
ヤッタとの付き合いも、この件を愚痴り倒していたら面白い事になってるんだねと向こうが興味を持ったのがきっかけだった。今は飲み仲間で親友である。
(トレーナーの仕事には口出さない約束してるせいで何も言えないけど、いっつも余計な一言言うし……いやそれよりもダンちゃんよ。そんなん聞いたらあたし助けるなって言えないじゃん……)
姉は、情が深い女である。ダンの経緯を聞いて姉は何も言えなくなった。
そうなると、できる事は、せめてもの抵抗は一つだけであった。
姉が、意を決して弟に伝える。
「わかった。ダンちゃんは力になってあげな。その代わり──」
「──あたしも行く」
*****
ケンタッキー州は、アメリカで最も人口に対してウマ娘が多い州である。
野良レースも盛んに行われており、夏と冬に二度のアマチュアの一大レースも行われている。
各地区に必ずと言っていいほどにウマ娘が走る為の施設が存在するのだ。
そんな施設の一つのダートコースに、智哉とダンに姉を交えた三人はやってきていた。
移動手段は最近自動車免許を取った智哉が買った、アメリカ製のFシリーズと呼ばれる中古のピックアップトラックである。
トレーナーとしてレースで一年目から実績を残している智哉はかなりの貯金があるが、庶民的な感覚のせいでトレーナー業に関わらない物では高い買い物ができないのだ。
「じゃ、じゃあ走るね……」
「ダン、ちょっと待て。お前トレ鉄とか持ってねえのか?」
ダートコースの片隅で、ダンが走ろうとするのを智哉が制止する。
普通の運動用のシューズでダンは走ろうとしたのだ。
ウマ娘が本気で走るには蹄鉄が必要である。
普通のシューズではその脚力に耐えられず、踏ん張りが効かないのだ。
智哉の言葉にダンが耳をしゅんとさせる。もう帽子は外せと智哉と姉に言われ外している。
「持ってない、うちそんなにお金無いから言えなくて……」
ダンの父は、若い頃はトレーナー業を志してサブトレーナーをやっていたが、芽が出ず今は一般企業で働いている。
そんな両親にダンは言い出せなかったのだ。
そう聞いて少し考えてから、智哉は車の後部座席から、置きっぱなしにしていたある物を取り出した。
「これ、履けるか?やるよ」
「あんたそれ、フランちゃんとナサちゃんのお土産でしょ?」
姉がすかさず口を挟む。智哉は平然とそれに言葉を返した。
「もう一個買えばいいだろ」
「そういう問題じゃないけど……あんたわかんないだろうしもういいわ。好きにしな」
智哉が取り出したのは、フランとナサへのアメリカ土産として買っておいた米国のプロモデルのトレ鉄とシューズであった。ゼニヤッタモデルである。
残念な本性を知った智哉はフランに渡したくなくなっていた。
それにもう一個買えばいいのだと考えたのだ。
余談だが、最近フランはお嬢様で何でも買えるのに智哉に物を買って欲しがるのだった。耳飾りも同じデザインで幾つも智哉から買ってプレゼントしている。
このシューズと蹄鉄を見て、ダンが驚いて声を上げた。
「こんな高い物、もらえないよトモ兄!」
「いいって。サイズ合うかはわかんねえけど。それに蹄鉄が無いと本気で走れねえぞ」
智哉はそのまま黙って蹄鉄とシューズを差し出し続けた。
梃子でも履かせるつもりであった。トレーナーとして妥協できない部分だった。
「……わかった。履く」
そう言ってダンはシューズと蹄鉄を履いた。サイズはフランとぴったり同じであった。
10歳の少女が、である。足が小さいのだ。
ここにすぐにこける、と聞いたダンの問題の一端があると智哉は感じた。
シューズを履いたダンはそのまま、走る準備に入り、そして──
「わぷっ!!」
土を大きく
ダンは泣きそうになった。
(…うう、トモ兄の前でやっちゃった……)
隣に住んでいる優しくてかっこいいと思っていた人、それとその姉の名バの目の前で恥をかいたと感じたダンは、この場を逃げ出したくなった。
しかし、姉と智哉は全く逆の感想を抱いた。戦慄していた。
智哉が屈み込み、ダンの踏み出した一歩目の跡を手で触れて確認する。
異常な深さで抉れていた。
たった一歩目、スピードにすら乗っていない状態で、ダンはこの足跡を残していた。
──まるで、巨神の足跡のようだった。
姉も智哉の近くに来て、じっくりと目で確認する。
そして智哉に声をかけた。
「……トム、これ……」
「……ああ、脚力だけでやってる」
ウマ娘の範疇で見ても、異常な脚力であった。
これをこの年齢でできるウマ娘を、姉はあのシーザスターズ以外知らない程である。
しかもダンは遅いと馬鹿にされて走る事はあまり無い様子だった。
つまり、天性の脚力でこれをやったのだ。
(あの足の小ささでこれは転ぶはずだ、蹄鉄も無いから今まで誰も気付かなかったのか。しかも、この辺はウマ娘も少ない地域だ。トレーナーの目も届きにくい……それに……)
智哉が、俯いたダンを見つめる。
ダンの力になりたいと共に、トレーナーとしての血が騒いだ。
この才能を輝かせてみたいと、そう思った。
俯くダンに、近付いて声をかける。
どうしても確認したい事があった。
「なあ、ダン、脚を触ってもいいか?」
「えっ!?恥ずかしいよ……」
事案である。姉はこれを聞いて眉間を揉んだ。
弟がトレーナーの顔をしている。
こうなると止められないし、止めない約束をしていた。
頬を染めて恥ずかしがるダンに、智哉が日本的なお願いのポーズをとった。
「頼む!どうしても確認してえんだよ!必要な事なんだ!」
「ええ~…じゃ、じゃあいいよ…」
許可を貰った智哉が、気が変わる前にとすかさずダンの脚に触れる。
ダンはひえっ、と声を上げてから、真近くで真剣な様子の智哉の顔に見入ってしまった。
(……鍛えてなくてこれか。レースのために生まれてきたような脚だな)
(トモ兄、こんな顔するときあるんだ……)
姉は顔を抑えて首を振った。またやりやがった、という様子であった。
事案にならないように配慮して少しだけ触れて、智哉はダンから離れた。
そして再び、考えを巡らせる。
(……フランが異常な加速の切れ味なら、ダンはこの脚力での強烈な推進力だな。どう走らせても速いだろうが、俺なら差しだな。それと……ダートはすぐには無理だ。脚力が強すぎて足を持ってかれる、矯正が必要だ。そうなると答えは一つしかねえけど……欧州なら今頃神童と呼ばれていたかもな)
アメリカでの主流、平地での花形はダートでの競走である。
最も強いウマ娘はダートに集まるとまで言われている。
各地区の施設もダートコースが置かれている事が多い。
しかしダートはダンはすぐには走れないと智哉は判断した。
ならば、答えは一つだった。
「なあ、ダン」
「な、なにトモ兄…?」
「ターフで、走ってみないか?」
トッムがスパダリ化してるけどこっちだと補正かかりまくってるから許してクレメンス。
ちゃんと終盤にひどい目に遭うから……。
1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…
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いる
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いらない
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まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
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キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ