トムとフラン   作:AC新作はよ

61 / 121
レース上等勢、多すぎへん…?これワイ走らなあかん?あかんか……。
こっそり一部キャラ紹介にアッネとメイドの固有描写を追記してます。


第十話 救われたのは、誰か

ダンの初めてのレース、初めての一着から一週間後。

今日は智哉と姉は不在である。朝から用事があると出掛けて行ったのだ。

ダンは指導が受けられず残念に思ったが、それならば智哉から与えられた自分だけの走法に磨きをかける為に、近所を走ろうと外に出た。

あれからダート以外では彼女は転ぶ事は無くなった。

不思議な感覚だった。一か月前には想像もしていない変化だった。

 

(ボク、トモ兄にもらってばっかだ。何かボクにできるお返しって無いかな…?)

 

最近、ダンはそう思う事が増えた。

優しくて、物知りで、運動もできて、自分に夢をくれた何か隠し事をしている隣のお兄さん。そんな人に、自分の出来る事で何かを返したいと思っていた。

ダンは智哉が何かを隠している事に気付きつつある。

しかし詮索する事はもうやめた。話してくれるのを待つ事にしたのだ。

 

(料理はトモ兄がボクより上手い。お金もトモ兄あまり働いてなさそうなのに持ってる。何か手作りして送る?ボク不器用だ………お母さんに裁縫習っておけばよかった。トモ兄が何でも出来すぎだよ……)

 

ダンの母は手芸が趣味で、以前被っていた帽子も母の作品である。

ダンは家事をよく手伝うし料理も人並みにはできる。だが智哉の方が上手かった。

自分に何ができるか考え事をしながら歩くダンに、三つの人影が立ち塞がる。

 

「おいダン、ちょっと付き合えよ」

「お前に良い話があるんだよ!」

「もちろん来るよな?お前みたいなやつには勿体ない話だぜ!」

 

人影は、ダンの嫌いな三人組であった。

地元の数少ないトレーナーで、元々は地主の名士の家系、その息子の小太りであった。

後の二人はそのおこぼれに預かる取り巻きである。

小太りの父はG3をようやく勝ち、それをどこに行っても自慢げに語る鼻持ちならない人物である。

地元の有望そうなウマ娘のスポンサーとして用具や練習場所の提供を行い、代わりにプロになる際にチームに入る契約を結んでいるが、問題があった。

必ず狙った相手のクレーミング競走の抽選に勝つのだ。

クレーミング競走は、スカウト交渉が競合した場合抽選で交渉権を獲得する形式である。

件の人物は数回抽選を逃す素振りをするが、必ず地元の最有望との交渉権を勝ち取るのである。露骨だが地元の名士で誰も文句を言えない状況であった。

ダンはこの三人組が普段と違い、しっかりと自らの名前を呼んだ事に嫌悪を覚えた。

 

「……なに?ボク、お前達に用なんて無いよ。どいて」

 

よく目を付けられて、いじめられていた相手である。

ダンは怖くなったが、勇気を出してそう言い横を通り過ぎようとした。

あの日、ちょっとはやり返せと智哉に言われた事もあったからだ。

しかし三人組はしつこく前を塞ぐ。どうしても今日連れて行きたい場所があるのだ。

 

「ダンの癖に何だよその口の利き方!」

「やめろ。ダン、今日のクレーミング競走に出ろ。パパがお前のスポンサーになってやる」

「……え?」

 

取り巻きを制した小太りのこの言葉を、ダンはよく理解できなかった。

今まで馬鹿にしてきた相手である。こんな話を持ってくる理由が読めない。

 

「先週のレース出てただろ。喜べ、オレが契約してやるよ」

「なんだよそれ!お前となんて絶対ヤダよ!!」

 

この発言にダンは全身に鳥肌が立った。

嫌いなデブが突然契約してやるとぬかしたのだ。当然である。

小太りは、ここまでは紳士的に対応しているつもりであった。

先日のレースを間近で見て、ダンの走りに惚れ込んだのは事実だったからだ。

だがプライドだけが肥大した小物である。このダンの返事に顔を真っ赤にして怒り狂った。

 

「ああ!!?ダンの癖にオレの契約断る気かよ!?」

「ひっ……」

 

この剣幕にダンが怯えて竦む。

相手は愚かなヒトミミである。普通のウマ娘なら歯牙にもかけず、気性難ならぶっ飛ばしているだろう。

だが、最近まで自信が無く気弱だったダンには効いてしまった。

そんな様子を見た三人組がニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

 

「な、何だよう……大声出さないでよ」

「いいから来いよ!絶対オレの愛バにしてやる!!」

「やめてよ!離してよ!」

 

小太りがダンの手を掴んで引っ張り、取り巻きが後ろからダンを強く押す。

ウマ娘で天性の脚力を持つダンなら振り解けるはずだった。

しかし怖くなったダンはもう動けなくなってしまった。

 

「断っても無駄だからな!契約なんていくらでも裏道があるんだ!」

「ヤダよお……やめてよ……」

 

いつもいじめてくる相手が直接行動に来た恐怖、そして嫌いな相手に無理矢理契約を結ばされる絶望に、ダンがぽろぽろと涙を零す。

考えている事はただ一つであった。

いじめられているのを助けてくれた、走る楽しさを教えてくれた、夢を与えてくれた青年の事をダンは脳裏に思い浮かべた。

今日は出かけている、ここには来ないはずだった。それでもダンは願ったのだ。

 

(トモ兄……助けて──)

 

 

ダンが願った、その時──

 

 

「──おい」

「へ?ぶぎぇっ!!!?」

 

小太りが乱入者に足を払われて一回転する。

頭を強打するところを、ギリギリで冷静さを保った乱入者が足の甲で受ける。ほとんど蹴ったようなものではあった。

乱入者が足が震えて立てなくなったダンを横抱きに抱える。

 

「うわああ!よそ者だ!!今日はいないんじゃないのかよ!」

「デコピンお化けだあああ!!」

「はい、あんたらも寝てな」

 

取り巻きが乱入者を見て恐慌するも、もう一人の乱入者に顔面をぶつけ合わされて昏倒する。

こちらは手加減抜きであった。必要な事だと傍観している間ずっとムカついていたのだ。

突然窮地から助け出されたダンが、自分を横抱きにしている乱入者の顔を見上げる。

 

「え……トモ兄……?」

「おう、大丈夫か?」

「遅くなってごめんねーダンちゃん!」

 

乱入者は、智哉と姉であった。

この状況を物陰で傍観していたのだ。

今週のクレーミング競走が行われるこの日に、ジョエル理事から聞いていた話通りの事が起きると予測しての事であった。この三人組の素性を智哉は既に調べていたのだ。

ギリギリまで待てという智哉の制止に対し姉はいきり立った。待っている間智哉は肘鉄を三回浴びた。

智哉が姉の視線の圧を受け、もう歩けそうな様子のダンを降ろす。

姉は今晩の晩酌の事を既に考えていた。

 

(トモ兄……来てくれた……でもどうしたんだろう?顔が真っ青…)

 

ダンは助けられた安堵、智哉が来てくれた嬉しさよりも、その様子が気掛かりであった。

智哉の顔色が、蒼白になっている。

あの過去の苦い経験と、同じ状況であった。

乗り越えたはずの過去を想起し、苛まれていた。

 

「トムあんた、顔……」

「姉貴、ダンを任せていいか?俺は予定通りに動く」

 

姉にダンを預け、智哉が地面で唸っている小太りの襟首を掴んで壁に押し付ける。

助けて終わりでは、この先ダンがまた狙われる危険もある。

その為に釘を刺す必要があるのだ。

 

「おいデブ、お前の家まで行くぞ。嫌なら良いと言うまでまた地面に寝てもらう」

「わ……わかりました。だから離してくれよ…」

 

軽々と自分を片手で壁に押し付ける智哉に怯え、小太りが素直に従う。

そのまま行こうとする智哉へ、ダンが声をかけた。

 

「トモ兄、大丈夫……?」

「心配いらねえよ。しっかり話付けてきてやるからな」

「違うよ、トモ兄が……」

 

ダンの最後の言葉は届かず、蒼白な顔で笑顔を返した智哉が道の向こう側に消えていく。

姉は、怖い思いをしたはずなのに弟の事ばかり案じてくれているダンを見て、思う所があった。

あの日の、弟の過去のやり直しである。ダンならきっと応えてくれると言う確信があった。

しかし、一つの懸念があった。

 

(ダンちゃん、良い子だわ…フランちゃんごめんね……フランちゃんがやりたい事なんだろうけど、あたしはウチの弟の味方だから……)

 

英国にいる自分とも親しい、智哉がオフに帰るのを待っているあの少女。

きっと、あの子も弟の過去を知っている。その傷を癒したいと思っている。

しかしこの機会は逃せなかった。同じ状況で智哉はしっかりと過去の教訓を活かした。

ならばその先である。あの日拒絶された事が心の傷として残っているなら、姉はそれを塗り替えてやりたかった。

 

「ねえダンちゃん」

「あっミディ姉ごめんね、お礼ちゃんと言ってなかった……」

 

 

「あたしはいいのよ、それよりもさ──」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「ほほう、ウチの息子がそんな事を……」

「ええ、俺が止めなければ、そのまま強制的に契約を結ばせる様子でした」

 

智哉は小太りの家に赴き、その父、地元の名士と対面していた。

息子に似ず細身の男であった。ある程度は体を鍛えている様子だった。

本題に入る前の雑談で、ウマ娘と競走が好きな様子も感じた。

家の規模は久居留家とほぼ同等である。

芝コースとダートコースを持ち、そこで何人かの競走バを目指すウマ娘達が練習に励んでいた。

智哉の調べでは篤志家でもある。虚栄心が強いきらいがあるが、この地域には必要な人材、家であった。

やりすぎない必要があると智哉は考えている。落とし所はもう決めてあるのだ。

 

「証拠は、あるんですかな?ウチの息子がそんな事をするとは思えませんが……それにこれから大事なクレーミング競走があるんですよ。こんな与太話に付き合う暇は……」

 

智哉がこの言葉を聞いた瞬間、男の前にある物を投げつけた。

 

『先週のレース出てただろ。喜べ、オレが契約してやるよ』

『なんだよそれ!お前となんて絶対ヤダよ!!』

 

ICレコーダーである。先程のダンと小太りの会話が男の前で繰り広げられる。

男の眉間が少しだけ歪んだ。長男の粗暴ぶりを知って放置している男である。

まともな次男に家を継がせるつもりだと、智哉は近所の住人からの噂話で聞いていた。

 

「動画もありますよ。州の競バ法違反、契約の強制に当たりますよね?」

 

智哉が男の前でデジカメをちらつかせる。ダンの危機を傍観していたのはこの為であった。

怒りと過去の想起による吐き気を堪え、智哉は撮影していた。

全てはダンの為である。

アメリカはトレーナーになりやすく、競走バの夢も叶いやすい地である。

その代わりにこういう事もあると、あのちゃらんぽらんオヤジと赤毛のトレーナーは言っていた。

そして発覚した際の取り締まりも厳しい事も聞いた。州競バ委員会という組織がその為に設立されている。

罰則は最高でトレーナー資格剥奪、その後の再取得の複数年禁止まである。

そして目の前の男のような名士に効くのは悪評の流布である。そのような事をした人間へウマ娘の目は厳しいのだ。

 

「……この地区に住むなら、もう少し考えた方がよろしいですな。これは私の息子ではない」

 

用意周到な智哉に対し、男が遠回しな恫喝に入る。

しかしそれも智哉は読んでいた。権威には権威を、である。

ICレコーダーの横にそっと、とあるカード状の物を置いた。

それを男が覗き見て、顔色を変える。

 

「統括機構所属…!?チーム・カルメット……」

「あの子はですね、もうウチが目を付けてるんですよ」

 

置いた物は首に下げるパスケースに入った、智哉のトレーナー証であった。

現在の所属のマークも付いている。アメリカでトレーナーを志す者なら、誰でも知っているチーム・カルメットのマークである。

男の遠回しな恫喝に対しての、これ以上ダンにちょっかいをかける長男を放置するなら考えがある、という智哉の返答だった。

 

「……穏便に行きませんか?あんたも後ろ暗い事は多少あるんだろ?長男を遠くに転校させるなりすれば良い話ですよね」

 

男は冷や汗をかきながら、智哉の顔を凝視した。

端正な顔立ちに似合わない、冷たい笑みが浮かんでいた。

 

 

「──ウチはあの子を手に入れて、あなたはこのままトレーナーを続けられる。簡単な話でしょう?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「もうミディ姉!冷蔵庫にお酒入れすぎだよ!!」

「ごめんねえ……ヤッちゃんの分もあるけど」

 

姉がダンに叱られて肩を縮ませる。

二人は現在、姉の借りている家で智哉の帰りを待っている。

その際に何か少しでも恩を返したいと、ダンが掃除と昼食を作らせてほしいと姉に伝えたのだ。

そして冷蔵庫を開けて、食材よりも場所を取る酒類に憤っていた。姉の身を心配しての事である。

飲みすぎである。姉の女子力は終わっていた。

ヤッタは好物のギネスビールを大量に冷蔵庫に残したまま、レースの為に現在東海岸のカリフォルニア州にいる。

あともう少しは暇な身の智哉と姉は、ヤッタのレースを観戦に行くつもりであった。

11歳下の少女の説教に姉が申し訳なさそうにする中、玄関のドアが開いた。

 

「帰ったぜ」

「お帰りー。どうだった?」

「話はついたぜ。もうダンにちょっかいかける事は無いだろ」

 

智哉の帰宅である。無事に話がついたのだ。

お互いの落とし所として、智哉は録音と動画を破棄し、男は長男を東海岸の親戚の元へ送る。

それを確認するまでは動画と録音は保管する事となった。弁護士を呼び、後日証書を作る予定である。

 

「なるほどねー、お疲れ。ダンちゃん、ほら、言ってあげて」

「う、うん……」

「ん?どうしたんだ?」

 

顛末を聞いた姉が、ダンを智哉の前に立たせる。

ダンは姉から言ってほしい事があると頼まれていた。それが弟には必要だと。

ダンとしてはそんな事でいいのか、という当たり前の言葉であった。

智哉の目を見て、息を吸う。はっきりと言わなければならない。本当にそう思っている事だからだ。

 

 

「トモ兄、ありがとう。助けてくれて──」

 

 

智哉は動揺した。そして姉貴の差し金かと思った。

しかしすぐにその考えは捨てた。ダンの言葉が真に迫っていたからだ。

そして、目が少し滲んだ。あの頃、苦い記憶の正にやり直しであった。

震えそうになる声を抑えて、智哉が言葉を絞り出す。

 

「ずりいよ、それは……」

「え?トモ兄……ひゃわああ!!?」

「あ、こら!……一分だけ許す」

 

智哉は自然と、ダンを抱き締めていた。

そうしたくて仕方なかった。涙が少しだけ流れた。

今ようやく、あの過去と完全に決別できた確信があった。

あの日姉に無理矢理連れ出され、向き合わずに忘れた過去を。

 

(トモ兄、泣いてる……?)

「はい一分終わりー!」

「ぐべえ!!?あっ!悪いダン。訴えるのだけは許してくれ……」

「う、ううん、むしろこのままでも……

 

一分終了と共に、宣言通り姉が智哉にトーキックを入れてダンから引き剝がす。

冷静になった智哉はダンに謝罪した。締まらない男である。

智哉が、姉と目を合わせる。姉は頷いた。以前から考えていた事を確認したのだ。

ダンに、智哉が語り掛ける。

 

「なあ、ダン、親御さんの許可が出たら、だけどさ」

「うん、何トモ兄?」

 

 

 

 

 

「カリフォルニア、行かないか?レースを観に──」

1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…

  • いる
  • いらない
  • まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
  • キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。