トムとフラン   作:AC新作はよ

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ウイポやってて遅くなったやで。
ごめんリアル忙しすぎて遅れてるやで……ちょっと待ってね……。


第二十四話 再会と、邂逅

『何という奇跡!!何という末脚!!!奇跡を起こし、日蝕を招いて──ウインターカップフィリーズターフの勝者は……奇跡のウマ娘、ミッドデイ!!!』

 

決着を告げる実況の声が響き、チャーチルダウンズレース場の大観衆が堰を切ったかのように歓声を上げる中、最初にゴールを割った勝者であるミッドデイがその足をゆっくりと止める。

 

(あれ?あたし、勝ってる……?)

 

日蝕が訪れた時、ミッドデイは痛みで朦朧としたまま走っていた。まるで別の誰かが代わりに走ってくれたような感覚を彼女は覚えた。

日蝕と共に彼女に訪れた変化、一部が金髪になった鹿毛の髪、そして青く輝く眼と右足に帯びた白い光も収まり、意識が鮮明に戻ったその時──

 

「痛っだああ!!?何これ全身痛いんだけど!!!」

 

猛烈に全身を痛みが襲った。

急激な加速の反動である。おまけに肋骨にもヒビが入っている。

真っ直ぐ立っていられなくなり、ふらついて倒れ込もうとした所で何者かが彼女に肩を貸す。

 

「ミッドデイ!大丈夫か?」

「ネル…ありがと、助かったわ。もう全身痛くてあいたたたたた!!」

「あんな無茶をするからだ!その相手の私が言える事ではないが……」

 

肩を貸したのは、ネルだった。

彼女は二着で入着した後、すぐさまミッドデイに駆け寄っていた。

怪人との再契約を邪魔する相手であり、つい先程敗北を喫した相手でもあるが、それでもネルは駆け寄ったのだ。

彼女のこの献身と人の良さにミッドデイは目を丸くする。

 

(ホント良い奴だわこの娘…ちょっとアメリカ的なとこあるけど。シーザスターズと気が合いそうね)

 

今回の勝負の発端は、速い方が正しいという先頭民族アメリカウマ娘的な思考によるものだった。

サラトガカレッジで挑戦状を叩きつけられ、「私が勝ったらカルメット内にジョーのチームを作ろう」と切り出された時ミッドデイは二回聞き返している。

彼ほどのトレーナーは共有すべきと当然のように言うネルにミッドデイは戦慄した。怪人のハーレムを結成しようと言っているように聞こえたのだ。

光彩の無い瞳でそう語るネルを見て、これは放っておくと大変な事になると考えた彼女はこの勝負に至る事になった。なお負けたら替え玉を差し出して時間を稼ぎ、英国に逃げるつもりでいた。替え玉は哀れである。

 

そんな事さえなければきっと、良い友人になれた。

ミッドデイは確かにそう思った。

 

「ネル、今度ご飯でもどう?」

「…ああ、付き合おう。後輩達も一緒でもいいか?」

「もちろんいいわよ。あんたとも他の子とも、一回あいつ抜きで話したかったし」

 

ふと、ミッドデイがこちらを心配そうに見つめる観客席のネルの後輩達に目を向ける。

全員競走脳のアメリカウマ娘ではあるが良い子達だと思っていた。

アメリカはさっぱりとした性格のウマ娘が多く気が合うのだ。

 

『あっと、観客席からミスターヴェラスを含む三人が飛び出して…一人はツナギ姿ですね。チームの関係者でしょうか?』

『あら…あの子は…ドレスコードを守っていないから10点減点。すぐに駆けつけたから一億点加点ですわね』

『なんでしょう、その採点…?』

 

怪人と、近くで観戦していた三人のうち二人が飛び出し、ミッドデイとネルに駆け寄る。

一番最初に猛スピードで近付いてくる弟、そしてその後ろに全力疾走の怪人、そして弟に置いていかれたくなくてついてきたクオリティロードの三人目、それぞれがミッドデイとネルを目指して向かってきていた。

姉はコイツ走ってきやがったと唖然として弟を見つめた。

怪人より速く到達している。完全にルール違反である。

 

「姉貴!大丈夫か!?」

「あたしよりも、あんた…」

「ネルさん俺代わります、よっと」

「ちょっと!抱き上げなくていいから!!」

「立てねえのに無理すんなよ。いいからじっとしててくれ」

 

すかさず智哉がネルから姉を預かり、横抱きにして抱える。

姉は脳内で頭を抱えた。弟が心配してくれる事は嬉しく思うが、時と場合を完全に間違えている。ケジメ案件である。

ここでネルは少し違和感を覚えた。

覇気が無く姉のすねかじりと思っていた青年が怪人より真っ先に到着し、二番人気でそれなりの斤量を背負った勝負服フル装備の姉を軽々と横抱きにしたのだ。

しかしネルはそれよりも言わねばならない事ができてしまった。ドレスコード違反の青年の服装である。

 

「トモヤ君!何?その格好は?」

「えっ?あ、あーこれしかなくて……」

「ドレスコードはしっかり守りなさい!君がそんな格好だとミッドデイに恥を掻かせるのよ!ほら、ここに私の勝負服のネクタイがあるからせめてこれを……」

「いやそんな大事なもん付けれないっすから!すぐ姉貴医務室に連れてくんで勘弁してくださいよ!!」

 

競バは紳士淑女の社交の場としての側面があり、レース場にはドレスコードが設けられている。

社交の場として、観戦の際はある程度フォーマルな格好が求められるのだ。しかもウインターカップのグレードはG1相当である。ツナギで観戦など言語道断であった。

姉は、自分の頭上で弟の説教をしながらネクタイを巻いてやろうとするネルと、迷惑そうにする弟の顔を首を傾げながら見比べた。

家族にしかわからない、弟の微妙な心の機微を読みとったのだ。

 

(ンン?こいつ、なんか嬉しそうじゃない……?)

 

何となく、説教されているはずの弟が嬉しそうにしている。

そして少しだけ引いた。弟が年上の女性に説教されて喜ぶ性癖があるとは思わなかった。

 

(ええ……うちの弟そういうの好きなの……ドン引くわ……いや、まさか)

 

そして考え直した。一つだけ思い当たる事がある。

かつて、久居留邸にフランが居候していた日々、自らのライバルであるメイドもよく訪問していた頃こんな顔を見たことがあった。

ケンタッキー州の自宅でダンに料理を振る舞われた時もこんな顔をしていた。

 

(こいつ、世話焼かれるのに弱いのね)

 

姉は何となく合点が行った。

弟は友人も少ない上に、その友人達も弟分やどちらかと言うと気安い友人と呼べる年上の男だ。ウマ娘に至ってはトレーナーという立場から世話を焼くのが仕事である。

姉は女子力が死んでいるし、近年のプライベートで親交のあるウマ娘も最近ようやく捕獲した彼氏を文字通り振り回す飲んだくれのヤッタに年下のダンとフラン、そして普段は気性難のメイド。

つまり、こうやって甲斐甲斐しく世話をされる事に慣れていないのだ。弟の弱点であった。

 

(なるほどねえ…後で聞いてやろ)

 

面白いものを見たと姉が笑みを浮かべた所で、追いついた怪人が智哉に声をかけた。

 

<ぜえ…トモヤ君、ミッドデイは私が預かろう>

 

こっちに渡せ、と両手を差し出し催促する怪人を見て智哉が神妙な顔を見せる。

弟の顔をその腕の中で見た姉は、弟が何故か仏頂面でふて腐れているのに気付いた。しかし何故そんな顔をするのかの理由がまるでわからない。

姉は怪人に肩を借りた方が状況的には正しいと思い、その提案に乗った。

 

「ああ、ジョー、肩貸してくれる?トム、もういいから降ろし…」

「いや、俺がこのまま運ぶ」

<トモヤ君!>

「あんた何でふて腐れてるのよ!?言うとおりにしな!!」

 

智哉は怪人の中身から、協力への見返りにとある話を持ちかけられている。

ずっと誤魔化して先延ばしにしていた話であり、その件から姉について考える事が増えた末に、この行動に至った。

この姉弟は暴君の姉とそれに振り回される弟という関係だが、姉弟仲はすこぶる良好なのだ。

二人に詰め寄られ、智哉は爆発した。どうしても怪人に姉を預けたくない弟はふて腐れていたのである。

 

「あーうるせえ!!俺が!!運ぶ!!!ヴェラスさんはインタビューあるだろ!!!」

「何でそんなに意固地になってんのよ!!おろせーー!!!」

<トモヤ君、いい加減にしたまえ>

 

姉が暴れて肘を入れるも、智哉は微動だにせずに耐える。

怪我をした上で疲労困憊になった姉はいつもの肘鉄のキレが失われていた。これでは弟には効かない。

姉をそのまま運ぼうとした所で、疲れた顔のリティが智哉の前に立った。

 

「トムっち……」

「あ!?…ああ、ひょっとしてリティか?珍しいな、二人は?」

「いま……けんかしてる……」

「喧嘩……?」

 

クオリティロードの三人目にして主人格、コミュ障でひきこもりのリティは基本的には表に出てこない。

特にレース場の混雑した人込みの中で出てくるなど絶対に拒否するはずであった。

しかし代役を務める二人が、今は心の中で怪人の中身について喧嘩中である。

苦手な人込み、心の中で言い争う二人と内外の環境でリティはくたくたになった。

この状況で一人にされたくないリティは、ふらつきながら智哉を追い駆けてきたのだ。

 

「トムっちつかれた。おんぶして」

「今は手が空いてねえから適当にぶらさがってくれ」

「うん……」

「ちょっとあんた!流石にそれはダメでしょ!!!」

「うるせえ!姉貴は大人しくしてろ!!」

 

姉を横抱きにした智哉の首に、背中からリティがぶら下がる。

姉はそこまでやらせたら不味いと暴れたが弟に制圧された。後で折檻案件である。

怪我をしているとは言え暴れるウマ娘を意に介さず、背中からもう一人ぶら下がっているのに平然とした智哉を見てネルは流石に何かおかしいと思い始める。

 

「トモヤ君、力持ちなんだね……?」

 

姉はすかさず怪人に何とかしてと目で訴え、怪人の中身は勘弁してよ…とため息を付くもそれに応えた。

怪人の中身は姉に弱いのだ。

そしてネルの目的も把握し、女性の扱い、あしらい方に慣れている女たらしな中身にとっては造作もないことである。

 

<ネル、良い走りだった。TCターフの時より速かったんじゃないか?>

「あ、ジョー…でも負けてしまったわ。ジョーの目の前で……」

<あれは仕方がない。それに、負けたとしても君の輝きは変わらないさ。あの日のドバイのように>

「ジョー……」

 

ネルの忌まわしい過去、無様を晒したあの日ですら輝いて見えたとは、怪人がネルと契約した際に言った殺し文句である。

覚えのある台詞を誤魔化すネタに使っている怪人を見て、智哉は若干嫌な気持ちになった。

頬を染め怪人を見つめるネルに胸を撫で下ろし、姉は弟に撤収するよう催促する。

 

「ほら、もういいから今のうちに行くわよ。早くしな」

「ああ…行くか」

「トムっちねていい?」

「もうちょっと我慢してくれ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「打撲と肋骨の亀裂骨折、それに各所の筋肉痛だねぇ。安静にしたまえ。ライブはダメ」

「ええー、やっぱりダメ?先生どうにかならない?」

「ダメだねぇ。競走バとしてはやらせてあげたいけど、医師としては認められないね」

 

所変わって、チャーチルダウンズレース場の医務室。

姉はたまたまアメリカに医学留学に来ていた、日本のウマ娘医師の診察と治療を受けていた。

この医師と目が合った瞬間智哉は逃げようとしたが、外で待っていたまえと言われ助手と名乗る人物と医務室の外にいる。

先手を打たれたのだ。現実は非情である。

なおリティは姉の控室で寝ている。

医務室は姉も一度会い、礼を言ったことがある医師とのまさかの再会の場となった。

栗毛のやや野暮ったい髪型であるが端正な顔立ちの、光彩の無い瞳と袖の余った白衣が特徴的な美しいウマ娘。

智哉が銃で撃たれた際にその手術を行った、日本中央競バ会(U R A)の競走バでもあった異色の経歴の医師であった。

 

「とりあえずの処置はしたが、改めて病院には行きたまえ。ここだと機材が少なくてねぇ、私の見落としがあったら大変だ」

「はーい、先生ありがとね。まさかあたしまでお世話になるとは思わなかったけど……」

「なあに、医師としての本分を果たしただけさ。それに知り合いが渡米するから、先にこっちに来たら今日の出走に君の名前を見かけてねぇ。これも縁だと今日の勤務に立候補したんだよ」

「知り合い?」

「うん、知り合い。本当はもう来てるはずなんだけどねぇ、メジロ家と(やしろ)グループの保安部に追われててまだ出国してないんだ」

 

処置を受けた姉が、服を着ながらやや引き気味に医師の知り合いについて訊ねる。

メジロ家は日本中央競バ会(U R A)にその根を張るウマ娘の名家であり、(やしろ)グループはとあるウマ娘が築き、世界にも名を轟かせる旧財閥系の流れを汲む大企業である。日本中央競バ会(U R A)にも数多の名ウマ娘が所属するチームを所有し、グループの会長はトレセン学園理事長よりも強い権力を持つとすら言われている。

件の医師の知り合いはこの二つの勢力に追われ逃亡中である。

メジロ家の芦毛の令嬢が「国際問題になりますわ!!!絶対に行かせませんわあああ!!!!」とコネと政治力を全力で駆使したのが発端であった。

 

「……どういう人なの?」

「見てて飽きない面白い人だよ。私も色々恩があってねぇ」

 

医師がくすくすと笑い、姉の顔が引き攣った所で医務室のドアを何者かが叩く音が響いた。

 

「外の二人かな?もういいよ、入ってきたまえ」

「失礼します……ミッドデイ、今いいかい?」

「あー、あんたは……」

 

入ってきたのは智哉と助手ではなく、姉にレースでちょっかいをかけたうちの一人、クライトゥザムーンという名のウマ娘だった。

心底申し訳なさそうな表情で、彼女はその場で座り込んで頭を下げた。

 

「言い訳はしないよ、首謀者はあたしだ。あたしが競バ委員会に届け出るから、後の二人は許してくれないかい?」

「……あたしに肘ぶつけた子は?」

「泣いて取り乱しちゃってねえ、ここには連れて来れなかったよ。改めて詫び入れさせるから今日はあたしだけで勘弁しておくれよ」

 

レース中の怪我を伴う意図的な妨害行為、年単位での出走停止もしくは競走バ登録の失効案件である。

それを彼女は一人で全て背負うと、姉に言っているのだ。

彼女は気性難だが面倒見が良く、後の二人は彼女の後輩に当たる。

 

「ふーん……あの子さ、肘の当て方下手すぎない?今度ちゃんと教えてやるわ」

 

この発言を聞いてクライトゥザムーンの顔が真っ青になる。同じ目に遭わせてやると言っているようにしか聞こえなかった。

 

「ま、待っておくれよ!!それならあたしに……」

「ねえ先生?さっきの診断書、競バ委員会に提出するのよね?」

「うん、勿論だとも」

「なんて書いたっけ?怪我の原因」

 

にやりと笑う姉の意図に気付いた医師がくつくつと笑い、もったいつけるように応えた。

 

「ええーと……ああ、確かこうだねえ、偶発的な事故で、事件性は無い」

「………え?」

 

呆然とするクライトゥザムーンに姉がちょっとは仕返しができたと満足げにしながら、言葉を告げる。

 

「そういう事、これ貸し一つね。で、さっそく返して欲しいんだけどさ、あんた三着で、肘当てた子は四着よね?」

「そ、そうだけど……それが何かあるのかい?」

「ネルがセンターになるんだけど、あいつさ、ティアラ路線のライブ舐めてると思うのよね」

 

姉はティアラ路線の名ウマ娘であり、ライブにかなりの拘りを持っている。

そのダンスは英国でも世代で一番との評判を得ており、同期では歌唱力のメイド、ダンスの姉とライブにおいても甲乙付け難いライバル関係であった。

 

「だからさ、ティアラ舐めんなってとこ、あいつに見せて欲しいのよね。四着の子と一緒に」

 

この姉の気風の良さに、クライトゥザムーンは目の端に涙を貯めて震えた。

まさか許されるだけでなく、ライブにも気兼ねなく出ろと言われるとは思ってみなかった。

この意気に全力で応えるべきだと、彼女は飛び上がるように立ち上がった。

 

「ああ!絶対ぎゃふんと言わせてやるさ!!ミッドデイ!!見てておくれ!!」

「オッケー!頑張ってきな!!」

 

二人がハイタッチをして笑い合うのを見て医師の口元が緩む。

それと共に一つ気になる事があった。

ドアが開いた時に、光が漏れていなかった。つまり助手がそこにいなかったのだ。

 

「いいねえ、青春だねぇ!ところでモルモット君、これは逃がしたようだねぇ………」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「どこに行ったんだ、あの子……もうロイヤルビタージュース味の試薬は嫌だ………」

 

チャーチルダウンズレース場の関係者用の通路で、七色に光る人物が肩を落として歩いている。

医師の担当トレーナーである彼はミッションに失敗した。ターゲットの青年に撒かれて途方に暮れているのだ。

担当の試薬により強化された彼は並の人間を凌駕した肉体の持ち主である。それでも追いつけなかったのだ。

このまま成果なく戻ったらお仕置き確定である。担当とは公私に渡るパートナーであるが基本的に彼は尻に敷かれているのだ。

最初は自堕落な担当に彼が世話を焼き、それに担当が依存する関係であったが、彼が他のウマ娘も担当しようとした所で状況が一変した。

突然自立すると言った彼女から料理を振舞われたので喜び、これならもう一人くらい大丈夫と思いながら料理を平らげたのだが、一服盛られていたのである。

盛られた薬は、惚れ薬であった。しかし彼には効かなかった。既に惚れていたからである。

日本中央競バ会(U R A)では、トレーナーと担当との恋愛はご法度である。彼はその為に気持ちを秘していたのだ。

これに気付いた担当は自分のプランを変更した上で引退を表明し、医師資格をあっさりと取ると彼をその助手としてトレセン学園の保健室勤務の身となった。

ちなみに彼も医師資格を持っている。中央のエリートは高学歴なのだ。

 

とぼとぼと歩いている助手の前から覆面の男と茶髪の男性が近付いてくる。

今医師が診察中の競走バの担当である怪人トレーナーだった。

一応聞いておくか、と助手が声をかける。

 

「失礼、この辺りに黒髪の青年が通りがかりませんでしたか?ツナギ姿で身長はあなたぐらいの……」

<…………いや、そんな青年は見なかったな。お役に立てず申し訳ない>

「いえ、こちらこそ不躾で申し訳ない。ありがとうございました……はあ……」

 

礼を述べ、心底気落ちした様子の助手が通り過ぎるのを見送った後に、怪人は安堵のため息を漏らした。

 

<ふう……何とかなったな。助かったよ、ミスターモア>

「トモ……ヴェラス君、それよりもいい加減にしてほしいんだけど」

<……何の事かね?>

 

怪人と同行している茶髪の男性、英国から来た敏腕トレーナーのライエン・モアが青筋を浮かべながら怪人を睨みつけ、怪人は目を逸らしながら答えた。

何の話かは察しがついているが、往生際が悪い怪人はとぼけて見せたのだ。

 

「一回だけでいいんだよ!?一回だけミッドデイさんと二人で会わせてくれってだけなのに!!約束してからもう二年近く経つんだよ!!?」

<……そのうち会わせてやるから待ちたまえ。君は堪え性が無いな>

「それを言うなら君は往生際が悪いよね!!?このシス……」

<ちょっ!!それはやめたまえ!!!>

 

慌てて怪人がライエンの口を塞ぐ。言わせたくない台詞であると同時に素性がバレかねない叫びであった。

 

<わかった!わかったとも!一回だけだぞ?>

「……本当だね?約束は守れよ」

<……そうだな。約束だったな……>

 

そのまま何だかんだと話しながら二人は姉の控室を目指す。各自用事を終え撤収の時間が来たため、姉がライブを観ている間に寝ているリティをチャーチルカレッジに送り届けに来たのだ。

怪人の仕事が近日にあるため、今月中はここに滞在する予定である。

そうして二人が控室に辿り着いた所、ドアの前に一人の少女が色紙を持って立っていた。

黒鹿毛のメッシュが入った鹿毛の髪が特徴的なウマ娘の少女であった。怪人は何となく知り合いの面影を感じた。

 

<君、そこは私の担当の控室だが……何か用かな?>

「あ、ミッドデイさんのトレーナーさん……あの、お怪我は大丈夫ですか?」

<ああ、ライブには出れなかったが……怪我は全治三週間くらいだろう、あのぶつけ方にしては軽い方だよ>

「……よかった。あの、わたし、ミッドデイさんにお会いしたくて……」

 

意を決した様子で、少女が怪人に言葉を告げる。

怪人はその顔に既視感を覚えた。やはり似ている、と思った。

 

<すまない、今はライブ会場に行っている。後で案内してもいいが……>

「……そうですか。お気遣いありがとうございます。でも、帰る時間なので……」

 

祖母と使用人に待ってもらってここまで来た少女だったが、これからキーンランドに向かう彼女にはもう時間が残っていない。

明らかに気落ちし、悲しそうにするその少女を見た怪人は何故かその顔が見たくなくて仕方なかった。

強い既視感に囚われ、そんな顔をさせたくないとまで思った怪人はここで屈みこみ、少女に目線を合わせる。

 

<……代わりと言ってはなんだが、これを君に>

「えっ……」

 

怪人が握り拳を作り、手を回した後に開いたその掌には金の獅子の刺繍が施された、水色の耳飾りが乗せられていた。オーナーから何か芸を覚えろと言われて練習したちょっとした手品である。

耳飾りはミッドデイの今回の勝負服の予備であり、せめて元気付けてあげたいという一心の行動であった。

 

<彼女と同じ物だ。サインよりも貴重だと思うが……>

「……」

 

この怪人の突然の行動に少女は少しだけ頬を紅潮させ、その目がきらきらと輝く。

 

「あ、ありがとうございます!わたし、大事にします!!」

<そう言ってもらえてよかった。帰り道、気を付けるんだよ>

 

そう言って怪人は頭を優しく撫でた。無意識の行動であった。止める人物がいないのでやりたい放題である。

見えなくなるまで怪人と少女は手を振り合い、それを後ろから見ていたライエンが呆れ顔で怪人に声をかける。

 

「ヴェラス君さあ……そういうのホントやめた方がいいよ……」

<…?何か、いけなかったかね?>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、やっぱり速い。勝負は避ける」

 

 

「怪我した、今がチャンス。先輩動けない」

 

 

「実家から、応援も呼んだ」

 

 

「次、トレーナーが現れた時──」

 

 

 

 

「──仕掛ける。ワタシが、狩る」

1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…

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  • まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
  • キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ
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