待たせてごめんねごめんね。
ちょっと改稿したやで。
「じゃあ、先に行ってるぜ。悪いな、本当は明日迎えに来てやりたかったけどな…」
「ううん、仕方ないよ。トモ兄はお仕事なんだし」
早朝のケンタッキー州、智哉と姉の住む自宅前で、二人はダンの見送りを受けていた。
今日はシンデレラクレーミングの前日である。
智哉と姉は開催地であるキーンランドレース場で三日に渡って行われる冬季シンデレラクレーミングに前入りし、現地のスタッフと共にコースの整備や打ち合わせ等の業務に就く予定となっていた。
シンデレラクレーミングはアマチュア競走バの大レースであり全米アマチュア競走バ公社、ファシグ・ティプトン社により運営され、キーンランドレース場で行われる本レースは別名キーンランドセールとも呼ばれている。
開催地はケンタッキー州以外にもニューヨーク州、メリーランド州、テキサス州、フロリダ州等で四季毎に行われている。その中でもケンタッキー州の夏季レースは最も重要なアマチュア競バの祭典となっている。
カレッジ入りを目指しアマチュアから競走バへの未来を掴む為に自らを売り込むウマ娘達、そして彼女達の才能をトレーナー達は見定め、その未来に賭けるのだ。
「ダンのレースは午後からだったよな?今日はちゃんと寝とけよ」
「うん、ボクよりもお父さんが張り切っちゃってお母さんに怒られてたよ。明日はお父さんの車で行くね」
「着いたら連絡してねダンちゃん!あたしが案内するわよ」
「ありがとミディ姉」
ダンは明日、この大レースの子供の部で出走予定である。
子供でもトレーナーやチームの目に留まれば交渉次第でスポンサー契約を受けられ、将来の競走バへの道が拓かれるのだ。
交渉希望が競合した際は抽選制である。この辺りはプロスポーツのドラフトに近い制度が設けられている。
この抽選を無視できる例外が一つ存在し、解説者として呼ばれる実力を認められたトレーナーは、一人だけ競合せず交渉する権利を得る事ができるのである。シンデレラクレーミングというレース名の由来である。
そしてダンはその場で走りさえすれば、どんな結果でもあの怪人から契約を持ち掛けられると智哉から保証されていた。
しかしダンには一つだけ不安要素があった。
「……トモ兄、やっぱり無理そう?」
「…ああ、仕事で離れられそうに無いんだよ。でもレース場のどこかでは絶対見てるからさ」
自らを導き、競走バへの道を示した隣の青年から当日は近くに居てやれない、とダンは聞いた。
野良レースに参加する時にいない事はこれまでもあった。しかし本番で青年がいない、励ましてもらえない事が不安であった。
ダンは智哉に強く依存しており、ダン自身もそれを自覚しつつあった。
速くしてもらった恩人、憧れの人、理由は多々あったが、野良レースで競走を続ける内にそれ以上に最近感じている事がある。
(最近、トモ兄見てるとヘンな気持ちになる。好きとかそういうのじゃなくて…何か、ずっとこの人を待ってたような……)
自分の心の奥が、強く智哉を渇望している。
理由はわからない。だがそこにある最近存在を感じるようになったウマソウルが、智哉を強く求めている。
まるで、自分にはこの人しかいないような、得体の知れない確信があった。
気弱な少女から、野良レース荒らしと呼ばれ恐れられる有力な競走バの卵に変化しつつあるダンの心境に釣られ、ダンの本来の姿、強烈な気性を持つ巨神が覚醒の兆しを見せていた。
だからこそ、ダンは不安を覚えている。
求めてやまない相手が、大事な時に側にいてくれない不安に苛まれていた。
そんなダンの頭に、そっと智哉の手が置かれた。
「心配しなくていいぜ。明日の出走バの中ではダンが一番速いよ」
「で、でも、レキシントンのあの子も一緒の出走になって…」
「ああ、ドリームアヘッドって子だな。ダーレーのジュニアチームの子だろうとダンには敵わねえよ。俺が保証する」
そう言うと智哉は、ダンの頭を優しく撫でつけた。
ダーレーとは統括機構三大チームの一つであり、世界的な競走バ管理団体でもあるチーム・ゴドルフィンのアメリカ支部となる競走バ育成組織の名称である。
チームのオーナーであるドバイのさる王族の一存で、チーム名には三女神の名が使われている。
世界一のチームであろうとする殿下の強い意志が、このチームには込められているのだ。
そしてこのチームに籍を置いているということは、世界に通用する素質を持つウマ娘であるという証明であった。
それだけの実力を持っているウマ娘、ドリームアヘッドの名を智哉もダンも知っている。
今年怪人が解説を受けたのも、彼女のスカウトの為ではないかと噂されているほどである。
しかし、それでもダンの方が速いとはっきり言ってのける智哉に、ダンの不安な気持ちが霧散していく。
不思議な説得力があった。智哉がそう言ってくれるならダンは誰にも負ける気がしないと感じた。
「…トモ兄って不思議だね。何だか本当のトレーナーさんみたい」
「お、おう…そうか?」
「うん、たまに思うんだ。トモ兄がトレーナーだったらなって」
不安な表情だったダンがはにかんで笑う。
この言葉と笑顔に、智哉は本当の事を伝えたくなった。自分はトレーナーだとダンにはまだ言えていない。
ここまで信頼してくれるダンに隠し続けている事に、この天才と言って憚る事の無い少女に、トレーナーとして向き合いたい。
そう思い、口を開いた。
「あのな、ダン……」
「──時間よ、トム。ダンちゃん、また明日ね」
しかし、ここにはそれを阻む者がいた。姉である。
智哉が後ろを振り向き、姉の目を見る。
こういう時、姉はいつもは怒るはずだった。だがこの時は違った。
哀れむような、悲しそうな目をしていた。それだけはやめてあげて、と目で訴えていた。
智哉は俯き、口を閉じた。姉の言わんとしている事が智哉にもわかったのだ。
「……ああ、行くか。ダン、明日は頑張れよ。応援してるぜ」
「うん!トモ兄もミディ姉もお仕事がんばってね!!」
智哉と姉の二人が車に乗り込み、ダンに手を振る。
自宅から離れた所で、助手席の姉が智哉に語り掛けた。
「……あんた、言おうとしたでしょ」
「……おう」
「ダメよ。今までのあんたの担当にも言ってないのに、ダンちゃんにだけ教えるのは筋が通ってないでしょ。それに教えてどうすんのよ?フランちゃんとダンちゃんは年も近いしあんたはどっちも面倒見れないでしょ。どっちか泣かしたいのならぶっ殺すわよ」
「ああ、わかってる…姉貴が正しいよ。あ、それと……」
智哉はここで、言わねばならない事を思い出した。怖くて言えなかった事である。
かつて担当を西海岸から車で送る最中に起きた事件があった。怪我をした姉がまだ本調子でない今なら、折檻も軽いであろうと言う打算で今言うべきだと思ったのだ。
「何よ?」
「ごめん、リティにバレた……西海岸から送る時に、仮眠してたら剝がされて……」
「はあ!?あんた何で今言うのよ!!?」
「い、いや、前のレースで姉貴すげえ気合入ってたし……こう、なんつうか、言い出しにくくて……」
「ああもう……まああの子はいいかな……そういう感じじゃないし」
姉のこのあっさりとした対応に智哉は胸を撫でおろした。
そして姉は、この会話で一つ聞きたかった事を思い出す。
あの日、ウインターカップで見た弟とネルのやり取りである。
「あんたさ、ネルの事好きだったりする?危なっ!!」
車が急停止し、姉がダッシュボードに頭をぶつけそうになる。
姉は脇腹を抑えながらブチ切れた。まだ肋骨が傷むのだ。
「急に停まんないでよ!!まだアバラ痛いのよ!!!」
「姉貴こそ何だよ急に!?唐突に聞く話じゃねえだろ!!」
姉に言い返す智哉の顔は、真っ赤になっていた。図星を突かれ、動揺しているのだ。
姉は弟の様子でどう思っているのかすぐさま察知し、にやにやと笑みを浮かべた。
「あ~?やっぱそうなのね。ああいうのが好みなのね、あんた」
「…そういうんじゃねえよ、ただ……」
言葉を濁したまま正面に向き直り、智哉が車を発進させる。
「うじうじしてないで言いな。別に言いふらしたりしないから」
「……俺さ、色々あってチームじゃ立場悪いだろ?でもあの人はいつも世話焼いてくれてさ、ちょっといいなとは思ってた。俺とは住む世界も違うけどな。それに……」
ここで智哉はまた言葉を濁す。これを言っていいのか?という抵抗があるのだ。
しかし姉は逃すつもりはなかった。謎すぎる弟の好みのタイプが知れるチャンスなのだ。
「もうそこまで言ったんだからいいでしょ。言いなよ」
「あー、その、似てるっつうか……ネルさんが」
「似てる?誰と?」
「……」
智哉は断固とした態度で口を閉ざす。これは言いたくない事であった。
ヒントは与えたから考えてくれ、と態度で示していた。
それを受けた姉が、腕を組み目を閉じて思索に耽る。
(ネルに似てる子……?ネルの勝負服って男装風なのよね、モチーフが海軍だし。ああいう男装の似合って、世話焼きで、凛とした美人…………あっ)
一人だけ、該当者がいた。
姉も知っている人物で、智哉の恩人に当たる人物である。
「……ガリレオ会長?」
「……………」
弟は、口を開かなかった。しかし目が泳いでいた。
図星であった。
姉は納得した。出会いとしても一番苦しい時期に優しい言葉をかけてくれた相手で、しかも元々キングジョージを現地で観戦した会長のファンでもある。
「……言うなよ?マジで言うなよ??」
「言わないわよ。しっかし会長かあ……なるほどねえ」
「昔の話だよ。憧れてた時期があったってだけだぜ」
「…一年目、あんたネルの為に毎日夜遅くまで頑張ってたわよね?良いとこ見せたかった?」
アメリカでのトレーナー生活の一年目、智哉はドバイでの惨敗で自信を失っていたネルの為に奔走している。
そうした中で、未完成だった彼女の
「……ああ、うん、まあ、そういう部分もあるな…姉貴抜きだと初めて担当したのがネルさんだったしさ、なんとかしてやりたいって思うことはおかしくねえだろ?」
「そうね、よくやってたわよ。上出来すぎてぶっ飛ばしたくなるくらい」
「勘弁してくれよ…」
照れ臭そうに正面を向いたままの弟に姉が笑みを浮かべる。
あのトレーナーズカップターフ、ネルの悲願を達成したあの時に彼女にかけた言葉は、きっと本心だったのだろう。姉にはそう思えた。
「……ふぅん。ねえ、ネルに言ってみたら?オッケー貰えるかもよ?」
「いや、無理だろ…それにさ、いいんだよ。ネルさんの力になれたし、俺はそれで十分だ」
「…そ。あんたも色々あるのね。やっぱり大きくなったわあんた…ンンンンンンン!!!?」
「姉貴どうした!?怪我が傷むのか!!?」
姉はここでようやく気付いた。自分が余計なお世話をしていた事実に。
そう、姉はレースで頑張る必要が全くなかったのである。
(あれ……?あたしひょっとしてあんなに頑張る必要無かった…?ネルは良い奴だし、あいつの彼氏なら他の子も絶対ちょっかい出さないだろうし……)
ネルとはあれから会えば話すし、遊びにも行く良き友人関係を姉は築いている。後輩のリッチズともネルの取りなしにより今は友人である。
怪人についても、彼のパートナーは君だと本人から言われた。
弟の秘密さえ話せば、ネルは間違いなく弟と交際するであろう確信があった。
そして、世話焼きで尽くす女の彼女ならば、英国に来て弟を支えてやってほしいと頼めばついてきてくれるとさえ思える。
姉は完全にやらかしていた。
人の恋路を邪魔する、ウマ娘に蹴られる女であった。
「あ………」
「なんだよ姉貴…?」
「あたししーらない!!」
そして姉は全てをぶん投げた。こんな事態は想定していなかった。
保身に走る久居留家の血がそうさせたのだ。
「なんかわかんねえけど、それ久しぶりに聞いたな…」
「な、なんでも無いわよ。それよりもあたしも彼氏ほしいわ~。ヤッちゃん今幸せそうだしさあ」
「えっ!!?あ、姉貴はまだいいだろそういうの。現役なんだし…」
あからさまに話題を変えに入った姉に対し、今度は弟が動揺する。
弟は弟で現在進行形で人の恋路に邪魔をしている最中である。この姉にしてこの弟であった。
そしてヤッタは怪人の通報により彼氏を捕獲済みであった。奔放な幼馴染に振り回され、日に日にやつれていく元美容師の青年に智哉は心底同情した。
ここで姉弟は二人そろって乾いた笑いを上げた。
二人とも誤魔化したくて仕方がないのだ。
この姉にしてこの弟である。
「あははははは…なんか知らないけどおかしいわね」
「へ、へへへ…おかしいぜ姉貴」
1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…
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いる
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いらない
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まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
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キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ