悪い人出てきたりするけど大体主人公が酷い目に遭うだけだから気にしないでクレメンス。
およそ二年十ヶ月前のオーストラリア、メルボルン空港──
「つらいわ」
「大丈夫かよ、マジで……」
「お嬢様…」
「フランちゃんずっと寝込んでたわね…」
ここに、四人の人物が降り立っていた。
周囲の目を引く四人組である。容姿に優れた二人のうら若きウマ娘に、端正な顔立ちの黒髪の少年、そして少年に背負われた金髪のウマ娘幼女。
智哉とフラン、そして姉とメイドの四人組である。
移動手段はジュドモント家のプライベートジェットであった。大型旅客機を丸ごと私用としているスケールの大きさに庶民の智哉は萎縮し、姉の肘鉄を見舞われている。
なお飛行機を克服していないフランはつらいわと言うだけの機械と化し、智哉に背負われ、肩に顔を押しつけながら目を回していた。精神的に成長した天才少女でも飛行機には勝てないのだ。
たまに無意識に息を深く吸い込むフランに、智哉は何やら悪寒を覚えたが耐えた。ここで放り出したら姉とメイドから折檻が待っている。
「フラン、くすぐったいから吸い込むのやめてくれねえかな…」
「つらいわ。こうするとらくなのよ。ゆるしてちょうだい。つらいわ」
ここへ来た目的は以前ニューマーケットで出会ったわがままお嬢様のヴィアとその下僕ルークとの再会の為である。
次はこちらから遊びに行くとフランとヴィアが交わした約束によるものだった。
智哉が渡米するという話をフランから聞いたヴィアが「それなら渡米前に来なさい!忙しくなる前によ!」とフランに提案した事により、姉と智哉もグローリーカップの登録〆切の三月までに渡米すれば良いと考え、フランの冬休み中はオーストラリアに観光に行こうと日程をずらして同行する事となった。一度英国に戻り、恩師であるジョエルに挨拶を済ませた後に渡米する予定である。
「あ!来たよヴィア。トモヤさーん!」
「待ちかねたわよ!よく来たわね!」
四人が目指す空港のゲートの向こう、そこに二人は待っていた。
そして智哉が背負うフランを見て、二人とも目を丸くする。
「フランちゃんどうしたんですか、これ…」
「飛行機ダメなんだよ。俺も乗るとこは初めて見たけどな…」
「つらいわ、スゥー、つらいわ」
「だから吸い込むのはやめてくれよ…」
ヴィアはこのフランを見て衝撃を覚えた。
智哉が自分のゴールだとニューマーケットで一緒に寝た時にフランから聞かされているこのわがままお嬢様は、六歳にして進んでいる親友に羨望の眼差しを向けている。
そして今も飛行機が苦手なのを利用して背負われていた。
上手くやったわねこの子と感心しきりである。
それはそれとしてやはり心配であった。
自分の我儘で無理をさせたと言う負い目を感じている。
「フラン?大丈夫なの?」
「つらいわ、だいじょうぶよヴィアちゃん。つらいわ」
「どっちなの!?そのつらいわ絶対言う必要があるの!?」
「前後のつらいわはお気になさらず」
「そ、そうなのね…?今日はミディとサリーに色々教えて貰うわよ!わたくしの走りを見てもらうわ!」
「おっけー、ヴィアちゃんとフランちゃんの併走も悪くないわね」
姉とメイドがヴィアにフォローを入れるのを横目に、智哉がルークに声をかける。今回のオーストラリア訪問に当たり、ルークから色々教えてほしいと頼まれていた。
「ルーク、ヴィアの家に着いたら筆記対策からやるか?フランはこの様子だし今日は付き合うぜ」
「お願いします!競走力学が難しくて…」
「ルークはしっかり勉強なさい!一発合格するのよ!!」
「無理ぃ……」
こうして四人は一週間オーストラリア観光を満喫した。
なおフランは初日は復活しなかった。
*****
「つらいわ」
そしてシンデレラクレーミング当日、キーンランドレース場でフランはまたしてもつらいわと言うだけの機械になっていた。
九歳になった今、少々の会話ができる程度には克服できたが、まだ足腰が立たなくなるのである。
高所が苦手なフランは、空の上にいると認識した時点でダメになってしまうのだ。
「お嬢様、もうすぐ着きますからね」
「ありがとうサリー、迷惑かけてごめんなさい」
「お嬢様に奉仕することがこのサリーの幸福です。気にしなくていいんですよ」
主人を背負うメイドが優しく声をかける。
物心付く前からフランを知っている彼女にとってはこれも役得である。
メイドがフランを片手で背負いながら、キーンランドレース場の特別観覧席を目指す。
本日、フランはジュドモント家の代表として、シンデレラクレーミングを観戦する予定である。正式な貴賓として来訪し、とある青年を驚かすつもりだった。
父はついてこようとしたが多忙で動けず床を転げ回った。
祖母と妹は帰国済みである。祖母がまだ姉妹を会わせるべきではないと判断したのだ。
「あの、大丈夫ですか?その子…」
ここでフランとメイドに、一人のウマ娘の少女が心配そうに声をかける。
メイドは目を向けた所でぴくり、と眉を動かした。栗毛の髪と大きな縦長の流星を持つ、主人とはまた違うタイプの中性的な美しさを持つ少女であった。
「ああ、お気遣いありがとう。でも心配は無用だ」
「本当ですか?その子、顔色悪そうだから…」
微笑を浮かべてメイドが中性的な少女に応対する。背中の主人は限界が来て寝息を立てていた。
この微笑を浮かべる美しいウマ娘メイドに、少女は頬を軽く染めた。自分の魅力を理解していない少女には雲の上の存在のように思えたのである。
そして、ふとそのメイドの背中の令嬢に目を向け、少女は息を呑んだ。
(うわあ、綺麗な子だなあ…絶対どこかのお嬢様だよね。メイドさんに背負われてるし)
少女から見てフランは、まるで絵本の中から飛び出してきた姫君のように美しい令嬢であった。
枝毛一つない艶やかな金髪に、顔色が悪くとも全く陰りを感じない気品のある顔立ち。自分には無い魅力を持つ令嬢に羨望を覚えたのである。
(こんな綺麗だったら、ボクももっと自信持てるんだろうな…トモ兄はどんな子がいいのかな)
「すまない、君は参加者だろうか?」
「ひゃ!?はい、でも緊張しちゃって散歩しようかなって…」
「そうか、なら無理は言えないな。頑張りなさい」
微笑み、その場を離れようとするメイドを見て、その中性的な少女、ダンはせめて何か力になりたいと考えた。道を尋ねようとしたと察し、途中まで同行を申し出る事にしたのである。
「あの、ボクさっきからウロウロしてたから道わかります。どこに行きたいんですか?」
「…ありがとう。特別観覧席はわかるだろうか?」
「あ、それなら関係者用の通路の先です。待機所も近いから…」
そう言い、ダンはメイドを関係者用通路まで案内する。
程なく、通路に到着したところでダンが身振りを交えて観覧席の説明を行い、別れる際にメイドが言葉を発した。
これからレースに挑む少女に、自らの経験談を伝えようと考えたのだ。
「ありがとう…まだ緊張しているようだな」
「えへへ…緊張してます」
「……私も昔、競走バだった」
「えっ!?そうなんですか!?」
「ああ…そうだな、緊張しているなら良い方法がある」
しかしメイドは現役時代、札付きの気性難として慣らした女だった。
そのアドバイスは当然、気性難特有の無茶苦茶な理論である。
「怒りなさい」
「……えっ」
「腹が立つ事を思い出してもいいし、その場で誰かに喧嘩をふっかけてもいい。とにかく怒りなさい」
「ええ……」
突然瀟洒な雰囲気のメイドから、緊張するくらいならブチ切れ倒せとアドバイスをされたダンはドン引きした。意味がわからない。
「怒れば緊張なんて忘れてしまうだろう。私もよく同期と喧嘩しながらレースに出たものだ」
(その喧嘩売られた人、気の毒すぎるよ…メイドさん怖い…)
気弱なダンは、余り怒った経験が無い。怒る前に萎縮してしまうのだ。
メイドのアドバイスに一理はあるかも、と考えたダンは自分が怒る姿を想像してみるが、やはり自分には向いていないと感じた。
「う、うーん…ボクあんまり怒ったこと無くて…」
「そうか、なら…」
「君の大切な誰かが、中傷を受けるのを想像してみるのはどうだろう?」
「大切な、誰か…」
メイドのこの言葉を受けて、両親よりも先に自分を速くしてくれた隣の青年がダンの脳裏に浮かんだ。
しかし、ダンの視点では完璧超人の隣の青年は謂われのない中傷を受ける要素が少ない青年である。
考えるも、首を傾げた。
「うーん…考えてみます。ありがとうございました」
「ああ…君のレースは見させてもらおう。こちらこそありがとう」
そう言うとダンはメイドと別れ、出走バの待機所に歩いていった。
戻る途中で、自分に付いてくれている隣の青年の姉と合流する。
なお既に露店でビールとつまみを仕入れて呑んだくれていた
「お、ダンちゃんお帰りー。ちょっとは落ち着いた?」
「あ、ミディ姉。うん、さっきね、すごい綺麗なメイドさんとお姫様みたいな子と会ったよ」
「メイドと、お姫様?」
聞いたことのある二人組だったが、姉はまさか来ているはずがないと首を振った。
良い感じに酒が回っている姉はいつもより勘が鈍っているのだ。
「ミディ姉、ボク待機所行ってるね。飲み過ぎちゃダメだよ?」
「えー、らいじょぶらって、お酒おいしいわよ」
「あ、ダメだこれ」
姉は既に呂律が回らなくなっていた。
まだ午前中である。姉の女子力は底値を割りつつあった。
「もう…無理ならトモ兄に連絡してね。じゃあ、行ってくるね」
「ダンちゃんがんばえー」
姉とも別れ、ダンは人気の少ない待機所への通路をゆっくりと進む。
シンデレラクレーミングは多数のウマ娘が出走するために、一人ずつ控室が割り振られていない。
レース場内の広いホールを待機所として、レースに備えるのである。
その通路の待機所の前で、三人のウマ娘がダンの前に立ちはだかった。
ニコニコと毒気の無い風に装った笑みを浮かべる三人に、ダンは嫌な雰囲気を感じた。
あのよくいじめて来た三人組のような、底意地の悪さを覚えたのだ。
ダンは避けて先に進もうとしたが、三人はそこで言葉を発した。
「ねえ、あんた、野良レース荒らしの
「……荒らした覚えはないよ。どいてよ」
「なあにその態度!ちょっと速いからってチョーシ乗ってるよね?」
「あんたなんかあっちゃんに勝てるわけないじゃん!」
ダンは生来の快活さを取り戻していたが、それでもまだいじめられた過去を引きずっている。
このあからさまな敵意に尻込みし、後ろに一歩下がってしまった。
これを見て三人組が嫌な笑みを深くする。マウントを取れる相手だと判断したのだ。マウントのネタはあっちゃんの話である。
虎の威を刈るウマ娘であった。
「あっちゃんはさー、ダーレーで普段から良いトレーナーさんの指導を受けてるんだよ?あんたは?」
「ボクにも、すごい人がいる」
このマウントに対し、ダンはきっぱりと言い放った。ここだけは、大切な人の話だけは譲れなかった。
しかしこれを聞いて三人組は大声で嘲笑した。
狙い通りの展開となり、笑いが止まらない。
「あはははは!すごい人ってあんたと一緒にいるお兄さんでしょ?あんなの全然すごくないよ!」
「知らないなら教えてあげる!あいつチーム・カルメットのお荷物トレーナーなんだよ!!」
「……………え?」
ダンは、自分の耳を疑った。
大切な人の、自分が知らない事をこの三人は知っている。
嘘だと断ずる事もできた。だがダン自身も疑っていた事だった。
耳を、塞げなかった。
「あいつもう三年こっちにいるのに、誰とも契約してないんだよ!カルメットのサブトレから聞いたから間違いないよ!」
「それですぐナンパとかして遊んでるんだって!顔だけは良いからって」
「昨日もサブトレに混じってトンボがけしてたよ!みじめだよねー、トレーナーなのに」
「そんなのに目付けられててかわいそー。あはは!」
ダンは俯き、床を眺めていた。
三人組は、効いたとほくそ笑んだ。
これであっちゃんに勝たせて自分達はそのおこぼれに預かれる、と有頂天であった。
──ここまでは。
ドン、と床が鈍い音を立てる。
「…へ?」
ダンが、床を全力で踏み鳴らしたのだ。
「もう一回、言ってみろ」
もう一度、床を踏み込む。
先ほどより、大きな音と共に床にヒビが入った。
このダンの、巨神の足踏みに三人の顔が青くなる。
触れてはいけない事に触れた事実に、ようやく気付いた。
「な、なにマジになっちゃってんの?」
「トモ兄はさ、女の子にナンパとかできないんだよ」
もう一度、床を踏み込んで威嚇する。
床のヒビが深くなり、破片が飛び散った。
「あの人はね、女の子にそんな軽い事、できないんだよ。昔、何か辛いことがあったから」
「し、しらないわよそんなの、それより床踏むのやめてよ」
更に、床を踏み込む。
床板が、粉々に砕けた。
真偽は最早、ダンには関係なかった。
ただ、智哉がそういう風に思われている事、それだけが許せなかった。
そしてダンは、この話を聞いて怒りと共に一つの決意を抱いた。
「トモ兄がバカにされても、関係ない」
「──ボクが、あの人の愛バになる」
「──ボクが走って、活躍して、あの人がすごいトレーナーだってみんなに認めさせる」
今、ダンは己の道を見出した。
競走バになる、道標を。
「ボクはね、本当は
ダンのウマソウルが、このダンの決意に呼応し咆哮を上げる。
巨神の魂が目覚め、辺りの空気が振動する。
ダンの体を赤いオーラが包み、そしてダンの周囲の床が、まるで重力が増したかのようにひび割れていった。
「
1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…
-
いる
-
いらない
-
まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
-
キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ