キーンランドレース場のターフコースは午後の第一レースを迎え、将来を嘱望される有望なウマ娘の少女達が一人、また一人とターフへ集まってきている。
その集まる少女達の丁度中央に、このレースで注目を集める三人のうちの一人がいた。
遠目では金髪に見える薄い栗毛を腰まで伸ばし、左側の一部をサイドテールにまとめた細身の少女である。
快活そうな瞳と、同年代より頭一つ大きな長身、そして彼女の所属するチームバロールのカラーである緑に赤のラインが入った体操服が特徴的な少女だった。
実況席を熱の入った目で見つめるこの少女に、観客席最前列から彼女を応援する声が届く。
「アニキちゃーん!がんばってー!!」
「だからアニキはやめろってお前ら!!アタシは女だ!!!」
「わかってるってー!入れ込みすぎだよー!落ちついていこー!」
応援するクラスメートやチームの練習生の友人達の言葉を受けて、少女──アニマルキングダムが頭を掻く。
確かに気負いすぎていた自覚があった。
チームに所属し、本来契約するトレーナーを選べる立場である有望株の彼女は、このレースに出走する意味は余り無いのだ。
その選びたいトレーナーが解説者でなければ。
(勝って選んでもらう!ミスターヴェラスに!)
彼女は今日の解説を務める怪人の大ファンである。
今回の出走も怪人に自分を選んでもらうチャンスと考え、契約がほぼ内定しているチームバロールのオーナーにもし選ばれたら移籍させてほしいと無理を言っての参加である。
気性難でガサツで男嫌いな彼女は、かの怪人が担当を正面から受け止める姿を見て衝撃を受けた。
こんな強い男がいるのか、自分も受け止めてほしい、と思ったのだ。
その為に、彼女はここまで来た。ただ怪人に選ばれたい為に。
しかし懸念があった。出走枠にライバルが多すぎるのだ。
(今日は速いヤツ多いんだよなあ、ドリーのヤツもなんか出てるし……それにもう一人ヤベーのもいるし)
注目される三人の内の一人──ドリームアヘッドと彼女はお互いよく知る関係である。
ダーレーとはチームでも対戦し、鎬を削り合っていた。
その当人、ドリームアヘッドがアニキに近付く。
「アニキ、今日は勝たせてもらうよ」
「お前までアニキかよ!てか何でお前出てんの?」
「……ゴドルフィンとは契約しないからね。単純に就職活動だよ」
「マジで?なんで?」
「マジ。イギリスに行きたいから」
このライバルの言葉にアニキが口をあんぐりと開ける。
突然のカミングアウトである。同い年のライバルが英国行きを考えているなど初めて聞く話であった。
「えっ、なら尚更ゴドルフィンで良くない?あと何でイギリス?」
「契約したらアメリカでデビューだって。イギリスに行きたいのはこっちより芝のレベルが高いからと、プロ入りしてからも取り巻き気取りに囲まれたらやってらんないからね…」
「はー、お前も色々あんだなあ。アイツら確かに鬱陶しいしムカつくもんな」
この返答でようやく納得が行ったアニキがうんうんと頷き、話に出た鬱陶しい取り巻きが観客席にいないか探す。
すぐに取り巻き達は見つかった。しかし、その様子が何やらおかしい。いつもの媚びるような笑みを浮かべていない。
顔が蒼白で、震えていた。
「あん?あいつら何かあったのか?」
「……わかんない。午前の最終レースくらいからずっとああだよ。おかげでレースに集中できるから助かったけど」
「ふーん?そういやよ、お前同じ組にヤベーのいるの知ってる?」
「知ってる。見たこと無いけど」
ドリームアヘッドは、結局取り巻きから聞いた野良レース荒らしについて何も調べていない。
野良レースでいくら速かろうが、自分や目の前のアニキのように、チームでトレーナーの指導を受ける才能あるウマ娘には及ばないだろうと考えている。
それとは逆に、どうしてもこのレースに勝ちたいアニキはレースの映像を入手し、そして最も警戒すべき相手だと件の野良レース荒らしを評価した。
二人で、スタンド下のパドックに繋がる通路を眺める。
レースまでまだ時間はあるが、他のウマ娘はもう揃っている。野良レース荒らしだけがまだ来ていないのだ。
「来ないなあ、欠場か?」
「……それはないんじゃない?」
*****
「登録名変更、間に合ったわよーダンひゃん」
「ミディ姉、お酒抜けてないね…」
へらへらと笑いながら姉がダンの登録名の変更申請が間に合った事を話す。
姉はダンに叱られ飲酒を止めたが、時既に遅く出来上がっていた。姉の女子力はストップ安である。
ダンは本来の名前、ワイズダンで出走したいと姉に頼み、姉は名バのコネを用いてそれに応えた。
先日のウインターカップの奇跡で姉は更に名を上げている。その姉が千鳥足で現れたため、登録受付の担当者は酷く幻滅していたが姉は全く気にしていない。
(緊張はもうどっか行っちゃった。調子も良いと思う。でも、なんだろ…さっき怒ってから、ずっと胸の奥が焦げ付いてる)
ダンは、まだ怒りのような感情が胸の内に残っていた。
自らの名前を名乗り、ウマソウルをはっきりと自覚したダンは、胸に生まれた激しい闘争心を持て余していた。
(……ヴェラスさんのスカウトは断ろう。後で、ミディ姉には謝らないと……)
智哉の愛バになり、智哉の為に走る事を決めたダンは怪人のスカウトを受けない事に決めた。
先日までの自分にとっては夢のような話だった。
しかし、今のダンには自分で決めた夢があった。道標があった。
欲しいのはヒーローのような名トレーナーのスカウトではない。
自分を速くしてくれた、自分だけの魔法使いがダンは欲しかった。
「もう時間いっぱいだし、行ってくるね。ミディ姉お酒はもうダメだからね?」
「えー…わかったー…」
がっくりとうなだれる姉に手を振ったダンがスタンド下の通路を潜り、コースに向かおうとしたその時である。
「──君ィ、ちょっといいかネ?」
何者かに声をかけられ、ダンが振り向く。
(えっ??何この人……)
その先には、明らかに胡散臭そうな見た目のシルクハットの人物がいた。
首元までが茶髪の髪はそこから先が黒く、大きな三つ編みにまとめられたそれは腰ほどまでの長さになっている。
胡散臭そうと思ったのは顔についた付け髭付きのパーティーメガネである。白い肌は滑らかでシミ一つなく、美しく整った顔立ちにそんな物が付いているから尚更怪しくダンには写った。
「な、なんですか?ボク、これからレースが……」
「いやァ失礼、ワタシはこういう者でネ。君がまだ我慢しているように思えて、お節介をしたくなったのサ」
胡散臭そうな謎の人物が、ダンに名刺を差し出す。
名刺には「ウマ娘の未来の為に 伝道師ディーン・ヒル」と書かれていた。
この名刺を見てダンは逃げたくなった。胡散臭そうな人物から胡散臭い人物へ格上げである。
「ちょっと先生!その子次の出走バでしょ!ちょっかいかけないでください!」
「シリィ君、待ってくれたまえヨ。ワタシはただこの子の為に……」
「だーめーでーすー!フランちゃんとサリスカが来賓席で待ってますよ!デイちゃんは先に行ってるのに、先生はウロウロしてもう…!」
この男か女かもわからない謎の人物、ディーン氏の名刺を見て固まるダンの後ろからもう一人現れ、ディーン氏を叱り飛ばす。
こちらの新手の人物はウマ娘であった。
鹿毛の髪を同じく三つ編みにまとめ、フランス国旗のポイントが入った耳飾りを付けている。
この弟子にディーン氏が猫のように首を捕まれて引っ張られながらも、ダンに語りかけた。
「いいかネ君!やりたい事があるなら、心に従いなさい!!」
「心…?」
「そうだとも!君は!君のウマソウルはもう答えを知っているはずだヨ!」
「先生!早く!」
「あーもう!わかったから引っ張るのはやめてくれたまえヨ!シリィ君!!」
弟子に引っ張られディーン氏が見えなくなった頃、ダンはようやくレース場を目指す。
最後にかけられた、自分の心に、ウマソウルに従えという言葉が何故か強くダンの胸に残っている。
(心に、従う……ウマソウルに……どうやるのかな)
歩きながら、ダンが自分の心に向き合う。
ダンの認識では自分はか弱く、いじめられ、最近やっと自信が持てるようになった普通のウマ娘である。
胸の奥の焦げ付いた何かも、珍しく怒った反動だと思っている。
(ウマソウルって、心の奥にあるんだよね、奥…………)
自らを、心の奥深く沈めたその時、ダンは──
*****
『さあ!午後の部の第一レースがいよいよ始まります!ターフコースで行われるこのレースは未来の名バと期待される注目株が目白押しです!気になる子はいますか?解説のミスターヴェラス?』
<三枠五番のダ……?ワイズダン嬢を私は注目している。彼女は天才と言っていいでしょう>
『おおっと!ミスターヴェラスが天才と言い切るとは相当な才能の持ち主のようです!手元の資料によると、チームに所属はしていないようですが、ここケンタッキー州のアマチュアレースでなんと連戦連勝!!期待が高まりますね!!あら?でもまだ来ていないようですが……』
<まだゲートイン前だ、ギリギリまで集中しているんでしょう>
『成程!今日は来賓の方々も著名人が多数来られていますね。ミスターヴェラスの所属するチーム・カルメットのミス・ダーウィン。そしてそのライバルとして有名なミス・アファームド。さらにはあの英国の名家にしてここキーンランドレース場にも縁が深いジュドモント家のご令嬢が来られて……』
<はあ!!?>
冷静に解説を続けていた怪人が突然素っ頓狂な声を上げた。全く聞いていない話であった。
『ミスターヴェラス……?何かありましたか?』
<い、いや……失礼>
『……?おっと、話題のワイズダン嬢が今コースに到着したようですが、これは……』
<……何が、あった?>
ダンがスタンド下の通路から現れた瞬間、観客席が騒めく。
一歩歩く度に地面がずしりと音を立て、そして赤いオーラがダンを包み込んでいる。
あの三人組に怒った時と同じ現象、ウマソウルが激しく咆哮を上げ、ダンは心の奥から湧き出る渇望に飲み込まれていた。
全てを蹂躙し、欲しい物を勝ち取る。ただそれだけを求めていた。
(……すごい、頭の奥がすっきりしてる。さっきの変な人、これが言いたかったのかな)
(そうだよ。難しく考えなくていいんだ。走るのは楽しいし、勝ってトモ兄もボクのものにする)
ゲートインの準備に入っていた出走するウマ娘達が、その手を止めてダンを眺める。
強烈なプレッシャーに、まるで目が離せなかった。
(なんだ、これ……この子だ…一番警戒しなきゃいけないのは、この子だった!!)
ドリームアヘッドは、自分達には及ばないであろうと思っていたダンへの評価を改めずにはいられなかった。
ウマ娘が時に競走で奇跡を起こす事をドリームアヘッドも知っている。だが、自分と同年代でそれができる相手を見るのは初めての事だった。
(うわっ、ヤベー奴、もっとヤベー事になってる……でも負けてられっか!とりあえずカマしとくか!)
ダンの事を最も警戒していたアニマルキングダムは、ダンに舐められてたまるかとばかりに正面から立ち向かった。ビビりっぱなしでは気性難は務まらないのだ。
「よう、お前ワイズダンだろ?よろしくな!アタシはアニマルキングダム!お前をブッ倒すモンだ!!」
このアニキの自己紹介を受けたダンがふと、三人組の言葉を思い返した。
『あんたなんかあっちゃんに勝てるわけないじゃん!』
『あっちゃんはさー、ダーレーで普段から良いトレーナーさんの指導を受けてるんだよ?あんたは?』
余りケンタッキーのチーム事情に詳しくないダンはバロールのチームカラーを知らない。
アニマルキングダムという名前なら、あっちゃんと呼ばれているかも、と考えた。
誤解である。
「…キミ、あっちゃん?」
「あん?あっちゃんってアタシの事か?ああ、あの取り巻きのヤツらがそう呼んでるなァ、あいつの……」
「……どっちでもいいや。キミがそうでも、そうでなくても」
「全員、抜くのは変わらないから──」
1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…
-
いる
-
いらない
-
まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
-
キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ