トムとフラン   作:AC新作はよ

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決着で悩んだやで。
しばらくご飯も一合しか食えない位悩んだやで。


第三十話 賢者(ワイズ)、ダン

加速しようと右足を強く踏み込んだ瞬間、ダンの体が大きくふらつき、その右足の裏からバラバラに砕けた蹄鉄がこぼれる。

潜在能力の開花により強化された脚力に、蹄鉄が耐えられなかったのだ。

転びそうになりながらも堪えたダンだったが、速度を落とし、中団の底まで下がっていく。

蹄鉄が砕けた心当たりは、確かにあった。

 

(蹄鉄が…砕けた!?まさか、あの時……)

 

思い返すのは、待機所へ続く通路でのあの三人組とのやりとり。

怒りに任せたダンは蹄鉄を付けたまま地面を踏み鳴らし、床を破壊した。

この時、蹄鉄に肉眼では見えないほどに細かい罅が入っていたのだろう。

我に返ったダンは蒼白になりながら姉に報告し、レース場管理者への姉のとりなしにより、智哉のポケットマネーで修繕費を払うことになっている。なお智哉はまだ知らない話である。

 

(トモ兄のくれた、大事な蹄鉄……壊しちゃった)

 

不幸中の幸いか、蹄鉄は完全に粉々に粉砕され、頑丈なダンの足はダメージを受けなかった。

しかし、蹄鉄とはウマ娘が本気で走る為に必須のバ具である。

片足の蹄鉄だけを失い、左右のバランスが崩れたダンは踏ん張りが効かなくなり、その脚力を活かす事が出来ぬまま速度を落としていく。

 

『おおっと!ワイズダンがずるずると順位を落としていきますが……?』

<……ッ!蹄鉄が砕けたか…!>

『どうやらワイズダンにアクシデントのようです!!裂蹄といえば、ミスターヴェラスが専属契約を結ぶクオリティロードの欠場の原因でしたが…これは心配ですね』

<幸い、怪我は無いようだ。だが…蹄鉄が無ければあれ以上速度を上げるのは難しいな…>

 

──巨神は、その脚を捥がれた。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「これは…裂蹄か。あの子には勝って欲しかったが…ここまで、か……」

「あの子、先生がちょっかいかけてた…」

 

キーンランドレース場の特別観覧席。

その前列に座る五人のウマ娘達、その中のメイドが先程世話になった少女のアクシデントに独り言を漏らし、とある人物の弟子に当たるウマソウル研究者が耳を垂れさせながら師匠に目を向ける。

彼女の師匠は著名人である。アメリカにおいてもその名声は止まる事を知らない。

その為に偽名を使い、変装してここ特別観覧席までやってきていた。

今はもう、その変装は解かれている。

気品溢れる白磁の美しい顔立ちに、黒髪と途中から鹿毛に色が変わる大きな三つ編みの、タキシード姿の美ウマ娘。

 

「デインヒル先生、あの子…負けちゃうの?あんなに凄いのに…」

 

その美ウマ娘──デインヒルは、その隣に座るドイツの両親から預かり、養育しているセミロングの鹿毛にまんまるの流星を持った大人しく、同世代より小柄なウマ娘の少女の不安げな言葉に思案を巡らす。

 

「うーん…そうだネェ、デイちゃん。裂蹄して怪我無く走れてるだけで本当に凄いんだけどね。あの子はあの脚力を活かすのに、殊更蹄鉄が必要に見える。厳しいレースになるね」

 

一旦、息を整え、デインヒルは後ろの席に言葉を投げる。

 

「──視えるかい?フラン」

 

後ろの、目を青く輝かせる少女へと。

 

「はい、先生。見えます」

 

「…フランちゃん?何が見えるの?」

 

メイドに介抱されながら寝込んでいたはずの友人の突然の覚醒に、デイちゃんと呼ばれたウマ娘が困惑しながら訊ねる。

フランの青く輝く目、智哉から引き継いだ目は、デインヒルからの薫陶により選抜戦のあの日より進化している。

自分以外のウマ娘の可能性すらも、見通すのだ。

 

「あの子、まだ走れるわ。譲れない何かがあるなら」

 

フランの双眸が元に戻り、友人に目を向け微笑む。

赤く光るダンに、まだ諦めていない巨神に、怪物は呼び起こされていた。

この二人に、デインヒルが満足げに頷きを返した。

 

「うんうん、来てよかったヨ!二人とも良い経験になりそうだし、あの子はウチで面倒見たいモノだネ」

「先生、また教え子を増やすつもりですか…今でもあちこち首突っ込んで世界中飛び回ってるのに」

「こればっかりは止められないネェ。素晴らしい可能性とウマソウルを秘めた子を育てる事以上の娯楽なんて無いよ、シリィ君」

「もう…交渉の打診はしておきます。抽選で負けても駄々捏ねないでくださいね」

 

呆れた様子の弟子が電話で何処かに連絡をする中、フランがうとうとと眠そうに目を擦る。

無理に起きたためにまだ眠いのだ。

 

「つらいわ」

「お嬢様、こちらへ」

「ありがとうサリー。ねむいわ」

 

メイドの膝枕にうつ伏せで潜り込んだフランがすぐに寝息を立て始める。

すこぶる呼吸がしづらそうな体勢だが、これが一番楽なのだ。

 

「フランちゃん、その体勢大丈夫なの……?」

「おやおや、眠り姫はもうおねむかネ」

 

そっと、その頭をデインヒルが優しく撫でた。

 

「この子はきっと、すごいウマ娘になるよ。サリスカ」

「……当然でしょう。お嬢様は天才ですから」

 

かつて敬愛し、生涯の後悔として残り続けるであろう先輩と、同じ運命を持っていた盟友の孫娘。

そして自分がウマソウル研究者を志した悲劇を乗り越えた運命の少女の輝かしい未来に、デインヒルが思いを馳せる。

あのTCターフの後悔からアメリカの地には余り足を運んで来なかったが、今回は彼女を救った青年と会えるなら、と同行をフランに申し出たのだった。

 

「さて!後は見届けよう。それとシリィ君、例の彼と会う時間は……」

「この後フランちゃんと一緒に会いに行きましょう。でもすぐに日本に行きますからね?」

「……何とかならないかネ?彼の家系には、興味深いものが……」

 

その青年と一族について調べた際に、デインヒルは初代当主と一族の特異性に目を付けていた。

とある伝説のウマ娘が姿を眩ませた時期と成り立ちが近く、そして、英国王室直々にロンドン郊外のレース場向きな良立地を下賜されているのだ。

突然現れた平民に、である。どれほどの功績を上げようとも有り得ない事態だった。

 

「だーめーでーすー!トレセン学園で講義の予定があるんですー!それにファイン殿下もお待ちですよ!!」

 

どうしてもその経緯を青年に確認したいデインヒルだったが、弟子は無慈悲に拒否した。

この師匠は知的好奇心を刺激されると飲まず食わずで研究に没頭する悪癖があるのだ。

 

「トホホ……仕方ないネ……ブレーヴ先輩に、会いに行ってもいいかな」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

(プレッシャーが、遠ざかっていく?何かトラブルが起きた?)

 

ドリームアヘッドは、遠ざかる巨神のプレッシャーを肌で感じていた。

予定通り逃げウマ娘を差し込める位置に付け、1バ身ほどラチにスペースを空けてコーナーを曲がる。

彼女の直線の癖までも計算に加えた、ベストの展開に持ち込む。

 

(ここに入られてたら危なかった。斜行取られたらたまんないからね……)

 

彼女の癖を知っているダンは、内を取りプレッシャーをかけようと考えていた。

アメリカのレース場のコースは左回りが主流である。

そしてドリームアヘッドは、幼い頃より左回りで練習する内にとある癖がついていた。

 

「──よお、そこ空いてるよな?」

 

空いた1バ身の内ラチ沿いのスペース、そこに、アニマルキングダムが潜り込む。

ワイズダンが下がった瞬間、好機と見たレース巧者の彼女は密かにペースを上げ、ドリームアヘッドが仕掛けるこの瞬間を待っていたのだ。

 

『ここでアニマルキングダムがドリームアヘッドに並びました!抜け目なく内ラチ沿いの有利な位置に付けています!!』

<これは巧いな…ワイズダンが下がるのに合わせてペースを上げ、ドリームアヘッドに接近を察知させていない。良い展開だ>

『おおっと!ミスターヴェラスも唸らせるレース巧者ぶり!ケンタッキーの暴れウマ娘という異名からは想像も付かないクレバーなレース運びです!』

 

(相変わらず、抜け目がない…でもね)

 

ニヤリと笑ってみせるアニマルキングダムの横顔に、ドリームアヘッドが好戦的な笑みを返す。

 

(──末脚は、私の方が速い)

 

(うげっ!もう仕掛けるのか!?くっそ、遅れた…)

 

ドリームアヘッドが、その天性の末脚を開放し、一瞬仕掛けが遅れたアニキが慌ててペースを上げるも置き去りにされる。

 

『ここでドリームアヘッドが仕掛けたああ!!素晴らしい末脚ですが、内ラチに寄せる独特な動きですね?ミスターヴェラス』

<彼女はスパートの際に左によれる癖がある。今のも斜行ギリギリだが…コーナーから仕掛けた上でアニマルキングダムが一瞬遅れた。不自然な程では無い、な>

『なるほど!的確な解説助かります!ミス・スペクターの時は大変で…

君も、苦労しているんだな……

 

二人が抜け出し、アニマルキングダムがドリームアヘッドを追う中、中団の底でダンは歯を食い縛り、怒りを覚えていた。

不甲斐ない、自分自身へ。

 

右足を、強く踏み込む。

バランスを崩しそうになるが、続けて何度も。

 

(全部、全部ボクの自業自得…怒って、大事な蹄鉄を壊して、今、負けそうになってる)

 

(でも!まだ負けてない!!)

 

(負けてないし!足も動く!!ならもうボクは諦めない!!絶対に!!)

 

強く、心に勝利を願う。

ダンは自らのウマソウルに触れた時、そこに潜む何かを感じた。

ずっと、自分を見ていた何かを。

自分をわざと一人では走れないウマ娘にして、あの青年に助けを求めさせた元凶を。

そこに怒りは無かった。だが、ダンは今心の奥に潜む何かに強い怒りを感じている。

ダンはウマソウルとの繋がりを得た際に、流れ込んだ何かの想いを知った。

こいつはきっと、自分が負けそうな時に出てきて囁く。勝ってやるから代われ、と。

ダンはその渇望を、確かに感じていた。

 

──だからダンは、助けを求めなかった。

 

(ボクの中にいるヤツ!!見てるんだろ!!)

 

(ボク、負けそうだよ!トモ兄の見てる前で!!)

 

(お前もトモ兄が大好きなんだろ!?ボクみたいに!!)

 

(でも!お前の力は借りない!ボクが一人で!ここから勝つ!!)

 

右足を何度も踏み込み、無理矢理にダンが直進する。

中団の底から、徐々にダンが速度を上げていく。

微かに、巨神の足音が響いた。

 

(全部、全部右足に込める!ありったけを、ボクの全部を!!)

 

ダンを包む赤いオーラが、凝縮し、その右足に集まり、そして──

 

『あっと、ここでワイズダンがペースを大きく上げていきます!裂蹄の影響をまるで感じません!』

<これは…!まさかここから勝つつもりか…行け!ダン!!>

『み、ミスターヴェラス…?』

<おっと、失礼…少し昂ってしまったようだ>

 

──巨神の足音が、ターフに響いた。

 

凄まじい轟音と共にターフに大きく足跡を残し、ダンが一気に駆け上がる。

ただ前だけを、勝利だけを求めて。

決意を込めたその横顔には、かつての気弱で自信を失っていたダンはもういなかった。

自分の力を信じ、自分の勝利を疑わない。一人の競走バ、ワイズダンとして完全な覚醒を迎えたのだ。

心の奥に、もう何かの気配は無かった。

ダンに微笑んだかのような意志を感じた後に、彼女の心から去っていった。

この異変と轟音を、前の競り合う二人も強く感じ取り、どちらとも無く目を合わせた。

 

(やっぱり来るか!!もう競り合ってる場合じゃねえ!足止めんなよ!!)

 

(言われなくても!あのプレッシャーをまた感じる…!)

 

二人並んだまま、全力で駆ける。

その横に、ダンはあっさりと追いついた。

 

(並んだ!でもこの二人、やっぱり凄いや!全然引き離せない!)

(スゲー!コイツマジで速えーな!勝っても負けてもアタシのダチにしよっと)

(あーもう、二人とも嗤ってるよ。レースバカばっかりじゃん。私はもうちょっと楽したいよ)

 

笑い合いながら並んで走るアニキとダンを眺めて、ドリームアヘッドは勘弁してよと心の中で呻いた。

彼女はレースも練習も好きだが実戦は楽して勝ちたい派である。

この二人と同期になるなら絶対英国に行こう、と誓いを新たにした。

 

『これは凄まじいデッドヒートです!三人ともまるで譲りません!!誰が勝つんでしょうかミスターヴェラス!?』

<ダン!思い出せ!飛ぶんだ!!>

『ミスターヴェラス!?』

<あっ!失礼…>

 

そして短い直線、三人並んだままゴールという所で、解説の言葉が耳に入ったダンの脳裏にふと、あの日見た憧れの人のレースが過った。

あの、華麗に飛ぶ現役最強の姿を。

 

右足に、力を込める。

 

(一跳びで、いい。今のボクなら!)

 

(きっと、飛べる!!)

 

ゴール前、ドゴン、と強烈な足音を残してダンは大きく飛んだ。

たった一歩だけの、ストライド走法。

その一歩で7メートルを飛んだダンは、最初にゴールラインを割り、着地できずにターフを転がっていく。

 

決着が、着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『一着は…ワイズダン!自分の体ごとゴールに飛び込みました!!素晴らしい逆転劇!おっとミスターヴェラス?どちらへ?』

1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…

  • いる
  • いらない
  • まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
  • キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ
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