『くそぉ…なんでや、何でウチがこんな目に…ウチは何も悪い事なんてしてへんで!もう二度と高いビルになんて登らへん……会長ホンマ覚えとけやぁあああああ!!!!!』
「きゃああああ!!!素敵だわ!!素敵だわ!!タマレーン刑事!!!」
「すげえな……これがノースタントで現地でロケしたってビル飛び降りシーンか」
およそ一年前の久居留邸、智哉の自室。
担当の練習の合間にフランと遊ぶ時間を作った智哉は、フランが持ってきたお気に入りのウマ女優の新作アクション映画のDVDを一緒に鑑賞していた。
いつもの如く大興奮である。普段お淑やかなフランが耳をぴこぴことせわしなく動かし、尻尾をぶんぶんと振り回す。
智哉の腕に巻きつきながらこれを行うので尻尾が智哉に何度も当たっていた。成長したので結構痛い。
スタントマンを使わず、命綱無しで敢行したという消火ホースを使ってのビルからの飛び降りと迫真の演技は、さしもの智哉も流石大女優と感嘆するばかりであった。
「ねえ、トム」
「ん?どうした?」
映画も見終わり、興奮がやや収まったフランが智哉を横から見上げて言う。
「あれ、やりたいわ」
「……何をだよ?」
目をきらきらと輝かせたフランが、智哉の疑問にドヤ顔で答えた。
「あの飛び降りるの、やりたいわ!」
「……いや無茶だろ。てか高いとこダメだろお前」
「でもやりたいのよ。トムがわたしを抱えてちょうだい」
「それやるの俺だろ!!?勘弁してくれよ……」
「じゃあ、サリーに頼んでみるわ」
「やめろ!サリーさんならやりかねねえだろ!!」
無茶を言うフランを智哉が慌てて止める。
高所恐怖症の彼女がビル飛び降りスタントの真似は無茶が過ぎる話であった。
恐らく上った所で腰が抜けるであろう。
一方、智哉はフランに余り英国で時間を作ってやれなくて申し訳なく思っていた。
この願いは無理にしても、なるべく彼女の望みには沿ってやりたい。
そう思い、せめて約束だけでも、と考えたのだ。
「仕方ねえな…わかったよ。そういう機会があったらやってやるから」
「…ほんと?」
「ああ、約束するよ」
ここで智哉は安請け合いをした。
どうせそんな機会など来ない、と高を括っているのだ。
「そんな機会が、来たらな…来ねえと思うけど」
「もう!トムったら!」
ぷう、と頬を膨らませるフランの頭を、笑いながら智哉が優しく撫でる。
久居留邸の昼下がりの、穏やかな一時であった。
*****
<すまない、少し席を外す。次走までには戻ろう>
「ええ、ミスターヴェラス。スカウトお疲れ様でした。良い数字取れてますし来年もどうですか?」
<ああ、考えておくよ。では失礼する>
スカウトを終えた後、怪人が実況に断りを入れて控室に向かう。
ダンのレースの後に、とある人物と会う約束をしていた。
<失礼する。無理を言ってすまないな>
「構わないよ。後でお嬢さんに文句言われそうだけど……」
<いやマジですいません…あいつしつこそうだもんな…>
控室で怪人を待っていた人物──怪人と全く同じ服装のライエンに声をかけ、怪人がマスクを外す。
「ふう…じゃあ、後お願いします」
<心得ているさ。約束は本当に守れよ>
「ッス……」
控室に入った怪人がマスクを外すと、そこには智哉がいた。
智哉とライエンは、怪人の中身である。
担当のトレーニングなどは智哉が当然受け持っていたが、記者の取材や今回のようなイベントの場合、ライエンに怪人に扮してもらう事があった。
今回は、ダンのレースを見届けた後にライエンと交代する予定となっている。
この後ダンと会うためである。
<しかし、ガスデン氏は何故こんな事を提案したんだろうな?予想は付くが、それだけでは理由に乏しい>
「ライエンさんの予想はわかんねえけど…あの人、俺を英国に帰したくない節があるんすよね」
<……何故だね?君達はある種の師弟関係だろう?>
「聞かねえとわかんねえっすね。まあ来年会うし聞いてみます」
<そうかね、では私は行ってくるよ。約束は守れよ??>
「ッス……」
ライエン扮する怪人が控室から出ようとした時である。
観客席の方から何やら悲鳴のような歓声が聞こえてきた。
まるで、気性難が大暴れしているのに怯える観衆のような悲鳴である。
<……やっぱり行きたくなくなってきたんだけど>
「頑張ってくださいライエンさん!じゃあまた後で!!」
<あっ!押すなよ!おい!!>
怪人を無理矢理押し出して、二人で廊下に出る。
一方、この控室にとある人物たちが向かっていた。
「この先に、トムがいるのね?」
「ええ、お嬢様」
「フゥム、彼がかの話題の人物とはネ。実に興味深い」
フランとメイド、そしてデインヒルの面々である。
レース前、姉に連絡を取ったメイドが居場所を聞き出していた。
姉は現在余裕ぶっこいて待機所でダンに禁じられていた飲酒を続行中である。
弟がダンに正体をバラしたのは当然知らない。肝心な時には必ずいない女であった。
酔っぱらったかつてのライバルにメイドは呆れ果てた。
「先生、サリー、先にトムと二人でお話してもいい?どうしてもお話したい事があるの」
「私は構わないヨ」
「……わかりましたお嬢様。あいつが近くにいるなら大丈夫でしょう」
フランが同行している二人に、智哉と二人っきりになりたいと頼む。
ここまで来た事を褒めて欲しく、アメリカで頑張っている事を一言ねぎらいたかったのだ。
控室は廊下を二つ曲がった先である。
何も危ない事は無いだろう、とメイドは判断した。
メイドの許可を得たフランが、控室に向かって歩く。
角を曲がり、怪人と別れた智哉ともう一人、チーム・カルメットのサブトレーナー姿のウマ娘を見つけ、声をかけようとした時だった。
「トレーナー、ワタシ、次走はどうしたらいい?」
「ああ、インディか。君はグローリーカップスプリントがいいだろう。君はスタートが得意だからセオリー通り……あっ」
不意打ちであった。いつもの癖で、いつもの変装時の返事が智哉の口から出てしまう。
慌てて振り向いた先には、声で反応した通り、かつての担当であるネイティブウマ娘のインディアンブレッシングがいた。
失態である。ダンのスカウトを終え、交代したばかりの隙を突かれたのだ。
声をかけるタイミングを失ったフランが、角に隠れる。
まだ幼いフランには自分でも何故かわからない行動だった。
しかし隠れるべきだ、という直感に従った結果であった。
「げっ、インディ……」
「トモヤ、やっぱりトレーナーだった」
「あー……なあ、この事は……」
「言わない、でも代わりにワタシの話、聞いてほしい」
インディが、にこりと笑う。
智哉は頭を掻いた後、話を聞く準備に入った。
フランは角で耳を澄ませ、何が起きるのかを伺っている。
「トモヤ、ワタシ、婿探してる。一族の掟」
「……婿?」
「ウン、婿」
話の流れが読めない智哉が、首を傾げた。
インディはアメリカ建国にも関わった超肉食ウマ娘の血を色濃く継ぐ身である。
単刀直入に、言葉を投げた。
「トモヤ、ワタシと結婚してほしい、ワタシと故郷来て」
「……えっ?俺?」
この言葉に智哉が耳を疑い、盗み聞きしていたフランが目を見開く。
(トムが、結婚……?)
フランは自分が原因で、智哉が欧州で六年もトレーナーとして活動できない処分を受けた事をもう知っている。
たまにしか会えない寂しさから甘えて我儘を言ってしまう事もあるが、そこまでして自分を助けてくれた智哉の為に、何かを返したいとずっと考えていた。
アメリカで多忙な生活を送っているのも知っている。
多忙でいつも苦労している智哉に、いつか幸せになってほしいと心から思っている。
相手のウマ娘も美人であるし、気は強そうだが優しそうなお姉さんだった。
きっと、智哉を幸せにしてくれる。
(……何故かしら?トムには、幸せになって欲しいのに……)
(すごく、嫌だわ。わたし、すごくさみしいわ)
しかし、何故かそれがフランには嫌で堪らなかった。
幼い怪物は、まだ自分の気持ちを知らない。
フランは、耳を垂れさせて俯いた。この場を離れようかとも思った。
智哉はこのストレートなインディの物言いに、流石に好意を寄せられているのを理解した。
インディは自分の事を以前から差別などしなかったし、元々気が合う相手である。
魅力的な美しいウマ娘でもある。自分には勿体ないとすら思える。
智哉は悩んだ。
悩む理由は、この求婚を受け入れるかではない。
如何に、傷付けずに断るかだった。
「……その、インディ、気持ちは嬉しい。すげえ嬉しい」
「…そう、なら結婚」
「ごめん、でもインディの誘いは受けられない。本当にごめん」
フランが、角の向こうで頭を上げる。
断るなんて、信じられなかった。
「…どうして?」
インディの問いかけに智哉は、言葉を選ぼうと悩んでいた。
ウマ娘に求婚される事も、思いを寄せられていると知ったのも始めての事だった。
しかし、結局言葉を選ばなかった。
真っ直ぐ言葉を伝えてくれたインディに、こちらも誠実に本当の事を話そうと思った。
「……来年の暮れに、英国に帰るんだ。あっちでさ、契約を約束した子がいるから」
「俺、色々あって、あんな怪人に変装してまでこっちでトレーナーやってるけど……」
「全部、その子の為なんだ。その子が学院に入った時に、胸張って契約できるトレーナーになりたくて、その為にこっちでトレーナーやってる」
「だから、ごめん……一緒に故郷には行けない。俺は、やらなきゃ行けない事が、待ってくれてる子がいるから」
心からの、智哉の返答だった。
インディに真っ直ぐ向き合った、嘘偽りない返事だった。
(トム……!)
フランは、嬉しくて舞い上がりそうになり口を抑えた。
約束を、覚えていてくれていた。その為に、頑張ってくれていた。
口を離すと情けない声が出そうになった。
今すぐ駆け寄って、智哉に飛び付きたくなった。
「……そう、残念、フラれた」
「うっ…ごめんなインディ、お前ならきっと俺より良い男くらい……」
「それはない。トモヤは自分の価値をわかっていない」
取り付く島も無さそうな智哉の決意を受け、肩を落としたインディが懐から何かを取り出す。
小さな笛のような、何かを。
「……なんだそれ」
「だから、トモヤ、ここからは狩りになる」
インディが、笛を吹く。
智哉には少しだけ聞こえ、フランはその音量で眩暈を覚えた。
本来はウマ娘にだけ聞こえる周波数を発する、ウマ笛という代物である。
それを三回インディは強く吹き、サブトレーナーのツナギとキャップを脱ぎ捨てた。
その下は、勝負服であった。ネイティブウマ娘の装束を模した代物である。
そして、三回吹いた意味は──
「今、ここに来ている狩りの介添人30人に、知らせた。みんな腕利きの、狩人」
「……は?」
「目的は、トモヤをワタシが狩って、結婚」
「……は??」
「ルールは、簡単。ワタシ、三分待つ、その間トモヤ逃げる」
「……は???」
「武器は、一族伝統のモノ。銃火器は、使わない」
「……は?はぁあああああああ!!!!?」
「トモヤ、もう三分待つ、はじまってる」
智哉は絶叫した。突然元担当のネイティブウマ娘に告白されたと思ったら狩りの対象にされていた。こんな事態想定外できる訳がない。
ふと、姉がこのネイティブウマ娘を酷く警戒していたのを思い出した。
現実逃避である。こんな事態想定できる訳がない。
「待てインディ!!!俺の勝利条件は!!!!??」
「……?そういえば、ルールにない。多分、誰も逃げられないから」
勝利条件は一族のルールにも存在していなかった。
愚かなヒトミミの男が狩りの達人のウマ娘に狙われたら絶対に逃げられないのだ。
これを聞いた瞬間、智哉は脱兎の如く逃げ出した。
角を曲がる所で、フランと出会う。
「トム!」
「……フラン?本当に来てたのか?って悪い今それどこじゃねえ!!」
「わたしも行くわ!!!」
フランが智哉に併走しながら、同行を申し出る。
一大事である。流石の天然お嬢様も事の大きさを察した。
「危ないから駄目だ!!!」
「なら勝手についていくわ!!!サリーにも連絡しなくちゃ!」
「とりあえずレース場から出るぞ!!どこまで網を広げてるか読めねえのが問題だな……」
「カレッジの、わたしのお家のチームに匿ってもらうのはどうかしら!」
智哉とフランが、レース場の外を目指して走る。
近くのキーンランドカレッジにはチーム・ジュドモントのアメリカ支部も存在する。
そこに行けば匿ってもらい、やり過ごせる可能性もある。
智哉は深く考えた後に、答えを出した。
「ダメだと思う。俺のチームのオーナーもここに来てるんだよ。カレッジに隠れるのは読まれて多分何人か配置されてるはずだ」
「困ったわ!どうしましょう!!」
「車道に出よう。ウマ娘専用レーンを通って警察に通報するぞ。俺は本当はダメだけど……」
世界共通の交通ルールとして、ウマ娘専用レーンが道路には存在する。
ウマ娘以外進入禁止の専用レーンを走る際のみ、ウマ娘は人間が乗る軽車両と同等の扱いを受けるのだ。歩道を走るウマ娘との接触事故が多発した影響である。
このレーンは信号の影響も受けるが、その際は歩道を歩けば更に距離を稼げる。
そのレーンを通れば、逃げ切れると智哉は試算した。
人間の智哉が走ったら警察ウマ娘に捕まる可能性も考慮の上である。捕まり、保護されればいいのだ。
「フラン、本当に危ないと思ったら置いてくからな!!」
「絶対についていくわ!」
そして、三分が過ぎた──
「──時間、来た。狩る」
冒頭のタマちゃんの台詞が野沢那智版なのはワイの趣味です。
またあのハスキーな声が聞きてえなあ……。
もう一話書けそうやで。頑張る…。
1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…
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いる
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いらない
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まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
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キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ