トムとフラン   作:AC新作はよ

98 / 121
お仕事忙しくてちょっとペース落ちるやで………ゆるしてゆるして。

いつの間にか総合評価2000超えてた。
感謝しかないんやで。


第四十二話 いつか、はじまりのゲートで

「あんた何であたしに連絡しなかったのよ?」

「姉貴はまだ怪我が完治してねえし近くにダンがいただろ。巻き込みたくなかったんだよ」

「水臭いわねー。インディちゃんはともかくそこらの子相手なら、おじいちゃんの技使えば何とでもなったのに」

「尚更じゃねえか!怪我人増やすなよ!!」

 

ここはフロリダ州ガルフストリームカレッジ近くの高級ホテルのロビー。

レース観戦に訪れた富裕層が主な客層である。

海岸線沿いに建設され、窓の外には美しい砂浜が広がっている。

時刻は夜である。日本での一件から一週間が経ち、智哉はアメリカに戻ってきていた。

 

「でもまさかシーザスターズとライト先輩があんた助けるとはねー、今度会ったらお礼言っとくわね」

「頼むわ。日本で会ったときに言ってるけどな」

「で、すぐに帰っちゃったんでしょあの二人」

「あー……秘書さんがブチ切れてたな……」

 

シーザスターズとアホの子のコンビはジュドモント所有のプライベートジェットで日本まで同行し、トレセン学園に滞在していた。

学園は上から下までひっくり返る大騒ぎである。英国が誇る欧州現役最強ウマ娘とチーム・ゴドルフィンのトップスターが突然のアポ無し訪問、生徒会は対応に追われたが現在地方視察で出向中の生徒会長の鶴の一声により、彼女達の受け入れが決まった。

そしてシーザスターズは来日早々にターフコースに立ち、アホの子の通訳で校舎に向けこう言った。

 

『日本の誇り高きウマ娘の諸君!私の名前はシーザスターズ!!』

『みんなー!私はシーちゃんだよー!!』

 

『私は!!私より強く!私より速い者を探している!!』

『えーと……私レース大好き!!!』

 

『我こそはと思う者はここまで来い!!!私と走ろうじゃないか!!!』

『みんないっしょに走ろうよー!!!』

 

授業中の日本のウマ娘達はこの欧州最強と走れるチャンスに沸き立ち、みんな授業をほっぽり出してターフコースに集合した。

教師陣は頭を抱えたが確かにこんなチャンスは滅多に無い。

特別授業として許可を出し、熾烈なくじ引きの末にフルゲートでの模擬レースが行われたのだ。

タフでレース狂いのシーザスターズは何度も走り、学園の生徒達の期待に応えた。何故かアイルランド大公家の姉妹殿下も混ざっていた。

シーザスターズは見て見ぬ振りをし、出向中の生徒会長の代理として辣腕を振るっていた副会長は、小言をマシンガンのように飛ばして姉殿下を説教した。姉殿下は何故かうれしそうであった。

そして参加した強者達をねぎらった後に、どうしても走っておきたい相手を求めたのだ。

 

『日本の諸君は強者揃いだな!だがここにはあの二人がいないじゃないか!』

『みんな速くてすごいねー!でもあの二人がいないよー!』

 

『諸君!私はあの二人と走りたい!!皇帝シンボリルドルフ!そして英雄ディー……』

『おいたが過ぎないかしら?シーザスターズちゃん?』

『あっミリィさん……………』

 

こうしてやりたい放題やり倒した後に、シーザスターズとアホの子は英国へ送還された。

ウェルズ理事長よりレース禁止令を出されたシーザスターズは泣いた。

ついでに外出禁止令を延長されてアホの子も泣いた。しょっちゅう脱走しては延長されているので恒例行事となりつつあった。

 

「あいつバカじゃないの?」

「俺はあの人に助けてもらったから何も言えねえ……」

「それからイージーゴアさんもいたのよね?こないだ記者会見やったけど」

「ああ、てかそんな事になってたのかよ……」

 

貴婦人は日本へ脱出した後、気に入らないシスターの親友気取りをわからせておこうと行動した。

 

『……お待ちなさい。其方、メジロマックイーンですわね?』

『確かにわたくしはメジロマックイーンですが……えっあなた、イージーゴアさん?どうしてここに?サンディと喧嘩していたようですがまたあの子が何か………』

『……上から目線で気に入りませんわね。サンディなんて愛称で呼んで……!まるで、あの女の一番の親友のような振る舞い……!!』

 

誤解である。この芦毛の令嬢はいつもあの超気性難に振り回されて参りきっていた。

 

『……は?待ってくださいまし!!わたくしがアレの親友!!!??』

『その態度!!まるで親友と呼ばれるのが当然のように……!!!!』

『いやほんとに待ってくださいまし!!!訂正を要求しますわ!!!!!』

『……………何ですって、まさか、そういう、関係………!!!?』

 

貴婦人は衝撃を受けてよろめき、打ちのめされた。

誤解である。シスターはそもそも既婚である。

芦毛の令嬢は全身に鳥肌が立ち、なんですのこの方とばかりに絶叫した。

彼女は昔から気性難に絡まれやすいのだ。

 

『えええええええ!!!?誤解ですわ!!!!ウマ娘権の侵害ですわ!!!!弁護士を呼びますわ!!!!!』

『問答無用ぉぉぉおおお!!!!レースで勝負しなさい!!!此方がわからせて差し上げ………』

 

『おいワレ、そんな暇あると思うとるのか?』

『あっ大統領……………』

 

こうして因縁を残しつつ、貴婦人はアメリカに送還された。

貴婦人は大統領に散々締められた後に謝罪会見を行い、シンデレラクレーミングは費用を貴婦人持ちで一日延長され無事日程を終えている。

富豪の貴婦人には些事である。それよりも日本に戻ろうとしたが大統領に渡航禁止例を出された。貴婦人は泣いた。

 

「無茶苦茶でしょ。もうやだこの国……」

「まあ、シンデレラクレーミングは無事に終わってよかったよな……」

「そうねー、インディちゃんはやったことはともかくとして良い子よね。あんた以外手を出してないし」

「そうだなあ、トレーナー席は大変だったみたいだけど……」

 

インディは婿狩りに失敗したものの、何も壊さず、誰も傷付けずに成功寸前まで進めたことで氏族内で名を上げた。現在は親友のザフと失恋旅行中である。そしてトレーナー席ではあの日、智哉とフランが去った後大乱闘が起きていた。

きっかけは被疑者の肉の盾を構えて介添人達を遮った、ウマ娘中央活動部第19課(U C O 19)隊員のダスティの発言であった。

 

『コイツ!力、強い!』

『ヘイヘイ!どうしたアメリカウマ娘!!強そうなのは見た目だけかァ!?』

『………上等!我が氏族、売られた喧嘩、買う!!』

 

肉の盾を、いきりたった狩人ウマ娘達が全力で押し返す。

 

『おっ、何だよやるじゃねえか!!!』

『ダスティ、ステイ!挑発するな!!あっ……』

『ぶっひいいぃぃいいいい!!!?』

 

人数差で押し返され、その反動で肉の盾がぶっ飛んだ。

肉の盾が天井に当たってバウンドし、飛ぶその先には──

 

『クリス、いいか!?ここで大人しくしてれば……うぁぁぁぁ』

『ケン!!?いや角度がおかしいデス!!ケンだけ狙うようにぶっ飛んでくるのオカシイ!!!』

 

まるで三女神の導きを受けたかのように、哀れな気性難センサーに肉の盾が狙い澄まして激突した。

クリスが余りにも異常な当たり方をしたのに思わずツッコミを入れる中、何故かきりもみ回転しながら気性難センサーが吹っ飛び、地面に落ちる。

 

『う、ウソだろ……こ、こんな事が、こんな事が許されていいのか……』

『ケン!?ケーーーーン!!!??』

 

そして狩人ウマ娘達が乱入し、暫し大乱闘を繰り広げた後に更に来訪者が現れる。

 

『ストーーーップ!!!!そこまで!!!!お願いだからもうやめて!!!!』

『間に合いましたか!!?』

『来たか!!よくやったぞファーディ!!』

『あー、終わりか?暴れたりねえなあ』

 

大族長クリミナルタイプと、彼女をここまで連れてきたアリダーの秘書、ファーディナンドの二人である。

こうして大族長の号令により、一人の尊い犠牲を出しつつも介添人達は矛を収めたのだ。

なお彼女達はお咎めなしとなった。気性難センサーは哀れである。

ジャックは無事減俸となり泣いた。ダスティは始末書の山に泣いた。

 

「そうだ、ウィル君来てたわよ。待機所で会ったわ」

 

姉が待機所での一件をふと思い出しそれを告げると、智哉は心底嫌そうな顔をした。

 

「………あ?クレアヘイブンは今年参加してなかったぜ?」

「うわ嫌そーな顔。あんたら仲直りしたら?」

「先に縁切ったのはあいつだぜ?俺から言う事は何もねえよ」

 

クレアヘイブンのウィル・ベックと智哉はかつて共にサブトレーナーとして過ごした間柄である。

年も近く、最初は険悪ではなかった。しかし、あるきっかけからこの二人は犬猿の仲となっている。

 

「それはあんたが原因でしょ。今のあんた見たらウィル君も見直してくれるわよ」

「……どうだかな。ま、どうでもいいわ」

「……そ。フランちゃんとサリーとは日本で会ってるのよね?こっち来てたとはねー」

「おう、何かばあちゃんとこそこそやってたけど……」

 

智哉は日本で目覚めた後、トレセン学園から一駅の距離にある祖父宅で過ごしていた。そこにフランとメイドも招いたのだ。

そこで数日過ごし、フランは智哉と東京観光を満喫した後、英国へ帰って行った。

 

「おじいちゃん元気だった?」

「元気すぎてまいった………次来たら鍛え直すって……」

「あははは!まあいいじゃん、あんた自分くらい守れるようになっときな」

「ッス………」

 

姉弟の祖父は当主の座を息子の伝蔵に譲った後に、日本で小栗心当流という古武術の道場を開いている。

分家に相伝されていた由緒正しき流派である。智哉は幼い頃、祖父にしごかれ姉に技の実験台にされ良い思い出はない。

智哉がトレーナー席で無意識に使った銃弾を逸らした技は、ウマ娘の門下生に伝授される奥義だった。

姉は会得しており、祖父は人間の身でこれを行う達人である。超人の智哉より遥かに強い。

祖父は智哉の身体能力に可能性を見出し、会う度に立ち会おうとするので苦手意識があった。天敵である。

 

「フランちゃんカンカンだったらしいわね?日本で」

「ジュドモントの名前まで出して怒ってたなあ……俺が止めないとヤバかった……」

 

フランは理事長室でジュドモントの名まで使い、智哉とのサブトレーナー契約に猛抗議した。

更にはこの事をジュドモントより正式に抗議の声明を発し、世間に知らしめてでも返してもらうと秋川理事長に迫ったのだ。

このフランの暴走を英国のヘンリー理事から知らされた智哉は、理事長室に急行しフランを後ろから抱きしめて止めた。

 

『国際問題ッッ!!!!!!!』

『フランストップ!なんとかなるから!!な!?秋川理事長ぶっ倒れただろ!?』

 

『………離しなさい、トム。わたしは今はジュドモントの名代としてここにいます』

『……フラン?ほら、もういいから落ち着けって』

 

智哉が見たことがない、冷たい雰囲気のフランがいた。

フランが意図して智哉に見せたことがない、ジュドモント当主の名代、いずれジュドモント家の当主となるフランシス・ジュドモントとしての一面である。

智哉は知らないフランの姿に一瞬衝撃を受けたが、それ故にフランを何とか止めようと耳を撫で回した。

 

『にゃ!!?もうトム!耳はやめてちょうだい!!』

『おっ、戻ったか。帰るぞ。東京案内してやるから』

『ほんと!?いくわ!!』

『その前に秋川理事長なんとかしねえとだけど……』

 

こうして秋川理事長を介抱した後、フランは東京で遊んでから英国へ帰った。

現在ジュドモント家では家族会議中である。フランのとある要望を父セシルが全面反対していた。

フランの祖母の説得によりセシルは泣いた。

 

「色々あったみたいだけど、あんた損したわけじゃないんでしょ?日本で滞在中はジョーとしてならトレーナー活動していいんだっけ?アメリカでもそのままだし」

「ああ、もう二重生活はしんどいから御免だけどな……」

 

あの場にいた面々の協議により、怪人の正体については各々で箝口令が敷かれた。

そして智哉だけが不利益を被る現状の折衷案として、怪人との二重トレーナー資格の所持が許可されたのだ。

ウェルズ理事長の要請で英国では智哉本人としてトレーナー業に就き、アメリカではそのまま怪人でいてほしいという大統領の希望に沿う形となった。これなら怪人の実績として智哉の実績は残るのだ。

そして日本への出向も本人の希望する時期で、希望する期間滞在できるように調整すると英国および日本双方の理事長より確約されている。秋川理事長はその上で滞在中は特例として、試験無しで怪人の短期免許を出しておくとまで言ってくれている。

ここまでの好待遇を受け、智哉としてはむしろ恐縮しきりであった。

 

「よかったじゃん。ところでいつ行くか決めてるの?」

「奉仕期間中のどっかでとりあえず半年くらいで……それ以上いたらじいちゃんに殺される……」

「そ。決まったら言いな。あたしも行くから」

「は?姉貴までなんでだよ」

 

姉はさも当然のように、さっぱりとした表情で言った。

 

「あたし、来年あんたのカルメットとの契約が終わったら引退するし暇なのよ」

 

「……へ?」

 

智哉は耳を疑った。担当の自分が全く知らない話である。

 

「何で!!!?いつ決めたんだよ!!!?もう言ってるのか!??」

「ネルにも勝てたしアメリカで負けたリベンジって意味ならもういいかなって。決めたのはさっき。オーナーとチーフには言ったわよ」

「………マジかよ。欧州でやると思ってたわ」

 

姉はこの弟の言葉に顔を青くしてかぶりを振った。

欧州の競走バ達のその先の競走、レジェンドグレードにだけは絶対出たくない理由が姉にはあるのだ。

自分が参戦したら嬉々としてあのレース狂いの欧州最強が、掟破りのティアラ路線への殴り込みをしてくるだろうと言う確信を持っていた。

 

「レジェンドグレードは嫌なのよ!!!!あいつが絶対来るから!!!!!」

「あいつ……?よくわかんねえけど……やりたい事とかあるのか?」

「うーん……やりたい事っていうか、責任取らないといけない事は一つだけあるわね。今言えるのはそれだけかな……」

 

そこまで話したところで姉が席を立つ。ここにはとある一家が同行しており、姉はその一家の一人娘の為に時間稼ぎとして弟と雑談していたのだ。そして今が頃合いである。

 

「さて、あたしは部屋戻るから。あんたはもうちょっとゆっくりしてなよ」

「ああ、明日から練習再開するからな?」

「りょーかい。ま、あたしはしばらくレース無いからロードちゃん見てやりな。あ、それと」

「どうした?」

 

「全部あんたに任せるから」

 

姉は真剣な顔でそう言った後、ロビーから去って行った。

智哉が首を傾げ、言葉の真意を探ろうとしたが後ろから声がかけられる。

智哉はトレーナーであり、カレッジの施設も利用できる。

わざわざ高級ホテルにチェックインせずともカレッジのトレーナー寮に泊まればいいはずである。

ここに宿泊している理由は、この人物にあった。

 

「トモ兄、ちょっといいかな……?」

「おっ、ダ……ン?」

 

智哉が声をかけた人物、ダンに振り向いたところで目を見開き、声を失う。

その姿を見て、一瞬ダンなのかわからなかったのだ。

 

「ど、どうかな…?こういう格好、するの初めてだけど……」

 

ダンは、普段は短パンにスカジャン姿のボーイッシュな服装の少女である。

それが今は薄い黄色のワンピースドレスに身を包み、鮮やかな栗毛の髪を横でシュシュでまとめ、上から下までどこから見ても少女と言った様相となっていた。

ダンは元々はウマ娘基準でも整った綺麗な顔立ちの、中性的な美少女である。

智哉と会うまではウマ娘である事を隠していたし、その陰気な雰囲気からその魅力に気付く者は少なかった。

あのダンをいじめていた三人組はダンの魅力に気付いていた。だから良からぬ考えを持ち、ちょっかいをかけていたのだ。

その隠された魅力が、智哉の前で露になっていた。

 

「お、おう……一瞬誰かわからなかったぜ。似合ってるぞ、ダン。髪は自分でやったのか?」

「お母さんがやってくれたんだよ。ミディ姉がこの服、選んでくれて……」

 

もじもじと恥ずかしげにしつつも、ダンは智哉の返事に少しだけ眉を顰める。

褒めてもらったのはうれしいが、言い慣れていると感じたのだ。

 

(……トモ兄、女の子褒めるの慣れてる。やっぱりそういう子いるんだ……)

 

実際智哉はフランによく感想を求められる事があり、言い慣れていた。

しかも似合っているだけではフランが怒るので一つコメントを加えるようにしている。

いつものダンならこのままもやもやした感情を抱えているところだったが、今日は勇気を出す日だった。

そのためにこんな格好までしたのだ。勝負をかけるために。

勇気を出して、ダンが口を開く。

 

 

「トモ兄、ちょっと歩かない?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「さ、寒いよぉ……」

「そりゃ寒いだろ……」

 

ホテルの外、砂浜の前の遊歩道でダンは震えていた。

季節は冬、ワンピースドレスだけでは寒さを防げないのは当然である。

 

「ほら、着とけ」

「えっ、でもトモ兄が」

「俺は平気だからいいって。厚着してるからな」

 

震えるダンの肩に、智哉が着ていたファー付きのジャケットが被せられる。

智哉はその下にハイネックのセーターを着込んでいた。実際そこまで寒くはない。

平気そうな智哉を確認してから、ダンはジャケットに袖を通す。

180cmを超える智哉の着ていたジャケットはダンにとってはかなり大きい。

袖が大きく余り、智哉の体温で暖かいジャケットの袖をダンがすんすんと条件反射で嗅いだ。

 

(ふわあ、トモ兄のやさしい匂いがする……)

「ダン、嗅ぐのはやめてくれねえかな……」

「えっ!?あ、えへへ、ごめんね」

 

オーストラリア旅行の際に、フランに吸われた事を思い出した智哉が少し嫌な気分になりながら嗅ぐのを咎め、ダンは笑って誤魔化した。

そのまま少し歩いた後、二人は砂浜の前のベンチに座る。

 

「……寒くないか?」

「うん、大丈夫」

 

ダンが、智哉の目をしっかりと見ながら、言葉を紡ぐ。

どうしても、伝えたいことがあった。

二人きりで、願いたいことがあった。

 

「……ありがとう、トモ兄」

「ん?何の話だ?」

 

智哉は一度、とぼけてみせた。あの時気付いていなかったなら、それでいいと。

ダンにしたことについて恩を売りたい訳でも、見返りを求める訳でもない。

ただそうしたかったのだ。

何かを求める為でなく、ただ、ダンの為に。

 

「トモ兄、あの時の言葉……ちゃんと届いてたよ。だから誤魔化さないでほしいな」

 

ダンはとぼけた智哉の真意、夢へと連れ出してくれた優しい魔法使いの思いを、すぐ様汲み取った。

ずっと憧れ、見ていた人だった。ダンにわからないはずはなかった。

 

「……そっか、聞こえてたんだな」

「うん……」

 

二人で、砂浜を眺める。冬の砂浜の遊歩道には、二人以外誰もいない。

静かに波の音が響き、頭上には月が輝いていた。

ぽつりと、智哉が言葉をこぼす。

 

「……よかったな、チーフが見てくれるんだろ?」

「……うん、びっくりしちゃった」

 

フロリダ州にダンを連れてきたのは、ここを本拠地とするチーム・カルメットとの交渉とダンのメディカルチェック、そして形式上の契約テストの為である。

弱冠十歳の少女とは思えないその脚力とラップタイム、チーフトレーナーであるロッド・フレッチャーはダンの才能に惚れ込み、そして面談の後に正式に契約した暁には自分が担当すると宣言したのだ。

その際に、ロッドは意味深な言葉を智哉に残している。

 

『とりあえず、私が見るよ。それが最もあの子の為になると思ったからね。とりあえず、だけどね?』

 

智哉は怪訝に思ったが、ロッドはアメリカにおける最高峰のトレーナーの一人である。

弱冠十歳の少女に対しての最高の待遇に智哉は頭を下げ、ダンをお願いしますとロッドに感謝を伝えた。

 

「でも、トモ兄……よかったの?こんな高いホテル……」

「気にすんなって。これでも稼ぎはいいんだぜ?それにダンの晴れ舞台だろ。これくらいどうってことないよ」

 

優しく微笑みながら、智哉がダンに平然と言ってのける。

お互い、本当に伝えたいことを避けている。

言わなければならない。伝えなければならない。

それでも少しだけ、このままでいたかった。

ふと、智哉が片手を握り、ダンの前に差し出した。

 

「……どうしたの?」

 

不思議そうにその手を見るダンに見せびらかすように智哉が手を振り、そして開くと、その中には黒い中折れ帽が現れた。

怪人のコスチュームとして使っている中折れ帽である。

それを智哉は、ダンの手に乗せた。

 

「やるよ、それ」

「わあ……!すごいトモ兄!どうやったの?」

「ちょっとした手品だよ。練習したんだぜ?」

 

ダンが、手に置かれた怪人の中折れ帽を見つめ、そっと胸に抱く。

一つ、目標が生まれた。

 

「……これ、ボクの勝負服にする。お母さんに耳穴開けてもらわなきゃ」

 

贈り物を勝負服にするという行為は、競走バにとって最大限の好意の表れである。

 

「……いいのか?それ、ダンには大きいぞ?」

「ううん、これがいいんだ。それとねトモ兄、後でさっきの手品、教えて?」

「ああ、いいぜ。ちょっと難しいぞ?」

「うん、頑張る」

 

帽子を大切にそうに胸に収め、口火を切ったのはダンからだった。

 

「トモ兄、英国に……帰るんだよね?」

「……ああ、姉貴からか?」

「うん、ミディ姉から、聞いた……」

 

智哉は、姉のあの時の言葉の真意は、この事であったと気付いた。

姉は弟に、これからの事を任せると言っていたのだ。

勘違いである。姉は意味深な言葉で煙に巻き、やらかした事を弟に丸投げしているだけである。

 

「そっ、か………まだ一年契約はあるから、帰るのは来年の暮れだけどな」

「何のために、帰るの?」

「まずは、あっちでサブトレやる為だな。試験の時に色々あってさ、二年奉仕作業しないとあっちで契約できないんだよ」

「……………誰かと、契約するの?」

 

俯き、スカートをぎゅっと握ったダンが、一番聞きたくないことを聞いた。

この憧れの人の影に誰かがいることはわかっていた。それでも聞きたくないことだった。

 

「ああ……あっちでな、契約を約束した子がいるんだ」

「そう……なんだ。どんな子?」

「あー、どんな子っつうか……」

 

何となく、智哉は普段働かない勘が働き、言葉を濁した。

 

「えーーっと……まずは、色々世話になった人の娘で……入院費とか払ってもらってさ」

「入院!?お金!!?」

「いや、あと、なんつうか……その子のじいちゃんが顔が利く人でさ、推薦とかしてもらって……」

「推薦!?権力!?権力なの!!!?」

 

ダンは戦慄した。憧れの人が外堀を埋められ雁字搦めにされている。

目が光彩を失い、ダンの脳裏に良からぬ想像が浮かんだ。

 

『トム、お父様に入院費払ってもらってるわね、わたしに恩があるわね?』

『ッス……お嬢様』

『お爺様にも推薦してもらったわね』

『はい……』

『契約してちょうだい。今すぐでいいわ。あと溶鉱炉で親指を立ててちょうだい』

『はい……いや待てよ!それは死ぬだろ!!!』

 

(お金だ……お金と権力で、やさしいトモ兄を逆らえなくしたんだ……!許せない……!!)

 

智哉は前を向いて話していたが、ここでダンの様子を見て慌てた。

明らかにヤバい方向にダンの目の色が変わっている。

 

「ダンちょっと待て!!たぶん違うから!!!」

「えっ、でもトモ兄…溶鉱炉……」

「なんだよそれ!!ちゃんと話すから!!!フランはそんな子じゃないんだよ」

 

ダンの目が少しずつ元に戻っていく。説得が通じたのだ。

 

「……わかった。ちゃんと聞くから話してね?そのフランちゃんと、トモ兄の事」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「………色々ありすぎて何から言えばいいかわかんないよ………」

「だよなあ……」

 

長い話だった。

智哉は自分の生い立ちからフランとの出会い、そして今に至るまでをダンにしっかりと語った。

途中、拳銃で撃たれた所や爆弾騒ぎでダンはツッコミを入れた。

「なんでそうなるの!!?おかしいよトモ兄!!!」と言いながら頭を抱えるダンに、智哉は自分の生い立ちながら同じ思いを抱いた。

 

「その、トモ兄が助けた同級生の人、今は……?」

「……わかんねえ、遠くに引っ越したらしいけどな」

「そう、なんだ……」

 

ダンはフランについて聞き、この二人に割っては入れない絆を感じていた。

しかし、自分も譲るつもりはなかった。

それならば、聞くことは一つである。

 

「トモ兄、フランちゃんとの契約、何年か決まってるの?」

 

智哉はダンの言葉には応えず、立ち上がり、砂浜を眺めた。

 

「……トモ兄?」

「なあ、ダン?ジュドモントって、知ってるか?」

 

ジュドモント家は、世界的にも著名なトレーナーの大家である。ダンも当然知っている。

この質問に首を傾げながらも、ダンは答えた。

 

「うん、知ってるよ。すっごい有名だよね」

「……フラン、さ。そこの娘なんだよ。しかもいずれは当主になる」

「え!!?そうなの!!!?」

 

智哉はフランに契約を願い、そして承諾を貰ってからジュドモント家について調べ、余りにも自分とは住む世界が違う現実と、ある事実に行き着いている。

ジュドモントは今や有名なトレーナーの大家とされているが、本来はウマ娘の家系である事に。

そして、ウマ娘の当主についても。

 

「……シニア級が終わるまでの三年と思ってる。それ以上は俺は一緒にいられなくなるからな」

「……どうして?」

「……ジュドモントのウマ娘の当主はな、結婚が早いんだよ」

 

ヘンリー理事の先代から、ジュドモント家は男が当主を務めている。

ウマ娘の当主については古い文献しか残っておらず、仔細までは調べきれなかったが当主を務めたウマ娘全てが、若くして伴侶を得ているのだ。

 

「……だからさ、俺は三年だ。それ以上はフランの近くを例え十個も歳が離れてても、男のトレーナーがうろちょろしてたらフランの風聞に関わるだろ?俺はフランの負担には、なりたくねえからな……」

 

絞り出すような、苦渋に満ちた智哉の声だった。

ずっと、悩んでいた事だった。しかしフランの近くにはそれ以上はいられない。

これが、智哉の答えだった。

この智哉の出した結論にダンは違和感を覚えた。

この人何言ってるの??と全力で首を傾げたのだ。

 

「えっ…?トモ兄?」

「ん?」

「その、フランちゃんを、誘拐犯から命がけで助けたんだよね?拳銃で撃たれてまで」

「おう、あれは痛かった……」

「そ、それで、レースに乱入したんだよね??フランちゃんを助けるために」

「おう、警察ウマ娘がめちゃくちゃ怖かった……」

「???それから、フランちゃんの家の前の爆弾解除しにいったんだよね??危ないのに??」

「おう、あれは死ぬかと思った……」

「??????」

「さっきからどうしたんだ、ダン……?」

 

ダンは眉間を揉んだ。この人おかしいよ……と頭を抱えたかった。

 

(フランちゃん、絶対トモ兄以外の男の人見えてないと思うんだけど……黙っておこう)

 

智哉の顔を見る。きっとこうなったのは過去の心の傷によるものだろう、とダンは確信した。

この優しい人は、わざとそういう事を考えないようにしている。そう思えた。

 

「そう……なんだ。じゃあ、契約終わったらどうするの?」

「……何も考えてねえんだよなあ。俺の先生がさ、英国帰る前に世界中ぶらぶらしてたらしいんだよな。それも悪くねえかな。自分探しってガラでもねえけどな」

 

ダンの目がぎらり、と輝く。

糸口、抜け出すスペースをようやく見つけたのだ。

後は上手く、例え卑怯な言い方でも、この魔法使いの言質を取りに行く。

巨神は遂に、その足跡を残すべく動いた。

 

「トモ兄、ボク、決めたよ」

「……何をだよ?」

 

「──ボク、フランちゃんより長く競走バ続けるつもりだけど、芝は走らない。トモ兄と、契約する日まで」

 

砂浜を眺めていた智哉が、驚いて振り向く。

それは止めさせなければならない。ダンは芝において天才である。

 

「何言ってんだよ!!?それは駄目だ!!!数年後なんてどうなってるか……」

「えー?トモ兄、迎えに来てくれないの?だからさ……」

 

ダンは、フランとの出会いについて智哉から聞いた時に、激しく嫉妬を覚えた部分があった。

ゴールになる、という言葉が羨ましくて仕方なかった。

しかし考えをここで転換した。向こうがゴールなら──

 

 

「──トモ兄が、ボクのゲートになってよ。ずっと、待ってるから」

 

 

──自分はこの人をゲートにしてやる、と考えたのだ。

 

「えっ……いやでもダン、考え直す気ねえか?勿体なくて……」

 

強烈な地響きが、遊歩道に響いた。

最後の、ダンの詰めである。

全身から赤いオーラが立ち上り、ダンは智哉の前でその目覚めた気性を発揮した。

 

「トモ兄、ボクが、ここまで頼んでるんだよ……?うんって言って??」

「ダ、ダン……?」

 

もう一度、地面を踏み鳴らす、衝撃で智哉の体が一瞬浮いた。

 

「ダンちょっと待て!!落ち着け!!」

「うんって言うまで、やめないから」

 

更に地面を踏む。遊歩道にヒビが走った。

智哉は、アメリカの気性難の恐ろしさを知った。

つまり、目の前のダンに一瞬恐怖を覚えたのだ。

声を上ずらせながら、智哉が答える。

決定的な、一言を──

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、フランの許可が出たら…………………」

 




次回、アメリカ編最終回。

ゴアネキはこの後また来日してマックちゃんに喧嘩売るけど、主戦場と適正距離の違いからレース勝負は断念して、チビ使という年末特番でスイーツ大食い対決とかチュロスしばき合い対決とか熱々チョコフォンデュかけあい対決とかで勝負する事になるやで。
日本編で隙あらば書きます。

1.5部終わったらキャラ紹介必要ですか?アメリカの後にもう一本あるからまだ終わらんけど…

  • いる
  • いらない
  • まだ二部行かないんすか…こいつクソっスね
  • キャラ紹介やりたいならレース上等っすよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。