敬虔なるフランドールは祈りたい   作:センゾー

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天国への道は地獄に始まる。
          ダンテ・アリギエーリ


プロローグ【敬虔なる■■は祈りたい】

「神は光あれと言われた。すると光があった」

 

 地下深くで、椅子に腰掛けた一人の少女が歌うように唱えた。

 美しいブロンドの髪に、紅い瞳、虹を秘めたかのような七色の宝石仕立ての羽。天使と言われても信じられるが、それと同時に悪魔と言われても信じられる。幼い中にそんな危うさを秘めた少女であった。

 

「神はその光を見て、良しとされた。神はその光と闇とを分けられた」

 

 続ける言葉の中で、「闇」という言葉に何かしらの感情が込められていた。

 それはまるで苦しみを吐露するかのようで、或いは諦観の内の祈りのようで、それでいて、子供に真摯に善き事を語る親のようであった。どう見ても幼い少女である彼女にそのような印象を抱くのはひどく奇妙な事だが。

 

「神は光を昼と名づけ、闇を夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である」

 

 言い終えた時、少女は微笑んだ。視線の先には、また別の少女がいた。

 桔梗色の髪をため息に揺らし組んだ腕を辟易に下ろす姿は、彼女もまた幼い容姿にも関わらず、大人びて見えた。正しく言えば、どう見ても彼女は成熟した人格者であり、人心を掌握するに足る傑物であった。

 

「フラン、私はあなたをこれまでこの地下室に閉じ込めてきた」

「えぇ、お姉様。495年もの間ね」

 

 フランと呼ばれた少女の言葉は恨みがこもっていそうに思えるものだったが、存外に淡々として事実を告げただけのようであった。

 それは声に限った話でなく、「お姉様」を見つめる目にも優しさのようなものが見られ、表情は変わらず微笑みをたたえている。或いはそれは、聖人のそれであるかのように。

 

「その理由は、あなたも理解しているでしょう。だから、今そうやって私の前で仰々しく唱えてみせた」

「神を信仰する吸血鬼など存在してはならない。だって、吸血鬼は悪魔で、神には嫌われている善の敵なのだから」

「そう。聖書を誦じる吸血鬼も、敬虔な吸血鬼も、これまで一人も存在しなかったしこれからもそうでしょう、あなたを除いてね。過ぎた異常は隠さないといけなかった。いかに心苦しくとも」

「理解しているよ。できた姉を持って誇らしい」

「酷い皮肉。でも、それももう終わりよ」

「終わり?」

 

 「お姉様」は三歩前に歩み出て、両手を前に広げてみせた。それは手放す動作のような、受け入れる動作のような。

 

「吸血鬼の栄光も誇りも王権も、全ては泡沫の夢幻と消えた。だから、私達は世界を捨て、幻想郷という終の住処に至る」

「知らない場所。エデンでもアヴァロンでもなく、エリュシオンでもエルドラドでもない。桃源郷の間違いでもないらしい。私達はどんな楽園にたどり着いたのかしら」

「忘れ去られたもの、世界を捨てたもの、世界から逃げたものの終着点。人が化け物を恐れ、化け物が人を襲う、古き時代の残滓。私達のような強き弱者の、最後の楽園よ」

 

 さして驚く様子もなく、「フラン」は不敵な笑みを浮かべた。

 

「聞こえはいいわ。けれど、その手の話には裏がある」

「ここでは私達は王者たり得ない。侵略ではなく、恭順を以てスカーレットは幻想入りを果たしたわ。だから、もう家門も何もいらないもの」

「つまり、私が外にでても、もう問題ない」

「そうね。ようこそ世界へ、フランドール・スカーレット。あなたの自由を、レミリア・スカーレットの名の下に言祝ぎましょう」

 

 自由を宣言されたというのに、フランドールは立ち上がらない。

 

「喜び駆けて外へ出ると思ったのに、意外と冷静ね。ドアノブは相変わらず冷たいかもしれないけれど、それはもう隔絶を内包したものでなく、ただ冷たいだけのものよ」

「出ていくわ、時が来れば」

「時、ね」

「私が飛び回って喜ぶ様なんて、お姉様も想像していなかったでしょう? 私は、お姉様が異変を起こして先住民が来るまで待つわ」

「全部把握しているのね」

「さぁ、どうでしょう。取り敢えず、私は自分から出ていくのではなく連れ出されるの。その方が体裁も良い」

 

 やけに赤い紅茶を口につけて、少女は近くの本を手に取った。

 タイトルは『神曲』、開いたページは煉獄編の始まりであった。

 

「それから、どうするの?」

「吸血鬼らしく振る舞う」

「こんなに吸血鬼らしくなくて、下手な人間よりも神を信仰しているのに?」

「だからよ、お姉様。私はどれほど信仰しても吸血鬼で、神の敵に他ならない。神の光に焼かれ、命の水を越えられず、人の祈りに殺される。だから」

「だから?」

「私は悪魔になる。悪を演じ、悪を為すことで、誰もを正しさへ導きましょう。私は身勝手でワガママなお嬢様。幼くって、残虐で、理性なんてなく気が触れたようで、やけに理知的に残酷な笑みを浮かべる。正論を言うかと思えば倫理を無視した事をする」

「本当に悪魔ね」

「これから幻想郷の人達が知るフランドール・スカーレットはそうなるの。正しさがどれだけ安心できる事かを知らしめて、神の味方を増やすのさ」

「報われないことね」

 

 一瞬、驚いたように目を見開いて、そして誤魔化すようにフランは寂しげに笑った。

 

「そう、これは報われない」

 

 これはとある世界のフランドール・スカーレットの話。

 

「神が愛するような人がどれだけ増えても、どれほどの祈りが届けられようとも、私は後ろで見ているだけ」

 

 彼女の心は他の世界と少し違う。なんて言ったって、別人の心が入っているのだから。

 

「神は信仰の祈りを聞き届けてくださるでしょう」

 

 その人に前世から継がれたものはほとんどなかったけれど、残ったものが少しだけあった。

 

「それが罪人のものであろうとも」

 

 それは東方の世界の知識と、そして、自身が前世で信仰者であったという記憶。

 

「それでも、私は吸血鬼だ。だから、私には神に祈る資格がない」

 

 悪魔の体に信仰の心、悪の体に善の心。相反する二つの間でその心は苦難に呻く。

 

「多くの人を救った暁には、救われる事は無かろうとも膝をついて祈る権利くらいはいただけたら良いのだけれど」

 

 両の手を合わせる姿は何かを握るように見えた。

 きっと、それは永遠に触れる事の叶わない十字架であるに違いなかった。

 

 いつだって、敬虔なるフランドールは祈りたいのである。








全体の文章からいずれの宗教に属する信仰かはお分かりかと思いますが、筆者は特別宗教に肩入れする事を好まない為、本作では○○教といった具体的な宗教名は出さないものとします。

新作です。よろしくお願いします。
プロローグから重い話になっていて、先行きが怪しい感じですが頑張ります。
感想待ってます。

『詐欺師さとりは騙したい』もよろしくね。

この作品を読んでいて良いと思う部分

  • シナリオ
  • キャラクター
  • 台詞回し
  • 地の文
  • 語彙・表現
  • 考察可能な点
  • 世界観への解釈
  • シリアスの部分
  • ギャグの部分
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