捜せ、そうすれば、見いだすであろう。
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
ーマタイによる福音書 第七章七節よりー
羽と背中だけが見えた時、その少女の頭上に、天使の輪を見た気がした。
それはまるで、無縁塚で拾った本に記されていた守護天使のような、この館の行く末を見守る何かであるかのように思えた。
付喪神を想起することはなかった。少なくとも、物に宿った魂というには少女の纏う色というものは鮮やかに過ぎたから。
ただ、その思考全てが嘘であったかのように、次の瞬間に見えた少女の顔は酷く愉快そうに笑っていた。
「お呼びかしら、魔法使いさん」
無垢というには恐ろしい、無邪気な笑顔でこちらを見る。思わず一歩後退した。
それを見逃さなかったらしい彼女は、わずかな距離を維持するように一歩だけ可愛らしく進む。気持ちが悪いほどにその動作は可憐で、素敵だった。パンドラの箱でも開けてしまったかと苦笑する。
「お待たせ」
「アンタ、誰だ? レミリアに家族がいるなんて聞いた覚えがないんだけどな」
「あら、人に名前を聞く時は?」
無邪気で、可憐で、素敵で、少女的な少女の顔に理性が見えた。これで、その頭の中に少なからず理性的な思考があることがわかってしまった。
そのせいで、ただ真っ当な言葉なのに、少しも良いことには思えなかった。だから、返答に少し間を置いたし、嘘をつくことになった。どう考えてもこの紅い瞳を前にしてする選択としては悪手であるに違いないのに。
「そうだな、私は、私は博麗霊夢。巫女だ」
少しキョトンとして、笑った。
「フフ、随分わかりやすい嘘を吐くのね。私はフランドールよ、フランドール・スカーレット」
「看護婦とでも言ったほうが説得力があったかな。それで、フランドール、アンタは何者なんだよ」
「ここの主人の妹よ。あなたが訪れていた事も知ってるわ。もう495年も引きこもってるの」
十分迎えたと言わんばかりに安楽椅子に腰掛けて、少女は紅茶を啜った。クッキーを頬張る姿は、年齢相応の子供のようにも見えた。
この手の妖怪は、この魔法使い、霧雨魔理沙が最も警戒するものであった。その無邪気さが、その幼さがどういうものかわからないからだ。
見た目に精神が引っ張られていくら長生きでも幼い妖怪はいる。しかし、少なくとも姉妹らしいレミリア・スカーレットは500年相応の人格を持っている。吸血鬼という種族がそうであるわけではないはずである。
では、495年引きこもっているという言葉から、外界を知らないが故に人格が成長しなかったのか。レミリアが一切言及しなかった以上、普通の扱いをしているわけではないらしいから、その可能性はある。ただ、それを装うことはいかにも簡単だ。495年の知性がそれを試みたならば、看破は困難と言わざるを得ないだろう。
こうなると、相対した時、悪意の有無を判別する事が極めて困難だ。何をやっても危険が伴う。損をする事が確定している挑戦ほど魔法使いが嫌うものはない。
だから、彼女は今ひどく帰りたいのである。
そして、悲しいことに、ここで帰ることを選ばなかったから彼女は悲痛に苦しむことになるのである。
「あなたは、とっても綺麗ね」
少女が告げた言葉は嘲笑にも似た声の震えがあった。
それも気になったのだが、その場ではそれよりも、綺麗だと言われたのが「あなたは」だった事に、魔理沙は含みを覚える。まるで、何かと比べて私の方を評価したかのような言葉。
フランドールは既に霊夢と遭遇している。霊夢は容姿のみならず孤高ゆえの美しさを持つ少女である。誰もが目を奪われる。それに比べれば、己のいかに凡庸なことか。それなのに、まるで霊夢と比べて自分を評価したように聞こえる違和感を敏感に感じ取っていた。
嘲笑の響きを思い出す。彼女はいかなる意図を以てか、わざとその言葉を吐いている。
「これから見る私の弾幕の方が綺麗だろうさ」
確認も兼ねて、魔理沙は誇るように胸を張って言ってみせた。
それを見て、フランドールは立ち上がり、彼女に歩み寄ると、その金色の髪を撫でてみせた。
その行動に恐怖を抱きはしたものの、殺意や害意は見えなかったから、そのまま撫でられてみせる。何もしないことが最も安全であるように思えたから。ただ、相手は少なくとも決して普通ではないから、何があってもいいように八卦炉を握ることだけはしていた。
「もしかするとあなたの弾幕は絵本にある星空みたいで綺麗かもしれないけれど、ほら、あなたもこんなに綺麗なものを持っている」
その言葉にはやはり、純粋な賞賛だけではない意図が見え隠れする。
言葉を詰まらせそうになりながら、余裕綽々の顔で返答する。
「あんたの方が髪は綺麗だし、羽も虹色でキラキラしてるじゃないか」
「羽はともかく、髪はこんなの普通よ。本で読んだけど、私の住んでたところではこの色はそこまで珍しいものではない。質は高いかもしれないけれどね。でも、あなたは違うでしょう?」
「……どういう意味だよ」
魔理沙の顔から少し血の気が引いた。嫌悪を顔に浮かべ、八卦炉を握る掌に汗が滲んだ。
「色なんて、別に美しくはないのよ。色そのものは溢れかえっている。価値があるのは、希少性と適材適所」
フランドールの言葉には悪意が滲む。魔理沙の顔が少しずつ青ざめるのを見て、彼女は更に言葉を続けた。
「あなたの髪は美しい金色ね。先に来た巫女さんは黒だったわ」
「何が言いたいんだ」
「黒髪の中でその色は、夜空の星のように目立ったでしょうね」
魔理沙の底のトラウマが抉られるように掘り起こされた。
「あなたが魔法使いになったのは未知なる世界に興味があったから? この世界で自由に生きたかったから? それとも」
続く言葉はわかりきっていた。だからか、フランドールはゆっくりと囁いた。
「こちら側なら、あなたは変じゃないから?」
「なんで」
「ん?」
「なんで、初対面なのにそんな事まで知ってるんだよ。なんで、初対面なのにそんな事ができるんだよ」
「なんで知っているかは、さぁ、どうしてでしょう。なんでこんな事をするかは、あなたに興味があって、私がそうしたいからするだけよ」
悪戯っぽく笑って、フランドールは魔理沙の顔を覗き込む。
「酷い顔。死人みたいで、余計にその髪が目立って見える」
「寄らないでくれ。今すぐ、私から離れて、いや、違う、私が帰ればいいんだ。あぁクソ、なんでこんな」
「こんなところに来なければ良かったのに。気の触れた吸血鬼から逃げれば良かったのに。可哀想な人。苦しいでしょう。大丈夫、それはきっと必要な痛み」
「私の何を知ってそんな風に言うんだよ⁉︎ どれだけ苦しんで逃げたかわからないくせに」
「何一つ知らないよ。あなたと私は初対面で、あなたと私は別の人。知っていたとしても変わりはしないけど」
「こんなところに来るんじゃなかった」
「そう、こんなところに来るんじゃなかった。さぁ、お客様。弾幕ごっこをされますか? それとも、お帰りになりますか?」
「……帰るさ。こんな状態じゃ、何にもできやしない」
「そう、私は見送れないけれど、案内くらいはさせるわ」
少女がベルを鳴らすと、そこには覚えのあるメイドが姿を現していた。
「如何さないましたか、フランドールお嬢様」
「お客様がお帰りなの。見送って差し上げて」
「かしこまりました」
銀髪のメイドに促されるままに部屋を後にする。そう、そうしようとした時に、あの安楽椅子の少女から声が発せられた。
「魔法使いさん、あなたの苦しみはあなただけのものよ」
「あぁ、そうだろうさ」
「あなた方の会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなた方を耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、逃れる道も備えてくださるのである」
「……?」
「あなたは、今掘り起こされた苦しみをどうするのかしら。答えが見つかったらまた来るといいわ。その時は、私を倒してしまいなさい。悪魔とは、いつの世も正しさに打ちのめされるものだから」
「…………あぁ、そうするよ」
そうして、扉はまた閉められた。今日、少女が外に出ることはなかった。
「苦痛を伴わせないと救えないなんて、やっぱり私は悪魔なのかしら」
少女の顔は、死人のように酷い顔だった。
お久しぶりです。
なぜか半年更新みたいになっていますが、今年はもっと更新します。
後半に続きます。
この作品を読んでいて良いと思う部分
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シナリオ
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キャラクター
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台詞回し
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地の文
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語彙・表現
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考察可能な点
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世界観への解釈
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シリアスの部分
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ギャグの部分