【ウマ娘】マルゼンスキー「君の母親に似てる、って?」   作:木下望太郎

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彼女が私服に着替えたら(後編)

「何なんだこれ……何なんだよこれーーーーっっ!!!」

 

 さらに走った後、人のいない海岸で――ようやく服装にふさわしい場所に来た――、僕は水平線に叫んでいた。

 マルゼンスキーも隣で叫ぶ。

 

「夕陽のばっきゃろーー!!」

 

 息をついて、僕は砂浜に仰向けに倒れた。突然罵倒された夕陽も、今の僕ほど困惑してはいないだろう。

 

「本当に……何なんだよこれぇ……」

 

 半泣きにすらなった僕の顔を。空をバックに、マルゼンスキーがのぞき込む。

 

「スッキリした?」

 

「するかボケぇぇ!」

 

 思わず怒鳴ったその後で。息がこぼれた。笑い声のように。

 

「ふ、ふ……はは……」

 

そのまま笑った。二人で。

 

そして、隣に寝そべりながら彼女は言う。

「ねえ。どうしちゃったの今日は」

 

「こっちのセリフだけど……」

 

 どうしたんだと本当に言いたいが。ともかく、彼女に見た母の面影は、水着姿にぶっ飛ばされた。

 

 身を起こして座ると彼女は言う。僕の目を、真っ直ぐ見ながら。

 

「トレーナー君。何だか変よ、帰ってきてから。いきなり着替えろだとか……ううん、何だか、出かける前から。……お母さんに会いに故郷に戻る、って聞いたけど」

 

 そうだ、そこまでは彼女にも話していた。

 そして今、気づけば僕は話していた。僕の生い立ち。優しかった母、変わってしまった母。

 

「僕がトレーナー試験に受かったときは、そのときだけは、喜んでくれたっけ……昔みたいな笑顔で」

 

 けれど。故郷を離れてしばらく後、親類から連絡があった。母に認知症の症状が出始めたと。一人では暮らせないので、世話をしてくれる施設に入居させると。

 もちろん金銭的なものは僕が負担したが。様子を見に行くことはできなかった。当時担当していた子が、本当に大事なレースの前だったし、その子は――僕と同じく――精神的なもろさを抱えた子だった。

 

「でも、その後も……なんやかやと理由をつけて、会いには行かなかった……怖かった」

 

 だが、どうにか気持ちに区切りをつけようと、この夏合宿の間に休暇を取り、会いに行ってきたのだが。

 母はもう、僕のことなど分からなくなっていた。

 今日、母が死んだ――もしそうなら、むしろどんなにか楽だろう。けれど実際、母は生きていて。けれどあの優しい彼女は、きっともうどこにもいない。

 

「それで……帰ってきて、君が砂浜に行ったって聞いたから……練習しているなら止めようと思って……でも君は」

 

 僕の声はいつしか湿り気を帯びていた。鼻をすする音が交じる。

 

「君は……まるで、お母さんがいるみたいで……優しかった、あの頃のお母さん……」

 

 その母はもういない。少なくとも、僕に微笑んでくれる母は。ようやくトレーナーとして、それなりになったというのに。いくらでも誉めてもらえる、喜んでもらえるはずなのに。

 

 温かな手が僕の頭をなでた。ゆっくりと。

 

「そう……いい子……いい子ね……偉いわ。頑張ったね……すごく頑張ったのね……いいの。いいのよ……」

 

 僕は泣いた。傍らに座る母の膝に、すがりついて泣いた。

 

 

 ひとしきり涙が出てしまった後。

 座り直して、僕は頭を下げた。

 

「……すまない……なんだか、こんなことを」

 

「ううん。でもね、それよりお姉さん困っちゃうわ。ずーっと君から、お母さん扱いになっちゃうとね」

 

「そんなことは――」

 

 しない、と言いかけたところで。柔らかいものが僕の口を塞ぐ。彼女の唇が。

 口を離すと彼女は言った。

 

「だからね、君と。やってみたいの、お母さんと違うこと。お母さんもしてくれないこと――」

 

 そして彼女は、ビキニの肩紐をずらす。僕の耳をくすぐるささやき。

 

「ね。にゃんにゃん、しましょ?」

 

 僕は母のそれを思わせる彼女の乳房に――

 

 

 

【突然の理事長コメント】

 ――検閲っ! 良い子の諸君にここからしばらくの内容を見せることはできないっ! 

 追伸! 我らが学園に生徒職員間の不純な交遊などない! これは隠蔽ではない、繰り返す、これは隠蔽ではない! 

 結論! ウマ娘は一切わいせつのない、健全なコンテンツ! 親御さん並びにPTA各位はご安心下さい! ――

 

 

 

 

 ――夏合宿の終わった、ある休日。

 

「トレーナー君、待った?」

 

 マルゼンスキーは待ち合わせに、あの時の服を着てきた。花柄の、白い清楚なワンピース。いつか母が着ていたような。

 

「いや、僕も今来たところ」

 

 けれど。もう彼女に、母の姿を見ることはない。

 なぜなら彼女は彼女だから。

そして知っているから、その姿より美しいものを。その服の下の、彼女の素肌を。

そう考えていると、はしたなくも抑えきれないものがもう――

 

「トレーナー君」

 

 その声に跳び上がりそうになりつつ、彼女を見ると。

 微笑んでいた、最高に彼女らしい表情で。

 

「今日の予定が終わったら、ね。……にゃんにゃん、する?」

 

 僕は、同じ顔で笑ってうなずいた。

 

 

 ――こうして、彼女を母と重ねることはなくなった。

 が、やがてまた、彼女を母と呼ぶことになる。

 自宅の玄関から、僕は中に声をかけた。

 

「お母さん、お母さん! 何やってるんだ、もう出発するよ!」

 

 家の奥から彼女の声が聞こえた。

 

「まいっちんぐ~! 指輪どこいったのかしら、落とすといけないからしまっといたのに……あっ、これね!」

 程なくして、旅行荷物を手に出てきた彼女の、左手の薬指には。慎ましい指輪があった、僕と同じく。

 僕の隣から小さな声が上がる。

 

「おかーさんおそーい! ちょべりば~!」

 

 僕たちの子供と共に僕も笑う。

 

「ほんとだな、お母さんチョベリバだぞ」

 

 彼女も笑う。

 

「メンゴメンゴ。それより、さあ出発よ!」

 

 小さな声が上がる。

 

「おばーちゃんのおみまいにいくんだよねー」

 

「そうよ、お父さんのお母さん……それから、色々回ろうね。お父さんのふるさとを」

 

 マルゼンスキーというスーパーカー、トレーナーとしてその助手席に座っていた僕は。

 彼女を助手席に、子供をチャイルドシートに乗せ。今、ファミリーカーの運転席に座る。

 

 

(了)

 

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