うちはの生ける炎   作:律可

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離別

 四月二十二日

 

 わたしとの修行にやってきたマダラ様が、わたしの姿を見た途端帰ろうとした。

 仁王立ちで待っていたのがよくなかったのだろうか。

 しかし狙った獲物は逃さないがこのわたしのキャッチフレーズだ、今決めた。

 速やかにマダラ様を拘束、膝の上に抱えた。

 一瞬動きを止めたあと、本格的に暴れ出そうとしたマダラ様に「あまり乱暴をされると怪我をするかもしれませんね、わたしが」と言ったところ嘘のように大人しくなった。

 優しい方なのだ。

 その優しさにつけこまれたに違いない。

「オレにはお前しかいない、と嘯いた口で……やってくれましたね」

 とか

「何処の馬の骨に誑かされたんですか、えぇ?」

 など問い詰めていると、最初は何の話だとか心当たりが無いと言っていたマダラ様がどんどん静かになっていき、最終的に罪人の顔になった。

「ケイカと修行してくる」と周囲に言い置いて、他人に会いに行っていたことを認めたのだ。

 なんでかマダラ様は「相手は女じゃない」と繰り返しており、性別が重要であると思っていたようだがこちらとしては男だろうが女だろうが女装した男だろうが知ったことではない。

 わたしの名を使って知らん奴と密会していたことに憤慨しているのだ、性別などどうでもいい。

 なんなら相手が可愛い女の子ならよかった。「そういうもの」として許容できたし、「死ぬほどからかう」などして溜飲を下げることだってできただろう。

 マダラ様の密会相手がわたしと在り方が被っていたら、つまり凄腕の火遁使いだったりした場合もうどうしてくれようという感じだった。わたしにだってプライドはある。

 マダラ様をぎっちり拘束したまま「で、どこの誰と逢瀬を重ねていたと?」と詰問したところ、例の「マダラ様と組手をしていたあいつ」だとわかった。

 そうだろうと思っていた。

 わたし以外と修行していたのはいい。別にいいのだ。問題はそれを周囲に隠していることである。

「うちはの子ではないのですか」と尋ねたら「忍びの家の子なのは確かだが、どの一族かは知らない」と返された。

 ダメじゃない?

 それは駄目じゃない?

 素性の知れない忍びの子って、それ敵の一族の子じゃない?

 うちはの跡継ぎが何やってるのよという話だ。

 その危険性がわからないマダラ様ではないと思うのだけども。

 おそらく敵の子と何を楽しく遊んでいるのですか、危険だと思わなかったのですかとキツめに尋ねた。

 策を弄せるような奴には見えなかった、とマダラ様は言った。

 ダサいし生意気だし夢みたいなこと言うし、すぐ落ち込むし、変な奴だけど、悪い奴じゃないと。

 随分大きくなったと思っていたけれどやはりまだ子どもだ。あまりに甘すぎる。

 その子が善人だったとして、その家族もそうだとは限らない。親が出てきてマダラ様の身に何かあったらどうするんだ。

 マダラ様の身に何かあったら。

 気付いたらマダラ様を抱きしめていた。

 

「わたしの名前を使ってその子に会いに行くのは構わない。けれどそれを事前にわたしに伝えてから行くこと」と約束した。

 

 ◇ ◆

 

 四月二十三日

 

 きっとマダラ様にはその子が必要なんだろう。

 マダラ様はうちはの長男になってしまった。一族の跡取りだ。次男でいられた頃とは色々なものの重さが違う。背負う責任とか、周囲の目とか。

 一族の中に、マダラ様と対等な友として立てる人はいない。わたしですらそうだ。

 そもそもわたしとマダラ様とでは性別が違う。きっと同じ年頃の同性としか紡げない関係性というものはあって、マダラ様にはそれが必要なのだろう。

 わたしでは、マダラ様にとっての彼にはなれないのだ。

 

 その子、マダラ様と密会しているらしい彼、は柱間というらしい。

 胸がざわつく響きだ。とてつもなく。

 マダラ様も本当はきっと気づいている。

 彼がどこの家の子なのかを。

 

 ◇  ◆

 

 四月二十四日

 

 予想が正しいなら、柱間くんとやらがあの一族だとするなら、わたしはかつて、その血族をこの手で

 やめよう、未確定事項についてどうこう考えるべきじゃない。

 それより今はマダラ様、マダラ様だ。

 マダラ様を守らなくては。

 わたしの名を使ってまでコソコソと会っていた相手だ、マダラ様だって本当は会ってはいけない相手だとわかっている。うちは頭領であるタジマ様に知られたら大事になることも。

 わかっていても会いたいのだろう。

 なんだろうなこの気持ちは、マダラ様を抱きしめて撫でたいような、拳で鳩尾をぶん殴りたいような。相反する気持ちがある。

 こういうとき若君がいてくださればなぁ。

 兄としてどう思います? と聞けたのに。

 生きていらした頃には、しばらく会わなくても何も気にならなかったのに。二度と会えなくなってからこんなに会いたくなるとは。

 なんとなく若君が苦笑している気がした。

 

 ◇ ◆

 

 四月二十五日

 

 マダラ様に「その柱間って子はどんな子なんですか」とか「どんなことを話しているんですか」とか、詳細を聞けずにいる。聞こうと思えば聞けるのに。

 聞いて、色々なことが確定するのが怖いのだろうか。このわたしが? 最近は戦場に出ると敵が露骨に怯むようになってきたこのわたしが? 「あの、生ける炎の……!」とか言われるようになってきたこのわたしが?

 

 マダラ様も何か言いたげというか、気まずそうな雰囲気を漂わせてはいる。

 だが互いに「柱間くん」に言及することを避けている。

 マダラ様と同い年くらいであること、マダラ様と同等以上の強さを持っているらしいことは聞いたのだが。

 わたしは柱間くんと会ったこともないが、既にちょっと嫌いだ。

 うちのマダラ様をなに誑かしてくれてるんだ、この野郎が、とどうしても思ってしまう。年下に対して大人げないのだろうけども。実際に会ったら「この泥棒猫!」とか言ってしまいそうだ。

 いや別にマダラ様はわたしのではないんだけどね?

 

 ◇ ◆

 

 四月二十七日

 

 マダラ様に、要約すると「明日柱間に会いに行きたいから、家族にはお前に会いに行くと言っていいか」と尋ねられた。

 キレそう。

 だが平静を装ったわたしを褒めてほしい、誰か。

 他人との逢瀬のダシにされるのってこんなに腹が立つものなんですね。新しい学びを得た。

「柱間くんに会いに行ってもいいが、事前にわたしに言ってから行け」と言い出したのはわたしだ。マダラ様は約束を守ったわけで、まぁ相変わらず律儀な子である。

 黙って行った場合、わたしの振る舞いとの整合性が取れずタジマ様に露見する可能性があるから、というのもあるだろうが。

 断腸の思いで「わかりました、気をつけて」と言って送り出した。

 

 ◇ ◆

 

 四月二十九日

 

 わたしだってわかっている、本当は手足をへし折ってでもマダラ様を止めるべきだと。

 速やかにタジマ様に「ウチの跡取り、敵の一族の子と密会してるっぽいです」とチクるべきだということを。

 マダラ様の行為はそれくらい危険なのだ。うちは以外の忍びの子と二人きりで会うなんて。

 いつ向こうの大人が出てきて、マダラ様を攫ったり、それ以上のことをするかわからない。

 だからわたしがするべきことは、理解者面でマダラ様を送り出すことじゃない。「この馬鹿野郎が」とその横っ面を張り倒し、簀巻きにしてタジマ様に突き出すべきだ。

 けど、できねぇんだな、それが。

 だってマダラ様があんなに楽しそうだ。

 弟君を立て続けに喪い、唯一の兄も亡くし、一族を背負って立たなくてはならないマダラ様があんなにのびのびと楽しそうにするなんて。

 わたしじゃあの顔は引き出せない。

 

 ◇ ◆

 

 五月四日

 

 またマダラ様に「柱間に会いに行きたい」と打診される。

 了承して送り出した。

 

 ◇ ◆

 

 五月十日

 

 柱間くんの件でまた打診。

 了承して送り出した。

 

 ◇ ◆

 

 五月二十一日

 

 柱間くんに会いたいそうだ。

 了承して送り出した。

 

 ◇ ◆

 

 六月一日

 

 わたしじゃ駄目ですかね、マダラ様

 

 ◇ ◆

 

 六月十一日

 

 マダラ様を送り出した。

 

 嫌な予感がする。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 川向こうからいつもの通り現れた柱間は常に無く雰囲気が暗く、水切り用の石を握りしめ、硬い表情でマダラを見つめていた。

「……どうした?」

「……いや、なんでもない」

 確実に何かある顔だった。

 だがマダラはそれ以上は問い詰めず、川へ、向こう岸の柱間へ向かって石を投げた。

 何の変哲もない、ただ水切りに向いているだけの、何も刻まれていない石。

 水上を跳ねたその石は柱間の手の中へ。

 同時に柱間が投げた石は、マダラの手の中へ辿り着いた。

 その石に視線を落としたマダラの目が見開かれる。

「──悪りぃ、柱間。オレ今日駄目だわ。急用を思い出した」

「──そうか、じゃあオレも帰るとするぞ」

 

 罠アリ 去レ

 

 そう刻まれた石を握りしめたままマダラは走り出そうとし、だが遅い。

 もう遅かった。

 マダラはたった一人で友のもとへ、敵の一族の子のもとへやってくるべきではなかった。

 行き先を偽装し続けたマダラに、彼を不審に思う家族はいない。父も弟も今頃は屋敷だろう。

 対して、柱間の背後には彼の父と弟がいた。

 彼らはマダラを殺そうと影から飛び出す。柱間がそれを望んでいなくとも。

 逃げきれないと悟ったマダラが、ならばいっそ先手を取ろうと彼らに向かい合う。

 川の上で相対した敵同士が互いを見据え、

 

 

「────こうなるだろうと思ってはいたんですよ」

 

 

 ()()()()()

 愕然と立つ柱間の目の前で、一瞬前まで穏やかに流れていた川が火柱を上げて燃え盛る。

 友が、父と弟の姿が灼熱に呑まれて見えない。

「扉間ッ! マダラ────」

 助けようと自らも飛び込もうとした瞬間、嘘のように炎が掻き消える。

 立ち尽くす父と弟の姿、そして。

「ひとつだけ言っておきたいんですが」

 女がいた。

「わたしの炎があれだけの威力しかないと思わないでくださいね。マダラ様まで焼死させては本末転倒ですから、見た目だけの虚仮威しの炎をあえて放ったんですよわたしは。もう一度言いますがわたしの炎をあの程度だと思わないでください」

 淡々と話す女の腕にマダラが抱かれている。

 首根っこを母犬に咥えられた仔犬のように、女に抱えられたマダラが「……ケイカ」と呟いた。

「なんですかマダラ様」

「なんですかってお前、どうして」

「どうしたもこうしたも。言ったでしょう『こうなるだろうと思ってた』と。追ってきたんですよあなたを」

「今日────こうなることを知ってたのか」

「いいえ? あなたが柱間くんとやらと会う日は尾行するようにしていたんです、必ず。遂にこうなりましたね」

「な……」

 気付いていなかったことに呆然とする彼を抱え直しながら、「尾行を責めるのは後にしてください」とケイカは言った。

「やれやれ、千手仏間殿まで出張ってくるとは思いませんでした。……その隣の白くてちっちゃいのは誰です? マダラ様知ってますか」

 マダラが答える前に、油断なく構えたままの仏間────千手頭領が喉奥で呻いた。

「うちはケイカか」

「あらわたし有名人」

 飄々と応じながらもケイカは視線を逸らさない。張りつめた緊張感が子供たちの背を震わせる。

「うちはの生ける炎……その娘が出てくるとはな」

「心底忌々しそうにどうも。どうやら母がお嫌いですね? わからなくもありませんが」

 その胸に抱かれているマダラは、ケイカが指の先まで警戒心を満たしていることに気付いていた。平静を装っているだけで、彼女に余裕はないのだろう。この場から離脱する、もしくは敵を退ける方法を必死に考えている。

 マダラを守るために。

「わたしは確かに、うちはトウカの娘ではありますけども。残念ながら母ほどには強くはないんですよ。そんなに怖い顔で見ないでくれませんか」

 柔らかい声音で言ったケイカに、仏間とその息子の扉間はむしろ警戒を強める。

 真顔のままケイカはマダラに低く問うた。

「マダラ様。真剣に答えていただきたいんですが────あなた、柱間くんと戦って勝てますか」

「────柱間はオレより強い」

「正直でたいへん結構。さて」

 ケイカは少女らしく小首をかしげてみせた。

「千手の頭領殿。ここはお互い、何もせず家に帰りましょう」

「ケイカ?」

「ここでわたしたちが戦ってどうするんです。いえ何も仰らないで、マダラ様を殺したいんでしょうわかりますよ。マダラ様はもう、千手の大人を屠れるほどお強いですからね。始末したくて仕方がないでしょう。ただね」

 ケイカの瞳が赤く染まる。

 場に介入できないでいる柱間が、写輪眼、と呟いた。

「あなた方がマダラ様を殺すと言うなら────わたしはどんな手を使っても、柱間くんとそこの子を殺します。息子さんなんでしょう? 千手の跡取りなんでしょう。あなたが直々に出てきたんですから」

 狂気に変質し得る身内への深い愛情が瞳をより赤く染め、瞬きもせず敵を見据える。

「マダラ様を守りながらあなたに勝てると思うほど傲慢ではありません。ですがこの身をなげうって尚、子ども二人殺せないと言うほど謙虚ではないんですよ。……困りますよね、その子たちを殺されたら。もう直系の跡継ぎは他にいないでしょう? だって

 ────わたしが殺したんですから」

 マダラと柱間が同時に息を呑んだ。

 場違いなほど柔らかな風が通り抜け、葉を揺らす。

「……マダラ様を害そうとする者は、誰であろうと許すわけにはいきません。……ごめんなさいね、柱間くん」

 唐突に話しかけられた柱間がはっとケイカを見た。

「この方は()()()マダラです。……あなただって、きっと気付いていたでしょうに────いえ、わたしが口を出すことではありませんか。さて帰りますよマダラ様」

 今なら退避できると判断したケイカが、マダラを抱えたまま敵に背を向けようとする。

 その腕を無言で押しやり、マダラは地に足をつけた。

「マダラ様?」

「柱間」

 マダラが友を見た。

 二人の少年は互いに見つめ合う。

 片方の瞳が、赤く染まっていた。

「……ケイカがお前の弟を殺した以上、オレとお前は────」

「マダラ」

「ケイカの言う通りだ。オレはうちはマダラとして、ケイカを、一族を守る。……次に会うのは戦場だ。短い間だったが、楽しかったよ。…………行くぞケイカ」

「はい」

「待ってくれマダラ! ケイカさん!」

 ケイカは柱間を一瞥し、一瞬だけ目を伏せる。

 刹那に感傷を振り払った彼女は地を蹴り、守るべき少年の背を追った。

 

 

 

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