うちはの生ける炎   作:律可

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成長

 六月十五日

 

 あれでよかったんだろうか。

 そう、ずっと考えている。

 マダラ様は戦の無い世を望んでいた。宿敵である千手の跡取りとマダラ様が親しくなったことは、一族同士の和解という無理難題に差した、たった一筋の光明だったのかもしれない。

 その光をぶった切ってしまったのだ、わたしは。

 なにが「マダラ様を害する者は誰であろうと許せない」だ、我ながら何を格好つけてるんだ。

「この子はうちはの子なんです、千手は帰りな」的なことも言った気がする。

 もともと一族への帰属意識とか、誇りとか、そういうのは無い方だと思っていたのに。

 浄土の若君も苦笑いだろう。

 だが、「じゃあどうすりゃよかったんだよあの状況で」という思いもある。

 千手仏間がいたのよ?

 あの人、あんな地味な見た目で普通にクソ強いのだ。タジマ様に匹敵する。

 一対一ならまだ好機があったかもしれないが、マダラ様を庇いつつ彼と戦うなんて無理だ、普通に殺されていただろう。

 そうなる前に、せめて彼の跡取り息子達だけでも潰してやろうとは言ったが。そうできてもマダラ様が死んでしまえば何の意味もない。

 そういえば仏間殿と一緒に来た、あの白くてちっちゃいのは なんて子だったんだろう。柱間くんが名前を呼んでいた気がするが聞き逃した。こちらもいっぱいいっぱいだったので。

 柱間くんの弟なんだろうが、その柱間くんはマダラ様より強いらしいので(マジ?)弟もまぁ強いのだろう。

 あの場で弟くんだけでも殺しておくべきだったのか?

 そうなれば千手とうちはの因果も「いよいよ」という感じで、そこからどう頑張っても和解など夢物語だろう。手遅れなものを余計手遅れにしてどうする。

 わたし、既に柱間くんの弟と思われる子を殺してるんだよなあ。肉体のほどんどを焼いたから、遺体すら十分に身元に戻ってきてはいないだろう。

 けれど、それを言ったら若君を殺したのだって

 ああ不毛、不毛だ。こんなこと考えて何になる。

 わたしはマダラ様を守るだけだ。

 どうせあの柱間とかいう子も、わたしのこともうちは一族のことも許さないだろう。近しい身内を殺されているのだから。

 

 ◇ ◆

 

 六月十七日

 

 若干今更だが、マダラ様は一族の者に「写輪眼出ました」と言ったらしい。

 タジマ様たちの反応としては「今!?」「なんで今」「でもよかったね」だったそうだ。

 その反応、わたしが開眼した時と被っている。

 若君の他界直後ならまだしも、だいぶ間が空いた謎のタイミングで開眼してしまったから。

 ただマダラ様は柱間くんとの決定的な離別の瞬間に開眼したわけで、原因は十中八九それだろう。

 腹立つ。

 どうして家族の死でも開眼しなかったものを柱間くんとのあれそれで、なんですか柱間くんはマダラ様にとってそんな大事な存在だったとでも言うんですか。

 そうだったんだろうなあ。

 

 ◇ ◆

 

 六月十八日

 

 仮に千手が「うちはケイカが自害すれば、両一族の和平のために動いてもいい」とか考えているのであれば、それくらいしてやっても構わない。

 若君の悲願が叶い、マダラ様の未来に繋がるならいいよ別に、わたしの命くらい。もう絶対に地獄堕ち確定なくらい、千手の子を殺してきたことだし。

 と密かに思い始めているが、そうマダラ様に言ったならハチャメチャに怒られるだろうなということはわかる。

 もし同じことをマダラ様が言ったら往復ビンタくらいはする、わたしなら。

 けれど「わたしとマダラ様じゃ命の重さが違うし、いいじゃんわたしのなら」と思わなくもない。

 宗家の跡取りと分家の女だ。本来は比べようもない。

 けどそう言ったらマダラ様は怒るんだろう。

 怒るならまだいいが、泣くかもしれない。

 それは嫌だ。

 まだ子どもなんだから子どもらしく笑っていればいいのに。

 そういえば、マダラ様が最後に子どもらしく笑っているのを見たのはいつだっただろうか。結構最近見た気がするのだが

 柱間くんと一緒にいたときじゃん。

 柱間くんと一緒にいたときのマダラ様、ニコニコだったじゃん。わたしはそれを陰から見ていた。

 ほんとさぁあの柱間とか言うガキさぁわたしのマダラ様にさぁ。

 もう千手とか関係なしに往復ビンタしてやりたい。

 

 ◇ ◆

 

 六月十九日

 

 マダラ様はわたしのじゃないが。

 何言ってるんだ昨日のわたし、正気か?

 

 ◇ ◆

 

 六月二十二日

 

 若君がなんでもない顔でうちにやってきたので、「なに勝手に死んでるんですか」「弟を置いていくんじゃないですよ」「ぶん殴っていいですか」と詰めに詰め、恐縮しきりの彼を見て少し溜飲を下げた。

 という夢を定期的に見る。

 夢の中の彼は元気そうで、記憶の中と何も変わらず、最後に必ず「マダラを頼む」と言い残す。そこでわたしは目が覚める。

 目が覚めてからしばらくテンションが下がるので、正直あまり見たい夢ではない。

 わかってるから、念押しされなくてもマダラ様は何に替えても守るから。

 見るたび「またこれか、バリエーションに欠ける」と思っていたこの夢に、最近少し変化が加わった。

 マダラを頼む、と言い置いたあと、若君が訳の分からない言葉を添えるようになった。

「目を合わせるな」と言うのだ。

「××××××××と違って×××××は、こちらから働きかけない限り干渉してこないはずだ。だから決して見るな、目を合わせるな。知ろうとするな。力を借りようとするな。あれらはお前を助けてくれるような存在じゃない」

 いや何の話。

 唐突に意味のわからない話をするのはやめてくださいよと言いたくて、けれど彼があまりに真剣だから何も言えなくて、

 そしてわたしは「あれ、この人ほんとに若君か?」と思い、

 そこで目が覚める。

 めちゃくちゃ疲れる。何だこの夢は。

 なお×××…の部分は聞き取れない。どれだけ耳をすませても聞き取れない。

 なんだ、とんでもなく冒涜的な単語だったりするのか。その場合ヤバいのはわたしの頭だが。

 悪夢は誰かに話せば正夢にならないなどと言った気がして、だが「他人が見た夢」という心底どうでもいい話題を黙って聞いてくれるお人好しなど、母を除けば一人しか心当たりがない。

 というわけでマダラ様に話そう。

 と思ったのだが、後半の「若君だかそうじゃないのかよくわからないひとによくわからないことを意味深に言われる」を伝えたら心配されそうだ、頭を。

 ついては、「若君にあなたを頼むと言われる夢をちょくちょく見るんですよね」と話すに留めた。

 わたしとめっちゃ組手をしたあとだったため汗だくのマダラ様は「今するかよ、夢の話を」という顔をしつつも「オレも兄さんの夢を見る」と教えてくれた。

 マダラ様曰く、兄さんが「ケイカのことを頼んだぞ」と言ってくるらしい。

 なんなんだ我々のイメージする若君は、どうしてそう人に人を託すんだ。まさかだが成仏してなかったりするんだろうか。

 彼の願いだった、うちはと千手の和解が叶い、マダラ様とイズナ様、ついでにわたしの安全が確保されれば夢にも出てこなくなるのかもしれない。

 ごめんなさい若君、多分それは厳しい。

 

 ◇ ◆

 

 七月二十八日

 

 最近マダラ様の付き合いが悪い。

 わたしと修行する頻度が明らかに落ちている。

 まさかまた柱間くんと……と一瞬心がざわついたが、どうやらわたし以外のうちはの人間との修行時間を増やしているようだ。タジマ様とかヒカク様とか。

 であれば何も問題はない。

 そもそもわたしは本来、火遁だけ教えていればいい臨時師匠みたいなもののはずだった。

 いつの間にかメイン師匠みたいになっていた、今までの状況がむしろおかしかったのだ。

 マダラ様もそれに気づいたのかもしれない。

 このままわたしからはフェードアウトしていくのだろうか。

 そうしていつか一族の頭領になり、わたしとは会話もしなくなって、正月に顔を合わせるのがせいぜいになるのかもしれない。

 そうなったらマダラ様は、たまには思い出してくれるだろうか、わたしのことを。

 

 ◇ ◆

 

 七月三十日

 

 マダラ様が普通に会いにきた。

 なんだよお前……普通に来るのかよ……とやや戸惑ったが、マダラ様はそんなわたしに戸惑っていた。

 別にいいですけど最近付き合いが悪いですね、別にいいですけど。と言ったところ、うちはの跡継ぎとして、多種多様な相手を倒せるようになるためとにかく色んな人と修行だの手合わせだのしていてお前のところへなかなか来れなかった、と心底申し訳なさそうに言われた。

 そんな申し訳なさそうにされるとは思っていなかった。

 気にしてないですってば、と言ったが我ながら拗ねているような響きで、焦って「拗ねているわけではないです」と重ねてみたところ言えば言うほど拗ねた子どものようになってしまって困った。

 もうじき十六歳になるというのに何をしているんだわたしは。

 焦るわたし、が珍しく面白かったのか、マダラ様に「その年にもなってガキみたいなところあるよな、お前。声だってかわ……変わんねェままだし」と言われた。

 言ってはいけないことを言ったな貴様。

 背も手足も伸び乳と尻は膨れ、見た目はもう大人なのに声だけが幼いことを、わたしは正直結構気にしている。

 この声のせいで言うことに説得力が出ない気がするのだ。軍議の時とか特にそう。

 貴方だって幼いでしょうがよ、声、と言い返したのが気に食わなかったらしいマダラ様に「オレはもうじき周りの大人みたいに低くなる」と言われ、そんなはずない、貴方はずっと可愛いままに決まってますとわたしは言い、そこから強めの言い合いに発展した。

 すぐに背も伸びるし声も低くなるしお前より強くなる、と譲らないマダラ様に「ずっと前からそれ言ってますけどわたしの方が強いでしょうが」と言うわたし。

 宗家の子に言うべき言葉じゃないが、久しぶりに言い合いができたことは少し嬉しかった。

 

 売り言葉に買い言葉を続けるうちに話が脱線していき、前々から思っていた「ていうか男は乳が膨れないから戦闘時に邪魔じゃなくて羨ましい、腹立つ」という思いが爆発してしまい「男性はいいですよね、成長しても乳が無駄に膨れたりしないでしょう。不公平です、男性だって膨れればいいでしょう乳」と言った。

「女が乳、乳連呼するな」としっかりめに怒られた。

 ここで引き下がればよかったのだが、わたしはわたしで変なテンションになっていたこともあり「男も女もないでしょう、不公平だと言っているんです」「邪魔なんですよとにかく、いつかこの乳が原因で怪我をする気がしてならない」「男性はどっかが膨らんだりしないからわからないでしょうが」など言い、このあたりでマダラ様がポロッと「イヤ膨らむだろ一時的に」と言った。

 完全に「いらんこと言った」という顔をしていたマダラ様に「男性もどっか膨らむんですか、ちょっと初耳なんですけど詳しく聞いても?」と詰め寄った。

 マダラ様は明らかに狼狽しており「なんで知らねえんだよ」「お前もう十六に……花嫁修行の時とか話くらいは……」などブツブツ言い、最終的に「ケイカにその方面の仕込みはするなっつったのオレだった」と呟いて頭を抱えていた。

 それ以降はわたしがいくら聞いても「いずれわかる」「責任は取る」と真顔で言うだけで話にならなかった。

 なんだったんだ。

 お互いの声についての話題はうやむやになった。

 

 ◇ ◆

 

 八月六日

 

 わたしとのガッツリした修行はあまりしなくなってきたマダラ様だが、どうやら日々の隙間を縫ってはわたしの家までやってきて、わたしをチラ見して「よし」とか何とか言ってまた宗家に戻って修行する、

 みたいなことを頻繁にしてくるようになった。

 なんだ? わたしは目を離した隙に脱走する猫か何かだと思われているのか?

 その期待に応えて集落から出てみようかとも思ったが、「どう考えても行くあてがない」と自明な結論に辿り着いたためやめた。

 しかし自分の交友関係の狭さにはびっくりする。マダラ様、そしてイズナ様以外と親しく話をしたのがいつだったかもはや思い出せない。

 

 最近つまらなそうにしているらしいわたしに、母が「星を眺めると元気が出るわよ」と一見もっともらしいアドバイスをしてきたが「めっちゃ嫌」というのがまず思ったことで、だって母が星を好きなのはそこに神様がいるからだろう。ヤバい神が。

 最近その話題が出ていなかったため油断していた。

 しかし夜になり、ふとこの真夏の夜空を見上げた時、「神の有無を抜きにしても、やっぱり夜空はいいものだな」と自然と感じた。

 わたしが最も愛している自然は「火」もしくは「炎」だが、星々や月も美しい。

 別に神がいる星を見たからといって、その神に魅入られることもないだろう。

 

 というわけで最近、夜中に家を抜けて夜空を眺めている。

 

 ◇ ◆

 

 八月十日

 

 マダラ様は確か月がお好きだったはずだが、星も負けずにいいものだなと思う。

 星からはわたしたちはどう見えるのだろうか。そもそもわたしたちは目に映るのだろうか、星に目があったとして。

 

 ◇ ◆

 

 八月十六日

 

 そういえば十六歳になったが特に何も変わらない。

 千手とも、千手以外の忍一族とも和解の兆しは見えず、人は死ぬし、また生まれもする。

 わたしが見ている星はいつから存在しているのだろう。そしていつ死ぬのだろうか。

 月や星に比べたら、人間の一生はあまりに気忙しいのかもしれない。

 

 など詩的なことをわたしらしくもなく考えていたらマダラ様がやってきた。夜に。

 どうやらわたしが最近星を見ていることを聞きつけたらしく(どこからだ)、集落のはずれで一人夜空を見上げていたわたしの側にそっと座り込んできた。

 子どもなんだから早く帰って寝ろよ、とも思ったが、冷えたお茶と果物の干したやつを持参していたマダラ様がそれを分け与えてくださったため「わかってんじゃねぇかお前」となり何も言わなかった。

 黙って隣にいるマダラ様に何か愉快な話題でも提供すべきだったのかもしれないが「そんな話題はない」という致し方ない理由でそれもできず。

 わたしの雑談の棚、開けても開けても空っぽなんだよな。戦闘と火の話しかできない。

 まぁマダラ様が何か言ってきたらそれに乗っかるか……と考えていたがマダラ様はほぼ無言で、二人して沈黙の中ただ空を見る謎の時間がただあった。

 その後どちらが言うでもなくなんとなく解散。

 

 ◇ ◆

 

 八月二十八日

 

 またマダラ様が夜にやってきた。

 どうやら多忙らしく、マダラ様の姿を昼間に見かける頻度が下がる中、夜になると外にいるわたしのところまでやってくる。

 何か用事があるわけでもないようで、ただわたしの近くに陣取って夜空を眺めている。

 そういえばマダラ様は昔から月がお好きだった。

 わたしと一緒に見ても輝きが増すとかの効能はないはずだし、わたしが主に見ているのは月でなく星だが、何も言わずに各々空を見て、しばらくしてから無言で解散している。

 意図が読めない。もしかして暇なのだろうか。そんなわけないはずだが。

 わたしの側で月を見るんじゃねぇと言う理由もないのでそのままにしている。

 わたしが星を見るのも「なんとなく落ち着くから」でしかない。マダラ様にもきっと大した理由はないのだろう。

 

 ◇ ◆

 

 九月二十日

 

 南のひとつ星が美しい。

 ぽつんと強く光るその星の名前は知らないが、地平線近くに孤高に光るその星は、文字通り星の数ほどある星々の中で殊更目を引いた。

 最近はもっぱらその星を眺めている。

 ところでこの頃、マダラ様が話しかけてくる。

 夜に会った時は会話もなく、ただ空を眺めることが普通になっていたのだが、ぽつぽつとマダラ様が言葉を口に出すようになってきた。

 それはわたしに話しかけているというよりは半ば独り言で、しかも暗い。

 一族の期待に応えられるだろうかとか、イズナには本当は戦に出てほしくはないんだとか、けどそのイズナはなんなら自分より好戦的だとか、それはケイカの影響なんじゃいかとか(違うと思う)。

 平たく言うと「現状と今後への不安」で、辛気臭いことこの上ない。

 何故わたしに言う、と同時に、わたしくらいにしか言えないのかもな、と思った。

 マダラ様はいまや宗家の長子で、嫌でも一族の長になるしかない。

 もともとは弟だったマダラ様だ、不安はあるだろうし、それを父親や弟には言えないのだろう。

 わたしの前で溢すことで少しでも気持ちが楽になるのなら、わたしはそれを黙って聞いていよう。

 

 と思っていた時期もあったのだが「おい、いい加減にしろよ」という気持ちが抑えられなくなってきたここ数日。

 暗いのだ、とにかく。陰鬱な顔で陰鬱なことを会うたび言われてはこちらの気も滅入るというもので、気分良く星を眺めていたいわたしにとってマダラ様の独白が雑音になりつつある。

 最初はわたしだって真摯に耳を傾けていた。だが幾度も答えの無い暗い独白や自問自答に付き合っているうちに暗澹たる気分になってきたし、

 ていうか貴方、柱間くんのことを吹っ切れてないな?

 というのが言葉の端々から浮き彫りになってきてわたしの苛立ちも増す一方だ。

 しかしここで「うるせぇ黙れ」と言うわけにもいかない。

 宗家の長子に対して無礼とかそれ以前に、マダラ様が可哀想だ。きっとわたしならと多少信頼して、胸の内を話しているのだろうに。壁に向かって話してる気分なのかもしれないが。

 何かこう、マダラ様を傷つけず、それでいて黙っていただく方法はないだろうか。

 

 ◇ ◆

 

 九月三十日

 

 画期的な方法を編み出した。

 マダラ様は、乳に埋めると黙る。

 また訥々と、一族の誰が死んだとかオレがもっとうまくやっていればとか、陰鬱なことを話し出したマダラ様を「もう物理的に黙らせよう」と思い、頭を引っつかんで胸に抱き込んだところ、見る間に静かになった。

 口元が肉にほぼ埋まっているのでそりゃ黙るしかないだろう。かなり息もしづらいだろうがそれは知らん、本気で苦しかったら流石に払い除けるはずだ。

 怒るかとも思ったが怒らず、それどころか一言も発さずじっとわたしの胸に抱かれて静かにしていた。乳を枕に寝たのかと思うほど大人しかった。

 今後はこれでいく。

 

 ◇ ◆

 

 十月十四日

 

 マダラ様が暗い話を始める→しばらく大人しく聴く→いい加減うるせぇなと思い始めたあたりで乳に埋める→マダラ様黙る

 というパターンが確立されてきた。

 黙らされるとわかっていてどうして話すのだろうか、もしかして学習能力がないのか。かなり聡明な方だと思っていたのだが。

 わたしとしては黙っていてもらえればそれでよく、マダラ様を抱えたまま空を見ている。

 しかし人ひとりを抱えたまま上を見るのは体勢的にキツく、首を痛めそうだったので、最近はマダラ様を抱えたまま地面に転がっている。

 マダラ様は若干潔癖の気があるので地面に直で転がるのを嫌がるだろうかと思ったらそんなこともなかった。水揚げされた魚のように大人しく横たわっている。

 

 ◇ ◆

 

 十月十七日

 

 マダラ様がなんか全体的にゴツゴツしている気がする。

 と今日唐突に気がついた。

 マダラ様のことは昔から抱えたり抱っこしたりしてきたが、前はもっとこう柔らかくて軽くて丸みがあった。

 最近のマダラ様、硬くて重くて四角い、ような気がする。

 いつも通り胸に抱えたとき確認したところ、腕の太さがマダラ様に負けていた。

 嘘だろあんな細っこい腕をしていたのに、なんだあの、みっしりした筋肉は。

 まさか、と思い手のひらを合わせたら手の大きさも負けていた。

 嘘じゃん。

 

 紅葉みたいな手だったのに。

 クナイを握るのにも苦労する手だったのに。

 やわらかい手だったのに。

 

 いやまてまだ身長はわたしの方が高い、まだ大丈夫だ。

 それにマダラ様はわたしの声の幼さをからかったが、マダラ様だって子どもの声をしている。喉仏だって出ていない。だから大丈夫だ、大丈夫大丈夫

 

 ◇ ◆

 

 十一月十日

 

 大丈夫じゃないかもしれない

 

 ◇ ◆

 

 十一月十九日

 

 タジマ様に偶然お会いした。

「まさかとは思うんですけど、マダラ様、わたしより背が高くなってませんか?」と問うたところ、2秒後に「ええ、そうですね?」と返された。

 そうですね? じゃなくて。

「あの……マダラ様がわたしより大きくなるというのはおかしい気がするのですが……」と言ったところ、心底何を言っているのかわからないみたいな顔をされた。

 タジマ様曰く「マダラは男子なので、それはまぁ、女子の貴女よりは大きくもなるかと」。

 

 ◇ ◆

 

 十一月二十日

 

 やや久々になるがイズナ様に会いに行った。

「あなたの兄貴がわたしに何の断りもなくわたしよりデカくなってるんです」と訴えたところ、不可解な顔をされながら「うん、なんならオレも大きくなると思うよ?」と返され

 イズナ様の一人称は僕だったはずなのに

 

 ◇ ◆

 

 十一月二十一日

 

 大きくならないで

 

 ◇ ◆

 

 十二月三日

 

 ここ一月くらいのわたしの様子がおかしい。日記を見返すとよくわかるが。

 どうしてこんなに嫌なんだろうかと自分を振り返ったところ、マダラ様が大きくなる→わたしの庇護下を離れる→わたしの存在価値が脅かされる、みたいな、意味がわからない思い込みがあるのかもしれない。

 マダラを頼む、という彼の遺言を重く捉えすぎなのだろうか。

 あの言葉にはきっと、マダラ様の精神的なフォローもしてやってくれという若君の兄心が込められていたんだと思う。

 俄然荷が重い。

 兄公認のめんどくささと繊細さを持つマダラ様の心の支えになれる気がしない。

 ただ話を聞いてあげればいいのかもしれないが、わたしにはそれも無理だった。長時間語られると、それがどんなに真面目な話でも、真面目だからこそ「しゃらくせえな」と苛立ちに呑まれてしまう。

 もしかしなくても、わたしはそもそもマダラ様と相性が悪いのかもしれない。

 

 どんなに小さいまま、弱いままいてほしいと願ったとしても、マダラ様が幼くなることはない。大きくなって、そのうち視線も合わないほど背が伸びて、中身も大人になって、柱間くんのことを完全に吹っ切ってしまう日が来るのかもしれない。

 それは喜ばしいことだとは思うのだが、

 実感として全く喜べないし、

 マダラ様が星だったらよかったのに。

 あの南のひとつ星みたいに、ほとんど永遠に変わらない存在としていてくれたら、こんな気持ちにはならずにすんだのかもしれない。

 

 

 ◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆

 

 

 ケイカが弟子の成長に暗澹としている間にも時は進み、当然ながら、同じだけの時間が千手一族でも経過していた。

 マダラと分かたれた柱間は、来る日も来る日も繰り返される戦の日々に心を痛めながらも、千手の次期頭領として着実に力を蓄えていた。

 マダラがケイカの背を僅かに追い越したのと、柱間が木遁を発現させたのは同じ頃であり、

「……あら、薪木ですか? よく燃えそうですね」

 猛烈に機嫌の悪いうちはケイカと戦場で相対するようになったのもこの頃だった。

「ケイカ殿」

「少し見ない間に大きくなりましたね、柱間くん」

 久々に会った親戚みたいなことを言いながらも声に険がある。

 幾度繰り返したかもわからない千手とうちはの争い、その舞台に、柱間が発動させた木遁を見もせずに焼き払ったうちはケイカが立っている。

 焼失した木々は、しかし見る間に成長し周囲を覆う。己に迫るそれをいなしつつ、ケイカは忌々しそうに舌打ちした。

「……人の許可も取らずににょきにょきと大きくなって……なんなんですか、これも、あなたも、マダラ様も」

「今、マダラと言ったか!?」

「言っていませんそこに食いつかないでください」

「マダラはどうしてる? この頃は戦場で会っても会話する間もなくて」

「あなたのそういうところが癇に障る」

 一層剣呑な空気を纏うケイカを諌めるうちはは周囲にはいない。むっすりとしたケイカが柱間の目の前に現れた途端、周囲で交戦していたうちはの殆どはその場から退避している。

「母親よりは遥かにマシだが、戦闘中のうちはケイカの近くは危険であるため即座に退避しろ。炎に巻き込まれるぞ」と一族内では了解されており、彼女としても周囲に味方がいない方がずっと戦いやすいためそれでいいと思っている。

 彼女の危険性は当然千手もよく知るところで、柱間の背後に控える彼の配下が気を張り詰めさせていた。

「あなた個人に特別恨みがあるわけではありませんが────これでもうちは一族なので。攻撃するので死にたくなければ何とかしてください」

「ケイカ殿、オレと話を」

「くどいですよ。あなたは千手、いずれマダラ様を害するでしょうが」

「オレはそれを望んではいない!」

「それはそれで────腹が立つんですよ!」

 苛立ちと共に放たれた炎が柱間を襲う。

 ただ一人の女が操っているとはとても思えない質量に、下手に避けるべきではないと判断した柱間は術者に突貫した。懐に入られてはまずいとケイカは身構え、しかし体術で優る柱間は彼女に肉薄する。

「鬱陶しい、こっちに────こないで!」

「貴女は敵である前に女子だろう、傷つけたくはないのだ! それに貴女はマダラの」

 言葉の前半を聞いて「侮られた」と判断したケイカの両目が文字通り真っ赤に染まる。決して直視してはならぬと叩き込まれているうちはの写輪眼、それを見ても柱間は臆さなかった。情深い友と揃いのそれを求めるように柱間は手を伸ばす。

 そして、

 

「────ケイカ! ケイカはいるか!?」

 うちはケイカが千手柱間と交戦中と聞きつけたマダラが戦場に飛び出してくる。柱間の実力とケイカの強さ、どちらもよく知る彼は、二人がやり合えばどちらも無事では済まないことをわかっている。

 どちらかが死ぬ、かつての友か、かけがえのない女が────

「ケイカ! ……………………はぁ?」

 二人を見つけたマダラが目にしたのは、ケイカの豊満な胸に顔面を埋めて半ば目を回している柱間と、柱間を抱えるようにして困惑顔で動かないケイカと、より困惑している両陣営の男達だった。

 互いに「相手を殺したくない」と根底で思っている二人がやり合った結果揉み合いになり、どうしてかそうなったようだった。ケイカは完全に予想外の展開にただ困惑し、千手次期頭領を殺める絶好のチャンスであるのに動けない。

「そうはならねぇだろ」と冷静に考えたマダラは、二秒後全力で怒鳴った。

「柱間アァアッ!! テメェ、オレのおん────」

「マダラ!?」

「マダラ様────」

 ある意味中心人物の登場に我に返った二人が弾かれたようにマダラを見、次いでケイカが柱間を蹴り飛ばし距離を取る。

「うわっ!?」

「────マダラ様の前であなたを殺せって言うんですか……」

「ケイカ殿、」

「今日はこれくらいにしておいてやります、今すぐわたしの視界から消えろこの泥棒猫」

「ね、猫?」

「言っておきますがマダラ様は」

「ケイカッ! お前はお前で何してやがる!」

「戦ってたんです。…………退きますよ」

 怒りに髪を逆立てるマダラの腕を掴んだケイカの姿が自らの炎に呑まれる。その炎が消えた時、マダラ達の姿はなかった。

 かくして場は流れ、千手の次期頭領とうちはの生ける炎の娘はほぼ無傷で戦場を去る。

 尚、今回のことは千手柱間乳ダイブ事件として十年後まで擦られ続けることになる。

 

 

 ◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆

 

 

 赤色がこちらを見ている。

 違う、おそらくこちらを見てはいないのだ。その赤は、熱は、ただそこにある。

 わたしは何故かそれが気になってしかたがない。

 目を合わせたい。

 それに手を伸ばそうとして、後ろから誰かに肩を引かれた。

 振り返る前に誰かがわたしの目を塞ぐ。

 優しい暗闇に視界を遮られて尚、赤い光はそこにあった。

 

 

 

 

 

 

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