うちはの生ける炎   作:律可

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一儀

 三月三日

 

 マダラ様に負けた。

 術の使用は禁止の、純粋な体術勝負で、言い訳のしようもないほどにちゃんと、負けた。

 それ自体は別にいい。マダラ様はもうとっくに体術ではわたしを上回っていた。それはわかっていた。

 けれどそこまでの差ではないと思っていて、勝負にはなるくらいの差しかないと思っていて、でも今日マダラ様と組手をしたら、手加減をされた。

 手加減されて、それで、負けた。

 

 若君とマダラ様と一緒に川遊びをした時の夢を見た。

 マダラ様は小さくて怒りっぽくて、魚が上手く焼けないと拗ねて、わたしに突っかかって、苛ついたわたしに川に投げられて半泣きになっていた。

 

 起きた時、少し目の周りが濡れていた。

 

 ◇ ◆

 

 三月十日

 

 唐突にヒカク様に呼び出された。

 つまり宗家に呼びつけられたわけだ。

 拒否する理由も気力もなかったので大人しく向かった。

 ヒカク様に顔を見るなり「元気がなさそうだが大丈夫か」と言われた。テンションが低いだけで病を得ているわけではないので大丈夫です、と返すと腑に落ちない顔のまま、それでも納得してくださったようだった。

「マダラ様はもうじき筆下ろしの必要があるが、いいか」と問われた。

 本当に意味が分からなかったので「良いも何も好きにすればよろしいのでは」と申し上げた。

 また腑に落ちない顔をされたが、その顔をしたいのはわたしだ。

 ただ「なるほど」とは言われた。

 帰りしなにお菓子を持たされた。

 もしかして子どもだと思われているんだろうか。わたしは客観的に、もう大人と言っていいと思うのだけども。

 

 ◇ ◆

 

 三月十一日

 

 筆下ろし、が、男性が初めて女性と子作りをすること、その練習の隠語だと知る。

 新品の筆を使うことではなかったらしい。

 母に「マダラ様が筆を下ろす許可を求められたんだけど、あれなんだったんだろう」とこぼしたところ、サラッと教えてくれた。

「マジで言ってる?」と母を三回ほど問い詰めてしまったが、どうやらマジらしい。そういう種類の冗談を言う母ではないため、本当なのだろう。

 しかし余計にヒカク様の意図がわからなくなった。

 わたしに言ってどうしろというんだ、陰ながら応援しておけとでも言いたかったのだろうか。

 と思っていたら母に「マダラ様の初めてのお相手になってほしい、と頼まれたのね」と言われた。

「マジで言ってる?」と十五回問い詰めたが、母曰くマジらしい。

 母はかつて、タジマ様の師でもあった。つまり今のわたしとマダラ様と同じ関係性だった。

 タジマ様がマダラ様と同じくらいの年頃、やはり筆下ろしが必要となり、その際相手役として母に白羽の矢が立てられたらしい。

 だが当時の母は、自分に立ったその矢を引っこ抜いて折って捨てたらしい。

 つまり断ったのだ。

「もうその頃にはあの人に会っていたから」と。

 父のことだ。母にこう言わせる父、本当にどんな人だったんだ。夭折したことが悔やまれる。

 当時のタジマ様が母を選んだ理由はなんとなく察するものがあるが、マダラ様の相手としてわたしが抜擢される意味がわからない。

 というか筆下ろしに関するしきたりとか、そのあたりの知識を知らなすぎる。わたしが選ばれるのは妥当なことなのか。他の人とかどうしているんだ。

 母の言葉を信じるなら、筆下ろしは言わば「戦場に出る前の稽古」「練習」で、通常はそのあたりのことに精通した人が相手として選ばれるらしい。具体的に言うと、後家の女の人とか。

 わたしはヒカク様に後家と思われていた……? と愕然としかけたがそんなわけない。

「だって貴女、マダラ様のお師匠様じゃない」と母に言われた。

 師匠ってそこまで教えなきゃいけないのか。

 マジかよ。とりあえず火遁だけ叩き込んでおけばいいと信じていた。

 だが「お前、マダラ様の師だろう」と言われたらもう何も言えない。

 それはわたしの矜持でもあるからだ。いつの間にかそうなっていた。

 マダラ様はもうわたしより大きく、強くて、教えられることはきっともうない。

 火の扱いだけは未だわたしの方が上だけど、もう、そういう段階ではなくなっている。

 マダラ様はうちはの長として、多くのことを学ばなくてはならないんだ。

 マダラ様に教えられることがあとひとつでもあるなら、教えたい。

 母に「嫌なら断ってもいいのよ? 言いづらいなら、ほら、屋敷を燃やすとかあるでしょう」と言われたが、「先方がそのつもりなら、受ける」と言った。

 そもそも話を持ってきたのは、タジマ様の右腕でもあるヒカク様だ。

 昔からわたしたちを知るあの方がわたしを見込んでくれたのなら、きっとわたしにはそれができる。

 筆下ろしのやり方を全く知らないので教えるも何もないという問題があるが、そこはそれ、当日までに学べばいいだろう。

 少なくともヒカク様は知っているはずだ。なので明日、聞く。

 

 ◇ ◆

 

 三月十二日

 

 ヒカク様に会いに行った。

 昨日の今日でまた来たわたしに驚いていたが、わたしが開口一番「マダラ様の筆下ろしの件、わたしでよければお受けします」と言ったら、そうか、では頼む、と言ってくださった。

 つきましてはわたしに、その筆下ろしのやり方を教えてください。何か教本とかあるならそれ読んでおくので、と頼んだ。

 断られた。

 生まれてからここまでの人生で一番「なんで?」と思ったし、相手が目上でなければ掴みかかっていたと思う。

「すみません、筆下ろしって、つまり子どもの作り方をわたしが教えるってことで合っていますよね」と前提の確認を試みたところ、「通常はそうだが、『自分が教える』と気負わなくていい。いやむしろ何もしなくていい。大人しくしてさえいれば恙なく終わる」と言われた。

 絶対に騙されている。そう感じ、もう掴みかかっちゃおうかなと思ったところで

「マダラ様は私にとっても弟か息子のような存在で、幸せになっていただきたいと思っている」など、聞いてもいない自分語りをされた。

 ヒカク様は普段そんなことをする方ではない。思わず気圧されて黙っていると、「貴女がマダラ様の最初の女性になって、貴女の最初の男がマダラ様になる。それだけでいいんだ」ととても穏やかな口調で言われた。

 その口調のあまりの優しさに、顔すら碌に覚えていない父の影を感じた。

 ヒカク様がそう仰るなら────と引き下がって家に戻ってきたのが今だ。

 そして今思う。

 やはり騙されているんじゃないか、わたし。

 筆下ろしは戦場に出る前の稽古みたいなもの、クナイを握ったことすらない子を戦場には出さないでしょうと母は言った。

 よくわからないが、筆下ろしというのは子を作る練習なんだろう。マダラ様は跡継ぎなのだから自分も跡継ぎの子を作らないといけないわけで、その練習って、つまりとても大事なことなんじゃないのか。

 その相手役が、やり方を何も知らなくていいなんてことあるのか。

 なくないか。

 頭を抱えていると、包丁を片手に持った母が気配なく近づいてきていたので本当に漏らすかと思った。

 単に料理中だった母はわたしが何に困っているかだいたい把握していたらしく、「別に悩まなくても大丈夫よ」と言った。

「ケイカ、あなた、誰に教えられなくても火を扱えたでしょう? それと同じ。大丈夫、勘でやりなさい」と言われた。

 否定されるだろうと思いつつ「火遁と子作りは同じなのか」と尋ねた。

 堂々たる佇まいで「同じよ」と言われた。

 

 だとするなら自信しかない。

 

 ◇ ◆

 

 三月十五日

 

 筆下ろしに関することがマダラ様の意思ではなかったことが発覚。

 

 いつものようにマダラ様と二人、夜空を見上げながら地面に転がっている時に「そういえばわたしがマダラ様の筆下ろし役をする件なのですが」と言ったところ「待ってくれ」と五回言われ、「幻聴かな?」という顔をしたマダラ様に「もう一度、ゆっくり言ってくれ」と頼まれた。

 一言一句同じことをゆっくり言ったところ、頭を抱えてのたうち回ったのち「誰だお前にそれ言ったのは!! ヒカクか!?」と問われ、はい、と返すと奇声を発した。

 基本的には落ち着いているマダラ様の常にない奇行に正直それなりに怯えていたのだが、しばらく見守っているとだんだんと落ち着いていき、ぽつりと「……ヒカクは悪くねぇな。俺はうちはの跡継ぎで、もう十五だ」と言った。

 もう十五歳なんだ…………と改めてショックを感じていると、マダラ様がわたしの手を取り、「お前はいいのか」と言った。

 重要な役目を任せてもらえたことは嬉しいです、と答えた。

 ただわたしは無知で、今のままだとマダラ様に「教える」ことはできそうにない。だから教えてくださいと頼んだのにヒカク様には断られるし、けれど母が言うように火遁と同じノリでできるのなら自信はあります、と言った。

 マダラ様は名状しがたい、今までに見たことのない種類の顔をし、しばらく黙ったあとに「勉強して挑むものじゃないから、お前は何もしなくていい」と言った。

 その言葉が正しいなら、つまり事前学習なしでその場のノリで可能なものであるなら、そもそも事前練習である筆下ろしの場を整える必要とかなくないか?

 ともっともな疑問をぶつけてみたのだが、そういうものでもないらしい。

 宗家として、儀式やしきたりの意味もあるのかもしれない。

 そうだとするなら分家のわたしが文句を言うところではない。

 しかしヒカク様が言い出したことで、ここまでマダラ様の意思が介入していないとするなら、そもそもわたしでいいんだろうか。

「うちはには他にも女性がいますが、本当にわたしでいいですか。あなたの師として役目を果たさせてくれますか」と尋ねたら「お前がいいんだ」と返された。

 うれしかった。

 お前はオレでいいのか、兄さんじゃなくてオレで。そう問われたが意味がわからず、若君は関係がないのでは? と言ったら、そうだな、と抱きかかえられた。

 マダラ様はわたしを物理的に包めるくらい大きい。

 その事実をいい加減直視しよう。彼がすくすくと成長している、それは喜ばしいことなのだから。

 だが、本当につらい。

 声がまだ少年の高さを保っていることだけが、わたしの心を和ませる。

 

 ◇ ◆

 

 四月十六日

 

 春だ。美しい季節だ。

 桜は本当にきれいだし(わたしにだって花を愛でる心くらいはギリギリある)、よく晴れた日が続いている。そして戦も続いている。

 私事だが怪我をした。

 自分の日記なのだから全て私事なのだが、とにかく、怪我をした。

 千手柱間と交戦中に、千手扉間の手で傷を負った。

 こんなことあるのか。

 扉間にやられた、と気付いたとき、思わず「はぁ?」て言っちゃったもんな、素で。

 千手柱間と真正面からやり合える若手は、わたしか、それこそマダラ様しかいない。

 柱間くんは木遁とかいう反則的な術を使うことができる。初めて彼の木遁を見たときは「木なんだから燃やせばいいじゃん」と思ったし実際そうしたが、彼から生み出される木々は何故か異様に高い耐熱性を有しており、一般的なうちはの火遁では炙る程度の効果しかない。

 柱間くんが戦場へ躍り出ると、ほぼ確実にわたしが呼び出される。というか、呼ばれなくても行く。

 マダラ様と会わせたくない、戦わせたくない、貴様はわたしが倒す、なんだよ木遁って聞いたことねえよ、というエゴだ。わたしの。

 うちはとしても、万一にも跡取りであるマダラ様を喪うわけにはいかないため、まだ死んでもいいわたしが対柱間兵器として送り込まれている。

 柱間くんは言動の端々に「うちはケイカを傷つけたくない、戦いたくない」が見えていて戦っていて非常に不愉快だ。舐めているのかお前は、わたしを、戦を。

 一度、本人に聞いたことがある。ほとんど一対一で刃を交わしながら、「あなた、わたしを殺す気がないでしょう」と。

「それは貴女だろう!」と叫び返された。

 妙に人の心に聡いところも含めて、どうも柱間くんとは合わない。できればもう会いたくない。

 柱間くんがわたしを殺す気がないことを確信して、それで、油断があったんだろうか。

 柱間くんと交戦中、気付いたら背後に千手扉間が、彼の弟がいて、脇腹を斬られた。

 シンプルな術や武器ほど極めると強い。研ぎ澄まされた瞬身と刀術を見てしみじみそう思った。

 実際はそんな牧歌的なものではなく、「傷口を焼く」「その場から退避しつつ扉間を焼こうとする」を同時に実行したためかなり慌ただしかったが。

 ちなみに扉間のことは焼き損ねた(柱間くんに阻止された)。

 正直、千手扉間のことはノーマークだった。

 強いとは聞いていたし、彼によって殺されたうちはだって大勢いる。

 ただどうしても柱間くんの陰に隠れがちで、特にわたしは柱間くんのことしか見ていなかった。マダラ様に唾つけやがって、この泥棒猫、と思っているから。

 これはもう、油断としか言いようがない。大反省だ。

 このことにブチ切れているのがイズナ様で、彼は扉間がわたしを斬ったところを偶然目撃しており、なんならマダラ様が引くほど千手扉間に対抗意識を燃やしている。

 そのマダラ様はマダラ様で大変心配をおかけしてしまい、申し訳ない。

 斬られてすぐ撤退したし、血はすぐに止まったし、我ながら素晴らしい回復力を見せ、今はそこそこ元気だ。

 幼少期に真正面から斬られて寝込んだ時に比べればかすり傷だと思う。

 まぁ傷跡はがっつり残るだろうが、今更すぎる。

 

 見舞いに来てくださったマダラ様に「筆下ろしって怪我しててもできますかね」と尋ねたら怒られてしまった。怒られたあとに謝られた。

 怒られるのは構わないが、謝るのはやめてほしいな、と思った。

 

 ◇ ◆

 

 五月十日

 

 跡は残ったが傷口は塞がった。

 イズナ様はまだ扉間に怒っているし、マダラ様も心配してくるが、もう怪我人ではないため普通に過ごしている。

「快気の祝いに美味しいものを食べさせてあげよう」とヒカク様に呼ばれた。

 そう聞いて行かない理由はなく、足取り軽やかに宗家へ向かった。

 通されたのは客間ではなく台所で、「好きに作って構わない」と言われた。

 なんでだよ。

 わたしの祝いじゃなかったのか、わたしが主役じゃないのか。どうして主役自ら料理しなくてはならないのか。

 しかし食材はふんだんに用意されており、流石宗家と言おうか質もいいものばかりだったため「ここで怒って帰るのは悪手」と考え、言われた通り好きに作った。

 母と二人暮らしのため、家事全般はできる。母はそのあたりはちゃんと教えてくれている。基本的には良き母なのが逆に嫌だ。

 明らかに一人分以上の食材が用意されていたため、自分の分だけ作るのは流石にな……と思い、とりあえず三人前ほど作った。食事というものは一気に大量に作った方が楽だし美味しい。

 何故かわたしの料理姿をずっと見守っていた(本当になんでだ、毒入れるとでも思ってるのか)ヒカク様に「手際がいい」「彩りも考えられているな」など割と絶賛されたため、調子に乗って「マダラ様にも褒めていただける程度の腕はあります」と言ったら「へー」みたいな顔をされた。

 完成した料理はヒカク様と食べた。

 ヒカク様に箸使いを褒められた。

 

 ◇ ◆

 

 五月十七日

 

 ヒカク様にまた呼ばれた。暇なのか?

 呼び出し理由がまたも「お前の怪我が問題なく治った祝い」だったため、ヒカク様もしくはわたしのどちらかが地味な幻術にかけられている疑惑がある。

 ただ今回は「食事」でなく「着物」をわたしに与えてやろう、とのことだった。

 大名の姫君でもない限り、新しい着物はそう手に入るものではない。布は貴重なのだ。寸法が合わなくなったりほつれたりしたら、新しいものを手に入れるのではなく自力で仕立て直してまた着る。

 美味しい食事以上に着物の方がもらって嬉しい。何故ならわたしの着物は見る間に寸法が合わなくなってきており、それは確実に成長をやめる気配のない乳のせいだ。

 仕立て直すにも限界はある。

 なのでウキウキ宗家へ向かった。

 着物に仕立てる用の布を手渡され、思ったより良い生地だな、ありがたいなと思ったわたしはそれを持ってちゃっちゃと帰ろうとしたが呼び止められ「まぁここでやっていけ。道具は貸すから」と言われた。

 なんだろう、先日の料理といい、ヒカク様はわたしが何かを作っているのを見るのが趣味なのか。

 終始腑に落ちない顔をしながら生地の裁断から縫い合わせまでやったが真隣にヒカク様が張り付いており、意味がわからなくて怖かった。

 しみじみと「家事の腕は母上譲りだな」とか「トウカ殿も昔から、何をやらせても器用で」とか言ってきて、そういえばこの方も母の昔を知っているんだなと思い、その娘に隔意なく付き合ってくれるのはありがたいことなのかもしれないなとも思った。

「男物も仕立てられるか」と問われ、やったことねぇからわかんねぇよウチは女2人しかいねぇんだからよ、を可能な限り丁寧に返した。

 完成した着物を持って夜に帰宅。

 

 ◇ ◆

 

 五月二十八日

 

 そういや筆下ろしっていつどこでやるんです? とマダラ様に聞いたところ、無言でのたうち回られ本当に怖かった。悪霊に憑かれたのかと思った。

「マダラ様の覚悟が出来次第」らしい。

 いつなんだ。

 あと覚悟が必要な感じなのか、いったい何がどうなるんだ。

 なんとなく聞いてはいけない気がして、何も聞けなかった。

 

 ◇ ◆

 

 六月七日

 

 うちはは千手とのみ争っているわけではない。同族以外は全員敵だ。

 それでもやはり千手とやり合うことが多く、お互い見たくもない顔を見合っている。

 とはいえ戦場でしか見ないしな、と思っていたが、前線から自陣まで戻ると、捕虜になった知らない千手がいた。かなり珍しい。秒単位で命のやり取りが行われる場所では「相手を捕らえる」余裕などなく、命を取るか取られるかしかない。仮に捕まえたとしても「一族の秘密を吐くくらいなら自害しろ」と躾けられているわたしたち忍びは、逃げられないと判断した瞬間、死ぬ。

 死んだ人間から情報を引き出す術など聞いたこともないし、これからもないだろう。死人に口なしだ。わたしも、もうにっちもさっちも行かなくなったら、周囲を巻き添えに爆死するつもりだ。

 その珍しい千手の捕虜は、自害することすら妨害され、尋問を受けているようだった。こういうとき写輪眼は便利だ。相手の心を挫くのに幻術は有効だから。

 と言ってもわたしには幻術の才はほぼない。せっかく発現したこの眼も持ち腐れである。

 その捕虜くんだが、まだ子どもと言っていい年齢であることもあり、どうやら碌な情報は持っていなかったようだ。

 だが聞き捨てならないことをひとつ吐いた。

 わたし、つまりこのうちはケイカは、千手で「うちはの放火魔」と呼ばれているらしい。

 呼んでいるのは、主に柱間くんの弟の扉間らしい。

 いやふざけるなよ。

「生ける炎」と呼ばれるのはまぁいい。「それわたしじゃなくて母なんだよな」とは思うが、畏怖を感じるなかなか良い異名だ

 放火魔ってなんだ、ご丁寧に「うちはの」と付けるんじゃねえ。

 マダラ様の友人だったこともあり、柱間くんのことはなんとなく くん付けで呼んできたわたしだが、扉間のことは一生呼び捨てすることを誓った。

 先日腹を斬られた怒りもある。

 千手扉間、近日中に燃やす。覚悟をしておいてほしい。

 

 ◇ ◆

 

 七月九日

 

 夏だな、とマダラ様に言われた。

 はぁそうですね、と星を見ながらわたしは返した。

 お前の誕生日が近い、とマダラ様は重ねて言った。

 まぁそうですね、と星を見ながらわたしは返した。

 何か言おうとしては口ごもり続けるマダラ様にわたしはそこそこ苛ついており、「仕方ない、また乳に埋めるか」と抱きかかえようとしたところ、そっと拒否された。

 自分でも驚くほどショックで凍り付いていたら、マダラ様に「お前を抱いてもいいか」と聞かれた。

「あっなんだ嫌じゃなかったんだ!?」と思い、どうぞどうぞと両手を広げた。マダラ様は静かにわたしを見て、「花嫁修業は絶対にやりたくないと言ったのはお前だからな」と唐突に言った。

 そりゃそうだが、それがどうしたよ。

 など思っていると、マダラ様が「明日、夕飯前にうちに来い。ひとりで」と言った。

 わざわざひとりで、と言われなくても、呼ばれたらひとりで行く。一緒に宗家に遊びに行く友人などわたしにはいない。

 じゃあ明日、行きますねと約束をして別れた。

 

 マダラ様の雰囲気がいつもと違った気がする。

 

 ◇ ◆

 

 七月十日

 

 宗家へ出かける前に、この日記を書いている。

 そろそろ出かける準備をしようか、というかわたしはどうして今日呼ばれたんだろうなど考えていると母がやってきて、「マダラ様を傷つけるようなこと言っちゃだめよ?」と言った。

 最近は言ってないはずだし、言ったつもりもない。

 キョトンとしていると「多分とても緊張しているだろうし、失敗するかもしれないけど、最初はそんなものだから」と言われた。

 何の話題なのか全くわからず、「何の話題なのか全くわからない」と素直に言ったところ、「今日やるんでしょう? 筆下ろしを」と言われた。

 そうなの?

 今日なの? マジで? 結局一切練習とかしてないのに?

 どうして本人が聞いてないのに母が知っているのかも不明だ。ヒカク様あたりから話が行っていたんだろうか。わたしにも言ってくれよ。

「今夜は向こうに泊まることになるでしょうから、ゆっくりしてきなさい」だそうだ。

 筆下ろしってそんな、時間がかかるものなのか。15分くらいで終わるんじゃないかとボンヤリ思っていた。そんな長時間プランなら朝から呼んでくれ、どうして日が落ちてから呼ぶんだ。

 しかし文句を言っても仕方がない。

 何をさせられるのかわかっていないが、ヒカク様や母の言葉を信じるなら、ぶっつけ本番でなんとかなるらしい。

 とりあえずはその言葉を信じてやってみようと思う、マダラ様の筆下ろし。

 というわけで行ってきます。明日の日記にはその感想でも書こう。

 

 ◇ ◆

 

 七月十一日

 

 

 

 ◇ ◆

 

 七月十二日

 

 

 

 ◇ ◆

 

 七月十三日

 

 

 

 ◇ ◆

 

 七月十四日

 

 母に「マダラ様が来てくださっているけれど、会わないの?」と部屋の扉越しに声をかけられた。

 会わない、帰っていただいてください、と頼んだ。

 

 ◇ ◆

 

 七月十五日

 

 もう、三日だか四日は経っているのに、立ち直れないし、部屋から出られない。

 マダラ様が

 マダラ様が男の人だった。

 男の子だったのに、あんなのまるで男の人で、知らない人みたいで、でもどう見てもマダラ様で、すごく必死で、見たことない顔をしていて、わたしに覆いかぶさるから抱きしめてほしいのかなと思って、でも違って、逃げたいと思ったのに逃げられなくて、それはマダラ様の力が強かったのもあるけど、マダラ様が「逃げないでくれ」って言ったからで、

 わたしはマダラ様の師匠だから、若君からもマダラを頼むって言われたから、マダラ様に教えてあげられることは教えてあげたいと思って

 でもわたしが教えられることなんてなかったじゃないか。

 

 ◇ ◆

 

 七月十六日

 

 裏庭からマダラ様が侵入してきて度肝を抜かれた。

「もう一生マダラ様と顔を合わせられない」と思っていたのに、ふと庭を見たらマダラ様とバッチリ目が合い、人間は驚きすぎると喉がヒュッて鳴るんだなという気付きを得た。

 宗家の次期頭領がなぜ盗人みたいに裏から来るんです、と尋ねたら「玄関から訪ねたらトウカさんに追い返される」と言われた。

 追い返せと言ったのはわたしなので返す言葉もない。

 少しだけ、以前のように自然に話せた。けれど次第に数日前のことがちらついて、駄目だこれ、これ以上は話せないとマダラ様を置いて部屋の奥に引っ込もうとしたら、マダラ様もついてきた。

 あまりにも自然についてくるものだからそのまま同伴してしまい、部屋に入ってから「いやなんでですか」と言った。

 ここ数日ほぼ臥せっていたので布団引きっぱなしだったし。

 マダラ様がその布団を見た、と認識した瞬間に動揺が頂点に達し、布団を燃やした。

 マダラ様を燃やさなかっただけ褒めてほしい。

 一瞬で灰になったそれを見ながら、マダラ様が「お前の嫌なことは絶対にしない。約束する。だから話をしてくれないか」と言った。

 いやだ、気まずすぎる、帰ってください、そっちが帰らないならわたしが帰る。

 と思ったのだが、マダラ様があまりに悲しそうな顔をしていて、はいとしか言えなかった。

 そう広くはない自室の隅と隅に座り、ぽつぽつと話をした。

 マダラ様曰く、悪いことをしたとは思っていないが、怖がらせたのは申し訳ないと。

 怖がってないが?

 別に全然怖くなかったが?

「おぼこなのは知っていたが、あそこまでとは思っていなかった」とも言われた。

 まさか途中で医者を呼びに行こうとするとは思わなかったと。

 それに関してはわたしは絶対に悪くない。マダラ様のがあんな風になってるのを見て、病気か怪我かと思わない方がおかしい。以前わたしが骨を折った時並みに腫れていて、その腫れている状態がある意味普通と言われても納得できるはずもないだろう。

 しかもその腫れてるやつをわたしに

 やめよう、思い出すな。

「別に怖くはありませんでしたが、うちの一族の子を持っている人は、皆あんなことをしているんですか」と聞いたら肯定されて嫌だった。

 うちの一族どころか、人間は全員あれをやっているらしい。

 本当だろうか。

 嘘を言っているようには見えなかったので、本当なのだろう。

「せめて事前に、口頭でもいいから概要を教えておいてほしかった」と伝えたら、そもそもそれを拒否したのはお前だ、と返された。

 わたしと同年代の女子はとっくに花嫁修業的なことをしていて、その一環として子を作る方法もちゃんと学んでいるんだと。

 嫁入りしたくない、戦場にいたいと強硬に主張したのはお前だろうと。

 確かにそうだが、「だから何も知らないままマダラ様にあんなことをされても仕方ない」とは思えなかった。

 何をされているのか、何が正解なのかわからないまま気づいたら終わってたし、マダラ様が知らない男の人みたいで怖かっ

 怖くはなかったが、自分のペースを無視されて好き勝手された感はある。

 それが悔しい。わたしが優位だったらこんな気分にはなっていない。

 やっぱり一発くらいは殴らせてくれないかなぁと考えていると、マダラ様がありがとうと言った。

 お前のおかげで男になれたと。

 あれをやると性別が確定するのだろうか。

「じゃぁわたしは女になったんですか」と聞いたら、何故だかすごく嬉しそうに「そうだな」と言われた。

 何嬉しそうにしてんだ、こっちは痛かったし、怖か

 怖くはなかったが、終始「よくわからないが、とんでもないことをされているのはわかる」状態だったんだぞ。

 けれど、あれがマダラ様に必要なことで、わたしがその役に立ったというのであれば、それはよかったな、とは思う。

 あんなこと、気心の知れていない相手とはできないだろう。

 だから怒っても仕方ない、のかもしれない。

 わたしの苛立ちや動揺が収まってきたと察知したらしいマダラ様がわたしの手を取った。

 そして、「これで、堂々とお前を娶ることができる」と言った。

 

 なんて?

 

 

 

 

 

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