うちはの生ける炎   作:律可

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約束

 マダラだって別に、最初からうちはケイカを己の妻にしようとも、手篭めにしようとも思っていたわけではない。

 そもそも彼女が嫁入りとか、女としての幸せとか、そういったものに全く興味を持っていないことはわかっていた。

 彼女の傷の責任を取って娶ろうと言った、幼い日の言葉に嘘はない。マダラは本気だった。

 だがそのうち、ケイカは長男である兄の下へ嫁がされるのだろうことに気付いた。

 彼女は実母から、有り余る火遁の才を継いでいる。ケイカも子を産んだなら、その子は優れた忍びになるだろう。

 そんな「優秀な雌」が次男に下賜されることはまずない。

 宗家の次男という己の立場に自覚的だったマダラはそれをわかっていた。

 しかし「己の立場」をわかっていない、わかってはいても我が強すぎたのがケイカで、彼女はあろうことか宗家長子の求婚を袖にした。

 マダラ含むほとんどの者が「マジかよ」と思った。

 彼女の母の若い頃を知る古参の者は「あの母にしてこの子ありだな」と思った。

 しっかり怒られるはずだったケイカがそうされなかったのは、張本人である長男が彼女を庇ったこと、頭領であるタジマが事前にこの事態を察していたことが大きい。

 何より、ケイカに何かを無理強いすれば、後ろから母親が出てくる可能性がある。

 よって彼女はお咎めなしとなり、そして間もなく、うちは長子であるキセノが他界した。

 ケイカはひどく悲しみ、その嘆きようを間近に見たマダラは「やはり兄が好きだったのでは」と感じ、亡き兄への愛情や劣等感、ケイカへの執着心から精神を拗らせかけたが、拗らせている場合ではなかった。

 彼女はもともと肉体的な成長が早く、豊かな胸部や臀部を有していた。そしてそれを「ただの脂肪」としか捉えておらず、胸を鬱陶しがって捥ごうとするわ、たゆんたゆんさせながら歩くわ、挙句の果てにそれをマダラの顔面に押し付けてくるようになった。

 思春期の少年を誘惑しようとしたわけではない。むしろそちらならよかった、自分の肉体が他者からどう見えているのか自覚できているのだから。

 彼女はただ、マダラという可愛い弟子をあやすためにそうしていた。弟子の成長から目を逸らすために無意識に過剰な子ども扱いをしていた部分もあるのだろうが、前提として、異常なレベルで性知識がなかった。嫁入りの準備を一切していないとしても不自然なほどに。

 普通なら、同年代の女子や両親から少しずつ知識を得ていくものだろう。肉体の成長に伴ってそういった方面へ興味が出てくるのは一般的なことで、しかし彼女は己の興味をほぼ全て「火」及び「戦闘」に振っており、それに何とか「食」が続く体たらくだった。

 結果として「いつまでもお姉さんぶって自分を子ども扱いし可愛がってくる、ボディタッチが激しい、性知識ゼロの巨乳美少女」が爆誕した。

 

 童貞の白昼夢か?

 

 とマダラは思ったが、夢ではなく彼女は確実にここにいた。妄想でない以上、マダラは彼女を守らなくてはならなかった。敵から、そして同族の童貞野郎共からだ。

 ケイカの戦闘スタイルは「とりあえず戦場に出てきて、周囲を広範囲に焼く」という敵味方双方にとって迷惑なものであったが、「味方への被害は出さないようにする」スタンスがあるぶん、彼女の母より万倍マシであった。

 そして彼女には「近くで味方がピンチだったら、助ける」だけの良識も有しており、実際に彼女に助けられた男衆も少なからず存在する。

 ただでさえ「最前線で戦っている女子」というだけで目立ちまくっている彼女に、こう考える年若いうちはの者も出てきた。

「俺もワンチャンあるのでは?」

 貴様らにワンチャンもネコチャンもないということを、マダラは時にあからさまに、時にさり気なく伝えていかなくてはならなかった。

 優秀な雌というだけの理由で彼女を手にしようとしている男へ彼女を渡したくはなかったし、娶った男も、彼女自身も幸せにはなれないだろう。

 長兄亡き今、あの女を乗りこなせるのはオレしかいない。

 その自負がマダラにはあった。

 とはいえ童貞野郎なのはマダラも同じだった。気の置けない仲とはいえ、ずっと師として仰いできたおっぱいの大きいお姉さんを口説き落としにかかれるほど、彼の人生経験は豊かではない。

 そこで、後方で見守っていたうちはヒカクは言った。

「既成事実を作っちまえ、あとはどうとでもなる」

 けだし至言であった。

 あの、巨乳ロリ声ポンコツぼっち戦闘狂の、属性の過積載を起こしている少女に「男」を意識させるには、もう一線を越えるしかない────ヒカクは宗家を支える者としてマダラの背を押し、というか突き飛ばし、結果としてケイカの純潔はなんやかんやで散った。

 丸三日寝込んだ彼女にとっては災難だったが、うちはの女は必ず、己の初めてを奪った男と番う。そういうしきたりなのだ。

 当然マダラはそれを知っている。

 うちはケイカはというと、当然の如く、知らないのだった。

 

 

 ◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆

 

 

 七月十七日

 

 流れるように嫁入りの話をされたが「ここで流されるべきじゃない」とわたしの第六感が絶叫していたため「なんで」「どうして」「聞いてない」とマダラ様に言い募った。なんなら両肩を掴んで揺さぶった。

 怯むだろうと思われたマダラ様は何故か堂々としており、なんかやたらと自信に満ちている様子で、もしかするとわたしとしたあれが原因なのかもしれないが、ひと回り大きく見える。

 そんなビッグマダラ様は言った、お前の処女を受け取った以上、お前を嫁にするしかないと。そういうものなんだと。

 聞いてない、なんだそれ、そういうしきたりでもあるのか。

 あるらしい。

 ならどうして教えておいてくれなかったのか。

「ヒカクから聞いているはずだ」と言われたが、ぜったい言ってない、聞いてない。

 知っていたらあんなことしなかった。

 だって嫁、わたしがマダラ様の妻?

 そんな人生想定していない。

 どんなに大きく強くなってもマダラ様はマダラ様で、わたしの可愛い、

 

 ◇ ◆

 

 七月十八日

 

 怒り狂いながら宗家へ。

 マダラ様ではなくヒカク様に会うためだ。

 のこのこ出てきたヒカク様に「テメー筆下ろしやったら自動的に妻にならなきゃいけないとか言ってなかったよな!?」ということを聞いた。

「言った」とヒカク様は言った。

 嘘じゃん。

 威風堂々たる佇まいで「確実に言った、お前が覚えていないだけ」と言い切られた。

 正直記憶力には自信がない。あまりにはっきり言い切られ、そうなのかも……と思いかけ、いややっぱそんなはずねぇよと思い直した。

 そんな衝撃的なこと、言われて忘れるはずがない。

 だって筆下ろししたらその男の妻になるなんておかしい、じゃあ筆下ろし役をやることが多いとかいう後家の人はどうなんだ、嫁ぎ直した話なんて聞いたこともない。

 

 ヒカク様曰く「筆下ろししたらその男の妻になる」のではなく、「女の初めてを奪ったら、その責任を取って妻にする」が正しいらしい。

 妻にする気がないのなら、最初から未通女に手を出してはならないのだと。

 そして、もしマダラ様がわたしを娶らなかった場合、マダラ様は稀代のカス野郎、無責任クズ男、女の敵としてうちは一族に名を残すであろうと。

 

 どうしてそんなこと言うの?

 そんな、わたしのせいでマダラ様が周囲からそんな風に扱われるなんて言われたら怯んでしまう。人質を取られた気分だ。

 そんなことになるなら、最初から言っておいてくれれば……と言ったら、だから言った、確実に言った、と言われた。

 頭がぐるぐるしてきたので一時撤退。

 

 ◇ ◆

 

 七月十九日

 

 やっぱ聞いてないって絶対

 

 ◇ ◆

 

 七月二十日

 

「やっぱ聞いてないです」と伝えに宗家へ。

 ヒカク様に「仮に初耳だったとして、それがどうしたんだ」と言われ、本格的に殺意が芽生えかける。

 ど、どうしたもこうしたもなくない……? と慄いていると「マダラ様の何が不満なんだ、宗家の正当な跡取りだぞ」と言われた。

 嫁ぎ先としてはそれが嫌だし、そもそも嫁ぎたくない、戦場にいたい、わたしに誰かの奥さん役なんて無理だ。

 

「マダラ様がお前以外の女のものになっていいのか」と言われた。

 お前以外の女に笑いかけて、お前以外の女が作った食事を摂って、お前以外の女との子を腕に抱いていいのか。

 本当にいいのか? と。

 

 嫌すぎる

 

 

 本当にいやだ

 

 ◇ ◆

 

 七月二十八日

 

 マダラ様に会いに行こうと考えていたら、向こうから会いに来てくれた。

 わたしは一人で夜空を見ていて、マダラ様がいつもの装束で暗闇の中から現れて、闇に溶ける色の装束なのに、どうしてかマダラ様だけ浮かび上がっているように見えた。

 二人で星を見るのはいつぶりだったろうか。

 しばらくお互いに押し黙り、相手が何かするのを待っていた。

 沈黙に負けたのはわたしの方で、ずっと考えていたこと、「もう、あなたに足枷を付けて座敷牢に監禁するくらいしかないんじゃないかと思うんです」と言った。

 マダラ様は一瞬「わけがわからん」みたいな顔をして、それでも怒らずに「どういうことだ」と聞いてくれた。

 ヒカク様に、マダラ様が他の人のものになっていいのかと聞かれたこと、それがすごく嫌だと思ったことを伝えた。

 けれどマダラ様は跡取りで、妻帯しないなんてことはあり得ない。

 じゃあもう閉じ込めるしかない。

「そうしたらあなたはどこにも行かないじゃないですか」と言ったら、マダラ様は困ったような嬉しそうな顔をした。

 座敷牢は駄目だそうだ。マダラ様は一族を率いなくてはならなくて、牢の中からではそれはできないからと。

 そりゃそうだよなぁ、でも嫌だなぁと膝を抱えると、マダラ様がわたしの真横まで近寄ってきて、妙に甘やかすような声で「お前がオレの妻になれば、オレは他の女のものにはならないぞ」と言った。

 それから、「お前が妻になっても、お前を戦場から引き離したりしない」とも、「お前が警戒してるほど、妻としての面倒な仕事なんてねェよ」とも言った。

 でもあなたは可愛いマダラ様なんです、ずっと守ると約束した、可愛い男の子なんですと返したが、我ながら覇気のない情けない声で、笑われた。

 

「旦那が可愛くて何か悪いことがあるのか」

 とマダラ様が言って、

 そう言われてみれば、可愛くて悪いことはないのかなと思った。

 押し黙っていると、いつの間にかゼロ距離に居たマダラ様が、信じがたいことに、甘えた声で「なぁ、ケイカ」と言った。

 あのマダラ様が、年齢ひと桁の頃すら見せようとしなかった「甘え」を、まさか今になって、ここにきて見せるなんて。

 抗えない。

 

 マダラ様の声が、甘えているのに低い。

 いつの間にか突き出ていた喉仏に触れた。

 急所に触れられたのにマダラ様はぴくりともしなくて、強い、わたしより大きい、男の人になったんだと、わたしは多分この時、心から認めた。堪忍した。

 

「嫁になってくれるよな」と、菓子でもねだるように言われて、「いやちょっとそれは」と言ったつもりが「はい」と答えていた。

 あっヤベッと思い「すみませんタンマ」と言いかけたが、マダラ様がそれはもう良い笑顔で、だ、だめだわたしにはこの笑顔を崩せない……となって、それからしばらくマダラ様の胸に抱かれていた。

 若君みたいにもっと強引に言われてたら断れたんだけどなぁと思いつつ見上げた南のひとつ星は、相変わらず綺麗で、わたしたちになど何の興味も無いように見えた。

 

 ◇ ◆

 

 七月二十九日

 

 マダラ様に抱えられるようにして宗家へ。

 猫が獲った鼠を披露するみたいに、タジマ様やヒカク様に「これを妻にします」と見せられた。

 両名とも、いまだかつて見たことないレベルの満面の笑み。

 ヒカク様に「料理も裁縫も戦闘もできる、良い嫁になる」と言われ、多分誉められたのだが、まさか先日唐突に料理作らされたり着物縫わされたりしたのは花嫁試験的なものだったのだろうか。

 釈然としない顔をしていると奥からイズナ様が出てきて、兄さんよかったねやっとだねぇ、ケイカさんこれからもよろしくね、と言った。

 

 ◇ ◆

 

 七月三十日

 

 そういや母に嫁入りのこと話してなくない? と思い伝えたら、マダラ様から聞いてるわよーと返された。

 なんでだ、わたしへの報連相はどうなってるんだよ。

 

 ◇ ◆

 

 八月四日

 

 明日にも祝言を挙げるみたいな雰囲気になっていてビビる。展開が早くないか。

 マダラ様曰く、お前はぶっちゃけ行き遅れ一歩手前だから急ぐくらいでいいんだそうだ。

 わたしって行き遅れ一歩手前だったのか。

 じゃあマダラ様は貰い遅れですか、と尋ねたら、「適正だ」と言われた。

 なんだよ。

 拗ねていると「姉女房は身代の薬と言うだろう」と慰めているんだかなんだかわからないことを言われた。

 それは、年上の女房は家事とかが得意で家庭円満になるよ的な言い回しじゃなかったか。

 今更だが「良き妻」になる自信なんてない。

「3歩下がってついていく、とか、無理ですよわたしには」と、やや恐る恐る伝えると

「それでいい、オレは後ろに立たれるのが嫌いだ」と返された。

 そういえばそうだった。

 ついでに聞けなかったことを聞いておこうと思い、「他の女の人を囲ったりしますか」と聞いたら驚かれた後に怒られた。

 妻がいる身でそんなことはしない、オレをそんな不誠実な男と思っているのかと。

 そうじゃないし、タジマ様だってそんなことはしていないと思う。けれど先に聞いておきたかった。

「あなたが他の女の人に手を出したら嫌だし、もしかすると殺そうとすらしてしまいそうでとても怖いから、先に心づもりをしておきたかった」と伝えた。

 我ながらかなりやばいことを言ってしまったな……これは引かれただろうな、と後悔していると、マダラ様が嬉しそうにしていたので引いた。

 しかも「オレが浮気したら殺していいぞ」と、明らかに自分が殺されることを想定した言い方をされたのでもっと引いた。

 もしかして「ケイカにオレは殺せまい」と舐められているのだろうか。だとしたら許せない。

 気持ちの面はともかく実力的にはできるからな。相打ち覚悟になればだが。

 

 ◇ ◆

 

 八月十六日

 

 来月だか再来月には正式に輿入れするらしく、祝言の段取りの説明などをされた。

 婚礼衣装は白か黒の二択で、白無垢は「旦那の色に染まります」、黒無垢は「旦那の色にもう染まってます」みたいなことを表しているらしい。

 心底どっちでもいいという思いが拭えず、マダラ様に「あなたの好きな方を着るので選んでください」と投げた。

「しばらく時間をくれ」だそうだ。

 

 ◇ ◆

 

 八月二十日

 

 マダラがまだ白無垢か黒無垢か決めかねている、悪いが祝言当日はどちらも着てくれないか。

 とタジマ様から言われる。

 そういえば割に優柔不断なところがあった、マダラ様は。

 もう何でも着ますよ、好きにしてくれ。

 輿入れ前から身を清める必要があるだとか、当日の流れだとかの説明を受ける。

 計100回ほど「面倒くさい」と言いかけたが耐えた。

 

 ◇ ◆

 

 八月二十六日

 

 マダラ様がここ最近ずっとそわそわしている。

 用も無いのにうちに来てはわたしの顔を見て帰っていく。

「嫁いだら一緒に暮らすんでしょう?」と言ったら「うん」と言われた。

 かわいっ

 

 ◇ ◆

 

 九月六日

 

 そういえばわたしたちはどこに住むんだ?

 多分わたしは家を出て、マダラ様と一緒に住むんだろう。

 マダラ様は宗家から離れることはないだろうけれど、わたしは宗家に間借りする形になるんだろうか。

 マダラ様に聞いたところ、宗家のお屋敷を少し増築して、そこで暮らすらしい。贅沢な話だ。

 マダラ様がちょっと照れながら、オレはもともと大勢に囲われて世話を焼かれるのは苦手だとか、しばらくはお前と2人で過ごしたいなど言った。

 若干、嫌な予感がした。

「あの、お手伝いさんのような方はいるんですよね」と言ったらきょとんとされた。

 屋敷全体の管理をする者はいるが、家事手伝いを新居に入れるつもりはない、いいよな? と言われ、「いいわけないだろ」と掴みかかりそうになった。

 もしかしなくても、掃除とか炊事洗濯とか、わたしに全乗せしようとしているな?

 家事を舐めるな。汚れた衣服はひとりでに綺麗になる訳ではないし、食事は待っていても出てこないんだぞ。

 確かに今までも家事全般はやっているけど、母と二人で分担だし、手を抜いてもある程度は許される。

 けどこれからはちゃんとやらなきゃ駄目なんだろう、だってマダラ様は宗家の跡取りだ。皺のついた着物とか着せられない。

 そのへんをフォローしてくれる下働きの人はいるんだろうなぁなんたって宗家だし、と思っていたわたしが甘かったのか。

 反論しようかとも思ったが「お前も、同族とはいえ他人と共に過ごすのは嫌だろう」と言われ、「それはそう」と思ってしまった。

 わたしもマダラ様も、人間嫌いとまではいかないが、人との交流を好むタイプではない。そのあたりが得意なのはイズナ様だ。

 今更だが、人好きがしない者同士で番っていいのか。

 

 ◇ ◆

 

 九月十日

 

 タジマ様にしみじみと「お母上に似ましたね、本当に」と言われる。

 その場にマダラ様もいたのだが、何故か背に隠された。

 

 ◇ ◆

 

 九月十三日

 

 月が変わらないうちに祝言をやることになった。

 嫁いだら、もう実家には来ない方がいいんだろうかと思ったが、母曰く「帰ってきたいときにそうすればいいでしょう」らしい。

 そのあたり緩いのだろうか。

 あと、穢れを避けるだかなんだかで、戦場に出ることを止められている。

 こうしているうちにもうちはの子らが一人で死んでいっていると思うと歯痒い。

 わたしはいずれマダラ様の子を産んで、その子がある程度大きくなったら、その子も戦場に出て、小さい子は弱いから、わたしより先に

 あまり考えたくない。

 自分の子をなくした時、マダラ様は耐えられるだろうか。

 

 ◇ ◆

 

 九月二十日

 

 嫁入り修行と名の付くものを碌にしていないわけだが、いいのか。

 嫁入りってこんな、ぶっつけ本番でやるものなんだろうか。他の人はどうしているんだろう。

 タジマ様たちが何も言わないから、いいんだろうとは思うが。

 月末に正式にマダラ様に嫁ぐ。

 当日の流れはもう頭に叩き込んだから平気だ。

 うちはの祖と、他の一族の人の前で誓いを立てるらしい。夫を支え、妻を守り、末永く、何なら来世でも共にいますと。

 重くない?

 約束するからにはそうするつもりだけども。

 

 ◇ ◆

 

 十月一日

 

 もう二度と祝言挙げたくない、疲れた。

 白無垢と黒無垢両方着るなんて言わなきゃよかった。

 婚礼衣装があんなに重くて動きづらいとは。

 マダラ様が嬉しそうだったのはよかったけど。

 祝言の後の宴で、わたしがマダラ様を拒否したらどうなることかとハラハラしていたよ、とヒカク様を筆頭に、宗家の関係者の皆さんに言われた。

「今だから言えるけど……」みたいなテンションで言われたけど、そんなに心配をかけていたのか。申し訳ないような、そんなこと言われてもと言いたいような。

 

 ◇ ◆

 

 十月七日

 

 目が覚めると実家じゃないし、隣にマダラ様いるしで毎回ぎょっとする。

 いつになったら慣れるんだろうか。

 

 跡継ぎに嫁いだんだから、跡継ぎを産まなければいけないわけで、そりゃ子づくりをしないといけないのはわかっていたけれど、こうも毎晩するものとは知らなかった。

 なんとなく、十日に一回くらいやればいいものなのかなと思っていた。

 毎晩するのが普通らしい。マダラ様が言うのだからそうなのだろう。

 これにもまだ慣れない。毎回、暴風雨に巻き込まれている気分になる。

 いつか慣れるのだろうか。第一子が生まれるまでに慣れればいいが。

 

 ◇ ◆

 

 十月十三日

 

「実家に帰ろうと思うんですが」と言ったら、マダラ様をかつてないほど動揺させてしまった。

 通りがかったイズナ様も「ちょっと兄さん何やらかして姉さん怒らせたの」と慌てさせてしまった。

 イズナ様がわたしを姉さんと呼んでくれて嬉しい。

 別に怒ってない、ちょっと実家に取りに行きたい小物があるだけだから、と説明するのにやたら時間を要した。

 

 ◇ ◆

 

 十月十七日

 

 久々に戦場へ。

 人妻になっても戦闘行為から引き離しはしない、というマダラ様の言葉に嘘はなくて、わたしが有用と見なされた戦場には今まで通り出されている。

 ただ、マダラ様はめちゃくちゃ嫌な顔をした。

 できれば家にいてほしいと思っていることが伝わってきて、無視した。

 

 ◇ ◆

 

 十月二十日

 

 夜、ほぼ寝かけているわたしの腹をマダラ様が撫でてくるので、な、なんだよ……と思っていたけれど、夢うつつに「ガキができたら、ここから出さないからな」と言う声が聞こえた。

 流石に妊娠した状態で戦場に出ようとは思わない、敵のいい的だろうし。

 子どもっていつ頃できるんだろう。授かりものというから、時期を自分では選べないんだろうが。

 

 ◇ ◆

 

 十月二十七日

 

 想定以上に優しくしてもらっている、宗家の皆さんに。

 跡継ぎの嫁だから優しくせざるを得ないのかもしれないが、単なる義理とは思えないほど、何か困っていることはないかとか、果物をあげようとか、たくさん声をかけてきてくれる。

 大きくなりましたね、貴女がマダラ様に嫁いでくれて嬉しいと言ってくれる人もいる。

 若君にくっついて、幼い頃幾度もここへ通ってきては飯だけ食って帰っていく、当時のわたしのことを覚えている人だ。

 我ながらふてぶてしい子どもすぎる、よく嫁いでくれて嬉しいとか言えるな。わたしとマダラ様がどう見えているんだろう。

 マダラ様が上機嫌で何よりですと言ってくる人もいる。

 そういえば、わたしは「わたしの前のマダラ様」しか知らないわけで、他の一族の前でどう振舞っているのかはわからない。

 普段はご機嫌ではないのですかとその人に尋ねたら、言葉を濁しつつも、貴女を娶る前は気を張っていらしたのか、あまり機嫌よさそうではなかったと教えてもらえた。

 

 ◇ ◆

 

 十一月十日

 

 体温が馬鹿高いわたしにはよくわからないが、今年は冷え込むのが早いらしい。

 マダラ様がわたしに引っ付きながら、そんなことを言っていた。

 湯たんぽとして愛用されている。

 人前では頑としてくっついてこないし、わたしに笑いかけすらしないのに、二人になった途端にベタッ……としてくるのはなんなんだろう。

 本人に聞いてみたら、うちはの跡継ぎとして、女にデレデレしているところを一族に見せるわけにはいかない云々言われたのでイラっとして乳に埋めた。

 見る間に大人しくなって面白い。

 子どもの頃から変わってないじゃないですか、と言ったら、お前夜になったら覚悟しておけよと言われた。

 

 最近、やっと子づくりに慣れてきた気がする。

 要はコミュニケーションの一種だ、あれは。

 痛いとか怖いとかマイナスなことは遠慮せずに最初に伝えるべきだし、やってもらって嬉しかったことも逐一言った方がいい。そう考えると、少しだが、最中のマダラ様を観察する余裕も生まれてきた。

 子どもが生まれたら、もう子づくりはできないんでしょうか。それは少し嫌ですと言ってみた。

 子どもが生まれてもするそうだ。

 子を作る必要がないなら不要なことなんだろうけれど、触れてもらうのは嫌いではないので、まあ、悪い気はしない。

 戦場で負った傷のせいでおなかとかズタズタだけど、マダラ様は気にしていないみたいだし。

 

 ◇ ◆

 

 十一月十三日

 

 なんだかんだ毎日が楽しい。

 炊事洗濯に時間を取られはするが、マダラ様と自分のことさえなんとかすればいいし、マダラ様はもともと自分のことは極力自分でやる方で、あちこち散らかしたりもしない。

 一日の終わりにお前の飯を食うと落ち着く、とも言ってくれている。

 わたしに人妻なんて絶対に無理だと思っていたけれど、案外なんとかなるものだ。

 母親になってからも、同じように思えるだろうか。

 そうだといい。

 

 ◇ ◆

 

 十一月二十日

 

 母が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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