うちはの生ける炎   作:律可

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庇護

 八月二十日

 

 クソ暑い。

 らしい。

 外気温よりもわたし自身の体温の方がずっと高いからか、暑いとは思うがマダラ様が言うようにクソ暑いとまでは感じない。

 マダラ様はどうやら暑さに弱いらしく、ここ最近はわたしと会うたび「暑い」「夏なんて嫌いだ」「お前が涼しそうで腹立つ」、遂には「火遁以外の修行をしたい」とまで言い始めた。

 暑がるのは勝手だが、本来「マダラ様に火遁を教える」ことを命じられているわたしだ。現時点で火遁以外のことも教えてはいるとはいえ、火遁完全抜きコースへの移行は流石によろしくないだろう。

 というかもしタジマ様が許したとしてもわたしが嫌だ。火遁から逃げるな。ちょっと暑いくらいなんだ、耐えろ。うちは宗家の子だろうが。他にはなにも愛さなくていいから火だけは愛していけ。

 

 しかし今年の暑さは異常と言えるレベルらしく、我慢強い若君まで「命の危険を感じる」などと言っている。

 最近の若君の趣味は、わたしとマダラ様の修行を少し離れたところから見守ってニコニコすることなのだが(鬱陶しいのでやめてほしいが、やめろと言ったら悲しげにされたうえマダラ様に蹴られたので継続されている)、その若君が今日の修行中にストップをかけてきた。「いったん川にでも行って涼もう、マダラが倒れる」と言って。

 まだやれる、など言って強がるかと思われたマダラ様は黙って若君に従ったので、相当暑さが堪えていたようだ。

 師匠だというのにマダラ様の体調を気遣えずに申し訳ない、

 と思うようなわたしだったらもう少しマダラ様に懐かれていたのだろうが、残念ながらわたしは性格がよくないのだった。なので「しんどいならしんどいと口に出した方がいいですよ、言わないと伝わらないので」とアドバイスしておいた。

 案の定蹴られた。

 やり返されるとわかっているのに何故こうも反抗してくるのだろうなあとマダラ様を逆さ吊りにしながら思った。

 マダラ様はどんどん強くなっており、正直火遁抜きでは勝てなくなってきている。成長速度が尋常じゃない。

 だがわたしと戦う以上「火遁抜き」などあり得ず、今回は火牢の術を応用してマダラ様の四肢を拘束し、逆さ吊りにしたのち俵担ぎで移動して川に放り込んだ。

 その間のマダラ様の罵詈雑言たるや弟に甘い若君がガチ説教するほどで、マダラ様は「お前のせいで兄さんに叱られた」と余計に拗ねた。

 若君は相当マダラ様に慕われているようだ。羨ましくはないが微笑ましいとは思う。

 

 川で魚を獲った。

 魚を獲るのが一番上手だったのは若君で、それを術で焼くのが一番上手かったのはわたしだった。

 マダラ様も焼こうとし、黒焦げにしたり生焼けにしたりしていた。

 小さな川魚にうまいこと火を通すのは繊細な火力の調整が必要だ。わたしはそれを難しいと感じたことはないが、何も考えずぶっ放すよりは難易度が高いとは思うし、マダラ様にはまだ難しいだろう。悔しかったら猛暑の日でも修行に励むがいい。

 

 若君よりわたしより色々な面で劣ることをマダラ様は結構気にしているらしかった。生焼けの魚をわたしが再加熱しているのを見ながら、「たった三歳しか変わらないのに」と深刻なトーンで言っていて笑ってしまった。

 若君には「お前が笑うのは珍しい」と驚かれるしマダラ様には何がおかしいとキレられるしだったが、面白いことを言うマダラ様が悪い。

 八十歳と八十三歳くらいになれば誤差かもしれないが、わたしたちの年齢で三歳違いというのはネズミと成犬くらいの差がある。それをたった三歳と捉えるのは自分に厳しすぎる。向上心があるといえば聞こえがいいが、マダラ様のそれはただの自傷だ。

 落ち込んでいるマダラ様に「不器用なくらい真面目なところ、お兄様にそっくりですね」と言ったら驚いていた。若君は何故か照れていた。褒めてはいない。

 驚いた顔のマダラ様がかわいく見え、「あなたは自分で思っているよりも強くなっている」「師匠のわたしにはわかります」「そのうち若君よりもわたしよりも強くなりますよ」と伝えた。

 素直に照れるなり喜ぶなりすればいいのに、マダラ様は「そういうことはもっと早く言え」「言わないとわからないからな」と言ってきて、さっきわたしが「言わないと伝わらない」と言ったことへの意趣返しだなとわかったものの、ややイラついたので頬をつねっておいた。若君は止めてはこなかったのでこの程度は兄的にもOKらしい。

「このまま修行したら、お前より火遁がうまくなるか」ともじもじ聞かれ、おっマダラ様にしては愛らしいじゃないか、かわいげがある、と思いつつ「それは無理ですね」と即答したら怒りの体当たりをしてきたため川に放り込んだ。

 ここまで書いて思ったのだが、いつかマダラ様に復讐されそうで怖い。いや怖くはないが、そうなったら面倒だなと思う。だが宗家の子とはいえ三つも下の子に今更媚びる気も起きず、上下関係が逆転するまではこの感じで行こうと思う。復讐されそうになった時のことはその時考えよう。なんだろう、足とか舐めたらいいんだろうか。

 

 また拗ねたマダラ様に若君が「そんなに焦ってなんでもできるようになろうとしなくていい、俺たちがマダラを守るからな」と慈愛に満ちた顔で言っていた。

 俺「たち」かよと思ったものの否定するほどではなく黙っていたが、マダラ様は不服そうだった。

 弟に戦場に出てほしくないと言っていたし、守られるより守りたい派なのだろう。

 そのあたり、若君の血を感じる。

 他人にいまいち興味を持てないわたしからすると、それだけで凄いことだと思う。

 だがマダラ様にはまず自分の身を充分に守れるようになってもらいたい。兄や師匠より先に死ぬほど不孝なこともないだろうから。

 

 ◇ ◆

 

 八月二十五日

 

 若君に「今日、一緒に昼食を食べないか」と誘われ、のこのこ宗家に向かったところ若君の十歳記念祭開催中だった上にタジマ様や宗家に近しい錚々たるメンバーまでいた。

 反射的に帰宅しそうになったものの「まあまあまあ」などと宥められ、普段着かつ手ぶらでうちは跡継ぎの誕生祭に参加しタダ飯を食らって帰ってきてしまった。我ながら大物すぎる。

 今日が若君の誕生日だということを完璧に忘れていたわたしも二パーセントくらい悪いかもしれないが、それをわかったうえで何も告げずわたしを招いた若君もひどいと思う。分家の小娘に恥をかかせて楽しいのか。別に恥かいたとは思っていないが。

 

 わたしがやってきたことにマダラ様あたりは怒るかと思ったが、わたしを見て一言「来たか」と言っただけでその後特に何のリアクションもなかった。いちいち怒るのはエネルギーの無駄だという真理に気付いたのだろうか。

 マダラ様の弟君たちは愛想よく迎えてくれたが、冬場はあんなに懐いてくれたというのに近くに寄ってこなかった。常に発熱しているわたしの傍にいるには辛い季節だからだろう。

 ということで嫌がらせとしてマダラ様の真隣に陣取った。マダラ様の語彙から「暑い」と「熱い」以外消えたので効果はあったようだ。

 

 忍の子は「まず年齢一桁を越えられるか」がその後の生存率を占う分水嶺みたいなところがある。

 最速で六歳から戦場に出る忍の子は、大抵七つとか八つの頃には敵に殺されて死ぬ。

 そこで死ななかった、才能と実力と運がある子はその後もなんだかんだ生き延びる率が高いようだ。

 わたしもつい先日、十の誕生日を迎えたばかりだ。若君がそのとき異常に喜んでいたためちょっと引いた。親かよ。わたしの母はいつも通りだったので温度差で風邪を引くかと思った。わたしに「温度差」はよく理解できないが。

 宗家の長男が年齢二桁になってよかったね、ということで、集落全体の雰囲気がなんとなく明るい。毎日のように誰か死ぬので常に薄曇りな一族にしては珍しいことだ。毎日誕生祭を開けばいいんじゃないか?

 というか失われる命が多すぎる。遺体が一部でも戻ってきた同胞はきちんと埋めるし、そうでなくても墓は作るので、うちは一族の墓地は日に日に埋まっていくばかりだ。そのうち埋葬スペースが足りなくなるんじゃないか。

 

 減っていく戦力に対して一族が取っている手段は「補充する」、つまり女に子を産ませることであり、わかりやすいがそんな対症療法でいいのか、いつか詰むぞ、という気がしてならない。

 そもそも子どもが死ぬのは、生き残るために必要な実力がないのに戦場に放り出されるからだ。それまでに一通りの訓練はするが当然個人差があり、若君やマダラ様のように才能溢れる子からわたしのような一芸特化型、正直忍には向いてないよねキミ、な子まで幅広い。

 そして今の育成体制では「忍に向いてない子をなんとかする」ことまではできない。

 結果、本人の才能と運にほぼ全振りすることになり、それらがない子はあっさり死ぬ。

 子どもが死ぬことは当然のことで、なんなら誉れとすら思われているので、それを根本的に改善しようとしている大人はいない。いるのかもしれないがわたしは知らない。

 それを憂いているのが若君だ。

 その若君もやっと十歳になったばかりであり、子が死ななくて済む世界を作りたいなんて寝言を堂々と言える立場にない。

 あと五年くらい生きてくれれば発言権も出てくると思うので、若君にはなんとか十五歳くらいまでは生き延びてほしい。

 

 ◇ ◆

 

 十二月二十四日

 

 つい先日、若君の誕生日を迎えたばかりな気がするが光陰矢の如しとはよく言ったものであっという間に冬になり、マダラ様が今日で八歳になった。

 奇跡的に今日がマダラ様の誕生日だと覚えていたわたしは「マダラ様も八年生き延びたんだなあ」と思いつつ裏庭で芋を焼いていた。

 芋のことは別に好きでも嫌いでもない。芋もわたしのことを好きでも嫌いでもないだろうが。

 ただ芋を焼くと合法的に焚火ができ、火を見ていられるので焼き芋は好きだ。

 母の信仰は理解できないが、それでも火ほど美しいものはないなあ、火LOVE……と思っていたらマダラ様がやってきた。

 わたしが芋を焼いているのを見て怒り出したので、そんなに焼き芋が嫌いだったのかと思ったがそうではなく「オレの誕生日だというのに何故訪ねてこないのか」とお怒りだった。

 急にデレるじゃん。

 と言ってもよかったが余計怒らせるだけだろうというのはわかったので、すみませんねと謝りちょうど焼けた芋を片手にマダラ様と共に宗家へ向かった。

 空いた片手をマダラ様に差し出してみたところ、握られたので驚いてひっくり返りそうになった。デレ期か?

 わたしの手を温石代わりにしただけだろうが貴重なデレを無下にする気もせず、そのまま手を繋いで歩いた。

 わたしたちを出迎えた若君がニッコニコで不気味なほどだった。わたしとマダラ様が仲良しなのが嬉しかったらしい。

 

 という日記をわたしは今、何故かマダラ様たちの寝室で書いている。

 例のごとくタダ飯をかっくらい、ごっそさん、じゃあそういうことで、と帰ろうとしたところイズナ様に帰らないでと生き別れになる恋人のごとく引き留められたのだ。

 イズナ様の主張を要約すると「夜寝るときクソ寒いから一緒に寝てほしい、発熱型抱き枕になってほしい」だった。

 自分の要求を真っすぐ相手に伝えるその態度、天晴である。イズナ様は大物になると確信した。

 イズナ様に比べると主張が控えめな三男・四男のテン様・カゴメ様もイズナ様と同意見だったらしく、帰らないで、一緒にいて、とまとわりついてきた。

 わたしは自分のことをクールキャラだと思っていたのだが誤った自己認識かもしれない。小さいのにちょろちょろまとわりつかれ、動揺してしまった。あの時の気持ちはなんだったんだろう。

 しかし流石に泊まるのはタジマ様の許可が下りないだろう、と思っていたらあっさり下りた。

 頭領にいいですよと言われたらわたしに拒否権などない。

 家にいるだろう母宛に「今日は宗家に泊まります」と使いが出され、食事どころかお風呂までいただいてしまった。寝巻も借りた。

 さっきからイズナ様がわたしの横腹にしがみついて無限に話しかけてくるため日記どころではない。文字もブレブレで意地で書いているようなものだ。

 ここまでにして今日はもう寝ようと思う。イズナ様が寝かせてくれるかわからないが。

 

 ◇ ◆

 

 十二月二十五日

 

 若干寝不足な一日だった。昨夜わたしを熱源と見なしたイズナ様に敷布団にされていて眠りが浅かったためだ。

 イズナ様は確かもうじき四歳になるはずで、マダラ様に比べれば小さいが一晩中腹の上で寝られて平気かというと全く平気ではなかった。漬物石に押し倒される悪夢を見た気がする。

 更に右脇にテン様、左脇にカゴメ様が一分の隙もなく張り付いていたため寝返りすら打てなかった。

 マダラ様は「宗家の男子が女に甘えるなんて」など大人びたことを言いながらやや離れたところに布団を敷いて眠りについた。が、寒さとわたしという熱源には逆らえなかったらしく、朝起きたら弟君たちと一緒にわたしに張り付いていたし寝言で「あったかい……」とも言っていた。

 目を覚まして自分がわたしに張り付いていると自覚した瞬間のマダラ様の顔は見ものだった。向こう十年はネタにしてからかっていく所存だ。

 なお若君は最初から別室で寝ていた。同い年の女子と同室で寝るのはちょっと……だそうだ。若君にまでしがみつかれた場合本気で圧死していた可能性があるのでよかった。

 その若君は弟たちがわたしにまとわりついて寝ているのを確認しやけに上機嫌だった。わたしと弟たちが仲良しだと報奨金でも出るのか? 一部でいいから分けてほしい。

 

 しっかり朝ごはんまでいただいた。

 マダラ様はずっと「別にお前に好意があるからくっついてたわけじゃない、寒さを凌ぐためだ、体調管理も忍の仕事のうちだから」などとぐだぐだ言っていた。

 もしかしなくてもマダラ様、めんどくさいな?

「いずなはおねえちゃんのことすき」と甘えてくるイズナ様のことを見習ってほしい。

 なおイズナ様のこの台詞も十年後くらいに持ち出してからかい倒す決意である。

 

 ◇ ◆

 

 一月六日

 

 三が日もとうに明け、今日も今日とて修行。

 修行不足=「死」なため嫌でもやらざるを得ない。

 マダラ様と朝から稽古。

 マダラ様と師弟関係になって丸一年以上経った。

 口ではなんだかんだ文句を言いつつも稽古の日には必ず時間ちょうどに来るし、態度もとても真剣だ。

 わたしへの敬語が一切なくなったことには「ガキが……」と思わなくもないが、そのクソガキ感を補って余りある真面目さがある。

 そのあたり褒めておくか、と思い稽古後褒めてみたところ「別に……普通だし……」と可愛くないことを言いつつ可愛い顔をしていた。

 若君がマダラ様に甘いのはこのあたりに兄心を擽られているものと思われる。

 わたしにも弟がいたらこんな感じなんだろうか。

 

 なんとなくマダラ様がわたしに心を開いてきた気がする。

 気がするレベルなので気のせいかもしれないが。

 稽古が終わったあとはさっさと帰っていたのに、最近のマダラ様はわたしと雑談をしたがる。「寒いから」とくっついてくるのにも抵抗がなくなってきたようだ。

 ただイズナ様たちと違い、周囲に人がいるときは絶対に寄ってこない。わたしと二人きりになると寄ってきて、そっとわたしの手に触れ、照れた顔をしたりなどしている。

 あざとい。

 野良猫に懐かれたようで悪くない気分だが、あざといと思う。無意識でこれならマダラ様は結構な魔性だ。この魔性さに引っかかる人がいないよう祈る。

 

 今日も稽古後、マダラ様は「風除けになれ」と言いつつわたしの背に隠れるように張り付いていた。

 わたしからは特に話したいこともなかったので、ぼうっとしつつ火のことや炎のことなどを考えていたのだが、マダラ様が猛烈に「話したいことがあるからそっちから『どうしたんですか?』と聞け」というオーラを出し始め、全くめんどくせえなあこのお子様はよぉと思いつつ「どうかしましたか、マダラ様」と尋ねた。

 聞いて差し上げたというのにもじもじしているのでわたしの心の導火線との耐久戦になったが、着火される前にマダラ様が「テンのことが心配だ」と言った。

 そういえば三男のテン様も戦場に出る年齢になったんだった。年が経つのは早い。

 テン様は幻術の才があるが、体術はあまり得意ではないらしい。

 戦場では結局フィジカルがものを言うところがあるので、小手先の術が巧くても肉体的に虚弱な者は容赦なく死ぬ。

 わたしはそこを攻撃特化型の火遁でゴリ押しすることでなんとかしているのだが、テン様にそれを求めるのは酷だろう。

 マダラ様はテン様が心配で心配で仕方ないらしい。

「あいつに万一のことがあったら、オレは……」と言って苦しそうな顔をした。

 兄である自分が守りたいのは山々だが、宗家の兄弟は基本的に同じ部隊には配属されない、らしい。

 部隊が敵の急襲を受けるなどして壊滅した場合、後継候補がいっぺんに死ぬことになるからだ。リスクの分散は大切という話。

 一人っ子のわたしにはわからない苦悩があるんだろうな、と他人事モードのわたしをマダラ様が見つめた。

 わたしに穴を開ける気か? という勢いで見つめられ、「なんでしょうか」と尋ねざるを得なかった。

 案の定「テンを守ってほしい」と言われた。

 若君といいマダラ様といい、何故わたしに弟の庇護を依頼してくるのか。

 無理だから。

 死ぬときは死ぬから。

 それにマダラ様ももうわかっているでしょう、戦というのはノールールの殺し合いであり、部隊を組んではいても敵が来れば混戦状態になるし、仲間を気遣える余裕が常にあるわけでもない。そもそもわたしのファイトスタイルは敵を屠ることには向いていても味方を守ることにには不向きです。

 だから無理。テン様には自己責任で戦場に立てと言ってください。

 

 と、何故言えなかったのか。

 マダラ様の小動物めいた黒い瞳に幻惑でもされたというのか、火以外に友達がいないことに定評があるこのわたしが。

 どうして「はい」って言っちゃったかなあ。

 言ったわたしが一番びっくりしたし、マダラ様もびっくりしていた。いやあなたはそんな驚くなよ、ダメ元で言ったのか?

 約束できないことは約束しない、がわたしのモットーだ。

 逆に言えば約束してしまった以上、守らなくてはわたしの沽券にかかわる。

 守るというのはどれくらいの範囲を差すのだろうか。多少怪我をするくらいは無傷と同じなので「生きていればよし」くらいのガバガバ判定であることを祈る。

 マダラ様が帰り際に蚊の鳴くような声で「ありがとう」と言っていた。

 

 ◇ ◆

 

 三月十四日

 

 春だ。

 つまり戦の季節である。

 冷静に考えるとそんなことはないのだが、この時期になると千手を筆頭に忍たちが活性化し始めるので戦うほかない。

 人が蟻を見下ろすように、人間を見下ろす上位存在がいるのであれば、「春だ! 戦うぞ!」となっている人間の愚かさに笑うどころか普通に引いている気がする。

 ×××××様とやらも、住処だという星から我々にドン引きなのだろうか。

 母が「×××××様は人間にはそもそも興味がない」的なことを言っていたから、視界にすら入っていないのかもしれないが。

 

 戦というのは前フリがある場合と、「今すぐ着替えて戦場までダッシュな」と唐突に言われる場合とがある。

 次の戦は前者のパターンで、わたしはあと十日くらいしたら駆り出されるらしい。

 そして、どうやらそれが、テン様の初陣になるらしい。

 わたしのような一般うちはに比べれば、宗家の子であるテン様は周りの大人が守ろうとするだろうから、安全性はまだマシのはずだ。

 ただし「アイツ守られてるな、どうやらうちはの中でも良いポジションの子らしいぞ」と敵にバレたが最後一斉放火を浴びるので裏目に出る場合もある。

 わたしはそんなテン様のことを「守る」と約束してしまったのだった。マダラ様に。

 無茶言うなよと今でも思うが約束してしまった以上は仕方がない。できることをするだけだ。

 

 というわけでタジマ様に「わたしをテン様と同じ部隊にしてください」と言いに行った。

 別部隊では守るも何もないからだ。

 タジマ様には「なんで?」と言われた。いやこんなフランクではなかったが。

 それに「テン様を守るとマダラ様と約束してしまったので」と言うのは癪に障ったので、「いえ……別に……」と一族の長にとても取る態度ではない返答をしてしまった。

 理由がないのであれば承諾できない、と言われるだろうな~、と思ったが承知してくれた。

 なんでだ。いいのか?

 頭領がいいと言えばいいのだから、頼みに行ったわたしが疑問に思うのもおかしな話だが。

 タジマ様に意味深に「あまり無理をしないように」と言われた。

 戦場で無理をしないなんて「その場の誰より強い」レベルにならなければ不可能だ。無理しなければ普通に死ぬ。というわけで次の戦でも無理をしていく心構えである。

 死ななければいいのだ。

 

 ◇ ◆

 

 三月二十四日

 

 明日がテン様の初陣である。

 ついでに言うとわたしも出陣する。流石に慣れてきたので「はいはいまた戦ね」みたいな気持ちだ。

「戦の雰囲気に慣れてきて油断しかけた頃に死ぬ者が多い」と縁起の悪すぎる豆知識を母に授けられたのでわたしのテンションも下がる一方だが。

 

 そのわたしより更にテンションが低い若君とマダラ様がセットでわたしを訪ねてきた。

 二人は明日の戦には出ない。戦のたびに全員が出払うわけにもいかないので、毎度頭領だったりその側近がメンバー選別と部隊編成をしている。

 わたしとテン様が同じ部隊であること、それをわたしが希望したことが若君たちの耳に入っていた。

 タジマ様め……漏らしたな……と舌打ちしそうになったが、別に口止めもしていないので憤る権利は特になかった。

 マダラ様が叱られた小僧みたいになっているので「どうしました。おねしょでもしましたか。別に気にするほどのことでもありませんよ」と言ったら食い気味に否定された。結構元気じゃねーか。

 それからの二人の話を総合すると、

 マダラ様がわたしにテン様を守れと言った→わたしがそれを了承した→わたしがタジマ様にテン様と同じ部隊にするよう進言した→テン様を傍で守るためにそうしたことは明らか→テンを守るために無茶をするのでは……ケイカに何かあったらオレたちは……

 らしい。

 違うから。そういうのじゃないから。

 確かに部隊編成のリクエストを出したが、それは「テン様を我が身を犠牲にしてでも守る」なんてしゃらくさい決意があるからじゃない。一度守ると約束しておきながらそれを反故にしたら、わたしが無能な人間みたいで嫌だからだ。つまりわたしのプライドの問題である。

 テン様のためでなければあなたたち兄コンビのためでもない。

 故に、仮にわたしが明日の戦で死んだとしても、それはわたしひとりの責任であってあなた方は関係ない。

 本当に勘違いしないでほしい。

 

 と熱く言ったのだが兄コンビは一ミリも信じていない顔をしていた。

 やめろ、わたしを美談として消費するな。

 別にあなたたち兄弟のことなんでどうでもいい、とまでは言わないし、手が空いていれば助けてもいいくらいには思っているが、身命を賭して盾になりたいとまでは断じて思っていない。断じてだ。

 明日戦地に行く人間の前でそんな辛気臭い顔をするな、帰れ帰れと兄弟を追っ払った。

 マダラ様が「無事に帰ってきてほしい」としおらしい顔で言ってきたのが本当に嫌だった。伏線を張るな、逆に生きて帰ってこれない気がしてくるだろ!

 嘘でも無事に帰ってくると言わなければ梃子でも動かない様子だったので、マダラ様に「ちゃんと戻ってきますよ」と言ったし指切りげんまんまでした。

 こんな時間まで日記を書いている場合ではない。明日に備えて早く寝よう。

 

 ◇ ◆

 

 四月二十日

 

 アホみたいな大怪我をしてしまった。

 マジで死ぬかと思った。

 この怪我を負ったのは昨日今日の話ではなく、約一月前、戦に出た日だ。しかも初日だった。

 マダラ様に「ちゃんと戻ってきますよ」と言い放った翌日に大怪我をした訳で、流石のわたしも顔真っ赤である。

 無事とは言い難いかもしれないがちゃんと戻ってきたのだから約束を破ったわけではない。それにテン様もほぼ怪我もなく元気でいらっしゃる。

 未だに布団から碌に起き上がれない。とはいえじっとしていると暇で仕方ないので、医者の目を盗んでこうして日記を書いている。

 正直、こうして半身を起こすことすら辛い。胸から腹にかけて斬られたからだ。

 防具がなければ即死だったと思う。

 戦場で大怪我を負った者は捨て置かれることが多いのだが、わたしの部隊の人はわたしを見捨てず抱えて自陣まで戻り手当をしてくれた。そのまま強制送還となったわたしはなんでだか一族の中でも腕利きの医者に診てもらうことができ、一命を取り留めた。

 傷は浅くはなかったが手足はちゃんとついているし内臓もギリ無事ということで、十分に休養すればまた戦力になるだろうとのことだ。

 我ながらナイスガッツと言わざるを得ない。

 死んでなければセーフ理論でいけばこんなもの無傷と同じだ。

 

 暇で仕方ないとはいっても、日中は案外賑やかだった。

 呼んでもないうちは宗家の皆さんがお見舞いにきたからだ。

 宗家の皆さんと言っても長男と次男と三男の三名なのだが、それだけ来れば充分だ。なんで次期頭領とその弟とその弟がお見舞いに来るんだ、わたしは何者だという話である。

 若君は伏せるわたしを見て「余命三日……」みたいな顔をするしマダラ様も顔面蒼白だしテン様に至っては号泣である。

 あまりに陰鬱に見舞われたため「わたしは死ぬのか?」と思った。怪我人を不安にさせるんじゃない。

 続きは明日にしよう。しんどい。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 うちはケイカがテンを庇って重傷を負った。

 その知らせを聞き、キセノとマダラは最悪の事態を想像して蒼白になった。

 気丈な次男が取り乱すのを宥めながら、キセノは集落に運び込まれたケイカのもとへ走った。

 死ぬかもしれない。

 血の気の無い彼女の姿を遠目に見て、キセノはそう覚悟した。

 オレがテンを守ってくれと言ったから、と自責に震える弟を抱きしめながら、キセノは自分が知る全ての神に祈った。

 お願いします、どうか彼女をつれていかないで。

 

 ケイカはつれていかれなかった。

 数日眠り込んだあと、ぱちりと目を覚ました。

 第一声は「なんか胸のあたりが猛烈にかゆいんですが、汗疹でもできてます?」だったそうだ。

 死にかけてなおマイペースな少女にキセノとマダラは脱力し、その帰還を心から喜んだ。

 ケイカの後を追って戻ってきたテンは、己を庇ってケイカが血に塗れたのを目の前で見たことで精神的外傷を負っており、兄二人は弟を抱きしめ、戻ってきてくれてよかったと繰り返した。

 

 ケイカは少しずつ、確実に回復していった。

 回復力は同年代の子どもと比べてもかなり高く、元来の頑丈さがあるのだろうと医者は言った。

 本人に「暇なんですか?」と言われつつもキセノたちは彼女を見舞った。

 キセノは医者と共に部屋に泊まり込みたいくらいだったが、本人と周囲の大人に「宗家の長子でしょうが、あなたは」と早々に追い出され、代わりにマダラがケイカの傍に付いている。

「暇です。マダラ様、何か面白いことを言ってくれませんか」

「無茶を言うな」

 峠を越えたケイカは怪我さえ除けばまったくいつも通りで、ふてぶてしい顔で弟子に無茶振りをしていた。

「なんでですか、それでもうちは宗家の子ですか。爆笑ギャグの一つや二つ持っていないとこの先やっていけませんよ」

「お前、適当に言ってるだろ……」

 呆れたように言いながら、マダラは濡れた布でそっと彼女の汗の浮いた額を拭う。

 どんなにいつも通りに振舞っていても彼女はまだ立ち上がることすらできず、熱を持つ傷口はひどく痛んでいるはずだ。

「…………ケイカ」

「なんですか」

「……その、お前の傷…………」

「先日も言いましたが、わたしが負傷したのは全てわたしの未熟さが原因です。謝ったら怒りますよ。具体的に言うとあなたの頬をちぎる勢いでつねります」

「そうできるくらい、早く元気になってくれよ」

 弱々しい本音にケイカが黙り込んだ。

 しばらくしてから「マダラ様が思っているほど、深い傷ではありませんよ。かすり傷ですこんなもの」と呟く。

 その声が優しく柔らかくて、彼女にとっては自分も庇護対象なのだろうと感じたマダラの顔が歪む。

「かすり傷なんかじゃないだろ。……治っても、きっと跡が残る…………」

「ええ、跡は残るでしょうね。それはもうザックリと」

「…………」

「いいじゃないですか別に、傷跡くらい。裸で生活するわけでもあるまいし。着物を着ればわかりません」

「お前、女だろ。なのに……」

「女なら余計に、別にいいじゃないですか。旦那くらいしか見ないでしょう、肌なんて」

 まぁわたしは結婚する気はないですけど。

 その言葉を聞いているのかいないのか、マダラは思い詰めた顔で下を向いた。

 そして決意を秘めた表情で伏せるケイカを見つめる。

「オレが」

「はい?」

「オレがお前を嫁にもらってやるから…………」

 きっかり三秒後、ケイカは大笑いした。

 笑いすぎて傷が開いた。

 

 

 

 


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