九月一日
人間というのは年を取れば取るほど、月日の流れを早く感じるようになるのだという。
子供のわたしにはその真偽はわからないが、仮に真だったとして、年を取ったわたしは一年を二秒くらいに感じるようになるんじゃないか。
だって現時点で尋常な速さじゃないぞ、時間の流れ。
マダラ様と稽古したり戯れたり、宗家でタダ飯を食べたりしていたら気づいたら十一歳になっていた。
特にマダラ様の師匠らしきものになり戦に出るようになってからというもの、怒涛のように毎日が過ぎている。
命の危機に頻繁に晒されるようになったからだろうか。生き急いでいるのか。
嫌だな、いつ死ぬかわからないこそ日々を嚙みしめるように生きるべきなんじゃないか。
と思いかけたが、そういうのはわたしには向いていない。もっとこう燃え尽きるように生きて死にたい。家庭に入って夫を支えて穏やかに、なんてわたしには向いていない。
というわけで最近は宗家に行っていない。
先日の若君の誕生日も、当然のように招かれたが「行かねえ」という強い意志で断った。
戦場に出ることを許されている激レア女うちはとして宗家の嫁入り説が出ている以上、行きたくないのだ。強い忍を両親に持ったとして生まれる子が強いとは限らんだろ、と思うが、わたしの火遁の才は確実に母から受け継いでいるので否定もしきれない。
父は忍としてはパッとしない人だったと聞いているので、母のみから引き継いだと思われる。なおわたしが得意ですと胸を張って言えるのは火遁一本だ。他の術が一切使えないわけではないが火遁に比べれば児戯だし、水遁は才能ゼロすぎて自分で笑った。千手に水遁が超得意な凄腕がいたらどうしよう、戦場で相対しないことを祈る。
マダラ様との稽古の日だった。
わたしが先日の若君誕生祭に顔を出さなかった時もそれはお怒りだったのが、わたしの行きたくなさが想定以上だったらしく最終的には諦めていた。「オレがあんなこと言ったからか」と落ち込んでもいた。
マダラ様に「オレで妥協しろ」と言われたのは正直メチャクチャ面白かったしそれが原因ではない。若君と番わせられそうになっていることが発覚したからだ。つまり戦犯はそれをマダラ様に勘付かせ、わたしまでその情報を流すことになった名も知らぬうちはの誰かである。
しかしわたしが年頃になったら強制的に嫁がされたりするのだろうか。嫌すぎるな。母を頼ったとしても確実に「万象を焼き尽くせ」と極端すぎる解決策を提案されるだけだろう。まず普通に断ってそれは最終手段としたい。
マダラ様は最近、今まで以上に張り切って稽古をしている。
若君曰く、食事もたくさん食べるようになったしわたし以外との修行にも力を入れているし、しっかり睡眠も取る健康優良児らしい。
何故かと本人に尋ねたところ「早くお前より強く、大きくなる」ためとのことだった。
そんなことを言われると意地でも越えさせたくなくなる。
わたしもこのまま成長すれば結構な恵体になるだろう。できればマダラ様より高い身長をキープしたい。
◇ ◆
十月一日
残暑も過ぎ、だいぶ涼しくなってきた。
常に死んでなきゃおかしい高さの体温を保つわたしでもそれは感じ取れる。個人的にはずっと秋冬であってほしい。
そういえば寒がりのイズナ様は大丈夫だろうか、と考えていたら、タイムリーなことにマダラ様がイズナ様の話題を出してきた。
イズナ様だけでなく三男のテン様、四男のカゴメ様もわたしに会いたがっているらしい。
テン様はわたしと血なまぐさい縁ができてしまったから気にされるのもわかるが、カゴメ様はわたしのことなんて発熱毛布くらいにしか思ってないだろ。
と思ったが意外にもそうでもないらしい。
カゴメ様はすぐ上の兄のテン様に誰よりも懐いており、そのテン様を庇ったわたしのことを非常にグッジョブだと思っているとか。
言われてみれば以前お会いしたとき、双子のように距離が近いなと思ったような気がしないでもない。
イズナ様は兄弟の中でいちばん人懐こいので、わたしにも愛想よくしているのだろう。ザ・末っ子という感じだ。
嫁ぐ嫁がないは別にして弟たちに会いに来い、と強めに言われ、強制されると一気に嫌になるこの感情はなんなんだろうなあ、しかしそんな大人げない理由で断るのは流石にクズっぽいなと思い直し了承しようとした。
ら、うちはの大人が現れてわたしに「小競り合いが起きたから今すぐ参戦しろ」と言った。
なのでマダラ様との会話は強制打ち切りとなり、爆速で戦装束に着替えてGOとなった。しょうもない小競り合いだったし敵も千手ではなく、戦というほどでもなかったが。
唐突に今から戦場な、と呼び出されることが増えた。
どうやらテン様を庇い、かつ生き延びたことから「やるじゃねえか」と一族から見直されたらしい。中・遠距離戦ができる優秀な火遁使い、しかも協調性が(うちはトウカに比べれば)ある。これは便利に使うしかないっしょ、ということらしい。
千手とかいう異様にタフな相手(なんで血継限界なしにうちはと長年渡り合ってるんだろうあの一族)のせいで影が薄いが、敵は千手以外にも大勢いる。
というか、うちは以外の忍一族は基本的に敵だ。
忍以外にも、たまに侍崩れの野盗が縄張りを荒らしたりする。そうするとわたしみたいな若手が「ちょっと行ってきて蹴散らして来い」と言われる。
大した敵じゃない、と思って油断してるやつから死ぬから気を付けなさい、と母にも言われたので常在戦場の気概だ。実際油断してる一族の末端がちょこちょこ死ぬのを見たので。
命の重さが相変わらず綿埃みたいだが、いつか変わる日が来るのだろうか。来たとして、そのとき自分が生きている気がしない。
◇ ◆
十月十五日
空き巣かよという用心さでこっそり宗家を訪れた。
別に盗みに入ったわけではなく、マダラ様達にいい加減顔を見せに来いと言われたためだ。
そっちが来いと言いかけたが、本当に来られたら困るので大人しく参上した。
要は宗家の大人に「あの嫁候補、来てんじゃん」と気付かれなければいいだろう。
五兄弟みな元気そうだった。
若君が「うちの者が勝手を言ってすまない、お前には迷惑のかからないようにする」と恐縮していた。嫁騒動については若君の差し金でもないし彼を責める気はない。
しかしマダラ様がわたしを貰うだのなんだの言っていることは知っているのだろうか。どうでもいいか。
イズナ様にまとわりつかれつつ雑談をした。
女の子のように控えめで、テン様の後ろに隠れがちなカゴメ様が今日は一生懸命話しかけてきた。
カゴメ様も来年には戦場デビューらしい。
もう守ってもらう立場ではない自覚が強くなってきたらしく、振る舞いが積極的になってきていると若君が父親のような顔で言っていた。
カゴメ様のことも守ってくれと言われたらどうしようと思ったが流石に言われなかった。半年前にテン様を庇って見事に死にかけたのが効いているのかもしれない。
幼く弱い者から死んでいく世界だけれど、ここの兄弟は皆が生き延びる気がする。
宗家の子だし、わたしや若君も十を越えてこうして生きている。
せめて十五になるまでは全員が生き延びられるといいが。
などわたしらしくもないことを考えつつ席を外し、廊下でひとりになった途端に背後にタジマ様が立っていて心底ビビった。
本気で心臓が止まりかけたので幽霊みたいな登場の仕方はやめていただきたい。
どうやらわたしが来ていることを把握していたらしい。そりゃそうだわ。部屋で大人しくしていたとはいえ堂々としすぎた。
タジマ様はわたしが宗家でくつろいでいるのは歓迎らしく、ごく普通に「遊びにきてくれたのですね、マダラも喜んでいるでしょう」と仰った。頭領というより普通の父親という感じだった。
マダラ様なんだな、そこで。嫌われてはいないとは思っていたが。
曖昧な返答をするわたしにタジマ様は「すみませんね」と言った。理由がわからない謝罪ほど怖いものもそうないので身構えたが、どうやらわたしの耳にわたしの嫁入り話が入ったことを言っているらしい。
で、ドストレートに「私の息子に嫁ぐのは嫌ですか?」と尋ねられた。
ここで「嫌です!!!」と言えるほどの蛮勇は流石になく(頭領だぞ)、かといっておもねるのも嫌で、真顔で黙る、というコミュニケーション力ゼロの返答をしたら笑われた。
「お母上より人に気を遣える子ですね」だそうだ。
母はかつて似たような質問をされたとき、笑いながら「嫌です」と即答したらしい。
凄い。怖いもの知らずかよ。
「何かを強制されるのが苦手というだけで、決して貴方の息子さん方に不満がある訳ではない」ともそもそ言ったところ、「そこはトウカさんに似ている」と言われた。母も少女期から「何かを強制されるくらいなら死ぬ」スタンスだったらしい。わたしはそこまでじゃない。逆に母の人生が気になってきた、何があったらそんな人格になるんだ?
これはタジマ様に密かに望んでいることなのだが、母の話題になるとじっとりした空気を醸し出すのをやめていただけないだろうか。おそらく無意識なのだろうが「母と何かあったんだろうなあ」と湿度の高さで伝えてくるのは遠慮いただきたい。娘としては尻の座りが悪くて仕方がない。
それはそれとして、ここでタジマ様から「長男のキセノが嫌だというなら、マダラやその下の弟でもいいですよ」とマジかよとしか言えない提案をされた。
わたしが選ぶ立場なのか? 宗家五兄弟の中から? 旦那を? そんなことあるか?
選択肢が増えりゃいいってものじゃないし誰を選んでも誰かから怒られそうで嫌だ。しかし頭領にここまで妥協されて断るとわたしの方が常識知らずな感じなのだろうか。わたしに母くらいの自我の強さがあれば「だから嫌だっつってんだろ」くらい言えたのだが。
「まだ若輩者ゆえよくわかりません、十五くらいまでわたしが生き延びてから改めてお話させていただけませんか」と逃げた。いや逃げてない、これは逃げじゃない。むしろ立ち向かっている。
その頃にはタジマ様のわたしへの評価がガタ落ちしている可能性もあるし。
「やたら大人びているから忘れていたがそう言えばまだ十一歳でしたね」と褒められているのかいないのか不明なコメントと共に解放された。
タジマ様のこと、苦手かもしれない。
できれば気配を消して近付いてくるのをやめてほしい、わたしは接近戦だと雑魚なため至近距離に他人の気配があると落ち着かないのだ。
確かマダラ様はわたし以上に他人に近付かれるのが苦手で、特に背後に立たれると本気で嫌がる。なんだろう前世で背後霊に祟り殺されでもしたのだろうか。理由を聞いても自分でもよくわからないがとにかく落ち着かない、とのことだった。
わたしは「変化の術を使っている最中の人」が何故かわからないが生理的に無理だ。パーソナルスペースを侵害される以上に無理だ。「見た目と中身が違う存在」が生理的にダメなのかもしれない。以前マダラ様が冗談で若君に変化してわたしのもとへやってきた時、マダラ様が引くほどキレ散らかしてしまった。それ以降マダラ様が変化している姿を見たことがないのでトラウマになったのかもしれない。
相手によって態度を使い分ける人も苦手だ。顔いくつあるんだよお前、と思ってしまう。
そういう意味ではマダラ様は好ましい。裏表がないからだ。是非このまま育ってほしい。
◇ ◆
十二月二十四日
マダラ様九歳のお誕生日。
わたしがマダラ様の師匠的存在になったときと同じ年になったんだなと思うと感慨深いような別にそうでもないような気もする。
先日、タジマ様に「嫁ぐ嫁がないは十五になってから考えます」と宣言したため、逆に宗家に遊びに行ってもいいかもしれない。
マダラ様が寂しがってる可能性もあるわな、と思い、そうじゃなさそうだったら帰ってこようと思いつつ様子を窺いに行った。
出かけようとしているマダラ様とかち合った。
おやお出かけですが、じゃあわたしも帰るとしましょうもはやこの家に用はないと直帰を決めようとしたが「出かける用が急になくなった、お前もここにいろ、それでイズナの湯たんぽにでもなってろ」と引き留められた。
わたしに会いに行こうとしていたと素直に言えばよろしいのに。
と煽ったところ蹴られたため投げ飛ばした。マダラ様は華麗に受け身を取っていた。かわいくない子でいらっしゃる。
という日記を、わたしはまたしても宗家の寝室で書いている。
イズナ様がわたしにくっついて無限に話しかけてくる。
わたしもイズナ様も成長が見られないな。
ただイズナ様は「成長していないと見せかけて実は誰より成長している疑惑」がある。
昼間、イズナ様がわたしという温石にご機嫌でくっつきながら「ケイカおねえちゃんは大きくなったらイズナのお嫁さんになるの、そうしたら冬は毎晩一緒に寝てね」と言い放ったのだ。
戦慄した。わたしだけでなく周囲にいた他のご兄弟も含め戦慄した。
決定事項として言われたことも、完全に人ではなく発熱装置として見られていることにも慄いたし、おい誰だイズナ様にわたしの嫁入り話が出ていることを吹き込んだアホはよと瞬間的に激怒しそうになった。
だが若君とマダラ様の言葉を信じるなら、ご兄弟の誰も、おそらくタジマ様もイズナ様にそんなことを吹き込んではいないはずだとのことだった。
単に「嫁入り」という概念を知ったイズナ様が、子どもらしく新しく知った言葉を使いたがっただけ、らしい。
マダラ様が必死にイズナ様を説得していた。「お前のお嫁さんはもっと優しくて、火を噴かない人にしような。ケイカだけはやめろ」と。
張っ倒すぞ。あとわたしを妖怪みたいに言うのをやめろ。
しかし今回は同意しておくか……と黙っていたら、イズナ様が涙でゆらゆらした目でわたしをじっと見つめ、「イズナのお嫁さんになってくれないの……?」と言った。
危なかった。あと少しで白無垢に着替えだすところだった。
最近やっとマダラ様をかわいいと思えるようになったわたしだが、イズナ様の愛らしさはマダラ様を越えていく。これが末っ子の力だろうか。
「じゃあ、おねえちゃんが他の人のお嫁さんになっても、イズナと一緒に寝てね」と言われ、思わず頷いてしまった。わたしの辞書にはそれは不倫とか不義とかの項目にあるのだが、よかったのか。
しかしイズナ様はもう五歳とかのはずで、それにしては口調といい振舞いといい幼くないか? わたしがイズナ様くらいの頃にはもう可愛げは消滅していたはずだが。
と若君に聞いてみたところ、お前は子どもらしさのない幼児だったから比較対象にはならないが、と前置いた上で「イズナのあれは半分わざとだな」と言った。
イズナ様は自分が末っ子なことも、そんな自分が兄たちに愛されていることも、かわい子ぶった方が得だし周囲の人間も喜ぶとわかっていると。
お前に甘えるのもそのあたりの計算があってのことでもあるだろうと。
怖い。
悪意はないのだろうが、これまでに感じたことのない種類の恐れを感じた。
◇ ◆
四月十三日
千手一族が強くて腹立つ。
写輪眼を(全員ではないが)持ち火遁の名手が揃ううちはが何故未だに千手を滅ぼせていないのかというと、千手が正気かよというレベルでフィジカルに優れていることが大きい。
なんであんなに丈夫なんだろう。
昨日片腕を炎で消し飛ばした千手の青年、「よしこれで印は組めなくなったな」と思ったら即座に腕を失ったショックから立ち直り、残った片腕にクナイを構えて突っ込んできた。
そういうところなんだよな、嫌なの。あとチャクラの平均量が妙に多いっぽいところも嫌だ。
おそらく「術禁止、肉体のみ」で戦ったらうちはは速攻で殲滅される。勝負方法が相撲とかじゃなくてよかった。
片腕で突っ込んできたその青年は、わたしのもとへ辿り着く前にわたしの炎で全身燃やされたので大丈夫ではあった。最近、印を省略したり片手でやっても術を発動できるようになった。火遁のみだが。
マダラ様は未だに「お前より火の扱いが上手くなってやる、オレは宗家の子なんだから」と言っているが実力の差がつく一方で申し訳ない。一生わたしには勝てないと思うので早々に諦めてほしい。
◇ ◆
八月三日
マダラ様の誕生日は何故かちゃんと覚えているわたしだが、他のご兄弟の誕生日が永遠に覚えられない。当然のように若君のも覚えていない。
つい先日あったわたしの誕生日は覚えていただいていたし、とても丁寧に「十二歳おめでとう。あと三年で十五だな」と寿ぎにしては妙に裏を感じる祝いの言葉を送ってくださったというのに。
若君がわざわざわたしの家に来て、己の誕生日を予告していった。どうせお前は忘れているだろうから、と言われ、その通りなので馬鹿にしないでくださいとも返せず敗北感を味わった。
何故わざわざ予告したのかというと、今年の誕生日は是が非でも宗家に来てほしい、というかカゴメに会って勇気づけてやってほしいんだ、と言われた。
四男のカゴメ様の初陣が間もなくらしい。
カゴメ様、三男のテン様にくっついて恥ずかしそうにしている姿のイメージが強いが戦場でやっていけるのだろうか。
その思いは若君も同じらしく、「マダラのとき以上に心配かもしれない」と胃が痛そうな顔をしていた。
「わたしに、守ってくれとは仰らないんですね」と聞いたところ「意地の悪いことを言ってくれるな、死にかけてまで守ってもらおうとは思わない」とのことだった。
こっちだって死のうと思って死にかけたわけではないのだが。
命を張ってまでとは思わないが、まあ、カゴメ様に万一のことがあったらテン様を筆頭にうちは全員が嘆き悲しむ。
いや母はケロッとしてそうだがあの人の価値基準は狂っているのでいったん置いておく。
ともかく一族全員が精神的に曇るさまはわたしだって見たくはない。
できる範囲でカゴメ様を守ろうと思う。宗家の人間を守るのは分家の役割でもあるだろう。
わたしらしくもないが。
◇ ◆
九月十四日
テン様が死んだ。
あっさり、なんの伏線もなく、時間が来たからここまで、みたいな気軽さで、亡くなった。
千手に殺されたのだという。
わたしはその場面を見ていない。
同じ戦場にはいたがわたしとテン様は部隊が別で、知らないうちに、知らないところで殺されていた。
初陣を終えたばかりのカゴメ様を、これからも自分が守るんだと気を張っていたのに。
体術が得意ではないぶん、生まれ持っての才がある幻術を伸ばして戦う術を身に着けている最中だったのに。
遺体はわたしが焼いた。
テン様逝去の報が何故かわたしに率先して届けられ、それはきっとわたしが分家の女としては異常なほど宗家と距離が近かったからで、テン様の部隊の人に連れられて彼のもとへ走って、そこに確かに、眠るように死んでいるテン様がいた。
戦場の遺体は大抵が見れたものじゃない。切り裂かれ、焼かれ、潰されて、「人間なんて血の詰まった袋だ」と思い知るようなものがほとんどだ。
テン様の遺体は綺麗だった。
敵が気を遣った訳ではもちろんないだろう。だが急所を一撃でやられたのだろうその姿は血に塗れるでもなく、今にも目を覚ましそうだった。
残暑でなければ遺体ごと帰せたかもしれない。
だがその日はひどく暑かったのだという。わたしは自身の体温が高すぎてよくわからなかったが、遺体という生ものがすぐ腐る程度には暑かった。
だからわたしが焼いた。遺品として衣服の一部と刀だけを残してわたしが焼いた。
死んで、焼いてしまえば千手もうちはも同じだと言った母の言葉を思い出す。
本当だろうか。本当に千手もうちはも同じなのだろうか。
わたしがこれまでに燃やした千手は、テン様と同じだっただろうか?
◇ ◆
十一月十六日
カゴメ様が亡くなった。
三度目の戦場で亡くなった。
テン様の通夜で、泣くこともできないほど疲れ果てた様子で、それでも「兄さまのぶんまで生きる」と言っていたカゴメ様が亡くなった。
千手に殺されたんだそうだ。
またか、とは思った。また千手なのかと。他にも敵の一族は多くいて、それでも千手なんだなと。
うちはを除けばもっとも強大で、うちはとの敵対っぷりも激しい一族だから、ある意味自然ではあるのだが。
宗家の子なんて、きっと殺したくてたまらなかっただろうし。
頭が痛い。
◇ ◆
十一月二十七日
テン様とカゴメ様が相次いで亡くなり、皆が沈むなか、若君は宗家の長子として強いて普段通りに振舞っているようだった。
幼いながらも優秀だった宗家の三男と四男が相次いで宿敵に殺され、集落の雰囲気は殺伐の一言である。
ただでさえ地の底だった千手への好感度がマイナスに振り切った感じと言うか。
長子である若君はそれでも千手に対し恨み言もひとつも吐かず、これまで通り修行に精を出している────と、一族と交流の薄いわたしの耳にすら入ってきた。
きっと本当なのだろう。
カゴメ様の通夜以降、若君には会っていない。
会いに行けば会えるだろうが、その気にならない。
◇ ◆
十一月二十八日
若君があちらから会いに来た。
微妙に会いたくなかったうえ何と言っていいものかわからず、黙り込んでしまった。
気を遣うように苦笑されて、何を笑ってるんだお前は、と苛立ちのような焦りのような、とにかく不愉快な気分になった。弟二人を立て続けに亡くした人にあたるべきじゃない、と思い抑えたが。
日が落ちるのが早くなったなとか、最近雨が多いなとか、そんなどうでもいい話をした。
テン様のこともカゴメ様のことも、千手一族のことすら若君は口にしなかった。
耐えられなくなったのはわたしの方で、千手が憎くはないのですか、と尋ねてしまった。
憎いよ、と即答されたことに、未だに動揺しているわたしがいる。
憎いけれど、それでも千手と手を取り合いたい気持ちはまだあると。
憎いまま、それでも仲良くできるかどうかを考えていると若君は言った。
殺し合ってきた一族同士が手を取り合うことなどできるのだろうか。
わたしが殺してきた千手の、その親兄弟や友は、わたしを憎いと思っているだろうか。
思っているだろう。今まではたいして気にもしていなかった、戦なのだから当然だと思っていたことが、何故か引っかかる。何がどう引っかかるのか自分でもわからない。
ただ、たとえ千手を一人残らず焼き尽くしたとしても、テン様とカゴメ様は戻ってこないのだなと思った。
◇ ◆
十二月二十四日
マダラ様と戦った結果、割とマジの怪我をした。お互いに。
記念すべきマダラ様十歳の誕生日だというのに何をやっているんだわたし達は。
マダラ様はすぐ下の弟たちを亡くして以降、それでもわたしとの稽古にはきちんと来ていた。
その場で、テン様たちの話はしなかった。
弟たちを喪って以降マダラ様は明らかに強さに執着するようになっていて、これまでのように、わたしに勝ちたいと無邪気に挑んでくることがなくなった。
わたしより強くなりたい、というより、強くなくては駄目なんだと言いたげな必死さを感じる。
今日は稽古の日ではなかったけれど、朝一でマダラ様がわたしに会いに来た。
あなたは毎年わたしを迎えに来ますね、誕生日おめでとうございます、と出迎えたところ途端にキレられた。
開幕激怒は流石に初めてでびっくりした。
何がおめでとうだ、テンもカゴメも死んだ、死んだばっかりだ、なのに何がおめでとうなんだ。
と怒鳴られ、ここで黙っていればマダラ様も冷静になったかもしれないが、わたしはわたしで「あなたが十歳を迎えたのは事実ですし、テン様もカゴメ様ももう年を重ねませんが、あなたはこれからも年を取るでしょう。そのたびにそうやって機嫌を損ねるのですか」とか言ってしまった。
口下手かよ我ながら。
違うんだって。マダラ様が無事に十歳になったことが喜ばしいと思ったことは本当なんだって。弟君たちの死を突きつけたかったわけじゃない。
案の定マダラ様はショックを受けた顔をした。
そして、「どうしてお前は平気そうなんだ。お前だけじゃない、兄さんだって……」と言って黙り込んだ。
わたしは平気そうに見えるのか。ということは平気なんだろうか。
自分でもわからず、マダラ様に「わたしは平気なんでしょうか」と尋ねた。
はあ? みたいな顔をされたし、実際「何を言ってるんだお前は」と言われた。
「テン様が亡くなられてからというもの、ずっと頭が痛いんですよ。カゴメ様が亡くなられてからは悪化しました。原因不明なんですけど平気なんですかねこれは」と聞いたらマダラ様は石でも呑んだみたいな表情でまた口を閉ざし、わたしはわたしで何も言えず黙り、わたしの人生史上一、二を争うレベルの気まずい沈黙が通った。
マダラ様はたっぷり黙ってから「お前、それは、……つらいんじゃないのか」と言ったので「まぁつらいっちゃつらいですが、もう慣れましたよ。痛みには強い方ですし」と返したら即座に「違う」と返された。
「何が違うと?」「わかるだろ、そんなの」「わからないから聞いているんでしょう」「どうしてわかんないんだよ」「は?」「あ?」
というわけで戦った。
というわけでじゃない。わたしもわたしだがマダラ様も相当だ、言葉が通じないからって殴り合うんじゃない。
だがその時は、殴り合うのが最善に思えたのも事実だ。
ギリ勝った。
ギリだった。「殺してもいい」条件ならマダラ様が受けきれない火遁をぶっ放せばいい話でわたしの圧勝だったろうが、それをしてしまったらあらゆる意味でおしまいだ。遺書を書いたのち速やかに後を追うしかなくなる。
再起不能にしてはだめ、わたしが負けるのもだめ(腹立つから)ということで殴り合いは泥沼化し、こういう日に限って若君も現れないしで二人してボロボロになった。
わたしにボコられたマダラ様は「なんでそんな強いんだ、馬鹿か」とわたしを罵った。
マダラ様もその年齢にしては異常な強さなのでおかしいのはわたしだけではない。わたしが余人より優れているのは火遁だけだがマダラ様は全体的に強い。いつまでゴリ押しで勝てるだろうか。
勝ったはいいがどうしようこれ、マダラ様ぼろぼろだしわたしも血が止まらんわ、焼くか、と思っていたらマダラ様が泣いた。
意地っ張りうちは代表みたいな、わたしの前で本気で泣いたことなんてなかったマダラ様が声を出して泣いた。
お前より強くないとお前を守れない、と言って泣いた。
自分でも信じがたいし未だに幻術にでもかかったかと思っているのだが、
それを見て、わたしも泣いた。
マダラ様のように声を上げて泣いたわけじゃい。ちょっとだ。ほんとに気のせいレベルで、だが確かに泣いた。
泣いたのはいつぶりだっただろう。
マダラ様はわたしの涙に気付くと驚愕した顔をして、泣き止んでいっちょ前にわたしを慰めでもするかと思ったのに泣き止まず、わたしの頭を胸に抱え込んで余計に泣いた。
マダラ様の腕は細いし胸は狭いしで、全然頼りがいなんてなかった。それでも初めて会った頃に比べたら随分と大きくなったなあと思った。
そうこうしているうちにマダラ様の意識が朦朧としはじめ、ヤバいこれ、遺書を書いて後を追う流れになるこのままだと、と応急処置をした後マダラ様を抱えて宗家まで走った。
速やかに医者を手配されたが、「いったい誰にやられた!」「わたしです」と自白したときの周囲の人の目が忘れられない。
わたしが処されるかもしれないな、と覚悟しかけたものの、ほぼ黙って手当をしてくれたことには感謝している。本当に。
幸いにも割とタフなマダラ様はすぐ意識がはっきりして、わたしがボコったことも「お互い様だ」と許してくれた。それはそう、わたしも結構怪我したからな。
その後、二人で少し話をした。
殴り合ったおかげか互いに冷静になっていて、落ち着いて会話できた。怪我までした甲斐があったというものだ。
マダラ様は「テンとカゴメが死んで悲しいと感じてることを受け入れろ」とわたしに言い、
わたしは「自分が生き延びたことを肯定してほしい」とマダラ様に言った。
その後、出先から戻って来た若君に殴り合ったことを諫められ、イズナ様にも泣かれた。
もはや恒例のようにそのままお泊りになった。
でもテン様とカゴメ様はいなくて、生まれて初めて、寒いな、と思った。
◇ ◆
十二月二十八日
年の瀬だというのに猛烈に疲れた。
まず母に「燃やしてあげましょうか?」と言われた。
な、何を……? と思ったら対象はわたしだった。
もう一度書くが対象はわたしだった。
わたしは火を付けたら燃えるし、それが母の操る炎なら文字通り跡形も残らないと思われるのだが、その母に「あなたを燃やしてあげましょうか」と聞かれたのだった。
意味がわからなすぎて四・五回聞き直したが、どう聞いても結果は変わらなかった。
わたしに自殺願望があるように見えるのだろうか、と思ったが割とそうだったようで、「そんなにつらいのなら、私の炎であなたを焼いてあげましょうか」と打診されたのだった。
焼失すれば、その辛さも痛みも苦しみも、全て浄化されるからと。
なんというか、もう、笑った。
笑うしかないだろうこんなの、実の母に殺してやろうかと言われて、悪意とかじゃなくおそらく善意で言われて、どうすればよかったんだ?
とりあえず断っておいた。
その代わりに、かどうかは知らないが、×××××様を招来する方法を伝授された。
自由に呼び出せる存在ではないらしい。条件が揃ったときに、祝詞(呪文では?)を唱えると、信者のもとへ来てくださる、ことがあるそうだ。
曖昧だな。あらゆる意味で不安しかない。
だが妙に耳に残る祝詞で、一度聞いたら全て覚えてしまった。
もう本当にどうしようもなくなったら、試してみようかと思う。