うちはの生ける炎   作:律可

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応報

 十一月十八日

 

 テン様とカゴメ様が亡くなってから一年が経った。

 誰が死のうと世界は知ったことないらしく、容赦なく日は沈んで昇るし、お腹は減るし、また別の人間が死んでいく。

 どうにかわたしと若君は十三まで生き延びた。マダラ様ももうじき十一になる。

 マダラ様は弟ふたりが失われたのに変わらず明日が来ること自体に精神的ダメージを負っていたようで、その状態から立ち直ってきたなと思ったら今度は末弟のイズナ様がそろそろ戦場へ出ることにまた落ち込んでいる。

 忙しい人だな。

 優しい人でもある。

 わたしの前では強がっていたいようだったがしょんぼりしているのがモロバレで、あなたはわたしには勝てないし隠し事もできないんですよと言い含めたら「落ち込む前にできることをしよう」と、イズナ様を鍛える方向で頑張ることにしたようだ。強ければ強いほど、単純に生き残る確率は上がるからと。

 前向きでよろしいと思うが、これで最後の弟まで失ったらマダラ様はどうなってしまうのだろう。兄である若君がいらっしゃるうちは大丈夫と思いたいが。

 

 ◇ ◆

 

 十一月二十八日

 

 本人の自己申告により明らかになったが、マダラ様は「人にものを教える」ことが不得意らしい。

 わたしもマダラ様相手に師匠の真似事を始めてもう数年になるが、未だに不得意なので気持ちはわかる。自分ではない相手に何かを教え導くのは本当に難しい。わたしのように、他人に興味を持たない人間には猶更だ。

「自分ができることをできない相手に教える方法がわからないから、イズナにもうまく教えられていない気がする」と仰るマダラ様に、まぁあなたは天才肌ですからね、と言いつつ「わたしとの稽古の場にイズナ様も連れてきますか」と提案してみたところ、黙り込んだのち「しばらく考える」と言って帰ってしまった。

 なんなんだ、嫌なら嫌ですぐ「それは嫌だ」とか言えばいいのに。「これ以上お前に懐かせてたまるか、イズナは絶対にお前にはやらないからな」くらい言うかと思ったが。

 そういえば最近は誰も、わたしを嫁にだのなんだの言わないがあの話は流れたんだろうか。マダラ様もわたしを貰うと言ったのを忘れたのかもしれない。

 それはそれで、将来マダラ様をからかうネタにするだけだから別にいい。

 

 ちょっとだけ寂しい気もする。

 ちょっとだけだが。

 いやほんとにちょっとだけだが。

 

 ◇ ◆

 

 十二月三日

 

 マダラ様との稽古の日。

 会うなりマダラ様が「この前の話だが……」と言い出し、何の話だかわからなかったがとりあえず真顔でいたら「お前、何の話かわかっていないだろう」と半眼で言われた。

 あなたが覚えていることを他人も覚えているとは限らないでしょうよと言ったところ「お前のふてぶてしさは相変わらずだし、一生治らないんだろうな……」と言われた。

 なんだか最近マダラ様が「お前のことはよくわかってる」顔をするようになってきた気がする。

 腹立つ。別にいいけど。

 若君はわたしの態度を諫めたことは一度もないが、マダラ様はちょこちょこ「他人に興味を持て」「考えてることを口に出せ」と小姑のように指摘してくる。

 世話焼きなのだろうか。

 正直猛烈に放っておいてほしい。ほしいが、小さな手で偉そうにこちらを指してくる姿がまあそこそこ可愛いと言えなくもないので甘んじて聞いている。

 顔がいいと得だなぁと感じる今日この頃だ。

「で、何の話ですか」と尋ねたところ、イズナ様をわたしたちの稽古に加えるかどうかの話だった。

「毎回つれてくるのはやめる、三回に一度くらい参加させるつもりだが構わないか」とのことで、わたしとしては「おう好きにしろや」という感じだ。

 しかしわたしがイズナ様の稽古に参加したとしても、師匠向きの人格じゃないやつが一人増えるだけだがいいのか。水に水を足しても水にしかならないが。

 

 ところでどうして三回に一度なんて半端な参加率にするんですか、となんとなく聞いたところ、マダラ様はさんざん口籠ってから

「お前はオレの師匠だろうが……」

 と言った。

 イズナ様が必ずいるようになると、わたしを取られるみたいで嫌だ、の意だと受け取れた。

 エッ!? カワイイ! と思った時には既にマダラ様を背負い投げしていた。

 唐突に投げられて呆然とするマダラ様(無傷)、なんで投げたのか自分でもわからず呆然とするわたし、の図が完成した。

 マダラ様は無言で姿勢を整えると「なんで投げた?」と至極もっともな疑問を呈し、わたしはそれに「なんかわかんないんですけど気付いたら投げてました」と答えた。

「情緒不安定かお前は!」と言われたが今回はわたしが悪い。宗家のお坊ちゃんを背負い投げして申し訳ありませんでした。

 しかし唐突に暴力を振るう人だと思われたら今後の師弟関係に支障が出る。

 なので素直に「マダラ様がお可愛らしいなあと思ったら手を出してました、決して憎くて投げた訳ではありません」と申告した。

 それはそれで怒られた。「男にとってカワイイと言われるのはいっそ侮辱」らしい。

 マダラ様は男の人と言うより男の子では? と述べたら「見てろすぐにお前よりデカくなってお前のこと見下ろしてやる」と言われた。

 当分無理だと思うが頑張ってほしい。

 

 その後マダラ様に「兄さんを投げたことはあるのか」と問われ、なかったので素直に「ないです」と答えたら満足げだった。

 敬愛する兄に被害が及んでいなくて安心したのだろう。

 

 ところで「唐突に暴力を振るう人」と「対象にかわいさを感じた時に暴力を振るう人」では後者の方が狂気度が高かったかもしれない。

 まあいいか。

 

 ◇ ◆

 

 十二月二十三日

 

 明日はマダラ様のお誕生日だな、逆に朝一で家を訪ねてやろうかと考えつつ皿を洗うなどしていたらマダラ様が家にやってきた。

 でかめの荷物を抱えてやってきたのでなんだなんだと思ったらそれは枕で、なんで枕なんだと思ったら今夜わたしの家に泊まる気で、枕が変わると寝つきが悪くなるタイプだから、らしかった。

 繊細さんかよ。野営の時とかどうしているんだ。

 と思ったので素直に聞いたら、夜に外で休まざるを得ない時は気合で寝ているらしい。難儀な性質ですね。

 ていうかどうしてうちに泊まる気満々なの? と尋ねたところ、どうせお前はオレの誕生日だというのに自分からは来ないだろうし、当日迎えに来るのも腹立たしいため前泊することにしたらしい。

 意味がわかるようでわからない。ひょっとしておばかなのか?

 勉学はできるのによくわからない思考回路をしていらっしゃる。

「明日は朝からマダラ様を訪ねるつもりでしたけどね」と言ってみたら「どうしてお前はそう天邪鬼なんだ、もうちょっと素直さを学べ、馬鹿」と言われ年上の師匠に向かってバカとはなんだバカとはと掴み合いになり突発相撲大会が開催された。

 マダラ様の体幹が出会った時とは比べ物にならないほどしっかりしていたので感慨深いものがあり、それはそれとして投げ飛ばした。

 そしてマダラ様は本気で我が家に泊まる気らしく、母に丁寧に挨拶をし母の美貌に頬を赤らめていた。

 おい!!! その女の顔に騙されるんじゃない!!! と両肩を掴んで揺さぶりたかった。マダラ様がどこの女と幸せになろうが知ったことではないが、母だけはやめてくれ。年の差がどうとかそれ以前の問題だから。

「ケイカのお婿さんに来てくれたのかしら」とか頭が沸いてるような(ようなというか沸いているんだった)ことを言う母からマダラ様を引きはがし、「いいですかマダラ様、顔がよくても頭のおかしい女を好きになるのはやめておきましょうね」とわたしにしてはかなり語気を強めて言った。

 言ったのにマダラ様は「トウカさん、お前に似てるよな……」だの「お前も大人になったらあんな感じになるのか」だのとぽやぽや呟いており、駄目だこれはもう……手遅れかもしれん……と絶望めいた気持ちになった。

 幼さ故に未亡人の色香に惑わされているだけで、そのうち目を覚ますと思いたい。そうであってくれ。

 一応客人であるマダラ様を一番風呂に入れようとしたら「押しかけた身でそれはできない」と殊勝なことを言うので「じゃあ一緒に入りますか」と提案したら全力で拒否された。そんな嫌がることある?

 というわけでもう寝る。

 マダラ様どこで寝る気なんだろう、わたしの部屋か? わたしの部屋なのか?

 

 ◇ ◆

 

 十二月二十五日

 

 マダラ様お誕生日後夜祭。

 いや別に祭りは開かれていないが。

 誕生日前日からわたしの家に泊まり込む斜め上さを見せたマダラ様は、結局その夜はわたしの部屋で寝た。

 宗家と違って我が家は狭いのだ、我慢していただきたい。

 同じ部屋に布団を敷いて寝るのは嫌がらなかったし、深夜に寒さに耐えきれず半ば無意識にわたしの布団に入ってきていた。

 懐かれたなあ。

 それかわたしに母性ならぬ姉性でも感じているのだろうか。マダラ様には男兄弟しかいないので新鮮なのかもしれない。

 

 誕生日当日、マダラ様と一緒に自宅から宗家に向かったところ、出迎えてくださったタジマ様に「なるほど」と言われた。なんだ。何に対して言われたんだ。

 あと若君に真顔でめちゃくちゃ見られた。怖いって。

 そこでマダラ様がまさかの無断外泊だったことが発覚した。

 つまり宗家次男が一晩行方不明だったわけで、おいわたしが怒られるやつじゃねーかと慄いたが、どうやらわたしの母が「あなたのとこの次男、うちに来てますよ」とタジマ様に一報入れていたことも発覚した。

 狂人とばかり思っていた母のファインプレーに、そういう真人間さを垣間見せるところが逆に嫌だわと渋面になってしまった。以前、消沈していたわたしに「そんなにつらいなら燃やしてあげましょうか(お前を)」と言ったこと、一生忘れないからな。

 なんとなく母にじっとりした感情を抱いているらしきタジマ様は、母のそういうところを知っているのだろうか。知っていても知らなくても嫌だ。

 その母が愛情を感じていたらしき父が何者だったのかも日に日にわからなくなっていく。

 

 また個人的大ニュースだが、イズナ様がわたしを「ねえさん」と呼んだ。少し前まで「おねえちゃん」と呼んでいたのに。成長を感じる。

 マダラ様にも「わたしを姉さんと呼んでみてくれてもいいですよ」と水を向けてみたところ拒否された。

 その直後、わたしにしか聞こえない小さな声で「兄さんの嫁になる気なのか」と聞かれ、「なるほどそうするとマダラ様の義姉になるな」及び「そういやそんな話あったわ」と思い出し、「ごめんなさい聞かなかったことにしてください」と否定しておいた。

 いやマジで完全に忘れていた。笑う。最近若君がわたしとマダラ様の修行の場に現れないのと何か関連があるのだろうか。

 

 そういえばマダラ様は、イズナ様がわたしをねえさんと呼ぶことは止めていないがそこはいいのだろうか。

 

 ◇ ◆

 

 十二月三十一日

 

 今年も終わろうとしている。

 ここ一年、×××××様を呼ぶ機会がなかっただけでも平和な一年だったと言えるかもしれない。

 呼ばずに一生を終えたいところだ。

 マダラ様とイズナ様も生き延びた。

 イズナ様はうちは兄弟の中でも刀を扱う才能があるようだ。若君もマダラ様もそう口を揃えたので実際そうなのだろう。

 わたしの弟子その2的ポジションになるかと思われたイズナ様だったが、わたしといると刀剣の才能がまったく伸ばせないため結局そうはならなかった。わたしは火の扱いにほぼ才の全てを振っているので仕方がない。

 マダラ様に「お前なんかの弟子はオレにしか務まらないだろうし、元気を出せ」と言われた。

 別にイズナ様をお抱え弟子にできなかったことに落ち込んではいなかったが、まあ慰めようとしてくれているその気持ちはありがたいか……と一瞬思いかけたが「おいなんだお前なんかとは」と思い直した。

 多分マダラ様は一生生意気なんだろう。

 でも多分わたしの方がマダラ様より先に死ぬんだろうな、年上だし生き様が雑だし。

 とマダラ様に言ったら唐突に殴られた人みたいな顔をしたのでビビった。

 マダラ様がお嫁さん貰うくらいまでは長生きしよう。

 

 ◇ ◆◇ ◆◇ 

 

 六月二十日

 

 なんだかんだで十四歳が近づいてきている。時の流れを感じる。

 マダラ様もすくすく大きくなっており、その自覚があるマダラ様が「もうすぐお前より大きくなる」とか言っているのを「あり得るが嫌だ」と思いながら見守っていたところ、ここ数ヵ月でわたしの身長がメチャ伸びた。

 肉薄しかけていたマダラ様の目線がまたガクッと下がったのでわたしとしては内心大喜びである。ほら、師匠が弟子より小さいのは恰好がつかないかなって。

 

 そして乳もでかくなった。

 ほんとに乳が大きくなった、どうしたものか。

 同年代のうちは女子より、明らかにわたしの方が二回りは大きい。

 邪魔になるから困る。そこは成長しなくていい。

 そういえば母は豊かな胸をしている。遺伝か。火遁の才以外は受け継がなくてよかったのだが。成長期だし食事は人並みに摂ってはいるが、摂取した栄養がおそらくほぼ全て乳にいっている。あと身長。

 相も変わらず千手との戦いは続いており、頻繁に戦場に立っている。戦場では乳はただ邪魔だ、重い。ただでさえ弱点の接近戦がより苦手になったわけで、順調に死に近づいている。

 殺されるにしろ周囲の敵をひとりでも多く巻き添えにして焼死する覚悟くらいはあるが、先日マダラ様のためにもできるだけ長生きしようと決めたばかりだ。より気を引き締めていく必要がある。

 乳も気合いで引き締まってくれないものか。

 

 ◇ ◆

 

 七月六日

 

 今日の組手の最中、うっかりわたしの胸に触れたマダラ様が張り手でもされたみたいに飛び退き、見るからにおろおろしていたので思わず「なんかすみません」と謝ってしまった。

 このわたしに思わず謝罪をさせるとは、やるな。

 もう邪魔だし捥いでやろうか、と半ば本気で自分の胸を鷲掴みにしたところそれを察知したらしいマダラ様が飛びついてきて「死ぬからやめろ」と真っ当なことを言ったので、やめた。まぁ出血多量で死ぬだろう。

 でも本当に邪魔なのだ、いつかこの乳のせいで窮地に陥る時が来ないとも限らない。

 千手の中にわたしの乳のデカさにつけ込むような卑劣野郎がいないことを祈る。

 

 ◇ ◆

 

 九月七日

 

 若君もわたしも十四歳を越し、お互い頑張って生き延びてきたよなぁと何となく考えている。

 明日死ぬかもしれないが。

 そして、自分の肉体的成長(なんか日に日に大きくなっている気がする、特に胸が)に気を取られて最近まで気付かなかったが、若君が急成長していた。

 背の高さで思い切り負けている。

 あと声変わりをしていた。

 少し前に会った際、妙に声を出しづらそうだったため「喉でも痛めたんだろうか」と思っていたが、成長故のものだったらしい。

 わたしも背が伸び、母に近い体つきになってきたが、声変わりはしていない。

 男性ほどでなくても女だって多少は声が低くなるはずだがわたしの声に変化は見られない。

 そのうち変わるのだろう。

 

 わたしたちの成長を、なんなら本人よりよく把握している様子のマダラ様が最近「オレだってすぐに大きくなる」「兄さんと同じくらいにはなるはず」「少なくともお前よりはでかくなる」とか聞いてもいないのにブツブツ言ってくる。

 マダラ様もちゃんと成長はされている。だがうちはの同年代男子と比べ、やや小柄なようだ。それを結構気にしているらしい。

 あと数年もすればわたしに並ぶか追い越すかするだろうに、何をそう焦っているのだろうか。やはり宗家次男として、より早く強くなりたいと思っていらっしゃるのだろうか。

 いじらしさを感じ、体格差を活かしてマダラ様を抱っこしてみたところ子ども扱いするなとブチ切れられたので「そういう風にすぐ怒るところが子どもなのでは?」と煽ってみたところ大人しくなった。

 

 ◇ ◆

 

 十月二十日

 

 秋だ。

 秋冬は好きだ、空気が乾燥してものがよく燃えるから。

 やはり火より魅力的なものはそうない。

 など考えていたら唐突にタジマ様に「宗家に顔を出さないか」と誘われた。

 若君やマダラ様とは宗家に行かなくても普通に会えるので「嫌だが……?」と正直思ったが、「家の不要品を燃やすので火が見られますよ」という誘い文句に食い気味で「行きます」と答えざるを得なかった。さすが頭領、誘い上手だ。

 というわけでうちは宗家に行ってきた。

 わたしのような三下奴が行ってもほぼ無視されるかと思っていたが、割と歓迎された。

 なんなら過去一ちやほやされたかもしれない。

 これまで挨拶程度しか交わしていなかったヒカク様に、妙に「元気にしているか」「体調に問題はないか」とか話しかけられた。

 まだお若いのにタジマ様の側近を務めるヒカク様に絡まれる心当たりは特になかったが、立場上、対千手の戦力となっているわたしが元気でないと困るのだろう。

 

 千手は相変わらず手強い。燃やしても燃やしても雨後の筍のように湧いて出てくる。

 千手の頭領である千手仏間(どんな名前だ)は遠目に見たことがあるが、千手らしく、よく言えば質実剛健な感じ、悪く言えばダサかった、見た目が。

 ダサかろうが千手頭領に相応しい強さしぶとさは備えているようなので、相対したらこちらがやられる可能性が高い。会うことがあれば覚悟を決めなくてはならない人その一だ。

 跡取りとなる息子もいるそうだがそちらは見たこともない。ある程度秘匿されているのだろう。

 

 タジマ様が言った「不要品を燃やす」のは本当で、反故紙にもできない書類を燃やすのを「わたしがやります」と立候補して燃やさせてもらった。

 ついでに芋だのを焼いたのを食べさせてもらった。

 なんとなくわたしを肥えさせようとしている気がする。なんでだろう、食われるのだろうか。

 小さく燃える炎を「これはこれで趣がある」と眺めていると、音もなく隣にきたタジマ様に「覚えていますか?」と問われ、マジに何の話かわからず「マジに何の話かわかりません」の顔をしてしまった。

 主語を省かないでほしい、主語を。

 しかも結局なんだったのか教えてくれなかった。なんだったんだ。

 そこにマダラ様か若君がいれば「あれ何だったんすか」とでも聞けたのだが若君はそもそも不在、マダラ様はタジマ様と話すわたしを何故か遠くから物言いたげな顔で見ていた。

 タジマ様が離れたあともわたしに近づいてこないマダラ様に爆速で近寄り、「今のなんだったと思います? というかどうしてこちらに来ないんですか、ねえ」と絡んでいたら「知らない、オレに聞くな」と嫌がられたが逃げられはしなかった。

 そんなわたしたちを、今度は宗家一派の皆さんが遠巻きに見ていた。

 何?

 

 ◇ ◆

 

 一月十四日

 

 真冬だ。

 相変わらず寒さに弱いマダラ様は、わたしと外で会うたびテンションが低い。

 一方、何故か(本当になんでなんだか)常に体温が異常値で寒さを感じないわたしは絶好調で、マダラ様から恨みがましげな目で見られている。

 ところでそのマダラ様がくっついてこなくなった。

 去年だか一昨年くらいまでは、真冬になるとマダラ様がさりげなく寄ってきてわたしで暖を取っていた。なのに今年は必要以上に近づいてこない。

 なんでだ。つい先日十二歳になったマダラ様が「オレはもうガキじゃない」と言ったのに爆笑したのをまだ根に持っているのか。

 いやでも十二歳はまだ子どもじゃない?

 わたし自身も、十二の頃はもっと幼かった気がするし。

 ただ若君に「お前は、中身は初めて会った頃から変わっていない」と本気の口調で言われたので自分自身のことはあまり参考にしない方がいいのかもしれない。

 あとそれは若君も同じだと思う、あの方も出会った時から中身はさほど変わっていない。わたしの方が高かったはずの背は追い越されたが。あと声も低くなった。

 未だにわたしの声は幼げで、それを実は少し気にしてたりするわけだが、もう少し落ち着いた声になってくれないものだろうか。

 なお乳は順調に大きくなっている。望んでいない。

 声は幼いまま背と乳ばかりが成長していっており、自分がアンバランスな生き物になっていっている気がする。

 若君とわたしがにょきにょき大きくなっている一方、肉体的な成長はゆっくりめらしいマダラ様がまだお小さいのが正直嬉しいのだが、それを本人に言ったら本気で怒られるだろうことは流石にわかるので黙っている。

 イズナ様は相変わらずもっと小さくてかわいい。そのままであってくれ。

 

 ◇ ◆

 

 三月二十七日

 

 今日も今日とてマダラ様と修行。

 無事に終わり、帰っていくマダラ様と入れ違いで若君がやってきた。

 若君は若君で最近お忙しく(うちはの跡取りとして、タジマ様から学ぶことが多いのだろう。知らんが)会うのが久しぶりな気がする。

「久しぶりですね、お元気でしたか」

 とありふれたことを言うわたしに、若君は妙に元気がないというか何か思い詰めたような表情で、「おい深刻な相談とかされても困るが」と身構えるわたしに「ふたりきりで話す時間を作れないか」と言った。

 今じゃ駄目なのか。今ふたりきりじゃないか。

 という顔をするわたしに、「ここではいつ邪魔が入るともしれないから」と言った若君がこれ以上なく真剣な表情で、迂闊なことを言える雰囲気ではなかった。

 だが若君ほどではないがわたしも案外忙しいのだ。対千手の本格的な戦力と見なされはじめたらしく、戦場にただ放り出されるのではなく「ところでお前はどう思う?」と軍略会議的な場にちょこちょこ呼ばれるようになってきたので。

 若君を除くと最年少な上、唯一の女なため居心地は最悪だが、できるだけ堂々とするようにしている。

 なお母は会議的な場には基本的に呼ばれない。理由は推して知るべしな感じだ。

 来月の頭なら互いに予定を合わせられそう、ということで、じゃあその頃に桜でも見ながら話しましょうか、ということで今日は解散となった。

 そして何かを忘れている気がする。

 

 ◇ ◆

 

 三月二十九日

 

 夕方、帰宅すると実家が燃えていた。

 人間驚きすぎると笑うことしかできないらしく、半笑いで立ち尽くしていると、燃える実家から母とタジマ様が無傷で出てきた。

 燃える家を背景に登場した母とタジマ様は理由は不明だがギスギスしており、ただタジマ様が「私がトウカさんを怒らせてしまった」と仰っていたので、何かしらの言い争いがあったものと思われる。

 それに怒った母が燃やしたらしい、家を。

 せめて宗家を燃やしてくれ、どうして頭領がわざわざうちに来て母と口論しているんだ。

 母が本気になって放った火遁なら家の半焼程度で済むはずもないが、その程度で抑えられているのは母にギリギリ理性があったからだろうか。タジマ様が頑張って押しとどめたのだろうか。

 半分燃えた家を死んだ目で眺めるわたしに、母が何の脈絡もなく「ケイカ。納得できないこと、やりたくないことは死んでもやっては駄目よ」と言った。

 まず現状に納得いっていないが、母がいつになく真剣だったので頷くほかなかった。

 

 というわけでこの日記は宗家の一室で書いている。

 というわけでじゃない、なんなんだよ。

 燃えた家はタジマ様が責任を持って直してくれるらしいが、それまで宗家の客間住まいだ。母ともども。

 マダラ様イズナ様と同じ部屋に放られるかと思ったけれどそうはならなかった。

 マダラ様に「少しの間お世話になります」と挨拶をしたついでに「同じ部屋でもよかったですけどね」と言ってみたところ、「もうそんな年じゃないだろ」と返された。

 

 ◇ ◆

 

 四月五日

 

 満開だった。桜が。

 花見に洒落込むかと言いたいところだが、いやわたしは集団が苦手なのでそれは嘘だが、確かに花見日和ではある。

 戦日和とほぼ同義なのだが(適温で晴れ、活動しやすいなら戦もしやすい)、今日は突発的な小競り合いもなく、少し前に若君と約束した通り、二人で桜を見に行った。

 未だにわたしの家は建て直し中のため、若君と同じ門から出てきたわけだが。

 ただ、同じ門から同時に出てきたものの、帰り道は別だったし帰宅時間も別だった。

 桜を見に行った先で若君に

 

 

 筆が進まない。

 もう書かなくていいだろうか、どうせ誰にも見せない日記だ。

 そもそもどうして日記なんか書いていたんだったか。

 そうだ、いつしかわたしが母のように狂い果てることがあったなら、そのとき正気に戻るよすがとなるように、忘れてしまわないように記録しようと記しているんだった。

 じゃあ書いておくべきだろうか。

 だが将来のわたし(狂)がこれを呼んでも更なる精神的動揺を得るばかりで正気には戻らない気がする。

 

 ひとつだけ書いておく。

 若君は女を見る目がない。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「俺と番ってくれるな」

「いやです…………」

 やや引き攣った顔でそう即答した、まもなく十五になる少女に”若君”は腹を抱えて笑った。笑うほかなかった。

 彼を、うちはキセノをそう呼ぶのは目の前のうちはケイカただ一人だった。家の者は普通に「キセノ様」と呼ぶし、いつから彼女が自分をそう呼ぶようになったのか、記憶はおぼろげだ。

 ただ堂々と、宗家の若君なら若君でしょう、と言われたことを覚えている。

 基本的にふてぶてしい彼女は今、珍しく困ったような、気まずそうな顔をしている。そして「十五くらいになったら婚約のことをちゃんと考える」と、頭領である父と約束したことを完全に忘れており、今思い出しました、という顔もしていた。

 おそらく本人に言ったら嫌がられるだろうが、本当に父から聞く彼女の母親にそっくりだった。彼女の母親もほんとうに人の話を全く聞かず、興味のないことは記憶にとどめず、宗家からの命だろうと嫌なことには全身で嫌と返す人だったらしい。らしい、というか、存命なので現在もそうなのだろう。

 そしてそっくりなのはキセノとその父タジマも同じであるようだった。

 まさか親子二代でフラれるとは思っていなかった。

 マジかよ、宗家長男からの求婚だぞ?

 という気持ちがないわけではない。本来分家の女であるケイカに拒否権などない。

 立場の差を告げれば、どうやら母親よりは社会性のあるケイカは諾とするだろう。

 だがキセノには確信があった。もし今、宗家からの命として彼女に嫁入りを強制すれば、彼女は二度と自分の前で笑わなくなるだろう。

 生まれつき、あまり感情を表出させない彼女はここ1、2年でよく笑うようになった。本人に自覚はないだろうし、同年代の女子と比べればまだまだ不愛想だが、それでも確かに明るくなった。

 それに寄与しているのは、自分ではなく弟のマダラなのだろうなということもキセノはわかっていた。

「…………。ケイカ」

「うわっ、はい」

「うわってお前」

「いや……すみません。わたしにも気まずいという感情はありまして……」

「気まずいのか」

「……宗家ご長男に、自分のとこに嫁入りしろと言われて気まずくならない分家はいないかと」

「同意すればその気まずさからは解放されると思うが?」

「納得できないことには死んでも同意するなと、少し前に母に言われたばかりでして」

「納得できないのか」

「はい」

「納得はできるだろう。お前は強い、少なくともうちはの女の中では一番に。自分の子の母になってもらいたいと考えるのは何かおかしいか?」

 ケイカは絵に描いたような「苦虫を嚙み潰した顔」をし、少し黙った後に「あなたの、というか誰かの妻になっている自分を想像できないんです。誰かの母になっている自分はそれ以上に」と言った。

「そうか」

「はい」

「なんというかアレだなあ、お前は、俺のことが好きではないんだろうな」

 趣味が自傷の人を見たような表情で停止したケイカは何かを言いかけ、押し黙り、絞り出すように「嫌っているわけではありません」と呟いた。

「…………宗家のご長男に言うことではないとわかったうえで言いますが…………あなたのことは友人だと思っています。唯一の」

「うーん、うん。そうだなあ」

 だがキセノが彼女に求めるものは友愛ではないのだ。

 もう少し甘く、もう少しドロッとした感情が欲しいと思っている。

 キセノが宗家でなければ、せめて長男でなければ、長期戦に持ち込むこともできたが────それは難しいだろう。彼の立場がそれを許さない。実父も通った道だ。その父は自分が諦めた後、早々に分家のパッとしない男に想い人を掻っ攫われたそうだが。それを自分に当てはめるとただ胃が痛い。

「ケイカ」

「はい」

「これ以上は何も言わん。好きに生きてくれ。俺はそれだけで救われる」

「え……はい。ありがとうございました」

 爆速で話を畳みに入り帰宅の構えを取る彼女に、どうしてこんな薄情な子を好きになっちゃったかなあとガックリきつつも、「帰る前にこれだけ聞いてくれ」と彼は言った。

「マダラを頼む」

「────」

「俺に何かあった時、宗家を継ぐのはあの子だ。……お前は俺以上にわかっているだろうが、あの子は強い。忍としての才は俺を凌ぐ。だが」

「……だが?」

「めんどくさい子だ。お前とはまた違う方向で。ただお前と同じくらいめんどくさい子なのは確かだ」

 わたしって面倒くさかったのかと愕然としているケイカを意識的に無視し、キセノは兄として続けた。

「めんどくさかろうがあの子は次男で、宗家の柵から逃げられない。繊細な子でもある。俺に何かあった時は、あの子のことを頼む」

「……何か、ってなんですか。縁起でもない。それに、わたしなんかに頼んでいいんですか」

「お前以上に頼みになる人はいないと思っているよ」

 だってお前、マダラのこと好きだろう。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 うちはケイカが、分家の分際で宗家長男の求婚を袖にしたらしい。

 という話を宗家関係者が知らないとは思えないが、わたしは特に石を投げられたりなどせず、そのまま宗家でしばらく過ごした。

 再建された実家に母と共に帰れた時は、正直ただ「重圧から解放された」と思ったし、宗家に長期でステイするのはもうこりごりだとも思った。

 やはり実家は良い。同居人が狂人だとしても。

 

 キセノ様には、わたしなどよりずっと相応しい女性が妻としてあてがわれるだろう。その女性は戦場に出ず、家で奥さんとしての役目を立派に果たすし跡継ぎの子も産む、そんな女性に違いない。

 そうだ、ただ「強いから」だけでわたしが宗家長男の妻になりかけたのはどう考えてもおかしい。強ければいいってものじゃないだろう。忍の才は確かに親から子に受け継がれる傾向にあるようだが、必ずそうとも限らないし、鷹が鳶を産むことだってあるはずだ。

 だからわたしが若君に応えなかったのはおかしいことではない。

 と思いたい。

 しかしこれで、より覚悟が決まった。

 やはりわたしは戦場で生きよう。

 それがマダラ様たちご兄弟を守ることにも繋がるはずだ。

 うちはが敵に、主に千手に滅ぼされないよう頑張る。

 わたしがそうやって稼いだ時間で、若君には千手と和解するなり滅ぼすなり、現状を打開する道を切り開いてほしい。

 わたしだって別に千手が憎いわけではないのだ。ただ炎を揮いたいだけで。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 うちはの子を殺そうとしていた千手の子を、ケイカはすんでのところで殺した。

 一撃で仕留めたわけではない。けれど火のいいところはたとえ軽傷でもその熱と痛みで獲物の動きを止められるところで、突如自分の身を襲った衝撃に止まったその子を、ケイカは容赦なく二撃目で葬り去った。

 あ、身体の一部が燃え残ったな、と思った途端、千手の忍がこちらに肉薄するのが見えた。舌打ちひとつで下がり、一気に距離を取る。殺されかけていたうちはの子は脇に抱えた。

 カワラマ様、と、一部しか残っていないその子を千手が呼んだ気がする。

 様付け、ということは、あの子は────せいぜい七つくらいにしか見えなかったあの子は、千手の中でも位の高い子だったのだろうかと、ケイカは走りながら思考する。

 宗家か、それに近しい子だったのだろうか。カワラマ……瓦間、か? もしかして千手仏間の子だろうか。

 であれば、微妙なことをしてしまったな、と思う。

 おそらくうちは一族からは賞賛されるだろう、敵の跡取り候補を消したのだから。

 だが、ケイカと同じこの戦場にいるはずのキセノは悲しむだろう。幼い子が犠牲になった、千手との和解がまた遠くなったと言って。

「……そう暴れないでください、まったく感傷に浸る隙も無い」

 抱えていた、名も知らないうちはの子がびちびちと暴れるのを、周囲の安全を確認してから放り出す。

 千手カワラマと同い年くらいに見える彼は小さく咳き込んでいて、どうやらケイカの胸部に顔を埋めていたために十分に呼吸ができていなかったらしい。

「すみませんね、乳が無駄に大きいもので。あとあなた、もう少し周りを見て動かないと死にますよ。今回はわたしが助けられましたけど運がよかっただけです。次はないと思ってくださいね」

 見上げてくるその子が、半ば呆然と「生ける炎……」と言ってくるのを「それはわたしじゃなくて母の方です」とあしらい、彼を放置してまた戦場に舞い戻る。

 両一族の頭領が出張ってくるほどではないが、小さくはない規模の争いだ。こんなところで身内の子とわちゃわちゃしていたらこちらがいつ殺されるかわからない。

 ケイカは駆けた。助けられる身内がいれば助け、殺せる敵がいれば殺し。もう何度繰り返したかわからない行為を繰り返す。

 山場を越え、両一族が撤退の流れとなった頃、自陣営に合流した。

 戦果は上々だろう。傷らしい傷も負っていない。周囲を見回すと、先ほど助けた子どもの姿が見えた。あの子も生き残ったようだ。

 しかし空気がおかしい。名状しがたい、忌まわしい何かでも目撃してしまったような、「あってはならないこと」が起きた雰囲気が漂っている。

 これは只事ではないと判断したケイカは、その気配をかき分けるように歩き、部隊長のもとへ行った。

 何があったんです、と尋ねるケイカに、部隊長は傷みを堪えるような顔をする。

 

 そしてケイカは、自分が若君と呼び慕う彼が死んだことを知った。

 

 

 棺が土に覆われていく。

 千手瓦間が命を失った日、奇しくもうちはキセノの命も途絶え。

 どちらが加害者で被害者なのかなのかもわからないまま、犠牲者だけが増えていく。

 

 

 

 

 


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