さすらいの旅の中で、商人のキャラバンや同じ渡り鳥の旅人とすれ違うことはあれど、その中で会話をすることは滅多にない。人々は生きることに必死で、明日の食い扶持を繋ぐために精一杯でいる。
ロディは辿り着いたサーフ村で、不意に目に付いた人物を注視した。黒いコートを棚引かせ、楽器ケースを背負い、琥珀色の液体の入ったグラスを傾けているその人は、ふとこちらを見遣った。昼間だというのに丸いサングラスで視線を遮っている。
「やあ、きみも渡り鳥か。ひとりなのかい?」
「え、……う、ん。」
「そうかい。随分と若いね」
ぐいとグラスの中身を一気飲みしたその人は、「私も渡り鳥でね、今日この村に到着したんだ」と言って、ロディに握手を求めてくる。おずおずと革手袋に包まれたその手を握ると、思いのほか強い力で握られ、名前は、と尋ねられた。
「おれは、ロディ。ロディ・ラグナイト」
「ラグナイト? ……そうか、きみはもしや、ゼペットさんの?」
「知ってるの?」
「知ってるとも。昔世話になってね……。」
そう言って懐かしげな雰囲気を声に滲ませた彼女は、自身をニコレットと名乗った。ゼペットの訃報を知ると、「そうか」とだけ呟いて、しばらく黙り込んでいた。そうして顔を上げると、ニコレットは何故か僅かに気恥しそうな雰囲気を醸し出した。
「初対面の人間にこんなことを言うのも、なんというかその、あれなんだが……きみが……、きみさえ良ければ、旅に同行させて貰えないだろうか?」
「えっ? ええ……と、」
「いやなに、無理強いする気はないさ。嫌なら断ってくれてもいいんだ」
「いえ、その」
ロディは少し考え込んだ後、やはり首を横に振った。懸念するべきは己の破壊の権化ともとれる力のことだった。ニコレットは声に僅かな悲しい印象を感じさせずにそうかと言ってのけ、「わかったよ。そう言うなら仕方がない」と頷いた。
「ただ、助けが必要な時は呼んでくれ。私はこれでも名が売れてる方でね、誰かに聞けば一人くらいは私の居場所を知っているだろう」
ロディはそれにひとつ頷きを返すと、ニコレットは満足気に微笑みを残した。
トニーが村を抜け出して、ベリーケイブに向かったという。サーフ村の村長から「トニーを助け出して欲しい」旨の依頼を聞き入れたロディは、ARMを抱えて村を飛び出そうとした。しかしその行動は、村の出入口に佇む人物によって遮られる。
「やあ、ロディ。ベリーケイブに行くんだろう?」
ロディはこくりと素直に頷くと、ニコレットはサングラスをくいと持ち上げて、地に置いていた楽器ケースを抱え直した。「やはり、私も同行しよう」と告げ、ロディがその言葉に一瞬の逡巡を見せると、朗らかに笑いながら気にしなくていいと語る。
「ベリーケイブには個人的な野暮用があってね。村長に許可を得てから向かうつもりだったが、早まるならそちらの方がいい。なに、私は勝手に後ろからついて行くだけだからさ」
何を言っても退かないであろうその気迫に気圧されて、ロディはこくりと頷く。ニコレットはすこし悪戯っぽく笑って、では行こう、と先導するように歩き出し、ロディはその様子に、子供っぽい人だ、と、自分のよりも背の高い女性に向けるには相応しくないであろう言葉を、内心で独り言ちた。
洞窟の中は暗く、土埃のにおいがする。ニコレットは相も変わらずサングラスをかけたまま、軽い足取りで奥へと歩を進める。今にも鼻歌を歌い出しそうな雰囲気だ。ロディはその後を追いかけながら、ちらちらと感じる魔獣の気配に警戒を強めていく。不意に彼女がギターケースを下ろし、蹴りあげるようにして開いた。ずるずると取り出されたのは銃身の長いスナイパーライフル。──レプリカのARMだ。
「よし。」
掛け声ひとつ残し彼女がライフルを構えもせず引き金を引けば、洞窟内に響き渡る轟音と共に、群がり始めた魔獣達を一斉に貫いた。ギャア、と悲鳴をあげてもんどり打った魔獣達は、地面に伏してじたばたと暴れていたが、やがて静かになる。
「とりあえず通路を塞ぐ邪魔者は片せただろう。先を急ごうか、ロディ」
ロディは僅かに唖然として、すぐさま気を取り戻し、かつかつと先を歩む彼女へ早足で着いて行った。建端が違うからか、コンパスの差で微妙に追い付けないロディに気付くと、彼女はスピードを緩め、ロディの横に着くように歩く。ロディはそれに何故か言いようもない気恥しさを憶え、彼女の顔を見れなかった。
トニーを見つけ最奥に辿り着くと、ニコレットはざっと見渡して、食べられそうなものは一つだけかと呟いた。
「さっさと取ってしまおう」
ロディが手を伸ばして、仄かな輝きを見せるホーリーベリーを摘み取る。トニーが喜び、ロディからそれを受け取って、早く村に帰ろう、と急かした。ニコレットはしばらく木を見上げていたが、やがて振り返って、ロディの元へ歩く。
「収穫なし、だな。ここも」
ぽつりと独り言のように呟いた言葉に、ロディは彼女を振り返ったが、誤魔化すように微笑まれて終わりだった。
巨大な赤色の魔獣を倒し、ARMを下ろした。ベリーケイブに封印されていたというそれは、短い断末魔をあげて、もうぴくりとも動かなかった。ニコレットが、フウと息を吐いて、サングラスをくいと持ち上げる。
洞窟の出入口から数人の人影が這い出して、こちらを見下ろしているのが見えた。
「お前達は村に災いをもたらしたな」
「ARMの力は禁じられた力だッ! 平和な村になんてものを持ち込んでくれたんだ!」
はっとして、ニコレットが一歩前に出る。
「待ってくれ! ロディはそんな……!」
「部外者が口を挟むなッ!これはうちの村で処理する問題だ、あんたのこともな……!」
ニコレットは黙り込んで、握り締めた拳から、ぎち、と革手袋の擦れる音がした。ロディの後ろから、魔獣に吹き飛ばされた白い犬が、ロディをすり抜けて歩いていく。ロディは俯いて彼女と同じように黙り込んだが、不意にニコレットが、ロディ、と名を呼んだ。
「大丈夫だ」
囁くように言われたその言葉は、ロディにとって初めて言われたようなものだった。何が、とも彼女は言わなかったが、サングラス越しの視線が、暖かく柔らかなもののように思えて、ロディは胸元がふわりと明るく梳いたような感覚に襲われる。そうして、ふたりでサーフ村まで歩いた。
サーフ村に着いてから、共謀して何かしでかされたら堪らないと、ロディはニコレットと別々の場所に引き離された。ベッドが三つ並ぶ村長宅の二階で、ロディは村を見下ろした。彼女が外を歩いてやしないだろうかと見回してみたが、ちらりとも黒いコートのはためきは見えなくて、そっと目を外す。階段を降りれば、部屋で自分の話をしているのが耳に入って、ロディはその部屋の入口に立ち尽くした。
「……聞いていたな。身支度が済み次第、君はこの村から出ていってもらうことにする。金輪際この村には近付かないでくれ」
ロディはこくりと頷き、扉を開けて村長宅から出た。それを見詰める村人の目が、恐れと怒りを孕んだものであることに、ロディは心が沈むような気持ちでいたが、諦めの方が勝っていた。
「ここから南に行った方角に、アーデルハイド城下町がある。渡り鳥にとって、こんな寒村よりもずっと仕事のしやすい場所だろう」
ロディは軽い会釈だけを返して、村の出入口に歩を進める。刹那、がこん、というものの外れるような音と、そのまま鉄の板を踏む音がして、ロディは振り返った。
「待ってくれ!!」
家屋の屋根から、黒いコートが跳んだ。そのまま両足で地面に着地して、呻き声をあげる。
「うぅ、足が痺れ……、一緒に、行こう。アーデルハイドだろう?」
「……ど、」
どうして、という言葉は、言葉にならなかった。ころりと零れ落ち、地面へと転がるそれを、彼女はすくい上げるようにして、肩を竦める。
「こんなことを言うの小っ恥ずかしいんだが、そうだな。きみを、ひとりにしておけないと思ったからさ」
だから、一緒に行こう。彼女が差し出す革手袋に包まれた手を見て、ロディは鼻の奥がつんと痛んだ。
「おれが、怖くないの?」
「きみの力は凄まじいものだが、私とてARMを使う。それにきみ自身は、心優しい少年だよ」
ロディは、彼女と彼女の手を交互に見て、それからおずおずとその手を握った。手袋の革がぎゅうと擦れて音を鳴らし、思いのほか強い力で握られたと思えば、それをぐいと引っ張られた。
「さ、行こう! 浪漫に溢れたさすらいの旅だ!」
悪戯っぽく笑ってそう言った彼女に、やはり子供っぽい人だと思いながら、ロディはそのことに救われたような気持ちだった。風が砂埃を舞いあげて、黒いコートを揺らしていた。
感想評価も大変モチベになりますが二次創作が増えるともっとモチベになりますので増えてくださいなんでもしますから(何でもするとは言ってない)