荒野に祈る。   作:四角系

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10.「港町ティムニー」

「やれやれ、驚いたな。昼間の砂漠で幽霊と戦わされるだなんて」

「でも、水晶の花は無事に手に入りましたね!」

 綺麗、と言って、陽の光を受けてきらきらと乱反射する花弁を携えた美しい花を、セシリアが持ち上げた。

「では、船長のところへ戻りましょう」

 ああ、と頷いて、砂漠の砂を踏みしめる。海岸を隔てた向こうに、大きな港町が見えた。

 

 

 話は数刻前に巻き戻る。

 エルゥの祠を抜けた時、つんと刺すような潮のにおいがした。ニコレットのワープ酔いが収まってから、海沿いに建てられた町へ向かう。大きな商船が何隻も停泊し、中でも一際目立つ大きな帆船が、ここからでもよく見える。

「さて、着いたな。ここが港町ティムニーだ」

「活気のある町だなあ。そういう時期なのかな、商船が多いね」

 往来は人と渡り鳥で賑わい、あちらこちらで魚市場の呼び声が響く。とりあえずまずは宿屋だと、荷物を持って再び歩き出した。

 

「なあ、あんた……センチでデカダンな海の男の身の上話、聞いてくれないかい?」

 マリンのシャツの男に船長と呼ばれていた背の低い男は、思い詰めた表情でそう提案してきた。守護獣の石像を拾ってからいい事がひとつも起こってない、と嘆くその様相に、セシリアが「封印の石像でしょうか」と推察をする。

「まあ……そうでないとしても、話くらいは聞くだけ聞いてやろうぜ」

「ありがてえな、兄ちゃん。……で、だ。あんたら、『水晶の花』って知ってるかい?……この辺の船乗り連中の習わしでな、とある儀式にゃ必要不可欠なんだよ、それが」

 そのとある儀式ってのは、と男が溜める。

「結婚式、だ」

「ご結婚なされるのですか? おめでとうございます!」

「いやあ、そのお、そこら辺が諸々複雑怪奇でな……。とにかくすぐに、その水晶の花ってのが必要なんだが、それを持ってるファントムっつう砂漠の化物が恐ろしくて、いけねえのさ」

 まったく、ツイてねえと嘆く男を他所に、一行は顔を寄せあって声を落とす。

「どうする? このままじゃまた変な依頼吹っ掛けられそうだよ」

「でも、もしもこの方が仰る守護獣の石像が最後の封印なら、またとないチャンスでは?」

「水晶の花っていうのを持ってくれば石像に接触させてくれるかもしれないね。」

 決まりだと、ザックがしたり顔で男に話しかける。

「じゃあ、俺たちがその水晶の花ってのを取ってきてやるよ。」

「なにッ!? 兄ちゃん達、そんなに腕が立つのかい? ……ちなみにいくらぐらいで?」

「そうだなあ、五〇〇〇ギャラって言いたいところだけど、オマケにマケて三〇〇〇ギャラってとこかな。代わりに、オイラたちにその守護獣の石像ってやつを見せてほしいんだけど」

「おうおう、そのぐらいお安い御用だぜ! でもよ、気を付けろよ兄ちゃん達。砂漠の怪物は恐ろしいぞ、あそこで何人も渡り鳥が行方不明になってる。」

 十二分に気を付けるさ、とザックは立ち上がり、兎にも角にも先ず準備だと、各々散り散りになった。

 

 この町にもあるらしいARM工房へ向かう道すがら、隣を歩いていたロディが、ふと立ち止まった。どうしたんだい、と声をかければ、ぱっと振り向き首を振る。

「いや、──水晶の花って、綺麗なんだろうな、と思って」

 視線の先には、屋台に並べられたアクセサリーがあった。どれも花の形に加工した透明な石をモチーフに、商品名には『水晶の花』と銘打たれている。

「水晶の花の簪に水晶の花の指輪、水晶の花のネックレス……水晶の花のレプリカなんてのもあるな。ロマンチックな工芸品だね」

「ニコレットは、どういうのが好き? ……その、アクセサリーとして付けるなら」

 ニコレットは顎に手を当てて、ふむ、と唸る。数秒の沈黙の後、「そもそもアクセサリーの類をあまり付けないな」と言った。

「嫌いではないんだが、自分につけるという発想がなかった。小さな頃は父との二人旅で、あまりそういう話をしたこともなかったし、思春期の頃は既に一人旅で、正直それどころじゃなくて」

 だから、今の今までこんなナリさ、とニコレットは肩を竦め笑う。ロディはそれに相槌を返し、屋台を見渡すと、ふと、隅の方に纏まって置かれた、真珠の髪飾りのひとつが目に入る。店側としてはあまり推して売られていないらしいそれを手に取って、値札を見れば、看板商品の十分の一程度の値段が記されている。あまり工芸やアクセサリーの知識はないが、精巧で美しいものだと思ったロディは、屋台の店主にそれを差し出して、買う旨のことを伝えた。

 店主は品物にサービスのラッピングをして、それと金銭を交換し、ロディは渡された髪飾りを、大事なもののように抱える。

「何か買ったのかい?」

「ニコレットに、……似合うかと思って」

 ロディは、ラッピングされた髪飾りを、そっとニコレットに差し出した。ニコレットは一瞬驚いて、差し出された髪飾りを受け取る。

「ロディ、ありがとう。でもいいのかい? 旅は何かと入り用だろう」

「いいんだ、五〇〇〇ギャラも立て替えてもらったし、その……安物で、ごめん」

「まさか、そんな! 本当に嬉しいよ、ありがとう。大切にする」

 ここぞって時に使ってもいいかい、壊したくないんだ、と言うニコレットに、ロディはこくりと頷いた。ロディと同じように両手でそれを持ったニコレットは、幾度も髪飾りを見て、心底嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 ファントムを斃し水晶の花を手に入れた一行は、宿屋で待つ船長の元へと急いだ。戻る頃は陽が暮れかけて、太陽が水平線の向こうへと沈んでいく最中だった。

「という訳で、水晶の花だよ、バーソロミュー船長」

「おおっ、こいつがその……! いやあしかし、まさか本当にあのファントムをやっちまうとはな!」

 三〇〇〇ギャラを取っ払いで支払ったバーソロミューは、夕暮れの光に照らされながら瞬く水晶の花に魅入られている。だが、不意に足音を響かせながら入ってきた数名の若者を見て、あからさまに顔を歪めた。

 

「よお、バーソロミュー。いつ見ても可笑しいな、御伽噺のドワーフみたいでよ」

 取り巻きを引き連れたその男は愉悦を頬に滲ませ、バーソロミューを見下ろしている。バーソロミューは負けじと男を睨み上げ、ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「いい所に来たな、ドレッグ。今日の俺は機嫌がいいからな、特別に水晶の花でも拝ましてやろうか?」

「ハハ! 勘違いするなよバーソロミュー、水晶の花があっても、相手がいなきゃ婚約の儀は成立しねぇんだぞッ!

 婚約者をどうやって調達するつもりだ? そいつは現行法規に抵触する、剣呑極まる手段じゃないだろうな?」

「なにッ!? 何処を見てやがる、お前の目はタコツボか!? ──相手ならここにいるだろうが!!」

 そう言ってバーソロミューが咄嗟に掴んだのは、偶然セシリアより前に立ちバーソロミューの隣にいた、ニコレットだった。

 

「……ん? えっ私?」

「オイオイオイ、特殊性癖のお前が選ぶにしちゃオトナすぎるし、なんか胡散臭いじゃねえの。ちょっと心配になってきたぞ、結婚詐欺じゃねえか?」

「失礼なことを言うなッ! 彼女とは──毎晩のように海の男の夢について語らってるんだッ! なあ──ええと──」

「──そうだね、ダーリン。子供はスポーツサークル作れるくらい欲しいって言ってたものね?」

 そうそう、とコクコク頷くバーソロミューを他所に、ザックが後ろで吹き出し、声を抑えて笑っている。

 

「──まあ、いいか。詐欺だったらそれはそれで面白──ゴホン、とにかく、めでたいことは早い方がいい。明日にでも式を挙げようじゃねえかッ!」

 ドレッグとその取り巻き達は、ゲラゲラと笑いながら宿屋を出ていく。その姿が見えなくなった途端、バーソロミューは頭を抱えて蹲り、「ノリにノってる俺ってばどうしていつもこう……」とぶつぶつと呟きながら、深い後悔に浸っているようだった。

「いやあ、しかし、思わずノってしまったわけだけれど、どうしようか?」

「──本当ですッ! どうなさるのですか!? 大切な使命の最中ですのに!」

「まあまあ姫さん、これも旅の中の息抜きだぜ。ずっと気ィ張っとくわけにもいかないだろ?」

「けれど、こんな──ニコレットさんを生贄にするみたいに! あんまりではありませんかッ! 今からでもわたしが代わりに──」

「だ、駄目だそれは! ああも大々的に宣言しちゃあ、今更婚約者変えましたなんて言って、どうなることかッ!」

「まあ、結婚式って言っても、明日で終わるんだろ? それでパパっとやってパパっと終いにすりゃいいじゃねえか、実際に籍入れるでもなし」

「私は別に構わないけれどね。うっかりノってしまった責任はあるし」

 やるとするならすぐ準備だ、とバーソロミューは立ち上がり、ニコレットを振り返る。

 

「すまんな、こんなことに巻き込んじまって言うのもなんだが、船の上での結婚式には厳しいしきたりがあって、それだけは守らなきゃいかん。今からでも船に乗って、結婚式に備えて、付け焼き刃でもいいから一通り覚えて欲しいんだ」

 わかった、とニコレットは頷いた。夜の帳はすっかり港町を覆い、灯台の眩しさが海を照らしている。ふたつの月は、沈黙を守り、それらをただ見下ろしていた。

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