荒野に祈る。   作:四角系

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11.「偽装結婚式」

「しっかし……ロディ、本当に良かったのか?」

「え、」

「だってお前さん、アレだろ……」

ザックの言わんとすることが分かったロディは、慌てて首を横に振る。

「違うよ! そういうのじゃないんだ、本当に……」

船が波で揺れるのをものともせず、船員は慌ただしく結婚式の飾り付けやら何やらに走り回っている。通りすがりの船員から、暇ならあんたらも手伝ってくれと、箱に入れられた荷物を押し付けられたばかりであった。

「なら、どういう関係なんだ?」

そう尋ねられて、ロディはサーフ村でのことを思い出す。そういえば、何故旅をしていたのか、何故自分に着いてきたのか、そういう話を聞いたことは無かった。渡り鳥に対する余計な詮索はトラブルの元だということを、ロディは知っている。だから、それを尋ねようと思ったこともないが、彼女にとっては見ず知らずの他人である自分に、何故着いてきてくれるのだろうか。

黙りこくったロディを見兼ねてか、ザックはそれ以上何も聞いてくることはなく、「これ、とっとと運んじまおうぜ」と言った。

 

 

「ニコレットさ、本当によかったの?」

「良くはないんじゃないか。自分でもわかるぞ、猛烈に似合ってない」

「いや、まあ、それは、うん……」

仕立て屋の男がそうは言ってもですねえ、と言い訳じみた声をあげる。ニコレットはウエディングドレスの裾を摘み、その先にふんわりとした白いフリルがたっぷりと縫い付けられているのを見て、げんなりとした。

「今日明日で仕立てろってなると、今あるものをお姉さんの身長に合わせるしか無かったんですよ。そりゃあ、あたしだってお姉さんに似合うドレスに仕立てたかったですよ。悔しいったらありゃしない……」

おまけに、サングラスは外せないときた。真っ白なドレスにキャメル色のそれがひどく浮いて見える。大急ぎで仕立て直したにしても、継ぎ目が分からないほど丁寧に縫われたそれは、職人の腕が光る業物であることは、言わずともわかった。

「なあハンペン、偽装結婚式とはいえ、他の男からの贈り物を付けるのはやめておいた方がいいと思うかい?」

「それ、ロディからの?」

頷いたニコレットの手の中には、未だ包装を解いていない髪飾りが、そのまま鎮座している。ハンペンは「やめといた方がいいんじゃない」と忠告し、ニコレットはそれに素直に従って、髪飾りをギターケースの中に仕舞った。

 

「それで、さ。ロディの話だけど」

「うん? なんだい、ハンペン。」

「本当によかったの? ……本当は気付いてるよね?」

神妙な顔で鼠が語る可笑しさに、思わずニコレットは笑いが洩れる。笑い事じゃないよ、とぶすくれた顔でハンペンがぼやき、ニコレットはそれに「ごめん」とだけ謝罪した。

「気付いているかと問われると、それは間違いだと言わざるを得ないな。私もロディも、互いをそういう風には思っていないよ」

「じゃあ、なんで旅に着いて歩くのさ。ロディにも言えることだけど、この旅についてくる理由なんて、殆どないでしょ?」

「──そうだね。私はこの旅に、なんの使命も意志もない。──けれど、あの子は光だ」

 

光? と呟いたハンペンに、そうだと頷きながら、ニコレットはふっと微笑んだ。

「暗闇を知らない私の、小さな小さな光を──あの子が見るものを見て、あの子が識るものを識り、あの子が孤独から救われたのなら、……私も救われたような心地になる。そういう、酷いエゴさ。」

灰の目が、すうと細められる。自嘲するように囁かれたそれには、えも言われぬ暖かさが込められて、部屋にぽつりと転がった。

「……ニコレット、キミらってまさか……、」

「ARMを持った子供がどこでどんな扱いを受けるのか、想像がつかない訳じゃ無いだろう? けれどきっと、状況は違っていた。私は運良くここまで生きられたが、あの子はそうじゃない。──私は多分、私にしてもらいたかったことを、あの子にしているだけなのだろうね。」

ウエディングドレスを翻し、ニコレットは立ち上がった。本棚から婚礼の儀の作法について事細かに書かれた書物を数冊取り出して、ぱらぱらと読み進める。ハンペンは黙り込んで、その様子をじっと見ていたが、気付いた時には、部屋からいなくなっていた。

 

 

晴天の青空が、甲板の上に照りつけている。結局のところ夜遅くまで作法を詰め込んだものだから、目の下の隈が化粧とサングラスで隠せてよかったと、ニコレットは思った。女にしては広い肩幅と体躯がベールで少しでも誤魔化せますようにと祈りながら、手渡された赤と黄色のブーケを受け取る。

「ニコレットさん、大丈夫ですか……?」

「大丈夫だよ、セシリア。ありがとう」

何かあったらすぐ駆け付けますと、頼もしいお言葉を頂いたところで、偽装結婚式の始まりだ。招待客は極小数、ドレスコードも無し、ただ詰め込んだ作法を発揮するだけだ。身長差の激しい新婚夫婦の結婚式は、滞りなく進んでいく。

「──では、誓いの口づけを」

聖書を掲げた牧師が、仕上げと言わんばかりに声高々に宣言する。セシリアは後ろで慌て、口の形が「やりすぎです」と語った。ザックとハンペンは驚愕を露わにして、ロディは──よくわからない。ぼうっとこちらを見ているような気がする。

ドレッグとその取り巻きによる期待半分、揶揄い半分の視線に突き刺されながら、ニコレットはそっと腹を括る。立っ端の差が余りにもあったので、新婦はドレス姿のまま膝をついてしゃがみ込むと、新郎の顎をシルクの布に包まれた細い指で掬うようにして持ち上げた。あくまでも余裕を絶やさずに、ふっと微笑んでみせる。視線を遮るキャメル色の向こうで、月夜のような灰の目が細められているのが、バーソロミューには手に取るようにわかった。

(うおお──この二つの月は、俺を導くのかそれとも惑わすのか──ッ!?)

「いい加減にしろォッ!!」

 

突如、甲板に大声が響く。おいあれ、と指さした船員の視線の先には、バウスプリットの先端で太陽を背にしながら立つ、何者かの影があった。朱色のマフラーが風にはためいている。

「手柄を掻っ攫いに出張ってみれば、人前でチューを試みるふたりとそれに群がる出歯亀小隊……。何時からファルガイアはそんな破廉恥ニンゲンで溢れかえってしまったのかあッ!?」

こちらに人差し指を突き出した第三者は、その指で自身を指さした。

「風紀委員気分のオレの名は、ゼットッ! マザーの封印、そいつをかいほ──うおわぁッ!? 名乗り口上も挙げぬうちから狙い撃つとは、ニンゲン、卑怯だぞッ!」

「いやあ、撃ちやすい位置にいたものだから、つい」

「──武器を抜けッ! あんなナリだがあいつ、魔族だッ! 認めたくはないが……」

「というか、ニコレットさんはどこから武器を……?」

「ドレスのスカートだよ。決まってるだろう?」

なんでスカートにスナイパーライフル仕込んでたんだろう、というハンペンの言葉は、戦闘音の中に掻き消された。

 

「ちょッ────待てよッ、タンマだッ!」

戦闘の最中、突如として大声で叫んだゼットは、戦闘の意思がないことを一行にアピールするように、両手を天高く挙げる。

「どうしてそっちばかりズラッと並んでるんだ? こっちは世界にひとりぼっちなんだぜッ!? 何かの間違いでオレがおっ死んで『人気者、都会で孤独死』なんて報道されたらお前らだって後味──どわあぁッ!? だから撃つなってッ!」

「今のは威嚇射撃ってやつだ。わかったら退くといい」

「くっそォ、せめて台詞くらい全部言わせてくれたっていいじゃねえか切ないやつだな……この一戦はノーカンにしといてやるぜッ! 次こそが、オレたちが出逢うべき運命だからなッ! ──とおッ! 華麗なる戦術的撤退!」

ざばん、という水に人ひとり分が落ちる音が聞こえた後、奇妙な沈黙に包まれる。新手の精神攻撃、と呟いたハンペンの声が、妙に響いて思えた。

 

「──こっちにも何か出たあッ!」

ドレッグと船員が、慌てたように甲板の反対側から飛び出して、盛大に転けていた。次から次へと、とザックは悪態をつき、甲板の上を走り出す。

守護獣を象った石像の前に、大鎌を掲げた魔族の姿があった。それは振り向きもせずに「来たか」と呟く。

「やはり、道化は所詮道化──時間稼ぎにもならぬようだが、あたしの手を煩わせるのは、まだ早い」

「さっきの襲撃は囮だったのですね……ッ!?」

ザックが飛び出して、太刀を振り抜く──しかし直後、金属のぶつかり合う甲高い音がして、ザックの俊速の太刀すら受け止められる。ハンペンが驚愕の声を挙げた。

「ザックの反応速度と互角──ッ!? いや、後の先、つまりは更に上を行く反応速度……ッ! ──あれは、形こそ違えど『早撃ち』だ……!」

ニコレットの『目』を持ってしても、捉えられるかぎりぎりのところだった。ザックが吹き飛ばされ、ニコレットの足元に転がる。魔族はほう、と感心に似た声を洩らした。

「あんたも高速剣の使い手とはね。──でもそんな曇った太刀筋じゃ、あたしの影すら斬れないよ」

「……女に剣を説かれるのは慣れている……ッ! ──だが、それができるのは──」

ザックは立ち上がり、鋭い目付きで魔族を睨み上げた。

 

「──ならば聞くぜッ! お前の刃なら、何が斬れるッ!?」

魔族はそれに答えず、鎌を片手で振り下ろし、目にも止まらぬ早さで幾度も斬り付けた。がら、という石の音と共に、守護獣像が崩れ落ちる。

 

「──死に往く者はただひと時、あたしの胸にて夢を見る──だけどあんたには、このレディ・ハーケンの胸で眠る資格すらないッ!」

雌雄を決したくば、アークティカ領へ来い。魔族──レディ・ハーケンは、鎌の先端をザックへと指す。そして、瞬きのうちに消え去っていた。

 

壊れた守護獣像から光が溢れ出し、セシリアへと集まる。セシリアはそれを掻き抱くように抱きしめると、「魔族の居城を目指しましょう」と、静かな声で言い放った。

「マザーが目覚めても……折れぬ心と折れぬ牙を、俯かない瞳を──これで終わりなどではないということを、守護獣は示してくれています」




お姉さんの方が感情が激重なおねショタ、僕ぁ好きです。
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