荒野に祈る。   作:四角系

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12.「船の墓場ヤード」

「今回の一件、あれやこれやとすまなかったな」

 お前たちは心のアミーゴだ、と快活に笑うバーソロミューは、追加の報酬の五〇〇〇ギャラと、幾つかの取引用のアイテムを手渡してくれた。

「……本当に色々と世話になったからな。なんとか力になってやりたいのは山々なんだが、俺の船をアークティカまで貸すってのは難しいんだ。俺の船で行く仕事の予定が幾つか立て込んじまってる」

 バーソロミューはそう言うと、顎に手を当てて暫く考え込んだ後、やはり首を横に振った。

「お前さんたちも大事だが、こう見えて古風な性分でな。俺の仕事と俺を信じてくれてる人がいる以上、そっちを大事にしたい。」

「無理を言ったのはこっちだ。タイミングが合えばいつかアテにさせてもらうさ」

「──いや待て、船ならティムニーで探すだけじゃないんだ。サンドリバーを抜けた先、しけちゃいるが波止場がある。そこならあるいは、船が停泊してるかもしれん」

 バーソロミューは一行の地図を手渡すように言うと、地図に波止場の場所を書き記した。

 

「ああ、あと、そうだ。こいつもオマケだ」

「あら? これは……?」

「なんでも、動物と話せる杖らしい。俺たちの誰も魔法に明るくなかったから使い方もわからずじまいだが、お嬢ちゃんなら使いこなせるかもしれん。受け取ってくれ」

「まあ、何から何まで気にかけてくださって、ありがとうございます。おかげで助かりました」

 明るく朗らかに笑ったバーソロミューは、海の男らしく豪快に、いいってことよ、また会おうぜ、と一行に笑いかけた。性癖は多少ねじ曲がっていれども、悪い男では無いのだろう。

 

 

 エルゥの祠を抜け、サンドリバーという名の洞窟を潜り抜ける。自分の知る限りあそこは行き止まりだった筈、と思うニコレットは、セシリアのステッキを用いて喋り出した白い猿に唖然とする。

「オレっちは、あの日より続くモノ──この身は想い出。過去から現在に続くモノ。

 想いを未来に繋いでくれるならば、オレっちの軌跡を辿るがいい。続く未来に繋いでみせよう」

 突如猿は回転し、洞窟の壁に穴が開く。猿はぽかんとした一行を置き去りに、洞窟の暗闇へ消えていった。

「猿に……タメ口以上を効かれてしまった……」

 呆然と呟くザックの言葉に、不思議なこともあるもんだなあ、とニコレットは思った。

 

 やけに嵩高い口振りの猿がいるサンドリバーを抜け、寂れた波止場である『船の墓場ヤード』に辿り着く。時間帯は既に夕暮れで、海に沈む太陽が光の帯を作っている。

「懐かしいなあ。殆ど変わってないな。少し家が増えたくらいかな?」

「ここに来たことが?」

「ああ……そうだね。十四の頃、ここから旅に出たんだ。たまたま来ていた商船に乗せてもらって、そこから色々な所に行った」

 そう言って、懐かしげに目を細めるニコレットから、ロディは目を逸らした。それ以上踏み込めない自分と、ザックに問われたことが、まだ耳に残っている。

 ────なら、どういう関係なんだ?

 

「ロディ、船を探そう。」

「あ、……うん」

 ニコレットに呼び掛けられて、ロディは顔を上げ、慌ててニコレットのあとを追い掛けた。ニコレットはロディが追い付くまで待って、また歩き始める。

「ザックとセシリアにも聞いてもらってるけど、内海を渡るような船は無さそうだ。」

「──ニコレット! ロディ!」

「おかえり、ザック、セシリア。何か進展はあったかい?」

「宿屋の女将さんに聞いたがよ、ダンって奴なら何か知ってるかもしれないってよ。」

 ダン? とニコレットが首を傾げる。聞いた事のない名だった。どうやら引退した渡り鳥だという。最近住み着いたのかもね、とハンペンが言った。

 

「フム……。手掛かりも大して無さそうだな。ダンに会いに行こうか」

 告げられた場所に向かうと、掘っ建て小屋のような小さな家がある。地面にほど低い位置に玄関がある、と思い、その理由は家に入ってすぐに推察が着いた。向かいのベッドに座る男の脇には、壁に立てかけられた杖があった。

「渡り鳥、ですかな?」

「ああ。宿屋の女将から話を聞いてね。内海を渡りたいんだが、何か知らないか?」

「フム……内海を渡る船ですか。商船など来れば、もしかすると乗せてもらえるかもしれませんが、直ぐにとなると厳しいでしょうね。何分ここ暫くは、不穏な噂が後を絶たないものですから」

「不穏な噂?」

 あくまで噂ですよ、と念押ししたダンは、悪くしたのであろう足を擦りながら語る。

 

「魔獣の船、だそうですよ。あたりに濃い霧が立ち込めたと思えば、巨大な船が現れて、商船を襲っては消えていくのだそうです」

「ふーむ、なるほどね。気になる噂だけど、海の上の話じゃあ、私達にはどうにもできないな」

「では、船が来るまでここで立ち往生でしょうか?」

 そうなるかもな、とザックが頷いている横で、ダンは逡巡したような様相を見せると、あの、と一行に声をかける。

「渡り鳥なのでしたら、私の依頼を受けて頂きたいのです。」

「依頼?」

「はい、──とある遺跡より、私が見捨てた妻の遺品を、取り戻して欲しいのです。『幻燈荘園』という、ヤードから南東の方角にある遺跡です」

 悔いる様子で俯いたダンは、ぽつりぽつりと事情を語り始めた。

「──あの頃の私は、渡り鳥として名を上げようと躍起になっていました。そこで目を付けたのが、この地方に伝わる剣の逸話……『ガーディアンブレード』です。

 危険に身を晒すことが勇気であると信じていた若さが、私達をあの遺跡へと駆り立てたのです。けれど『幻燈荘園』に、ガーディアンブレードはなく……妻は、そこで消息を絶ちました。

 改めてお願いします。妻の形見のブレスレット……彼女がいたという証を、手に入れてきてほしいのです。妻を見捨てた愚かな男の依頼ですが、どうか……」

 声を震わせるダンを前に、どうする、とザックが目配せをした。ロディがそんなダンの様子を見て、一も二もなく頷く。

「ほ……本当、ですか? そんな、ありがとう、感謝してもしきれません……!」

「まあ、こうなる予感はしてたんだよな」

「ごめん、皆……放っておけなくて……」

「いいじゃないか、どちらにせよ船が来るまで待ちぼうけなんだ。人助けの一つや二つ、報酬を合わせれば得だ」

 陽も暮れてきたということで、準備を整えて、明日の朝出発する手筈となった。

 

 

 びゅう、と打ち付ける風が頬に当たり、髪を舞い上げる。幻覚の類でしょうかと、セシリアが震える声で呟いた。遥か上空の遺跡から空を見下ろしている、という、酷く奇妙な状況に陥っていることは、言わずともわかった。

「さあ、……よくわからないな。眩しすぎる」

「光の守護獣ですから、ニコレットさんとの相性はあまり良くないのかもしれませんね……」

「壁の偽装なんかは見えるから大丈夫だ。ほどほどに気を付けるさ」

「幻覚だろうと本物だろうと、落ちたらろくでもないことは確かだろうね。気をつけて進もう」

 

 高く不安定な足場に時折悲鳴をあげながら、一行は進む。人が踏み入った形跡は長らくなかったようで、遺跡の内部はやはり魔獣が闊歩していた。

 光の守護獣相手とはいえ、幻覚や偽装の相手はお手の物だ。それなりにスムーズに最奥へと辿り着き、一際巨大な虫の姿をした魔獣を相手取る。体表の隙間にきらりと光るものを見つけ、それに目を凝らす。複雑な意匠の施されたブレスレットだ。

 そこを撃ち抜かないように気を付けながら、セシリアの魔法の隙を縫うように援護射撃を叩き込めば、度重なる猛攻で息も絶え絶えになっていた魔獣は、大きく震えて倒れ伏した。ロディがブレスレットの挟まった体にナイフを差し込んで切り開き、ブレスレットを回収する。

「これは、あの人に返させてもらうよ」

 

 

「これは……! 間違いなく妻のブレスレットです! ……よくぞ、幻燈荘園より持ち帰ってくれましたッ! ありがとうございます……!」

 妻のブレスレットを震える手で受け取り、それを両手で握り込むようにして俯いたダンは、しばらくすると顔を上げ、杖の横に立て掛けられた剣を指す。

「報酬に、あの剣を持っていってください。古いものですが業物なので、売ればそれなりの額になるでしょう。それくらいしかできず、申し訳ない……」

「いえ、そんな……」

「……辿り着いた場所で自分の弱さを思い知る事になろうとは、あの頃の私は想像もしなかったのです。誰しも無意味に力を振るう事を勇気であると錯覚しがちです。……けれど、本当に守りたいモノの為に……今の自分を越える為に振るう力こそ、真に勇気と呼べるのではないだろうかと、私は思います。」

 あの頃の私達が、勇気と無謀を取り違えなければ、こんなことにはならなかったかもしれません。手の中のブレスレットを見つめながら、ダンは呟くようにそう言った。ザックはふと、何かを言いたげに口を開けたが、結局なにも言わずに閉口した。

 

 その日の晩は新月だった。ふたつの月が重なって、星の影に隠れている。夕暮れの美しい寂れた波止場は、灯りが無ければ黒いインクを塗りたくったような暗黒に包まれて、宿屋の窓から僅かに漏れる小さな灯りしか、浜辺を照らすものは無い。

 誰も彼もが寝静まった晩、ザックは一人、夜の潮風に吹かれながらそこにいた。手には空になった安酒の瓶を持ち、最後に注いだグラスの中の酒を飲み干して、ぼうっと黒い海を眺めている。

「やあ、晩酌かい。呼んでくれればいいのに」

 不意に声をかけられて、サングラスを外したニコレットが、持参したらしい酒瓶を手に歩み寄ってきていた。ザックが無言で空になったグラスを突き出せば、ニコレットは苦笑して、酒瓶のコルクを開けてザックのグラスに琥珀色の酒を注ぐ。

 

「そういえば、誤解は解けたかい」

「誤解?」

「詐欺師云々の話さ。そもそもどうして私が詐欺師なんて噂が広まったんだろうね?」

「それはお前、お高いスーツとコートなんか着て渡り鳥名乗るやつがあるかよ。良くて商談帰りの商人だ」

「ふむ……なるほどね。一理あるな」

 つんと刺すようなアルコールのにおいが、海から吹く風で掻き消される。口に含んだ酒は、思っていたよりもきつく、高い酒ではあるのだろうが、ザックは正直あまり好みではないな、と思う。

「噂自体は半分も信じちゃいなかったさ。尾ひれはひれ付きまくって、ぶっ飛んだのもいくつかあったからな。俺が知ってたのは、真っ黒で上質なスーツ着て、渡り鳥名乗ってる楽器ケース背負ったサングラスの女には気を付けろってだけだ──でもアーデルハイドの城で会った時、あんたはモノ知らなさそうなガキ二人侍らせてる、やばい女だと思った」

「へえ、なるほどね。」

 それからは、二人ともしばらく無言だった。グラスの中身を飲み干して、宿に戻るかとザックがニコレットを振り返った時、灰の目が光もないのにきらりと瞬いたような気がして、ザックは首を傾げる。

 

「何か、悩み事でもあるんだろう」

 話してごらんよ、と唇の端を釣り上げた女の顔は、腹に一物も二物も抱えたような面をして、その実ただのお人好しであろうことは、短いながらも旅をした間に自ずと知れたことだった。ザックは短く「ねえよ」とだけ返答し、女は残念そうに、そうかい、と返す。

「勇気だの無謀だの、そんなの知ったことじゃない。俺は俺の道を進むし、それを邪魔するやつがいたら、たたっ斬るだけだ」

「──きみは、繊細なんだな」

「はあ?」

 自分とはまるで真逆の言葉を投げかけられ、ザックは耳を疑った。風の音がびゅうびゅうと耳元で切れているのに、どうにもニコレットの声はよく耳に届く。

「きみは意志の強い男だ。それと同時に、己の立場に強く責任を抱いている。意志が強いが故に──誰かに傷付けられた? 誰かを、あるいは何かを、守れなかったのかい?」

「──やめろッ!」

 月の色の目がぱちりと瞬きをした。蛇に睨まれているかのような居心地の悪さだ。

「迷っているんだろう。何をするのが正解か。力を持ってして、何を振るうべきなのか」

「……あんた、本当に詐欺師じゃないんだろうな」

「違うさ。よく『見て』いるだけだよ」

「なんで、そう思う」

 目を見返す。瞳孔は丸く、色は薄いが、普通の人間の目だ。望むものは全て見えるというその目は、果たして、どこまで遠くを見通せるのだろうか。

 

「きみは、食器の扱いが綺麗だ」

「は?」

「食べる時はナイフとフォークを使い分けるし、コップをテーブルに置く時は静かで丁寧だ。けれど生まれついて持っている癖じゃない。生まれはおそらく、言い方は悪いが──あまり良くなかった。けれどある時を境に、それを矯正せざるを得なくなった。どうだろう?」

 そう言って愉しげに小首を傾げる女に、ザックは言葉を返さなかった。舌打ちをひとつ打って、顔を背ける。答えを言っているようなものだった。

 

「俺には──あんたが時折、悪魔みたいに見える」

 そうかい、とわらうニコレットは、気を悪くした様子もなく、灯りの消えた宿屋を見て、そろそろ戻るかい、と言った。ザックはふと、バーソロミューの船で見た本の、二つの月の話を思い出す。

 旧い月は船を導き、新しい月は船を惑わす。月のような目を二つ持つ女は、何処に導こうとしているのか。導かれた先が、断崖絶壁の海の果てならば。

 

 その時はその時だと、ザックは首を振って、考えを打ち消した。

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