心地よい微睡みにぷかりと浮かんでいたところ、ゆさゆさと何かに揺さぶられる。
「ちょっと、ニコ! でっかい船が来てるよ」
「んぁ、……えッ?」
「えッ? じゃないわよ。昔っから寝起きはぼさっとしてるんだから、ホラ起きた起きたッ!」
アイマスクをずらし、サングラスをかける。目を開けると、幼少の頃世話になった宿屋の女将が、隣で眠るセシリアを起こしているところだった。ニコレットはベッドから降り、着替えてコートを羽織ると、宿屋から出て波止場へと向かう。
「お〜いッ! ニコレットさん、こっちこっち〜!」
「バーソロミュー! 一体どうしてここに?」
桟橋の向こうに大きな商船が停泊し、その前でバーソロミューが両手をぶんぶんと振っていた。暫くすれば起き出した一行が桟橋で集合する。皆一様に、突如現れたバーソロミューに驚いているようだった。
「いやはや、渡りに船とはこのことだな! 実はちょっと困ったことがあってな、お前さんらならまだここに居るんじゃねえかと思って、こうして馳せ参じたってワケだ!」
「……で、今度はどうしたのさ。また変な依頼ふっかけようってんじゃないよね?」
「まあまあ、そう言ってくれるなよ。今巷を賑わせてる幽霊船の騒ぎ、知ってるか?」
噂程度なら、と頷いたハンペンに、実はお前さんらに頼みたいことがあってな、と話を切り出す。
「この先の海域でな、幽霊船に出くわしちまったのさ。元々ここいらにはそういう幽霊船伝説はあったんだが、最近になってとうとう襲われたとか船が沈められたとか、そういう実害まで出始めちまってな。このままでは、安全な交易が行えないッ! 交易が廃れれば、人の暮らしに翳りは必至ッ! ──それはお前さんらにとってもマズいだろ?」
「ほお。で、その幽霊船を俺らに何とかしてくれってことか」
「その通りッ! 幽霊船伝説に引導を渡して欲しいってワケだ。引き受けてくれないか?」
引き受けるにしてもまずは報酬だよ、とハンペンが口を出す。ザックとセシリアは頷き、一斉にバーソロミューを見た。バーソロミューはううん、と唸り、考え込むような仕草をする。
「わたしたちはアークティカに向かって、内海を渡りたいのです。そのための船を探していることは、ご存知ですよね?」
「ううん……もちろん覚えてるよ、心のアミーゴの頼みだからな。……そうだな、お前さんらに頼りになるのもこれで二回目なんだ。ここで義理を欠いたら、海の男が廃るってもんだ。わかったッ! アークティカ領までお前さんらを船に乗せよう! 約束するッ!」
「まあ、ありがとうございます!」
「だが、それもこっちの依頼を解決してからで頼むぜ! ──兎に角、今は幽霊船騒動の準備だ! よろしく頼むぜ、アミーゴ達!」
霧が深まる。遮蔽物のない海の上でこうも視界が制限されると、得体の知れない恐怖が船乗りを襲うものだ。商船から降りて小舟をしばらく漕いでいると、濃霧の中から山のような巨大な影が姿を現す。
「……オバケの船もさもありなん。ありゃあ、まるで鉄の棺桶だな」
バーソロミューが呟いたように、それは鉄で造られた大きな船だった。単純なサイズで言えばバーソロミューの商船よりも大きいであろうそれは、目を凝らせば砲台や何かの兵器らしい鉄の残骸を甲板に転がして、静かに海に浮いている。
「大戦期時代の戦艦なのかな。動いてはいないみたいだけど……」
「登れそうな梯子がある。あそこから乗り込もう」
所々に錆が浮いてはいるものの、まだ形を保っている梯子に手をかけて登る。バーソロミューは一行に後ろから、「戻りたくなったらいつでも戻ってこいよ」と呼び掛けた。怯えを隠せていない表情だ。
内部に入り込むと、ふわり、と目の前を青白い火が通り過ぎた。見渡せば霧状の靄が人の顔のようなものを象り、物陰からこちらを伺っては消えていく。
「
「言ってる場合じゃないでしょ! 来るよ……!」
鎧を着た骨が一行に立ち塞がる。一筋縄ではいかなさそうだ。
結局のところ、幽霊たちを蹴散らして先へと進んでも、扉はうんともすんとも言わない。何か使えそうなものはないかと、唯一反応する扉を開けば、黒いまま灯の付かないモニターと、何かの制御盤のようなものに、トリガーの形をした部品がついている。
「これ、ARMみたいだ」
ロディがぽつりとそう言った。ものは試しとニコレットが触れてみるも、数秒の後手を離す。
「駄目だな、私では届かない。ロディ、やってみてくれ」
代わりにロディがトリガーに手を伸ばし、それに触れる。何かが繋がるような無音の音が体の中でするのは、ARMを使った時と同じ感覚だ。じきに船全体に響き渡るような重低音がすると、周囲のモニターが次々と点灯し、光を放っている。
「起動した──! そうか、この船全体が巨大なARMの塊なのか!」
「なんでロディに動かせて、ニコレットに動かせなかったんだ?届かなかった、とか何とか言ってたが」
「ARMは使用者の心と繋げて起動するんだ。それには天性の才が要る──私ではこの巨大なARMを動かすに至らなかったという話だね。」
「……でも、ロディの才能には正直驚いてる。オイラの知る限りじゃ、こんな複雑な機構に心を繋げられる人間なんて、どんな文献にも記されてないよ」
「お前、呑気そうな顔してるけど、実は天才とか、そういう類の人種だったのか?」
そうだとしても、とセシリアが窘めるように言った。
「天才でも特別でも、ロディはロディです。今更色眼鏡で見るなんて、感心しません」
ニコレットは、コイルの低い音を鳴らすモニターを、サングラスを外してじっと『見て』いた。瞳孔は縦に裂け、赤色の光がちらついている。集中しているようだった。ロディがニコレットの服の袖を引いて、どうしたの、と問いかければ、ニコレットはロディを振り返り、なんでもないと笑う。ロディもモニターを眺めてみたが、文字化けばかりでとても読めそうにない。
「──すこし、船酔いしたかもしれないな」
一通り部屋を探り終えたザックとハンペンが、行こう、と呼びかける。サングラスをかけ直したニコレットとロディが、部屋を出ていく三人を追いかけた。
ゴーストシップの親玉は、やはり巨大な幽霊だった。召喚された人魂は幽霊を強化し、セシリアの魔法の通りが悪くなる。有効な攻撃手段の効きが鈍くなるという事態に一行は苦戦を強いられるが、どうにか押し通した。
親玉のいなくなった船は、途端に崩壊を始める。道に立ち塞がる幽霊達はニコレットが撃ち抜き、物理攻撃が有効ではない相手はセシリアが魔法を行使した。大きな怪我もなく船を脱出した一行は、あぶくをあげて沈んでいく、鉄の塊を見送る。セシリアが手を組み、祈っていた。
「彷徨える魂に、どうか導きの救いがあらんことを──」
セシリアの祈りに呼応するように、船乗りは黙祷を捧げる。ロディ達も、同じようにした。
─────『──の目』プロジェクト
『──の目』は戦闘補助や夜間戦闘、偵察と狙撃を主にした遺伝子改造生物兵器。『ゴーレム』や『ホ∴※く──』等の兵器と同時併用するため、本能的にそれらを援護するプログラムを遺伝子に組み込む。
─────『──の目』の発達した視力は生物の領域を超えている。光に極端に反応する反面、透視や遠視、過去視、未来視のできる個体が確認された。また、子個体に『目』の遺伝が確認されずとも、孫個体に『目』の隔世遺伝する場合が確認された。
─────『──の目』が魔族の手に渡り解析される可能性を排除するため、『──の目』は心肺停止状態から48時間経過後、細胞が自壊するプログラムを組み込む。これによる稼働保証期間は30年間。
─────『──の目』プロジェクトの破棄を決定。