荒野に祈る。   作:四角系

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お久しぶりです。
このへんオリ主を介入させるところが見つからなくてつらい。


15.「聖森の塚」

「……荒野を割って、芽をふいて……たくさんの辛いことに耐えて咲いたお花は、美しさと同じくらい、強さを備えているんです」

 

 花が好きなんですね、と微笑むセシリアに対して、マリエルが返した言葉がそれだった。自身が弱いから、強さに憧れているのだという彼女は、花の芽吹きに感じる力強さに憧れて、花を育てているのだという。

 やがて、重鎮そうに棚の隅から銀色に輝く鋭い金属片のようなものを取り出して、胸の前に掲げた。見るからに鋭く、分厚い手袋を貫通してしまいそうなそれに、ハンペンはケガしないようにね、と忠告を洩らした。

「これは、兄の打ち損じた刃の破片です。刀鍛冶の兄が、たったひとつ、わたしに残したもの。──そして、この砕けた刃こそ、兄が犯した過ちそのもの。……わたしは、強くなりたい。兄の犯した過ちを、償えるほどに」

「……いくら妹とはいっても、その罪をきみが精算するべきだと思うほど、自分を追い詰めなくてもいいんじゃないか。こんな荒野でたった一人、罪とやらの償いのために花を咲かせているなんて、きみにしかできないことだ。きみは十分に強いよ」

 ニコレットの言葉を聞いて、マリエルは首をふるふると横に振る。

 

「わたし、強くなんかない……。……あの男の子たちのお父さんは、重い病気にかかっています。わたしはその病気を治す薬草を知っていながら、誰にも言えなかった、……あの子たちのお父さんが、……死、んでしまえば、わたしを虐める人がひとり、いなくなると、思ってしまったから、」

「それは、あんな扱いでは、仕方の無いことです! マリエルは悪くありません!」

「……それでも、やっぱりわたし、強くなんかないんです………」

 

 でも、今言えた、とロディが微笑んだ。マリエルは伏せていた顔をぱっと上げて、一度口を横に真一文字に結ぶと、自らの肩にそっと手を触れるセシリアと、ニコレットを見た。

「お願いが、あります。」

 

 

 南の森の薬草───仙草アルニムという薬草があれば、町長の病気は治せるというマリエルは、その南の森までの同行を申し出た。ここからそう遠くない距離とはいえ、獰猛な魔獣は出るし、そうでなくとも旅のプロである渡り鳥に着いて安全な住居を出るということは、場合によっては双方の負担になりかねない。しかしマリエルは、自分に支払えるだけの報酬は支払う、ヒールベリーや治療の手腕もそれなりにあるので、どうか一緒に行かせて欲しいと懇願した。その押しに負けて、一行はマリエルの同行を認め、南の森までの道程を、エルゥの少女と共に行くことにしたのだった。

 

 それにしても、とニコレットは思う。仙草アルニム、懐かしい響きだ。思い返してみれば自分とマリエルの出会いはその草がきっかけだった。

 内臓系が由来の重い病気を忽ちのうちに治してしまうという伝説のある仙草は、当時からその希少性故に商人たちに高値で取引されていた。群生地が不明であることと、伝説が現実的ではないことから、存在すら怪しいと噂されていたが、今現在でも捜している商人はいる。

 ニコレットは、それらとは別件で仙草を探していた。ロゼッタの町に立ち寄った時、エルゥの少女がはずれの森の中で暮らしているという話を聞いて、エルゥであれば知っているかもしれないと、彼女を尋ねたのだ。まだ十七の頃だった。

 

 

 南の森へは、想定より若干遅れながらも無事に辿り着いた。聖森の塚と名付けられていたその森に足を踏み入れば、穏やかで優しい森の空気が一行を包み込む。水音と風の音だけが木々の隙間を潜り抜けて響く静かな森だが、枝に留まっていた鳥が飛び去る音や、獣達の営みの気配がする。ファルガイアでは珍しく、魔獣に占拠されていない、美しい森だった。

 その一角で、見慣れない白い花が群生している場所を見付けると、マリエルがそれが仙草アルニムだと言った。その内の一輪を摘み取って立ち上がった時、森の入口から何者かが走り寄ってくる音と、二人分の子供の声が響く。

 

「こっそり後をつけてみれば、森の中にこんな遊び場を隠してやがったな!」

「ここはボクたちのモノにするッ! ゴラクシセツのジュージツは、チセイにツージルと聞いたことがあるぞッ!」

 森に群生した仙草を踏み抜こうと歩く二人の子供の前に、マリエルが立ち塞がった。どけよ、と恫喝する子供の前で、マリエルは頑なに退こうとはせず、花を守るように両手を広げた。

「これは、大切なお花なんです……! もう、虐めないでください……!」

「どけって言っただろ! 亜人は言葉もわからないのか?

 みんなと違う奴は、みんなの仲間にはなれないんだッ! ニンゲンとエルゥは相容れないんだよッ!」

 そう言ってマリエルを突き飛ばすと、後ろへよろけて転びそうになったマリエルを、ザックとニコレットが支える。そして、子供たちの前に繰り出たロディは、マリエルを突き飛ばした子供の頬を打った。

「──あんちゃんッ! ボク殴られたよッ!?」

「流れ者風情が町長の息子を殴るなんてッ! このことはダディに言い付けてやるからなッ!!」

 ロディは、殴った自分の手を信じられないといった様相で一瞬見詰めたものの、すぐにきっと子供二人を見る。その視線に怯んだ子供達に、ニコレットが投げかけた。

「この薬草はね。君たちの父親を治すために、マリエルが摘みに来たんだよ」

「それを、お前ら──……!」

 怒るザックを制して、セシリアがマリエルの肩を抱く。

「人間もエルゥも、ファルガイアにともに生きる仲間です! ───いいえ、例えこの星に生まれた命でなくとも、互いを思いやる心があれば、手を取って生きていけます」

 今は争っていても、いつか、きっと。

 願いのようなものが込められたそれを、子供たちは怪訝な目で見る。

「ワケわかんないこと言うなよッ! ニンゲンのレキシは争いのレキシなんだッ! 強いやつが弱いやつを従えて、何が悪い! お前たちだって戦うために力を振るってるじゃないかッ! 僕を殴ったその力は戦いの力だろッ!」

「違う、おれはマリエルのために──」

「うるさいッ! そんな力振るったくせに、『誰かのために』なんてムシのいいこと口にするんじゃねーよッ!」

 子供達はそう吐き捨てると、もういいと言わんばかりに踵を返して駆けていった。

 

 助け起こされたマリエルは、顔を悲しみに歪ませて俯く。

「もう大丈夫だからさ。強くなるって言ってただろ? だったら、俯いてばかりじゃダメだよ」

 慰めるようなハンペンの言葉に、マリエルは頷きをひとつ返すと、ロディの方へと歩み寄って、子供の頬を打った手をそっと握った。

「……わたし、どうすればいいのか、わからないのです。……あなたがこの手を痛めてくれたのに、あなたはこんなに優しいのに……優しくされたことがなくて、どう、応えていいのか、わからないのです……」

「……なら、この花を、町長に届けに行こう。優しさを受けたなら、誰かにその優しさを返せるほど、強くなればいいよ。」

 穏やかで優しいその言葉に、マリエルは一瞬の逡巡を見せ、ひとつ、こくりと頷いた。

「……これを、あの子たちのお父さんに、届けに行きます。……わたしも、お花たちのように、強くならなきゃいけないから……」

 ついてきてくれますか、と問いかけたマリエルに、一も二もなくニコレットが勿論だよ、と返した。次いでセシリアとザックも頷いて、マリエルがロディの顔を見た時、ロディも同じように頷き、マリエルは、胸に抱いた仙草を、手袋で覆われた手でそっと握り締めた。

 

 

 町長は、はじめこそ信用しなかったものの、最終的には説得に折れて、大人しく仙草を受け取った。煎じて飲めばすぐによくなりますから、と言って仙草を手渡したマリエルを複雑そうな面持ちで見詰めながら、時間をくれないか、とだけ言った。

「永きに渡る過ちを受け止めて、……正すだけの猶予を与えてもらえないか。」

 マリエルはそれに驚きを込めた目で見て、やがて何も言わずに頷いた。町長は小さく、ありがとう、と告げて、手渡された白い花を見つめていた。

 

「……根は、悪い人じゃあないんだろうけどね。如何せん狭すぎる価値観と思い込みの激しさが、トラブルの元になる」

「渡り鳥じゃねえんだ、そういうモンだろ。ひとつの町で生まれ育ったやつはひとつの町で見聞きした価値観でしか物事の縮尺を測れやしないし、町長ともなればその縮尺に責任が生まれるんだからよ」

「わお、ザックが珍しく頭良さそうなこと言っちゃって。それオイラが前に言ったことの受け売りだよね?」

 うるせー足短いくせに文句言うな、とザックとハンペンが軽口の応酬をしている最中、セシリアとロディはそれぞれ遠くを見ているようだった、ニコレットがどうしたんだい、と呼びかければ、双方思うところがあるといった顔で振り向いて、なんでもない、と首を振る。

 マリエルは、恩返しにと庭の一部を解放して、自分たちのために植物を育ててくれると約束した。ヒールベリーなどは今のファルガイアでは貴重品だ。ロゼッタの近くに立ち寄った時には是非、と告げて、マリエルは森へ歩き去っていく。

 

「さて──次はどこへ行こうか?」

「うーん、そうだなあ。またバーソロミュー船長に頼んで今後の予定とすり合わせを──」

「ここにいたのねッ!? 捜したんだから!」

 ロゼッタの街の入口で、階段の上から声をかけてくる誰かがいた。振り返れば、黄色のフリルドレスによく手入れされた金髪のウェーブが風に棚引いて、陽射しを受けてきらきらとしている。その後ろには執事調の男が立ち控えていた。

 

「ジェーン! なんだか久しぶりだね。元気だったかい?」

「親戚ヅラやめてって言ったでしょ! 今日は儲け話を持ってきただけなんだから──正直あんたたちに頼るのもシャクだけど、適材適所ってやつを考えたら消去法的にアンタたちしか候補に残らなかったのよ、感謝してよねッ!!」

「その主観と偏見にまみれた候補の一体どこに感謝しろって言うのさ?」

「それよりも──儲け話っつーのはどういう話だ?」

「コホンッ……単刀直入に言うと、あたしと組みなさい! お宝の探索に向かうわよッ!」

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