ヴォルカノントラップ。古代の罠が眠るその遺跡の最奥には、『ガーディアンブレード』と呼ばれる宝が眠っているのだという噂が、何故か最近になって広められるようになった。ヴォルカノントラップは「宝の道」と「力の道」の二手に別れた遺跡であり、双方を同時攻略しなくてはならない。ジェーンは戦力の分散を避けるために、少なくとも元・仕事仲間──ほんの一瞬の間柄ではあるが──の一行へと声をかけたのだ。
「……で、なんでオバサンがこっちについてくるわけ?」
「戦力の分散を避けるためなんだろう? 向こうは三人で、こっちも三人。これでピッタリだ」
「あんたは頭数に入ってないわよッ! なんで反対もされないわけ? 第一あんたとあたしたちじゃ戦闘スタイルが違うじゃない!」
「大丈夫、それなりに接敵するのも慣れているよ。ここ最近はずっとそれだ───やはりきみは私を知っているね?」
すぐ前をつかつかと歩いていたジェーンがくるりと振り返り、なんのこと、とつっけんどんに突き返した。マクダレンも立ち止まるが、口を挟むことはなく、やりとりをじっと見守っているようだった。
「初対面の時、私を詐欺師だと言っていたような気がして。」
「ニコレット・スティーブンと言えば詐欺で有名よ。懸賞首を主に狩ってる渡り鳥で、遺跡攻略はしないけど、まるで見てきたみたいにその遺跡について詳しく知ってて、いつも真っ黒なスーツとコートにサングラス。戦闘スタイルは隠密射撃でスーツに埃ひとつもつけないで依頼達成してくる、一人旅の女渡り鳥。だけど受けた依頼はちゃんとこなしてるから実は戦闘しないで他の下請けに任せて依頼料をせびってんじゃないかって言われるんじゃない」
「詳しいね、きみ。だけどあの時、私はフルネームで名乗ってはいなかったし、獲物を抜いてもいなかった。」
ジェーンは大きな溜息を吐いて、ニコレットに向き直ると、「その「してやったり!」みたいなカオ、キライ」と言って、ジェーンよりも頭みっつ分ほど高いニコレットの、サングラスに阻まれた目を睨みつけた。
「そうよ! だってパパの昔話にしょっちゅうあんたが出てくるんだもの、嫌でも覚えちゃうわ! ほとんどのARMを使いこなせただとか産まれたばかりの小ちゃいころのあたしを抱っこしたことがあるだとか、知らないオバサンの知らないエピソード話されたって興味もないってのに!」
「ニコラも大概過大評価が過ぎるな。思い出補正ってやつかな?」
「知らないわよそんなの!」
ジェーンはつかつかと遺跡の奥へ奥へと足早に歩み、マクダレンとニコレットが、その後ろをついて歩く。ニコレットと目が合ったマクダレンが、にこり、と小さく微笑んで、ニコレットもそれに微笑みを返した。
「ジェーン」
「なによ?」
「きみに会えてよかった」
「……あんたって常時そんなナンパくさいの? そういう趣味なら他を当たってよね、あのロディとかいう男の子とかセシリアとかいうお嬢様とか。お気に入りなんでしょ」
「うーん、よく言われるんだけど、そういうつもりじゃないんだ。それにザックとハンペンのことも好きだよ」
「素でそれなの? 無自覚で人を誑かしてるなんてタチ悪いわ! だから詐欺師って言われるのよ」
「それも言われたよ」
心の底から呆れた、といった様子のジェーンはまた溜息を吐いて、今度は何も返さずにつかつかと前に進んだ。
カン、カン、カン、と石壁をツルハシでひたすら叩く音が響く壁の前で、一行は立ち尽くしていた。
「──どうしようね、これ? 行き止まりみたいだし、向こうにはなんかいるし」
「こういう時、あいつが居りゃあな。ちょちょいのちょいで見てくれたのによ……ったく、あいつは俺たちの仲間だってのに、何だって向こうについて行ったんだ? 宝探しとかそんなタマか?」
「話したいことがあったんじゃないかな。それに……頼り倒しはよくないと思う」
「ロディの言う通りです! たまにはわたしたちだけで、なんとかしませんと!」
セシリアがやる気あるガッツポーズを見せたところで、不意に石壁を叩く音が止んだ。直後、爆発音のようなものが響き渡ると、忽ちのうちに壁は吹き飛んで、埃と光に塗れながら人影がこちらへと飛び込んでくる。
「───ッ! 誰だッ!」
「───ゼェェェーーーーーッッットッ!!!」
朱色のマフラーを謎の風によってはためかせ、ポーズを取った人影は、船の上で相見えたゼットという名の魔族。ポーズを解いて腕組みをし、びしりと直立したゼットは、つらつらと名乗り口上を並べ立てる。
「待ち侘びた人もッ! そうでない人もッ! そろそろ出るんじゃないかと踏んでた人にもッ! 等しく(自称)人気者の再登場ッ! 二回戦目のオレは一味違うぜ、二倍はもつと流言飛語の嵐が吹くぜッ! ──そろそろこの辺りで撃ち抜かれそうな予感がするんだがフリフリドレスの女はいないようだな! つまり今こそポイント稼ぎの勝機ってワケだッ!」
「なんのポイントだか知らねえが、簡単にポイント還元されてたまるかよッ! 先を急いでんだ、お引き取り願うぜッ!」
「ツレないこと言ってんじゃねーよッ! 今日こそ台詞を最後まで言えたんだからオレのリベンジマッチの時間だぜッ!」
各々は武器を構え、戦いへと向かっていく。これどういう空気なの、と困惑するハンペンと、ロディだけが取り残された。
「……見るからに怪しいっての」
「そうだねえ」
「ニコレット、あんた目がいいんでしょ。なんか分かったりしないの?」
「そうだねえ……」
テキトーな返事返してるでしょ、と言ったジェーンに苦笑いを返しながら、巨大な宝箱の周囲に設置された罠らしき鉄柱を眺めた。様式はケイジングタワーの鉄柱とよく似ていて、遺跡でよく見るエルゥの建築様式だ。こういうものは大抵、何らかのエネルギーの循環を司る機構であったりする。
ニコレットはサングラスを外して、エネルギーの流れを『見た』。吸収と、逆転。そういう作用のエネルギーが渦巻いて、ヴォルカノントラップ全体の機能を保ち続けている。
「……宝箱の中身は丸い宝玉みたいなものだね。このぐらいの、ボールくらいの大きさだ。……鉄柱は、この遺跡のエネルギー管理のためのコンデンサーだ。罠かどうかと問われると、ちょっとわからないかな。今のところそういう動きはないから、近付いたらわかるタイプのものかも」
「ふうん。初めて見たけど便利ね、その目。修行とかで身に付けられるものなの?」
「ううん、生まれつきのもので、光が強い場所は……──おや」
突如、鉄柱の先端に取り付けられた球体の部位が、紫電を纏ってエネルギーを別所に送り始めた。ニコレットはそのエネルギーの送り先を『見る』。
「……ベルセルク………、」
「え? 誰それ?」
「ジェーン。鉄柱を撃つんだ」
困惑するジェーンを他所に、見えた光景は魔族の一人と仲間たちが対峙しているその瞬間だった。ヴォルカノントラップを保ち続けているエネルギーは全てベルセルクへと送り込まれ、その力はより強く濃密なものへと移り代わってゆく。
「なんかわかんないんだけど、撃っちゃっていいのね?」
返事を返す前に、ジェーンは既に鉄柱へとARMをぶちかましていた。纏われていた紫電はいっそう激しく脈動し、送り出されていたエネルギーを逆に吸収し始める。その渦中にいたベルセルクの力が、濃密だったものから穴あきチーズのような穴だらけの薄いものになり、その巨体が大きくよろめいた。
そこを好機と見て、ザックが向かい、ロディが追撃する。セシリアはその二人のサポートに回り、隙があればライトニングを叩き込む。雷の光に目がずきりと痛み、そこで見るのを止めて、サングラスをかけ直した。
「ずいぶん撃つね……」
「撃っていいって言ったじゃない! それに、あんた達と会ってから、なーんかあたしのペース乱されちゃって、鬱憤溜まってたのよッ!」
「お嬢様、あまり壊しすぎると、この遺跡全体の機能そのものまで停止させかねません。程々が宜しいかと」
「そんなのわかってるわよッ! でもやめられないのよね、このむしゃくしゃ、晴らさでおくべきよッ!」
鉄柱にARMを何発も打ち込み、とうとう鉄柱がひとつ大きく傾いた。マクダレンとニコレットは、そもそも彼らを誘ったのはジェーンでは、と互いに思ったが、何も言わなかった。
「や……やったよッ!」
ハンペンのその言葉を合図にするようにして、ザックが飛び退いた。元いた場所にベルセルクの鉄球が降ってくるものの、それは勢いも重さもなく、地面を自重で抉るのみで、簡単に対処できる。
「……終わるかよ……ッ! 俺様の敗北などで幕を引いてたまるかッ! あの女に一撃も入れられないで、連中に嘲笑われたままで……ッ! この俺様が、辱められたままで終わるかよ……ッ!!」
ベルセルクはそう地団駄を踏むと、追い討ちをかけようとしたロディの銃弾は虚しく空を切った。ベルセルクは転移によってその姿を颯爽と消し去ってしまったからだ。
「逃がしたか……ッ!」
「だけど、退けられた……!」
「思わぬエラーはあったけどね。反応を見るにベルセルク本人も認知してなかった突然の故障かな……早いとこここも出た方がいいね。揺れが酷くなってきたよ」
ハンペンの言う通り、部屋の外ではエネルギーの供給のなくなった罠が剥き出しになって、その振動で遺跡全体が大きく揺れ始めていた。
「エルゥの遺跡がちょっと弄られた程度でエラーを起こすとも考えにくいし、ニコレットたちが何かしたのかもしれないね」
「ニコレットさんたち、無事でしょうか?」
「無事だろうよ。あのジェーンとかいうのも、マクダレンも、そう簡単に死ぬようなタマじゃねえ……っと、危ねぇッ!」
言葉の途中で誤作動によって唐突に放たれた罠を掻い潜り、遺跡の出口へと駆ける。ジェーン達もほぼ同時に別の部屋から飛び出して、その背後で扉は閉まり、扉の中から崩壊音が響いた。
「危ないところでしたね……」
全員がその言葉に無言の肯定を示した。ジェーンはちゃっかりと、小脇に赤い宝玉を抱え、ほくほく顔でそれをうっとりと見つめている。
直後、ロディとニコレットが反応した。ロディはジェーンを突き飛ばし、あわや倒れ込んできた柱の下敷きになろうかという時に、ニコレットはロディの襟首を掴んで勢いよく後ろへと引き下げ、その拍子に後ろへと頭から落ちかける。それを、咄嗟に
「──ロディッ! ニコレットさん、ジェーン! お怪我は──」
セシリアがそれ以上を言う前に、ジェーンがつかつかとロディへと歩み寄り、その頬を思い切りはたく。乾いた音が遺跡内に響き、叩かれた頬を押さえたロディは、ぽかんとした顔でジェーンを見詰めていた。
「あんたねぇッ! 誰かのために簡単に命を捨てるような真似、するんじゃないわよッ!! あたしがそういうことを頼んだのッ!? 第一あたしが死んだって宝が──」
「──お嬢様ッ!」
マクダレンは激昂するジェーンを諌め、鋭い声でその名を呼ぶ。ジェーンは肩を怒らせながらも黙り込み、ぎっとマクダレンを見た。
「どうか、そのようなことを仰られぬよう……宝などよりも、お嬢様が無事でいられることが、あの子らにとっても……」
「わかってるッ! わかってるから、その話はしないでッ!!」
「わかっているのでしたら、ロディ様に他に言うことがあるのではないですか?」
子供を優しく叱りつける親のような視線で、マクダレンはじっとジェーンを見た。怒り心頭だったジェーンはその視線にぐっと息を飲み、ゆっくりとロディに向き直る。
「……命はお金で買えないけど、世の中お金で買えるモノの方が沢山あるわ。そういう、目に見えるモノだけが真実じゃないことくらい、あたしにだってわかってる。──だけどね、目に見えないモノをただアテにしてたら、人は逃げることを覚えるわッ! 困難に向き合う覚悟を鈍らせるの!」
あたしは、強くならなきゃいけないんだから、とジェーンがぽつり呟いた。
「ニコレットとザックがいなきゃ、どうなってたのよあんたッ! 何でもかんでも世のため人のため命を投げ打ってたら、命が幾つあったって足りゃしないじゃないのッ! 他人じゃなくて自分を第一にしなさいよッ! でなきゃあたし──」
それだけ言うと、ジェーンは黙りこくった。ロディは何かを言おうとした口を閉口して、ひとつ、ジェーンに向かって頷くと、ジェーンは小脇に抱えていた赤い宝石を、押し付けるようにロディに差し出す。
「これ…………あげるわ。これくらいしか差し出せないけど、命を助けてくれたお礼。………ありがとう」
「──うん。ありがとう」
「バカッ! お礼にお礼返さなくってもいいのッ!」
とりあえずここを出ようよ、というハンペンの言葉に従って、一行はヴォルカノントラップを出た。直後、ニコレットはロディの肩を強く掴むと、上から下までじっくりと見る。
「───ロディ」
「う、うん」
「……よかった。肝が冷えたったら無いよ」
安心したように息を吐いて、ニコレットはロディの目線に合わせて屈み、ロディの顔を覗き込む。
「自分を犠牲にするなとは、言わないけれどね。それはきみのひとつの生き様だろうから。でもきみが自分を犠牲にしたことで、悲しむ人がいたことは、ちゃんと覚えておくんだ」
「──うん。……ごめんなさい」
「きみが、無事で良かった」
そう言い残して、ニコレットはロディの肩を励ますように軽く叩いて、立ち上がる。
「……なんか、
「まあ、そこがネックなんだけど、それに近くは、あるかもね……。」
ジェーンは首を傾げた。