「やあ、エマ! 元気だったかい?」
ひらひらと手を降れば、緑の髪を纏めた妙齢の女性がこちらを見遣り、「あら、ニコ。相変わらず胡散臭い見た目してるじゃない」と立ち上がった。
「それにしてもトラブルみたいだね」
「ええ、そうねえ。自分に関係ないトラブルだったらお金を払ってでも見たいもんだけど」
「姐さんッ! 大変です姐さん! 『リリティアの棺』で事故発生ですッ!」
エマと呼ばれた女性は額を抑えて天を仰ぎ、「自分の周辺で起きたトラブルのなんと心の痛むことか……」と呟いた。相変わらずだとニコレットは笑って、笑い事じゃないのよ、と睨まれた。
兎にも角にも、と、説明された状況によれば、地震の影響が強く崩壊した壁の向こうが魔獣の巣窟だったのだという。ロディは胸に罪悪感を憶え、俯く。
「聞いての通りよ。私の指揮してる発掘現場でトラブったみたいね。……ニコ、まだ渡り鳥やってるんでしょ? それにそっちの少年も、見たところ腕が立ちそうじゃない。遺跡の魔獣退治、引き受けてくれない?」
「成功報酬は?」
「取っ払いで5000ギャラ。悪くはないでしょ?」
「ふむ。どうする、ロディ?」
ニコレットはロディを見て尋ねる。ロディはその声でぱっと俯いていた顔を上げ、二人を交互に見て、おずおずと口を開いた。
「困ってるなら、受けます。その、おれのせいかもしれないから」
「……どういうこと?」
エマが眉根を寄せ、ニコレットが何かを言おうと口を開き、やめた。
「おれが……ARMを使った時、地震が起きたんです。おれのせいだって言われて、だから、そうなんじゃないかって……」
「……なんでも自分のせいにするのは殊勝なことだけど、思い上がりなのかもしれないわよ。そもそも、ARMだったらニコも使うじゃない。」
「そうだな。それに、あそこには私もいて、私もARMを使った。だから私のせいかもしれないな」
ロディはそれに慌てて首をぶんぶんと横に振り、ちがうんです、と言う。
「まあ、きっと単なる自然現象さ。きみが責を負う必要は無い……ということで、受けるよ、その依頼。」
「そ。なら仲間を募って行くのをオススメするわ、リリティアの棺は危険な遺跡よ。ニコの実力は認めるけど、あなたたち二人だけじゃ心許ないし」
「アドバイスありがとう」
ひらひらと片手を振り、エマはつかつかと階段を登っていく。それじゃ向こうで会いましょう、と投げかけて、相槌を返せば、外へ消えていった。
「……ロディ。何度も言うようだが、きみ一人が責を負う必要は無いんだ。もしそうだとしても、もしかしたら半分くらいは私のせいかもしれないぞ」
「いえ、でも、やっぱりニコレットさんのせいじゃない、おれが軽率だったから……」
「……優しいな、きみは。」
わしゃわしゃとロディの青い髪を混ぜて、崩れた髪型を梳いて整えてやると、指の隙間からちらりと赤い目がニコレットを見上げる。それに微笑みを返し、この話は終わりだ、と言って、「そんなことより仲間探しだ。心当たりとかあるかい?」と尋ねた。ロディはそれに申し訳なさそうにして、ふるふると首を振る。
「じゃあ、宿屋のほうにでも行って仲間を探してみようか。ガンナー二人じゃバランスが悪いから、補助と前衛が欲しいとこかな」
仲間という言葉の響きに、ロディは憂鬱な気分で、自分のウエスタンブーツの爪先を見た。立ち止まったロディに気付いたニコレットが振り返り、ロディの肩を抱くと、ぐいと引き、片手でロディを胸に抱き寄せる。
「大丈夫だ」
──ベリーケイブで聞いたものとよく似た優しい声色でそう告げる彼女は、嫋やかな微笑を頬に浮かべて、慈しみに満ちた眼でロディを見詰めている。かあと顔が熱くなったが、ぽんぽんとロディの肩を励ますように叩いたニコレットは、そのままロディを解放した。何事も無かったかのように離れたニコレットは、行こうか、と言って、宿屋へと歩き出す。ロディは数秒唖然としたあと、慌ててその後ろを追いかけた。
青紫の照明に照らされた宿屋は、妖しげな雰囲気を醸し出している。受付の前でクラン修道院の制服に身を包んだ少女が目に止まり、ニコレットは少女に話しかけた。
「やあ、こんにちは。修道院の生徒が宿屋にいるだなんて、どうしたんだい?」
「こんにちは。あなたは、もしかして渡り鳥ですか?制服は、その、新しく買うお金が無かったものですから。殆ど食べ物に使ってしまって」
「へえ、そうなのか。修道院の生徒なら魔法の心得もあるのかい?」
「ええ、はい。クレストグラフに紋章を書き込むことで様々な効果を生み出す、紋章魔法に心得があります。」
ほう、それは頼もしい、と感嘆の声を上げたニコレットが、少女の傍でカウンターに片手をついて、優しげな声を出して喋る。
「私たち、リリティアの棺での仕事を請け負っていてね。取っ払いで5000ギャラ。どうだろう、きみさえ良ければ私たちと──」「リリティアの棺に行かれるのですかッ?」
突如、目の色を変えた少女はニコレットに詰め寄る。思わずたじろいだニコレットは戸惑うように頷きを返すと、少女は嬉しそうに微笑んで、「わたしもそこが目的地なんです」と言った。
「もしよろしければ、わたしをパーティに加えていただけませんか? お役に立つと保証しますッ!」
「それは、まあ、願ってもないことだけれど……ロディ、いいかい?」
黙って見守っていたロディは、ニコレットの問いかけにこくりと頷いて返した。じゃあそういうことで、と、ニコレットは少女に手を差し出す。
「私はニコレット、こっちの子はロディ。よろしくね」
「わたしはセシリアと申します。よろしくお願いします、ニコレットさん、ロディさん!」
「──うん。よろしく」
二人とも握手を済ませた少女──セシリアは、「三人もいれば十分でしょうか?」と小首を傾げ、ニコレットがそれにいや、と返す。
「あとひとり……できれば前衛がひとり欲しいな。」
「あら! でしたら城の方に、剣を持った渡り鳥の方がいらっしゃいましたよ。その方に協力を仰いでみてはどうでしょう?」
「ふむ、なるほどね。まあ、会うだけ会ってみようか。それでいいかい、ロディ?」
「うん、大丈夫」
城へと向かう道すがら、セシリアはロディに様々な質問をした。どこへ行って、何を見てきたのか。いつから渡り鳥なのか。今まで食べたもので一番美味しかったもの。ロディは波のように押し寄せるそれらにたじろぎながらも、一つ一つ不器用に答えていくのを見て、ニコレットは、子供らの仲の良きことは良いことだ、と、微笑みながら頷いた。
アーデルハイドの城に着けば、降り注ぐステンドグラスの光にロディは目を細め、色とりどりの光に照らされる石造りの床を見て、それに見惚れている。ステンドグラスが珍しいのでしょうかとセシリアが言うと、「きみって意外と高貴な生まれなのかい?」とニコレットが問うた。セシリアはさっと露骨に目を逸らし、ニコレットは何も見なかったことにした。セシリアもまだ新人とはいえ、渡り鳥に対する余計な詮索は御法度なのだ。
「私は駄目だねェ。こういう真面目で格式高いところにいると、どーしても眠くなってしまって……」
言うなりふわあ、と欠伸を掌で隠したニコレットを見たセシリアは苦笑して、ロディに声をかける。「ロディさん、そろそろ剣士の方を探しに行きましょう。ニコレットさんは眠くなられてしまったそうなので……」「いやそんな、人を赤ちゃんみたいに言わないでくれよ。全然起きてられるって、余裕余裕」
言いながらくすくすと笑うセシリアと、きみも案外意地が悪いなと言うニコレットを見て、ロディがきょとんとした後、くすりと小さく笑う。ニコレットは気恥ずかしそうに、頭の後ろを掻いた。
周りの騎士に剣士の居場所を聞けば快く教えてくれるのを見て、ニコレットはこの国は渡り鳥に随分寛容的なんだな、という印象を抱いた。指し示された場所に向かうと、豪奢な扉の前で立ち往生して、品定めでもするように見詰めている一人の男がいる。男はこちらに気付くと、一度目を逸らした後、二度見した。
「……扉を前にしてマズいことを考えていたわけじゃないぜッ!」
男がこちらの姿を見初めると、城の関係者ではないことがわかったのであろう、フウと一息着くと、「なんだ、驚かせやがって」と毒づいた。
「あんたら渡り鳥か? 城なんかになんの用事だ?」
「いえ、わたしたち、リリティアの棺という遺跡に向かいたいところでして。危険な遺跡ですから、仲間を募ろうかと──」
「──リリティア? 今リリティアと言ったかッ!?」
「えっ? え、ええ、はい……」
勢いよく詰め寄る男に既視感を憶えながら、ニコレットは男とセシリアの間に手を差し込んで止める。
「歳若い女性に詰寄って大声で叫ぶなんて、感心しないな。きみもリリティアの棺に行きたいのかい?」
「行きたいも何も、俺ァそこが目的で……待てよ。あんたもしかして、ニコレットか?」
「おや?私を知っているのか」
「ああ、知ってるとも。黒いコートに丸いサングラス、でかい楽器ケース背負って──渡り鳥を詐称する詐欺師だってなッ!」
ニコレットは驚いて、思わずセシリアとロディと顔を見合せる。目を丸くした子供ふたりが、それを見返した。
「……………人違いじゃないか?」
「どうだかな。悪人ほど自分の悪評を否定するモンだ」
「ちょっと! 初対面の人になんてこと言うのさ、ザック!」
ザックと呼ばれた男の肩口からもぞもぞと小さな鼠が這い出して、きいきいと喋り始めた様子に、三人は目を見張る。ロディはぽつりと詐欺師、と呟いて、それが耳に入ったニコレットは、内心酷く落ち込みながら、にこりと頬を吊り上げて笑みを作った。
「……胡散臭い見目をしている自覚はあるが、まさか詐欺師扱いなんて、傷付くなあ。ところでその子は亜精霊かい?初めて見るよ。知的な顔をしているね」
「はァ? こいつのどこが知的──」
「わお! 見る目があるねえこのヒト。オイラ、カゼネズミのハンペンって言うんだ。よろしく」
「ああ、よろしく──」「──俺抜きで話を進めるんじゃねえよッ!」
男は大きく溜息を吐き、ニコレットはまあ兎に角、と場を仕切り直す。
「私の正体はこの際置いておこう。重要なのは私たちもきみも、リリティアの棺に用があって、私たちは剣士を求めてるってことだ」
「ああ?お前──」
「ザック、やめときなよ。この人がなんであろうと証拠もないし詐欺してるところを目の前で見た訳でもないし、こんなところで喧嘩売ってる場合じゃないだろ」
男はひとつ舌打ちを打って、しゃーなしと頷いた。
「──俺になんかしようってんなら、たたっ斬るからな。」
「そうか、ならよろしく。私はニコレット、この子らはロディとセシリア」
「ザック、だ。」
差し出した手を叩かれて、ニコレットは内心で落ち込んだが、ポーカーフェイスを貫いた。
アラサー胡散臭おねえさん、JKをナンパしオジサン(年下)に睨まれる