原作との差異が結構ありますが、バタフライエフェクトか何かだと思っていただけると幸いです。
「そうですか……そのようなことが」
満身創痍で帰ってきた一行を見て、ニコラは何があったのかおおまかに聞くと、明日にでもルーンドライヴはアースガルズに取り付けましょう、と言った。
「今日ってわけにはいかないの?」
「実は今日、娘が帰ってくる予定でして。子供たちは食事会の準備をしていますから、今無為に不安を煽るようなことはしたくないのです。───それに、コートセイムには腕利きの渡り鳥が何名か滞在しておりますから、万一再度魔族が攻めてきたとしても、足止めと避難の準備は整っておりますよ」
「そうか……念の為俺たちも辺りを警戒しとくが、万一の時は、ニコレットを頼んだ」
「ええ、勿論」
ニコレットは、今なお気絶したまま、ベッドの上で眠っていた。医者でもあるシスターに診せたところ、怪我こそあるが身体に命の別状はなく、小一時間すれば目覚めるだろう、ということだった。
「というか、娘って───」
「たっだいま! はー、やっぱりお家がイチバンよね………げッ!?」
「ああジェーン、丁度良かった。今お客さんが来ているんだ、挨拶しなさい」
「な、な、なんであんたたちここに───は、はじめましてですわ! あたし───わたくし───兎にも角にもはじめましてッ!」
「え?」
でも、と疑問を呈したロディの足をジェーンのヒールの踵が勢いよく踏み抜いた。声にならない悲鳴をあげてロディが足を抑え蹲る。
「あらあらまあまあ〜!! 足の小指をテーブルの角にぶつけた上にさらにその上からARMが小指に重点的に降ってきて折れそうなほど痛いですって!! 今すぐマクダレンに診せなくちゃッ!! そういうわけだからパパこの方連れていくわね盗み聞きとかしちゃ嫌よじゃあまた後でッ!!」
ロディを掴んで風のように工房を去っていったあとを眺めて、ニコラは首を傾げる。
「どうしたんだろう? あんなに慌てて……」
「…………どうやら隠してるみたいだね。秘密にしといてあげよっか」
ハンペンが小声でそう囁くと、セシリアとザックは頷く。ロディ、大丈夫でしょうか、とセシリアは二人が消えていった上階を見上げた。
「───で! あんたたちなんでここにいんのよ! 表のデカブツと何か関係あるの?」
「ゴ……ゴーレムを見付けたんだ。でも未完成で、だからニコラさんの知恵を借りようって……」
「ふーん、あのデカブツ、ゴーレムなのね。別にあたしの実家に押しかけて脅しかけようとかってんじゃないならいいわ。ねえ、あたしが渡り鳥だってことはパパは勿論子供たちにも秘密にしてよね! あんたとかセシリアとかニコレットとか、ポロッと言っちゃいそうで不安だもん───ねえ、なんであんたそんなボロボロなの?」
風と海の墓標から真っ直ぐ帰ってきたロディ達は、ブーメランとの戦闘で傷付いた体はセシリアの魔法で簡単に傷を治しただけで、破れた服などはそのままだった。
「魔族と……戦って」
「魔族ッ? まだこの辺にいるのッ!?」
「わからない……戦った魔族は去ったけど、警戒しておいて損は無いって、ニコラさんが」
「ニコレットは? 魔族が近くにいるかとか、見てもらったらいいじゃない」
「今ニコレットは気を失ってる。『目』を使いすぎたんだ」
ジェーンはピクリと眉を動かしたが、ふうん、とだけ相槌を打った。
「どうせ、仲間のために無茶やったんだわ。人のこと言えないじゃないの」
「そう、だね」
「あんたも、ニコレットが目覚めたら文句言ってやんなさいよ。頬ひっぱたいてさ」
そう冗談めかして言ったジェーンに、ロディはくすくすと笑って、そうだね、と頷いた。ジェーンは不敵に微笑むと、この後は食事会よね、と言って、ロディへと向き直る。
「食事会終わって、みんなが寝たら、こっそり会いに来てちょうだい。どうせ今夜は警戒態勢でしょ?」
「いいけど……どうして?」
「言わせないでよッ、ちょっと秘密のお喋りしたくなったの!」
そう怒りながら頬を膨らませるジェーンに、ロディは素直に、こういうものが愛らしいのだろうな、と思った。セシリアともニコレットとも違う、年下のガンナーの少女は、今がいつだって全盛期だと言わんばかりに、いつも楽しそうに生きている。それを少しだけ、羨ましい、と思った。誰とも違う生き方ができる存在は、どうあっても「人と違う」と言われ疎まれるロディにとって、うつくしく眩いものだ。
その日の夜、渡り鳥たちは交代で外を見回り、戻ってきた渡り鳥は料理に舌鼓を打ちながら、食事会を楽しんだ。
その間にニコレットが起きることはなく、夜は更け、疲れきった子供たちは眠りについて、コートセイムは時折見回りの渡り鳥の足音が響く他には、風の音もしなくなった。
ロディはすっかり寝静まったニコラの屋敷を抜け出して、待ち合わせの場所へと駆けていく。ジェーンはコートセイムの外の荒野を一望できる丘の上で、柵に手をついて、遥か遠くに広がる夜明けの海を見ていた。
「──あたしに付き合わせちゃって悪いわね。みんなを起こさなかったでしょうね?」
「うん」
「そ、ならいいのよ───カッコ悪いって思ったでしょ。女渡り鳥「カミラティ・ジェーン」の実態が、ギリギリの孤児院経営を支えるために賞金首になったなんてさ……」
「ううん───格好いいよ、ジェーンは。子供たちは君にすごく懐いてた。それは、ジェーンが子供たちに一生懸命だからだと思う」
「……ちぇ。やっぱあんた優しいんだね。……ねえ、あんたってニコレットのこと好きなの?」
「えっ? えっと……そういうんじゃないんだ。ニコレットは、ただ、おれの旅についてきてくれるって、……そういう約束をしただけなんだよ」
「ふうん。じゃ、あたしにもチャンスあるわよね」
何かを聞き返す前に、ジェーンが言葉を紡ぐ。
「……あたしの家、前はもっと賑やかな町にあったんだ。でもパパが身寄りのない子達を引き取って世話をし始めてから、あっという間にお金が消えてった。今じゃこんな小さな土地に掘っ建て小屋建てて、こんな生活よ───最初はパパのこと恨んだわ。でもすぐに諦めたの。……子供たちは、こんなあたしでも慕ってくれるしさ」
「うん、……」
「ねえ、あんたってさ……誰かを嫌ったり、嫌われたりしたことって、ある?」
そう尋ねられたロディは、サーフ村を思い出す。良かれと思って介入したことが全て裏目になって、糾弾と、恐怖と、蔑みの混じった感情で見詰められ、受け入れられなかったのだという現実を受け入れて、惨めな気持ちでそこを去るしかできなかった日。───その日、ニコレットと出会ったのだ。
「───あたしね、パパが嫌い。大嫌いなの。優しさだとか思い遣りだとか、今の世の中何にも役に立たないのに、人の心ばっかり暖かくさせるの。……期待だけさせて、あとでシビアな現実が待ってることを忘れさせるなんて、残酷じゃない……」
「……ジェーン……、」
「ねえ、あんた達ってファルガイアを守る旅をしてるんでしょ? どうしてなの? お金のためか名誉のためか、御伽噺みたいに王様になるためなの?」
果たして。
セシリアは国のため、己の守りたいものを守るために旅をするのだと語った。ザックは力を求め、力があれば全てを守ることができるのだと言った。───自分は。
ただ、受け入れられたいだけだ。「誰かのため」を免罪符に、「誰かのため」に命を投げ打って、それを誰かに受け入れてもらいたいだけだ。だからロディは己の命を簡単に担保にして、テーブルの上で賭けをする。誰かのためを思って命を散らすことは、己の生き様だと謳いながら。
「なんでもいいからさ、みんなのため、なんてことだけは言わないでよ。誰のためでもないことに優しさを向けられるなんて、そんなの嫌だよ……、優しさは自分にとって、大事なものだけに向けてよ。じゃなきゃ、───あたし、惨めじゃないの。義理とか勢いとかだけであんたに命助けられて、期待ばっかりしちゃってさ……」
「──うん……」
「お願いだから、ファルガイアを守るのは、ファルガイアが好きだからって、約束してよ。大好きなものの為だから、一生懸命頑張れるんだって、言ってよ……じゃなきゃあたし、何時までも優しい人を許せない、かわいくない子のまんまだわ……」
「………、わかった、ジェーン。約束するよ」
「……絶対だからね!」
朝日が昇る。眩しさに目を細め、遠くの海がきらきらと照らされて淡く金色に光り輝いている。
自分にはセシリアのような使命も、ザックのような渇望も無い。はじめはほとんど成り行きで、だけど確かに、このファルガイアが滅ぼされるのは「嫌だ」と思った。
この旅で、仲間ができた。友達ができた。己の命を惜しんで、泣いてくれる人たちと出会った。己を愛してくれた祖父はもういないけれど、今も彼を師と謳い、慕ってくれる人たちと出会った。己を、家族のように想ってくれるひとと、出会った。
その人たちを、守りたいと強く思った。その人たちがいるファルガイアを守りたいと願った。人と違う自分自身を受け入れてくれる居場所が、この世界のどこかにあればと祈った。それを守りたいと。
─────そうだな。きみを、ひとりにしておけないと思ったからさ。
─────ロディの旅に、私も着いていきたい。これでは駄目だろうか?
ああ、きっと、初めから。
彼女は『ひとり』だったのだ。だから己をひとりにしておけなかった。
突如として空間が歪む。
「お嬢様───ッ!!」
「どうも、このテのシーンには縁深いようですな。クカカカカ……」
「なッ、マクダレン! それにこいつ、まさか魔族……!?」
「無粋とは知りつつ、馳せ参じて貰いました。───わたくしより無粋な輩を赦せない質でございます故にッ!」
「クカカカ……まったく面倒ですねえ。そういきり立っては落ち着いて話もできないでしょうに───本日は、ただ要求を伝えに来た迄ですよ。ルーンドライヴとやらがここにあると報告を受けまして………大変興味深い代物だと思いましてね。」
私からの要求はひとつ、とアルハザードは一本指を立てる。
「ルーンドライヴを此方に寄越しなさい。でなければこの街の住民全員を嬲り殺しにいたします。期限は本日の正午、またここに赴きます───色良い返事をお待ちしておりますよ。それでは……」
それだけを言い残し、再度空間を歪めながら、アルハザードは消え失せる。
「───ニコレット様ッ! 出てきてはなりません!」
「……、くそッ……」
物陰からふらりと姿を表したニコレットは、光によって視界の確保もままならず、震える手からARMを取り落とした。
「ニコレットッ……!」
「ちょ、ちょっと、あんたなにムチャしてんのッ! サングラスも割れちゃってんでしょ……!」
「ハハ、すまない……」
ひとまず建物の中に退散となって、眠っていた渡り鳥達とニコラを叩き起した。
アルハザードの要求は満場一致で却下となった。アースガルズへのルーンドライヴの設置はひとまず見送り、非戦闘員と子供たちはバリアシェルターへと避難し、渡り鳥達はコートセイムにてアルハザードを迎え撃つ。
ニコレットは応急処置的に、ニコラの家にあったサングラスをかける。
「……ねえマクダレン、ニコレット。あたしたちの話盗み聞きしてたでしょ」
「はて、なんの事やら?」
「目はいいけど耳は人並みだから、ちょっと分からないかなあ。」
白々しいったら、とジェーンは頬を膨らませたものの、言葉の節々には朗らかな雰囲気が滲んでいた。