荒野に祈る。   作:四角系

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23.「マザー」

『ジーク、ジーク、ジークや。何故妾への供物を捧げぬのだ? ああ、力が……力が足りぬのだ。こんなものでは満たされぬ……』

「今後永久に満たされることは無いぜ。ここで終わらせてやるからな……ッ!」

『……? 嗚呼……卑しさに満ちた命を感じるぞ。ニンゲンか……』

 液体で満たされた巨大なガラス球の中に、胎児のように浮かぶのは、蟲によく似た肉体と、外骨格が聖母の姿を模した、見るもおぞましい生物。外骨格の隙間から除く肉が、どくんどくんと心臓のように脈打ちながら、満たされることの無い力を欲している。

『妾はマザー。魔族を産み、星を喰らうもの。遍く世界に破滅という名の慈悲を齎す絶対者……。汝は妾に何を望むか? 苦痛か? それとも絶望か? 妾は何でも与えてやれるぞ……』

「俺が望むのは、お前達魔族の滅びだけだッ!」

『嗚呼、滅び、滅びか! 誠良き響きの言葉調べ……。だが、妾は汝にそれを与えてやることは出来ぬ。何故ならば、お前も又ここで、滅びる故に……』

 周囲をぐるりと囲む球体状のガラスモニターが青空を映し出す。雲と同じ高さに浮上したフォトスフィアが、吹雪の雲を突き抜けて遥か上空を映し出しているのだ。

『フォトスフィアの浮上は完了した。例え妾を滅ぼそうと、汝らが生きて地上へと還る術は有りはせぬ……だが、案ずることは無い。汝らの後を追って、多くの命を冥府へと送り届けてやろう。……ファルガイアに生きとし生けるもの、総ての命を……』

「……あなたがわたしたちを帰さないというなら、わたしたちは振り返りません。──ただ、前へ歩いて、生きて還りますッ! 貴女の恐ろしい望みを阻止してッ!」

『────ハハハハハ! 矮小なニンゲン如きが妾を殺せるなどと思い上がるかッ! 死ぬる等とは手緩いわッ! その身生きながら妾の身体へ取り込んで、この星の滅ぶ最終審判の様を、その目で見届けさせてくれよう!』

 マザーを取り込んでいた硝子球は弾け飛び、マザーへと繋がれたパイプが蠢いて、一行へと襲い掛かる。マザーの身体から分離した肉塊が赤い布を象り、マザーを守護するかのように立ち塞がった。

 

「クソッ、なんだこいつら……! 切っても切っても復活しやがるッ!」

「フム……私がローブを引き受けよう。そのローブをマザーが復活させた時、一瞬だけ動きが止まる。その隙を狙うんだ」

「わかった……ッ!」

 戦闘中の隙を狙いマザーを『見る』。弱点が多く、だがそのどれもが弱点になり得ない、複雑な身体構造をしている。蠢く度に蛹の中身の様に移動し、分裂し、集合し、合体し、そしてまた分裂する様を繰り返し続けている。

 パイプに通ったマザーの肉がニコレットのすぐ横を掠めた。狙い撃つ隙すら与えてくれないと、ニコレットは舌打ちする。

「きゃあッ!!」

 攻撃を捌ききれなかったセシリアが、パイプに殴られて吹き飛んだ。それに一瞬視界を奪われたのを狙われて、横殴りの攻撃が胴体を殴打する。咄嗟にARMを盾にしたが、吹き飛ばされて床に転がり、その拍子に手から離れたARMは、脈動するマザーの肉に取り込まれる。

 セシリアは気を失っている。ローブを担う役回りが居なくなったことで先ずはザックが狙われた。剣で攻撃をいなすのに精一杯で、やがて生じた疲労による遅れが致命的なミスとなり、上から振り下ろされたパイプに叩き付けられ、意識はあるものの動けない。

 前線を張る味方が居なくなったことで、ロディへと接敵したローブがその赤い布の身体を解けさせ、ロディへと巻き付きながら拘束し、ぎちぎちと締め上げる。首元まで絞められて、呼吸すらままならなくなったロディは、その意識を飛ばし、手からずるりと抜けたARMは、地面へと転がったのを、マザーが遠くへと弾き飛ばした。

 

『万物の至りし先こそが滅び……滅びこそが真理……。真理を得たりて、妾は滅びの聖母と目覚めたのじゃ……ッ! 真理より目を背けるな、その行為は咎なるぞッ!』

「そうかい。生き物ってのはいつか死ぬものだからね、その事象そのものは正しいことではあるのだろう」

『汝が見るは絶望のみ。他の何をも目にする事は無く、妾の中で朽ちて往くが良い……』

 どろりとしたマザーの肉が、ニコレットの足元から這い出して、飲み込まんと脈動する。後退ったニコレットの手先に、何かが触れて金属の音を鳴らした。───ロディのARMだ。

「だがね。きみが滅びを信じるように、私は可能性を信じている。守るべきものを守ると誓った彼らの可能性を、信じている」

『可能性? そんなものは、滅びの前ではただ灰燼と帰すのみ。現に見よ、今のファルガイアを! 守護獣は肉体を失い、文明は後退し、ニンゲンはただ魔族に貪り喰われるのみッ! この星に可能性など無い、汝が生き残る術と同じように───この状況をどうするというのじゃ? 汝一人が生き残り、戦えるものは居らぬッ!』

「いいや。きみは負けるんだ、今日、この場所で、私達に。───何故ならばきみは、今この瞬間、鼠一匹など見ていないからだッ!」

 マザーの視界を水色の小さなものが覆った。マザーの視界は元来一つでは無く、且つそれらしい場所にあるものでもない。しかし会話によって集中させていた視力が一箇所に集結し、そこを的確に、正確に、何者かが潰した。

 それは、確かにたった一瞬の隙だった。時間にしてコンマ数秒にも持たぬような隙だった。マザーは即座に他部位の視力を使い、己の目に一匹の鼠が齧り付いているのを見た──だがそのコンマ数秒は、致命的なまでに遅すぎた。『早撃ち』と呼ばれる剣技の速度は音をも退ける速さであることを、マザーは知らなかった。

「う────オオォォォオオオッ!!!」

 叫び声と共に、マザーの胴が一刀両断される。断面から触手が伸びて接合し、両断された胴を繋げようとする────だが、それを何かの力が妨害した。胸元の強い光を握りしめながら、セシリアが祈るように手を組むと、マザーの断面が赤く燃え上がるようにして、再生を妨害する。

「お願い───お願いします、守護獣達よッ! 今この瞬間、力を貸してください───ッ!!」

 体内から燃やされているマザーが、今この瞬間誰を攻撃するべきかを考えて、それを実行した。───ロディのARMを構えたニコレットへと、パイプが向かい、襲いかかる。それを、他ならぬロディが掴み、その馬鹿力で妨害し、地面へと押さえ込んだ。

「ニコレット───ッ! 今だッ!!」

『無駄だッ! その武器で妾は殺せぬッ!!』

 自分のものではないARMは、元来の威力は出ない。且つ、これはロディのために調節されたロディの為のARMであり、ニコレットがそのARMの本来の威力を発揮させるには、何もかもが足りていない。

 ───ニコレットの両腕に、青い幾何学模様が皮膚を走る。それはロディが深くARMへと精神を繋げた時と同じ反応だ。拒絶反応が全身へ激痛を伴って駆け昇る。赤い光の十字架は、青い光に塗り潰されて消え失せる。両目から血が流れる。それでも、深く繋がっていく。届かせる。届かないものを無理矢理に押し込んで、届かせる。

 

「頼むよ、どうか、これで終わってもいいから───力を貸してくれ、ゼペットさん、───父さん」

 

 

 

『見る』んだ。貫かれたら痛い場所。急所を『見ろ』。弱点を『見ろ』。そこを狙え。そこを撃ち抜け。────お前にならできるはずだ。

 

 

 

 できるさ。

 私にならできる。

 

 

 

 再生のために結合していた弱点を、たったひとつの弾丸が撃ち抜いた。『同族殺し』の名を冠した兵器は、正しくその命を刈り取って、脈動する『魔族の母』の肉体は、その活動を止めた。

 

 

 

 

 フォトスフィアは堕ちる。

『妾は得たり………これもまた、滅びの真理………。妾もまた、絶対真理の輪に在り、滅び往く運命に耽る享楽の徒なり。この身散りゆくもまた、妾の望むところ………』

『……絶対真理……完全帰結……永劫回帰……万有必滅……──滅亡──めつぼう──メツボウ──、破壊──はかい──破壊───────死……』

 マザーは沈黙し、フォトスフィアのモニターは暗黒と砂嵐のみを映すだけの球い壁となるのみ。衝撃と共に電気系からは紫電が漏れて火花を散らしている。

「まずいよ、早く何とかしなきゃッ! さっきのは多分フォトスフィアが海面に叩き付けられた衝撃だ、浮力が完全になくなっちゃったから海に沈むしかできないんだッ!」

「ニコレットッ!! ニコレットが……ッ! ニコレットの様子がおかしいんだッ!!」

 ロディが悲痛に叫ぶ。座り込んだニコレットは、ロディのARMを強く握りしめ、それを離そうとしない。見開かれたままの青い幾何学模様が輝く眼球からは絶えず血液を流し続けるのみで、硬直し、反応を見せないまま、ただ両目から涙のように血を流し続けている。

「ニコ……ッ! いけません、このままでは……!」

「どうなっちゃってるのッ!? ロディのARMを使ったことと関係あるの!?」

「他人の深くARMと繋がりすぎたんだ、()()()()()()()()……ッ!」

「……ARMと精神が繋がったまま戻れてないってんなら、上からロディが精神を繋げて無理矢理引っ張り出せねえかッ!?」

「……ッ、やってみるッ……!」

 固く握りこまれたままのニコレットの手の上から、ロディがその手を握り締め、ARMと繋がるように深く集中した。周囲の音が消え去って、視界が暗くなって、闇に閉ざされる。

 

 

 

 

「やあい、オトコオンナ!」

「あんたなんかと、一緒に遊んでなんかやんないんだからねッ!」

「ママが言ってたぞ、渡り鳥ってのは信用ならないロクデナシの掃き溜めだって! すぐに人を騙して金ばっか毟りとる、コミュニティに馴染めなかったフテキゴーシャの寄せ集めなんだってッ!」

「アンタの父親だって渡り鳥じゃん! その子供だって、信用ならないロクデナシに違いないよッ!」

 

 

 黒い髪を短く切りそろえた少女がいた。子供たちから投げ付けられる心無い言葉に、悲しそうに顔を歪めながらも、泣くことも言い返すことも無く、ただぎゅっと、拳を握っている。

 大人たちは冷たい目で自分たちを見ている。ARM、恐ろしい、渡り鳥、ろくでもない、魔獣が、早く出ていけばいいのに。そういう言葉が断続的に聞こえる。

 ニコレットの名前を呼ぶ声が、自分のものでは無いことに、ロディは驚いた。その声に振り返った少女が、ロディに向かって駆けてくると、舌足らずな幼い声で、父さん、と呼びかける。

 

 

 父さん。

 

 父さん。

 

 とうさん。

 

「父さん。どうして、わたしをひとりにしたの」

 

 

 ごぼり。

 

 例えば。

 父の望みを受け継いで旅をしたところで、父は帰ってこない。

 母に似ていると父が言った黒い髪を伸ばしたところで、父は帰ってこない。

 父に言動や見目を寄せてみたところで、父は帰ってこない。

 父のARMを使ったとて、父は帰ってこない。

 

 ひとりぼっちだ。分かっている。分かっているんだ。

 だから、ひとりでも生きていけるようになるんだ。

 誰かになにかを期待してはいけない。それではひとりで生きていけないから。

 代わりに、誰かがひとりぼっちで、孤独に泣きそうになっていたら。

 それに寄り添える人間になるんだ。

 

 

 

 

「───……ディ! ……ロディッ! おいどうした、起きろッ!!」

 呼吸をすることを強く意識した。肺の中に一気に空気を入れたことで、大きく咳き込む。ニコレットはロディのARMを手放して、眠るように目を閉じたまま、セシリアに抱き抱えられていた。

「起きたなッ!? ったく、急に呼吸が止まるから驚いたぞ……!」

「ニコの容態は、一先ずは大丈夫です。医者に見せなければなりませんが、……ここを脱出しないと……ッ!」

 フォトスフィアはなすすべもなく海へ沈み、足場は傾き始めていた。

 

「みんなーッ! 無事ね! 無事よねッ!! 無事じゃなかったらタダじゃ置かないんだからねッ!!」

「───ジェーンッ!? マクダレンも、それにバーソロミュー船長までッ! 一体どうしてここに……!」

「皆様が発ってすぐ後、船長さんに頼みまして。浮上を始めたフォトスフィアを、海上でずっと追いかけて下さったのですよ」

「そりゃこんなかわい子ちゃんに頼まれちゃ断れ───ゴホン、兎に角だッ! 脱出経路は確保してある、脱出しようッ!」

「さすが船長さんです……! ありがとうございます、感謝してもしきれませんッ!」

「おうともよ、安いもんだ! お前さんたちは俺の心のアミーゴだからなッ!!」

 

 壁に穴を開けて垂らされた梯子を伝い、ほうほうの体でスイートキャンディ号に乗り込む。バーソロミューは大きく息を吐いて、死ぬかと思った、と呟き、ニコレットを寝そべらせてセシリアが詳しく容態を確かめた。その周りをロディとザック、ジェーンが取り囲み、神妙な顔で様子を見守っている。

「ねえ、ニコレットどうしちゃったの?」

「おれのARMを使ったんだ。深く繋がりすぎてしまって、」

「はあッ? 普通、自分に合わないARMは動かないだけじゃない。こんなことになるの?」

「わからない……、拒絶反応の一種、なんじゃないかと、思う」

「───まあッ! イレギュラーはあったが、無事に魔族の親玉は討ち破られたし、ニコレットが無事に目覚めたら、パーッと祝宴でも開いて、祭りといこうじゃないのッ!」

「────クカカカカ………無事に終わったと思っておられるようですが、まだ終わりなどではありませんとも。」

 

 咄嗟に、ロディが自身のARMへと手を伸ばした。船の上に空間を歪めながら魔族たちが集う。青いローブの魔族が懐から取り出して投げたのは、マザーに取り込まれたニコレットのARMだ。

「あなたは───ッ!?」

「マザーの体内に不確定要素が残ったままでは後々が不安なのでな。回収させてもらった……この姿は、マザーに探知されぬよう、ステルス防護を纏った仮の姿」

 青のローブを剥ぎ取った魔族は、金属質の鎧のような外骨格を纏った、身の丈がアルハザードをゆうに超える青い魔族。

「我が名はジークフリード。そして───我らが、このファルガイアを支配する者、ナイトクォーターズであるッ! ───宣戦布告だ。我々はファルガイアをいただく。その為に、守護獣共を殲滅させるッ! 全てを支える命の力、その源を、砕かせてもらうッ!」

「涙のかけらは取り返しましたッ! これ以上、何もさせません……!」

「解析データさえあれば、エネルギー結晶体の模造品など、我々には容易いこと。───そして、こういうこともなッ!」

 ジークフリードが取り出した、涙のかけらとよく似た青い光は、その手の中で黒く染まり出す。

「そ、それは……ッ! 涙のかけら……!? いいえ、それよりも遥かに禍々しい……ッ!!」

「この輝きこそ、対守護獣の切り札。守護獣滅ぶ時、ニンゲンの敗北……即ち、お前達の最期の時だ。その時は間もなく到る、ファルガイアは、我らの手に堕ちるのだッ────!」

 

 言いたいことは言ったと言わんばかりに、魔族達は一瞬のうちに空間を歪め、姿を消す。船の上には一行とジェーン達、バーソロミューだけが取り残され、魔族から怯え逃げた船舶乗務員達は、今なお隠れて震えている。

「───正面切って喧嘩売ってきやがったな、奴さんッ! どうするんだいお姫様、買ってやるのかッ!? 勿論そのつもりなんだろッ!?」

 バーソロミューは勇ましく、セシリアを見た。セシリアは暫く考え込み、顔を上げると、一度アーデルハイドへと戻ります、と全員に告げる。

「起こったことを纏めて、今後どうするか話し合いましょう。……それから、ニコの療養です。いつ目を覚ますのか、わかりませんけれど……」

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