「────という訳で、また一緒に旅をする許可を貰いたいんだけど、どうだろう?」
「あっきれた! やっぱりオイラの思った通りじゃないかッ!」
「魔族が直接襲ってきて結局出戻りしてくるなんて誰が予想できんだよッ! 漸く慣れたところだったんだぞ!」
「ニコ、体調は大丈夫なのですか? また一緒に旅ができるのですよね?」
「体調は概ね万全だよ、セシリア。旅に関してはきみたちの許しがもらえればすぐにでも……あ、あとこれ一応エマからの紹介状と研究報告書。目を通しておいてくれると助かる───色々あってARMの威力が落ちたから、私専用のカートリッジも貰ったんだ。ロディのカートリッジを参考に作ったらしいよ。これが散弾銃みたいになるやつ、こっちは距離が近いほど威力が増すやつ、こっちが逆に距離が離れてると威力が増すやつ───……」
「ニコレット、カートリッジに名前とか、つけてみないの?」
「名前? なるほど、面白そうだ。考えてみるよ」
エマの紹介状、兼、研究報告書にざっと目を通したハンペンが、ニコレットを見上げる。
「で……正直に言ってごらんよ。元から追いかけてくるつもりだっただろ?」
「いやいや、そんなまさか。バレなければいいとは思っ───おっと、間違えた。今のは聞かなかったことに」
「ホラねッ! 後ろから隠密しながらこっそり着いてくる気だったろッ! そういうの、世間一般ではストーキングって言うんだよッ!」
「もちろん、療養する気はあったよ? 説得されたからね。すぐに追いかけなかったのがその証拠だ」
「……素直に保護されながら療養するか、なんだかんだで戻ってくるかの二択だと思ったけど、まさか両方とは……」
「うーん、迷惑だったらやっぱり……」
「迷惑だなんて、そんなッ!」
そうまで言ってセシリアは、はっと口を噤むと、一行の顔を見回した。セシリア本人としては大いに賛成だったが、自分たちはパーティなのだ。
「……まあ、戦いから遠ざけるために置いてったってのに、向こうからやってくるんじゃ遠ざけようが無い。魔族のせいで死ぬくらいならせめて目の届くところに居てもらった方が、むしろ長生きするかもな」
「またへんな無茶しないでよね、すぐ医者にかかれる環境じゃないんだからッ!」
ハンペンのその言葉に、ロディがこくこくと頷く。ニコレットは微笑んで、勿論だよ、と頷いた。
「今は『目』を活用しないで戦闘する方法を模索しているんだ。威力の面も、カートリッジを併用すればある程度は補えると思う」
「……何かあったの? 威力が落ちるなんて」
「ちょっとした不調だよ。死にかけたせいかもって───ロディ、きみがそう責任を感じる必要は無いんだよ。無茶をやらかした私が悪いんだから」
とにかく、とニコレットは立ち上がり、片手を差し出した。
「改めて、またよろしく頼むよ」
そして一行の手を握り、半ば無理やり握手をした。
「これからどうする予定だったんだい?」
合流したコートセイムで、ニコレットが尋ねた。セシリアは懐から古いオカリナを取り出して、それを見せる。
「ここから海を越えて北にある森に、廃屋があったんです。そこでこれを見付けて……巨人のオカリナと言うのですが、これでいつでもどこでも、アースガルズを呼べるのですよ」
「それで、アースガルズに乗せてもらって、『堕ちた
望みは薄いけど、とハンペンは続けた。貴種守護獣との接触は長らく確認されておらず、他の守護獣同様力を失っているのでは、とはハンペンの見識とのことだった。
大陸を隔てる浅瀬をアースガルズで渡りながら、堕ちた聖域を目指す。堕ちたということは、そこに誰も行かなくなって長らく経ったことを表しており、果たして何かがあってそこに誰も居なくなったのか、それとも誰も居なくなったから何かが起こったのかは、誰もわからない。その聖域の謎は闇に葬られていたままで、聞こえる噂のほとんどは眉唾ものだ。
潮風は世界が魔族に狙われているとは思えないほどに穏やかに吹いている。ニコレットはそれに心地良さを覚えた。海が好きで船は苦手だがアースガルズも好きだ。何せ酔わない。
じきに大きな森といくつかの建造物が見えてくる。地図を眺めながらロディが、あれが堕ちた聖域だ、と指差した。森に多くを侵食された建物は、壁も屋根もなく、崖を繋ぐ橋と石碑がいくつか残るのみだ。
「コイツが先祖の有難いお言葉ってこったな。さて、貴種守護獣ってのはどこにいるんだ?」
「とりあえず、最奥を目指してみよう。聖域ってことは、進みやすさはあんまり期待できないね、注意していこう」
森の中と言えど木漏れ日で聖域は照らされて、風や飛び立つ鳥が枝を揺らす。細い光の筋を作りながら地面に光と影を落される聖域は、堕ちたといえど美しく神聖で、時の流れを僅かでも忘れさせるものだ。
「ここでピクニックのひとつでもできたら心地良いだろうなあ」
古い言葉で書かれた石碑をハンペンが解読している最中、欠伸を噛み殺したニコレットがそう言った。セシリアは「もう少し安全なら、いいピクニック場所になりそうですね」と返す。ザックは道の向こうから飛び出してくる魔獣を狩って、安全を確保しに向かったばかりだった。
「……バチが当たらないかな」
「まあ、貴種守護獣の心はそんなに狭くない……と思いたいな」
「世界が平和になったら、みんなでピクニックしませんか? ジェーンや船長さん、エマ博士も、皆を呼んで、ヤキソバも食べたいです!」
「そうなると、ピクニック兼バーベキューかな。せっかくだから高い肉も焼こう」
「おれ、バーベキューやった事ない……」
「そうなのですか? じゃあ、世界が平和になったら、みんなでバーベキューしましょう!」
約束ですよ、と言うセシリアに、ロディが頷いて、ニコレットは微笑んだ。向こうからザックが歩いてきて、「とりあえずあっちは安全だ」と告げる。
「ザックも、バーベキューしましょうね」
「何の話だ?」
「平和になったら、みんなでバーベキューするんだ。おれはバーベキューしたこと無いから、楽しみだな」
「ほお、そいつは楽しみだな。ニコレット、年長者の意地ってことで、高い肉頼むぜ!」
「ハハハ」
「ニコレットがただ笑ってるだけなのなんか怖いんだけど……解読終わったよ、みんな」
簡略化した地図にルートを書き込んでいく。細部は臨機応変で、という方針で、一行は最奥に向けて進み出した。
道中、崖にかかる橋を上げたり下ろしたりしながら、比較的順調に一行は進む。直に四つの台座とその上に乗った三体の石像が連なる開けた場所に辿り着くと、最奥か、とザックが言う。
「彼らが、貴種守護獣……」
「台座は四つなのに像は三つしかない……一体はどこに行ったんだろう?」
「石碑に何か書かれてなかったかい?」
「三体の像……『愛』と『勇気』と『希望』についての記載はあったけど、それだけだ。四体目に関しては何も───」
「───力を失った守護獣など、くだらんと思っていたのだがな。なるほど、俺とお前たちが見えるは道理だ」
突如として降り注いだ雷の光を割って、魔族がひとり相対する。像の一体を足蹴にして立つのはアーデルハイドにてニコレットが戦った、ブーメランだ。
「───どうしてここが?」
「ルシエドが導いてくれた迄」
ブーメランが四つ目の台座を指す。そこにはいつの間にかルシエドが立って、一行を見下ろしている。
「……まさか、四体目が……? なるほど、通りで石碑には書かれてないわけだ。裏切りの守護獣の名なんて刻むはずがないもんね」
「また、戦うつもりなのですか?」
「俺に与えられた任務は、その女の抹殺と貴種守護獣の破壊だ。お前たちが戦うつもりならば、幾らでも剣を交えよう」
「───させませんッ! ニコにも貴種守護獣にも、もう手出しは許しません……ッ!」
「いつかの決着、ここいらで着けるのも悪くないよな、ニコレットッ! お前も辛酸を飲まされ続けてんだろッ!」
ニコレットが無言でARMを抜いて構える。それを肯定として受け取ったブーメランも同じく武器を抜いて、ルシエドは前頭を低くしながら向かう。
「───さあッ! 足掻いてみせろッ!! 死が俺達を分かつまで、戦い続けるだけだッ!!」
白熱した戦いは、聖域の木々のいくつかを刻み、鳥や獣、魔獣達は巻き込まれては適わないと逃げ出し、周囲にはなんの気配もなくなっていく。
セシリアの魔法を跳ね除け、ザックの剣戟に鍔迫り合いを交わし、ロディとニコレットの弾丸を弾き、被弾しても、処刑人が立ち止まることは無い。
じきに刻まれ続けた木が一本倒れた頃、ブーメランは返ってきた己の武器をその手にして、一行を見据えた。
「───お前たちは戦場を生き抜き、確実に力を付けている。何処まで俺と等しくなるか……」
「待てッ!! また俺達を見逃すつもりかッ!?」
「見逃す? 違う、これは俺を愉しませてくれた餞別であり、死刑宣告だ。僅かだが未来をくれてやろう。永らえた生に可能性を見出せるのなら、牙を研ぎ澄ませておくがいい。次に見える
「……さてはて、また生き残ってしまったね。運がいいと言うべきか否か」
「今回ばっかりはラッキーって思ってもいいと思うよ……」
ブーメランが去った聖域の最奥で座り込む。全員体力の限界で、この時ばかりは疲れ知らずの魔族の体を羨ましく思う。
「……これは……?」
ボロボロになった守護獣像の足元に、さらに小さな石の像が転がっていた。セシリアがそれを手にとって、そっと胸に抱く。
「……ラフティーナ、ジャスティーン、ゼファー……あなたたちの
その手には、すっかり摩耗して形のわからなくなった石の像が三つあった。
「貴種守護獣は、もう力を失っておられるようです。ですがわたしたち人の心に、『愛』と『勇気』と『希望』が蘇るとき、貴種守護獣もその力を取り戻すだろうと……そう、仰いました」
「そっか……わずかでも望みがあるなら、縋っておいて損は無いはずだよ」
これは持っていこう、とハンペンが共同の鞄を指差した。
しかし予想していたこととはいえ、貴種守護獣の力に頼ることも望みは薄い事実は、少なからず一行の胸に暗い影を落としていた。