東の孤島ねえ、とハンペンが呟いた。
「なんともまあ、らしいと言えばらしいかな」
「分かりやすくていいじゃねえか。そこにあるんだろ? 黒い輝きとやらが」
セシリアの学友の協力者の手によって、涙のかけらの解析パターンを元に、魔族たちが提示した黒い輝きとよく似たエネルギーの現在位置を割り出す。そこは東の果てにある絶海の孤島で、とある魔族の研究所があると専らの噂だった。
その周辺で船は行方不明になり、後日船内では魔獣が犇めき合った状態で発見される。アルハザードによる人体魔獣転換を見た後では、恐らくそれらもアルハザードによる実験の餌食になったのではないかと一行は考えた。
「正直、魔族ほどの科学技術を持った敵が、秘密兵器じみたものを外部から発見できる状態で、そのままにしてくのかなっていうのはあるけど……罠の可能性の方が高いよ」
「罠だとしても、こっちから赴かない限りは状況は変わらないわよ。向こうから来るくらいなら、こっちから突撃して、一つでも手掛かりを持って帰れるくらいが御の字よね」
城の会議室の中心でエマがそう言った。ザックはその通りだ、と頷いている。
ひとまず船で現地に向かって、後のことは臨機応変に、という、方針だけはいつも通りのままに会議は進み、解散となった。
準備を整えて翌日、船に乗って東へ、東へと進む。距離的には陸とそう離れていないらしいその孤島へは、それでも海流の流れや風、天気の条件が厳しい場面もあり、凡そ二十四時間で到着した。海で囲まれた島は草木の一本も生えておらず、一陣の風が砂を巻き上げ荒野へと吹き荒んでいる。仮にもしここにあの黒い輝きがあるとすれば、障壁のひとつふたつあるものだと踏んでいたが、予想に反してそこには何も無く、ニコレットが『目』で見た範囲でもそれらしいものは見初められなかった。代わりに、かつては洞窟だった洞穴を切り抜いて作られた岩肌に、いくつもの機械が露出していた。魔獣がひっきりなしに出入りし、決まったルートを辿って、まるで巡回するかのような統率がとれている。恐らくは、あれがデモンズラボだ。
罠の気配をひしひしと感じながらも、一行はラボへと踏み入る。しかし予想に反して、不気味なまでにあっさりと、扉を管理していたらしい機械類を制御していた下級の魔族は倒され、簡単にラボを鎮圧できてしまった。
拍子抜けしながらも、開け放たれた最奥の扉へと進む。
部屋の中心部に据えられた台座のような岩から、巨大な黒い水晶の塊が、回転しながら宙に浮いていた。その前には、一行に立ちはだかるようにして武器を構えた、赤色の女騎士───レディ・ハーケンが、ザックを見据えていた。
「────巫女と、戦士だな。ダークネスティアに傷を付けられる訳にはいかない……ここで、今度こそ消えてもらおうか」
「あれは、やはり涙のかけらと似た……けれど、それよりもずっと協力で、禍々しい、負の輝きです……ッ!」
「涙のかけらの模造品ってところかな。全く、嫌になるほど凄まじい技術力だね」
「────ハーケンッ!! 再会を待ちわびたぜ……お前は一体何者だッ!? その太刀筋、俺が忘れるはずがねえ、そいつは────……ッ!」
「……問うて質したいことがあるのはあたしも同じ……────だがッ! 戦士に言葉は不要! 戦いの中、貴様の剣に語ってもらうぞッ!!」
赤き騎士は巨大な鎌を片手に一行へ向かう。ザックはそれに剣で応戦した。ダークネスティアの前に火花が散る。
だが、勝敗を別けたのはどちらの剣でもなかった。レディ・ハーケンは突如として呻き、頭を押さえながら鎌を取り落とす。甲高い金属音が洞窟内に響き渡り、何事かと警戒のアンテナを張り巡らせた一行の前で、レディ・ハーケンは膝を着いた。
「莫迦、なッ……こんな時に、この身に変調を来すとは……ッ……」
倒れた拍子に外れた兜が、台座の下へ転がって落ちる音が響く。顔色は悪く大量の汗を流しながら呻き、やがて気絶した彼女は、風貌こそ人間の女だ。しかし感じる気配は正しく魔族のものであり、ニコレットと同年代に見える彼女は、茶色の長い髪を石床に散らばし、沈黙した。
一歩一歩、確かめるようにザックが彼女へと近寄る。セシリアが止めようと手を伸ばしたが、ニコレットがそれを制した。洞窟の薄暗い光の元でもはっきりとその顔が視認できるようになったとき、ザックが彼女の名を呼ぼうと口を開き、しかしそれは、突如ダークネスティアから放射された雷のような黒い光でもって吹き飛ばされ、遮られる。
顔を上げれば彼女に付き従うようにしてアルハザードが浮遊し、ダークネスティアは姿を消していた。
「───今はまだ、あなた方にダークネスティアを引き渡す訳にはいきません」
突如、レディ・ハーケンの姿が消える。アルハザードの転移術によってどこかへと飛ばされたようだ。ザックが慟哭する。
「────おおおおおおおおおッ!!! アルハザードッ!!!」
「悪しからず。クカカカ………」
ザックが抜いた剣の切っ先はアルハザードに届くに至らず、それは虚しく空を切った。床に剣が落ちる擦れた金属音がして、ザックが地面に両手をつく。
「何を……ッ!?」
「……俺の、復讐は……ッ! 何のための、何に対する復讐だったんだ……ッ!」
「ザック!? ザックってば……!」
地面についた拳で地を殴り、その手の皮膚が剥がれて血が流れるのも厭わず、ザックは自傷じみたその行為を繰り返す。
「なんで、もっと、俺はッ、俺は─────……」
振り上げた拳を、誰かが止めた。振り返ればニコレットが無表情でザックの手首を掴み上げている。振り払おうと力を込めるも、想像よりもずっと強い力でぐいと引かれ、怯む。
「───詮索するようなことは言わない。それは渡り鳥の暗黙のルールで、それ以前に、私達は仲間だからだ。だがね、君が今成すべきことは、その身にならない自傷行為じゃない」
「そうだよ、ザック……床を殴って何かが変わるのかい? もっと、やるべきことは他にあるだろ?」
「………すまねえ、ハンペン、ニコレット。頭が冷えた───自分のことも話せない大馬鹿野郎だ、俺は……姫さんに顔向けできないな……」
「そんなこと……ありません、ザック。それよりも今は急ぎましょう、足取りが追えるかもしれません」
ニコレットが離した手の治療をして、洞窟を出た。日は一度沈んでから再度昇り、船が遠くに停泊しているのが目に見えた頃、それは突如として大空から大地へと降り注ぎ、一行へと襲いかかる。
「─────ッ! 危ないッ!」
ニコレットがその軌道上に立っていたセシリアとザックを突き飛ばす。そのまま大きく横に飛び、荒野を焦がしながら迫り来る光線を避けた。
「空が───空が割れているッ! アーデルハイドの時みたいに……!」
「……てことは、この光線まさか……ッ!」
一行が割れた空を見上げた。遠くに小さく影になって見える、強烈な存在感を放つ魔族が、こちらを見下ろしている。青色の騎士───ジークフリードだ。
「───悉くとして、暗殺は失敗した。我々を嗅ぎ回りながらお前たちに動き回られると、計画に支障が生じるというもの。我が望むは、お前たちの、確実にして速やかなる死だ」
誰かが何かを言う前に、裂け目から幾つもの光が追い掛けるようにして降り注ぐ。辛うじて避けきることが出来ているものの、巻き上がる砂で視界が悪くなっていく。
「ふむ……現時点の精度では、小さな標的には狙いをつけられぬものだな。だが、それも何時までも持つものではあるまい」
直に、すぐ背後に降り注いだ光線が衝撃と爆風を産み、一行を吹き飛ばす。セシリアの悲鳴が聞こえ、背中から強く地面へと叩き付けられたセシリアは、咳き込みながら背を丸め、痛みに呻いている。
「───姫さんッ!」
「セシリアッ!」
ロディとザックが叫んだのは同時で、その声に反応して目を開けたセシリアが、目の前で風に靡く黒いコートを見たのも同時だった。
「───だめ、……ニコレットッ……!」
僅かに振り返った彼女は、光で目を焼かれぬように片手で覆いながら、不敵に微笑んだ。視界が光に包まれて、強い浮遊感と、岩の破壊される音が耳に響いたと思えば、その音はふっと消えた。
目を開ければ、荒野の景色は光の中に包まれるようにして消えていて、代わりに感じる浮遊感が、切り取られた自分たちの周囲の大地ごと、空へと浮いているからなのだと気が付く。
割れた空に引き寄せられるようにして、自分たちの横を砕けた岩や地面が吸い込まれていく。
気絶から目覚めた時には、一行は浮きながら、星の海が一面に広がる空間を漂っているようだった。
「ここは……一体どうなってるんだ?」
「───目覚めたようだな。ようこそ、次元の狭間へ」
宙に響くジークフリードの声に一行が周囲を見渡せど、そこはただ広い星の海で、無重力状態故に移動さえままならない。
「次元の狭間……亜空間ってことッ!? あのゲートの中身に、オイラたち引っ張られちゃったんだ……!」
「───誰か来る」
ロディがそう呟いた。亜空間の彼方から、何者かの影がこちらへと歩いてくる。それは次第に人の形を象ると、そこに立っていたのはロディその人だ。しかしどこか色合いの違う彼はこちらをただ見詰めながら何も言わず、無表情にARMを持ち上げた。
「ロディッ!? でもこっちに……!」
「───偽物ですッ! 恐らくあれはドッペルゲンガー……他者に化け、その人を殺すことで自己を確立する下位魔族……ッ!」
「───いいぜッ! そっちがその気ってんなら話が早ェ……ッ!」
言うなりザックは剣を抜いて、立ちはだかるドッペルゲンガーを躊躇なく斬り付ける。同じ顔だからか僅かに躊躇したロディの行動をセシリアとニコレットが抜いて、それぞれ魔法と弾丸を叩き込む。その様子に僅かな戸惑いを見せたが、すぐに切り替えたロディがARMを撃つ───よりも早く、亜空間が揺れ、不安定になる。
「無知とは無謀だな。亜空間内で戦闘を行うとは……戦闘によって生じる衝撃の余波は亜空間に干渉し、不安定にさせる。空間ごと吹き飛ぶやも知れぬのだ」
「そうと分かって仕掛けてきたか……手前ェは安全な場所からのんびり観戦ってわけだな? ───だがよ、そこも何時までも安全じゃないぜッ! お前は罠に嵌めたつもりだようが、俺たちにとっちゃお前に攻め入る絶好の好機だッ! そこで震えて待ってろよ───ッ!!」
震える空間に響く声が、尚も怒りによって震えたかに思えた。
「下賎、矮小、卑俗、故にニンゲンは度し難きッ! ───いいだろう、我が元へとやって来るがいい。挑発と知って、尚乗ってやろうッ! その愚弄、高くつくぞッ……!」
歪んだ亜空間は光に包まれる。その眩しさに目を瞑った直後、空気が熱気の籠ったようなそれに変わる。
目を開けた時、美しくも冷たい星の海は消え去り、変わりに現れたのは蒸気と機械と禍々しい闇の雰囲気に溢れた、魔族の拠地───『ゲートジェネレイター』へと、一行は転移していた。