荒野に祈る。   作:四角系

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29.「咎人の工房」

 

 エルゥの村の長───フルカネルリ老は、ベッドに寝かされたロディをある程度診ると、一行を振り返った。

 

「エルゥの力を借りたいと申したな?」

 ああ、とザックが頷く。

「この少年の左腕を治すためか?」

「はい。ロディは大切な仲間なんです。ファルガイアを共に守る、仲間なんです」

「……再び開始された魔族の侵略に抗うために、か……」

 着いてくるがいい、と老は杖を着いて歩き出す。案内されたのは寝室から離れた客間だ。テーブルの上に変わった木の器が四つ置かれ、無色透明の液体が湯気をあげている。

 老はその液体に一度口をつけ、ゆっくりとテーブルの上に置いた。そして口を開く。

「その仲間が人間でないと知っても尚、お前たちは信じ合うことができるのか?」

「ロディの身体が魔族とほど近いものであったとしても、信じている。彼を信じて受け入れてくれる人々が、ファルガイアにも大勢いるんだ」

 ニコレットの言葉に一行が頷き、老はそれを見て、何かを思い出すように遠くを見る。

 

「……ヒトとエルゥは、かつて八機の巨人を建造した。ある程度の状況判断を可能とした兵器はゴーレムと呼ばれたが……ゴーレムは、使う者の意志によって、善き力にも悪しき力にもなりうる」

 リリティアとディアブロのことが脳裏に過った。未だ未確認のゴーレム達も、ファルガイアのどこかで暴走を続けているのだという。

「それを危惧した我々は、やがて兵器に心を求めた。ヒトやエルゥと違わぬ心を……それが『ホムンクルス開発計画』だ。命ある金属によって生体に近い組織を擬似構成し、あらゆる状況や環境に対しフレキシブルに適応するサバイバビリティの確立。心と呼べるまでの完成度を誇る人工知能。魔族の身体をベースに開発されたARMに対し、適応性を高く設定される等、ホムンクルスは完璧な兵器になるはずだった……」

「……そうは、ならなかったの?」

「起動したホムンクルスは暴走し、元になった魔族の血が戦いを求めたのか、研究施設の七割を倒壊させ、最終的に自壊した。稼働前のホムンクルスは全機廃棄処分とされ、一体のみ残された試験体(プロトタイプ)は、地中奥深くに封印されたのだ」

 

 老はロディを見、一行を見た。

「我々はホムンクルスを信じることは出来ない……彼奴は恐ろしい殺戮兵器だ。ましてや、ヒトのような心など……」

「───いいえッ! ロディは殺戮兵器などではありません! 他の誰よりも優しい心を持っていますッ!」

「人間として過ごしてきた年月が、ホムンクルスに本当の心を育んだとでも? ───まさか、有り得ない。そんなことなど……」

「………ゼペットさんだ、きっと。彼が、私達と出会う以前のロディに、心を芽生えさせたんだ」

 老はじっと何かを考え込んだが、やがてゆっくりと首を横に振り、何れにせよ、現在の我々では力になれぬ、と言った。ザックが詰め寄って、理由を尋ねるも、「金属に命を宿す技術など、千年前にファルガイアと共に棄ててしまった」とだけ言った。

 セシリアは項垂れ、ザックは悔しげに拳を握り込む。しかし、第三者がそれに割り込んだ。

 

「ガーディアンブレード……、」

「───マリエル! まだ寝てなきゃダメだよッ!」

「ガーディアンブレードは、命ある金属を鍛えた、守護の剣……バシム兄さんなら、きっと……」

「何を言い出すのだッ! ガーディアンブレードだと……ッ! あれは千年前に暴走して消し飛んだッ! ファルガイアを死の荒野に変えていきながら!」

「知っています! でもこのままでは、本当に世界が滅んでしまうッ!」

 

 貧血状態で大声を出したマリエルは、肩で息をしながら、老をじっと見据える。老はその気迫に気圧され、半歩後ろに下がった。

「───わたしは、過ちから目を背け続け、弱い心のまま、遥かな時を生きたくはありません。わたしに強い心を教えてくれた……やさしさを返してくれた人との絆を、失いたくありません………」

 老は長い躊躇いを見せ、やがて大きく溜息を吐くと、ぽつりと、ここから西へ、と告げる。

 

「ここから西に広がる森……フォレストプリズンを越えた先に、バシムはひとり、居を構えている。……儂から言えるのはそれだけだ」

 

 マリエルは老の背にぺこりとひとつ頭を下げ、一行を見回す。ニコレットは何も言わずに頷くと、マリエルは嬉しそうに微笑んだ。

「……ガーディアンブレードが再びこの世に造られるなど、奇跡にも等しい所行だ。それでも行くのか?」

「奇跡は、自分の手で起こしてこそ、その価値があります。それは、ぜったいにぜったいです」

 セシリアはそうとだけ言い残し、去っていく。後に残された老は溜息を吐いて、疲れた様子で椅子に座り込んだ。

 

 

 森と言えども魔獣もいないただの森では、迷わないように先に進むだけであっという間に森を抜けられる。抜けた先に広がる草原と木々、その中心にぽつんと建つ控えめな家は、エルゥの村の建築様式と同じもので、あれがマリエルの兄であるバシムの家なのだろうと、自ずと察しが着いた。

 道中に三度、ロディに鎮静剤を投与した。感覚が短くなっていると思ったのは間違いではないらしい。

 

 バシムの家の前に辿り着くと、丁度空のバケツを持ったバシムがマリエルの姿を見初め、驚いて声を上げる。

「──バシム兄さん!」

「……マリエル……? マリエルなのか? 一体どうしてここに……!」

 そして、見慣れない客人───人間の姿を見て、怪訝そうに眉を顰める。

「お願い、バシム兄さん……ロディさんを、みんなの大切な人を、助けて欲しいの……ッ!」

「一体、それは……彼らと関係があるのか?」

 

 一先ずは家の中へ、と、工房に通される。工房と言えどそれらしい道具はまるでなく、干された肉や薬草、それらをすり混ぜる乳鉢と乳棒と、見慣れない液体の入った瓶が棚に並んでいる。唯一、部屋の隅に頑丈そうな木箱があった。

 

「……禁忌とされたホムンクルス、か。よもやこうして時と空間を隔てて(まみ)えようとはな」

「ロディさんの腕を治すには、命ある金属が必要なのです。ですから、兄さんにもう一度、ガーディアンブレードを打って欲しいのです……」

 バシムは顔を険しくさせ、ゆっくりと首を横に振る。

「……駄目だ、マリエル。ガーディアンブレードが何をしたか、知らぬ訳では無いだろう?」

「でもッ───ロディさんの腕を治せるのは、バシム兄さんしかいないの……ッ!」

「もう一度この手で世界を引き裂けと言うのか? ましてやそれをホムンクルスに転用するなどと……ガーディアンブレードごと暴走すれば、今度こそ、世界は終わるぞ……」

「───お願いします、バシムさん……わたしたちは、ロディを信じているのです。マリエルも……ロディを信じるマリエルを、信じてあげてください」

「俺からも頼むッ! こいつは俺たちにとって掛け替えのない仲間なんだッ!」

「オイラからもお願いだよ……!」

 バシムはニコレットを見て、そっちは、と言う。ニコレットは顎に手を当てて数秒考えたが、やがてにっこり笑ってこう言った。

 

「何か言わなくても、もうやる気なように見える」

「……フフ、初対面だというのに、結構な言いようだな」

「そ、それじゃあ───」

「───ガーディアンブレードを、彼の失われた左手として打ち直そう。だがそのために、命ある金属そのものと、金属に力を吹き込む『命』の守護獣と、その力を制御する『魔』の守護獣の助けが居る。……そして、命の守護獣は、ここに」

 バシムは頑丈そうな木箱からひとつの石版のようなものを取り出すと、それを机の上に大事そうに置いた。セシリアが驚いてミーディアムです、と声を上げる。

「数日前……フォレストプリズンから光が飛び出して、ミーディアムの形をとった。一目見てすぐにこれが命を司る守護獣のものであるとわかった……何となく、こうなる予感はしたんだ」

 セシリアがミーディアムに触れると、それは眩い光となり、セシリアの胸に吸収された。

 

 マリエルはポシェットからガーディアンブレードの破片を取り出し、バシムへと差し出した。バシムはそれを受け取って、あとは魔の守護獣のみだ、と告げる。

「魔の守護獣は、知識の守護獣でもある。知恵を求める者の前で本の形を取り、その者が最も求めている形態の魔本へと、本の中身を変える。……最後に確認されたのは、確か、『デ・レ・メタリカ』という本だったはずだ」

「『デ・レ・メタリカ』……聞いたことがあります、確か学園の図書館にあったような……」

「───でかしたッ! それじゃあ早速、ファルガイアに戻って、その図書館に行こうぜッ!」

 

 意気揚々とザックが飛び出して、それをセシリアが追いかける。マリエルもまた家を出ようとしたところを、ニコレットが制した。

「マリエル。きみはここで、ロディの看病をしてくれないか。それに、きみ自身にも休養がいるはずだ」

「ニコレットちゃん、わたし……わたし、みんなの役に立てたかな……?」

「───大いに、きみは私達の助けになってくれたさ。ありがとう、マリエル。感服するよ、私達だけでは、きっとこうもうまくいかなかったろうから」

 マリエルをぎゅっと抱き締めて、行ってくる、と言えば、マリエルは腕の中でこくこくと頷いた。

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