荒野に祈る。   作:四角系

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32.「───」

 

「覚悟はしてたけどね。目の当たりにすると、キツいものがあるわ」

 

 波に濡れて一先ずアーデルハイドへと帰る一行を見て、葬儀の帰りにエマがそう呟いた。

「なんの力にもなってやれなかった。あの子の父親にも……私がやった事といえば、ARMを調整してあげてたことくらいだわ」

「……エマ博士の存在は、ニコレットにとっても心強い支えだったと思うよ。家族みたいなものだったじゃないか」

「……、ありがと、ネズミ君」

 関係性の根本にある罪悪感が、彼女の父親の死であることを自覚していながら、それを何も変えてやることが出来なかった。自分は医者でもなければ生物学者でもない。彼女の生まれながらにして定められた三十年の寿命を、自分の手で伸ばしてやることは出来ない。それどころか、それよりも若くして逝ってしまったのを、見ていることしかできなかった。

 けれど、「悲しまないで欲しい」という彼女の遺言は、自分や共に旅をした仲間が自責の念に駆られてしまうことを、きっと見越していた。

 

「さて……弔いがてら心機一転、再出発だわッ! このまま順調にいけば、明後日の昼くらいにはなんとかできそうなのよね」

「なんの話?」

「んーん、こっちの話よ。ああでも、明後日の昼、アーデルハイド方面の空を見てみなさい。吃驚するわよ」

 エマはにっと唇の端を釣り上げて、心底楽しげに笑う。

 

 二日後、ファルガイアの青空に、機械の翼を持つ鋼の鳥が飛んだ。ファルガイアの人間は、凡そ千年ぶりに、大空を飛ぶ術を手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ごぼり。

 

 

「おや、ニンゲンも酔狂なことをするものですね。身体が溶けきる前に魔獣に喰われてしまうかもしれないというのに」

 

 

 

「……もしやそれを狙っておりましたのかな? しかし、(わたくし)も運がいい。千年前より貴方がたの『目』は大変興味深い存在でした。細胞片のみでは解析できず、しかし身体ごと攫ってもあらゆる方法で自死を選択し、四十八時間で完全に消滅してしまう。その消滅に使うエネルギーは、一体何処から出てくるのか……」

 

 

 

「ひとつの檻に生きた複数人の『目』を幽閉した際、殺し合いを始めた時は驚愕でしたよ。貴方がたは「同族殺し」に躊躇がない」

 

 

 

「千年前、もっと色々なことを試したかったのですがね。如何せん大戦は激化し、それどころではなくなってしまって。……しかし私は運がいい。半分以上が溶けて消えていますが、まあ、足りない部位は()()()()()どうとでもなるでしょう」

 

 

 

「丁度ダークネスティアの調整もひと段落ついた所でしたし、足りずともこれもニンゲンの女ですから、非常時の予備程度にはなりましょう。解析して転用できないのなら、身体を利用させてもらうまでです」

 

 

 

「魂を魔族に転嫁させたニンゲンもまた魔族になるのなら、魂のないニンゲンの肉体を魔族に転嫁させた時、果たしてどうなるのか………貴方がたの「同族殺し」、とくと楽しませていただきますよ。クカカカカ………」

 

 

 

 ごぼり。

 

 

 泡が目の前を立ち昇っていく。鼻先をくすぐるそれの感触はなく、ただ、自分がずっと遠いところにいるような感覚がする。

 

 

 指先が酷く冷たい。凍った金属に、ずっと触れているような冷たさだ。ただ、遠いところから何かを、ずっと『見て』いる。

 

 

 それは、水色の風を巻き起こす鼠であったり、その鼠の相棒たる、金髪の髪を緑のリボンで纏めた、勇気に悩む一人の男であったり。

 

 それは、守護獣と心を通わせ魔力を操り、愛に躊躇う一人の少女であったり。

 

 それは、ARMという人智を超えた武器を使い、絶望を知り、希望を託された一人の少年であったり。

 

 ……これは、誰だ?

 

「それは、貴方の敵。貴方が殺すべき敵です」

 

 ……私は、誰だ?

 

「貴方は魔族です。ファルガイアを支配すべき、高位種族なのですよ」

 

 ………………。

 

 

 

「『目』の調整は?」

「概ね順調、といったところです。魂のない弊害でしょうか、応答に所々不安はありますが、肉体に惹かれる形で自ずと自我というものが芽生えるでしょう」

「急げ。決行の日は近い、不確定要素は少ない方がいい……」

「ええ、ええ。勿論、分かっていますとも、ジークフリード」

 蒼い鎧は槍を携えて去っていく。白いマントの異形は、ただこちらを観察するように眺めている。

 

 自分の腕を見た。真っ黒だ。光をも吸い込むような黒は、胸元から下に広がって、この体を形成している。泡の立ち昇る何かの液体に浮きながら、硝子質の球体の中で、胎児のように育て上げられている。

 胸の中の何かがずっと冷たくて、全身が寒くて凍えるようだった。蹲って膝を抱える。頭の中に、誰かがずっと過去を押し付けてくる。それを『見て』いる。これは誰だろう。あれは誰だろう。私とは誰だったのだろう。

 

 私は『私』をなくしてしまって、残った伽藍堂の残骸に、悪意と謀略を詰められる。

 ただ、光が見たいと思った。

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