荒野に祈る。   作:四角系

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33.「パンデモニウム」

 エマとゼペットの弟子達の助力により飛空機械が完成し、幾度かの失敗を乗り越え空を飛んだそれは『ガルウイング』と名付けられた。飛行する赤い翼は、研究者と必要部品を各地から掻き集めた渡り鳥の尽力をもって、荒野に降り注ぐ陽の光を反射している。

 

 守護獣に干渉する何らかのエネルギーの波動が感じられた地点まで飛行する。山脈に囲まれ海からの侵入を阻むその場所にも、空からなら簡単に侵入できると、一行は喜んだ。

 

 

「……ということで、案の定彼らは制空権を手に入れたって訳だ」

「やはりそうでしたか。その目、やはりなかなか便利ですね」

「よく言われる」

 

 白のマントを羽織った()()()魔族が、研究室で会話していた。ひとりは明らかな異形で、方やもうひとりの魔族は人ともそうでないともとれない、しかし腕は光をも吸い込むような黒に染まった皮膚をしている。シニヨンに纏めた黒い髪には、真珠で象られた花の髪飾りをしていた。

「それでは、私は侵入者の対処をします故、貴女は手筈通りに」

 それに何も答えず、黒髪の魔族は姿を消した。アルハザードは開発した魔獣の中から手頃なものを取り出すと、種子状になっていたそれを急成長させる。忽ちのうちにそれは大きく膨れ上がり、異形の魔獣を形成した。

 

 

 ダークネスティアに囚われた、赤い騎士の女を見上げる。魔族でありながら元は人間の女なのだという彼女は、顔を青ざめさせて目を固く閉じながら、黒い水晶に幽閉されていた。

「……レディ・ハーケン、か。こんな状況でなければ、きみとも話がしてみたかったものだけど」

 黒髪の魔族は彼女を見上げ、ぽつりとそう呟く。彼女が何者であったか、教えられずとも知っていた。あるいは、『見て』いたと言った方が正しい。

 一度死を得たからか、己の『目』は想定外のところにまで進化していた。己の過去のみならず、望めば他者の過去、挙句瞬間的ならば一寸先の未来をも見通せてしまった。

 

 侵入者達は倒した魔獣から噴出したガスによって身体の自由を奪われ、三人別々の場所で幽閉されている。しかしザックの懐の中に隠れ潜んでいたらしいハンペンは、彼らに見付からずに同じ牢の中に潜り込めたようだ。やはり魔族は鼠などという矮小な存在を見ていない。一度それにマザーが負けたろうに、と思い返す。

 

 果たして彼女は、より進化した『目』の能力を、アルハザードに伝えることはしなかった。未だ何を『見る』べきなのか、測りかねていた。

 

 

 ──汝は『見よ』。敵を『見て』、味方を『見よ』。巫女の、戦士の意志(こころ)を『見よ』──

 

 

 かつて、守護獣達に告げられた言葉を思い出し、頭を振る。彼らの意志(こころ)にはもう己には不干渉だ。ならば、一体どの立場で、何を『見て』やればいいのだろうか。

 やがて牢の中の配管を通って、ハンペンがパンデモニウムの内部を縦横無尽に動き始めた。鼠の動く気配など一々見てはいないアルハザードとジークフリードは、堂々と内緒話をしている。

 

「……さて。ダークネスティア起動の予備としての私の役割は終わりだな。あとはただ、なるようになる、か……」

 

 彼女は憂うように目を伏せて、その姿は影に溶けるように掻き消えた。

 

 

 やがてハンペンの助力で地下牢を脱し合流した一行は、パンデモニウムの高い塔を駆け上がっていく。

 辿り着いた最上階で、煌々と黒い輝きを放つダークネスティアに囚われたレディ・ハーケンを見初め、ザックは激昂した。

「貴様ッ! エルミナに何をしたァッ!!」

「異な事を仰る。これこそが対守護獣殲滅兵器、ダークネスティアの完全起動状態ですよ。美しいでしょう?」

 ジークフリードと共に姿を表したアルハザードは、不気味な笑い声を響かせる。ザックは怒りで震え、一歩前へと踏み出したのを、ジークフリードは槍を突きつけた。

「お前たちのための特等席を用意してやった。ダークネスティアの黒き輝きがこの星の全土に渡って降り注ぎ、世界を引き裂く様を、そこで指をくわえて見ているがいい」

「この星全土だって? この星は丸いんだッ! そんなこと出来るわけが……」

「出来るんですよ、それが。とても簡単な方法でね」

 ハンペンが思案する。やがてひとつの考えに思い至ったようだ、エルゥのほこら、と呟いて、アルハザードは不気味に笑った。

「そう───生命エネルギーをファルガイア全土に転送させるテレポート装置のひとつであるエルゥのほこら、衛星軌道上にある反射鏡(リフレクター)こそ、我らの計画の要であるのだ。もうじきに反射鏡が予定のポイントを通る……───アルハザード。ダークネスティアの出力を最大にしろ」

「最大? そんな事を……」

「早くしろ、アルハザード。黒き涙のかけらを、ファルガイアに降り注がせるのだ」

 

 アルハザードは黙り込み、何らかの機械を黙々と操作した。黒い輝きはより一層強さを増して、目を閉じていても瞼を突き刺すまでになっていく。ジークフリードとアルハザードは姿を消し、あとには輝きを増していくばかりの水晶と、それに取り込まれたレディ・ハーケンだけが残る。

「クソッ、どうすれば────このままじゃまた奴らの思うがままだッ!!」

 為す術なく、輝きは大きく巨大になっていく。照射の際に発せられたエネルギーが爆発のような衝撃を起こし、一行は吹き飛ばされ、立っているのもままならない。

 

 やがて、パンデモニウムの最上階から、天を裂いて黒い輝きが放射された。衛星軌道上にエルゥが打ち上げた反射鏡が黒き輝きを反射して、ファルガイア全土に降り注がれる。降り注いだ輝きは大地を割り、海を大きく削り、津波や地震、竜巻、数々の大災害を引き起こし、村々の植物は一瞬にして腐り、ファルガイア中の生命は悲鳴をあげた。海辺や山の麓にある村や町のいくつかは災害に巻き込まれ、一夜にして消滅した。逃げ延びた人々もまた、凶暴化した魔獣に襲われ、蹂躙されていく。

「────もう、やめろおおおぉおぉッ!!」

 ザックは叫び、鞘から抜いた剣で、黒い水晶を切り付けた。目にも止まらぬ速さで斬撃を繰り返し、水晶は罅割れ、囚われの身であった彼女は開放される。

 ザックが地面に落ち、地面に倒れ伏した。ふらふらと起き上がった彼女に手を伸ばす。しかし彼女はそれを拒絶し、叫ぶようにして言った。

「エ、ルミ────」

「────近寄るなッ!! あたしは魔族の騎士、レディ・ハーケンだッ!!」

 レディ・ハーケンは、歪めた空間の向こうへ消えていく。ザックは伸ばした手を落とし、その意識は遠のいていく。

 

「ザックッ!? しっかりしてよ、ねえッ! 目を開けてよ……!」

 

 その様を、ただ『見て』いた。

 

 

 

 

「────黒き輝きを最大出力で撃ち出さずとも、計画は遂行できたはずです。それを知らぬ貴方ではないでしょう、ジークフリード」

「………少しばかり興が過ぎただけのこと。目的は果たしている。封印されし魔塔、カ・ディンギルの発見を急げ。守護獣の力の均衡が乱された今であれば、封印を解くのも容易の筈」

「……封印を解くにしては大々的にやったね。きみの行動はまるで、」

「黙れ、紛い物。貴様に発言権は無い───我は、我だ。他の何者でもない」

 黙り込んだ彼女は、黒髪を指で弄び始めた。

 

「アルハザード。あれの行動はどうなっている。生前と何の差異も見られず、ニンゲンと行動がそう変わらん」

「さあ……私にも測りかねます故。本人の自己認知も己を魔族だとしているようなのですが、魂のない分肉体の方に強く惹かれているのか、生前の行動を模倣しているのか。何れにせよ「計画」には何ら支障はないと判断致しました」

「……良いだろう。紛い物。貴様に任務を与える。────あのニンゲン共に更なる絶望を叩き付けた上で、速やかに殺せ。武器はアルハザードの用意したものを使え」

 彼女は無言で手をひらひらと振り、その空間から消え去った。

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