ごぼり。
とうさん。どうしてわたしのめは、はいいろなの。
───お前が俺の子だからだよ。父さんの目も灰色だろう。きっと、この目のせいで色々な苦労をお前にはかけるだろうけれど、これだけは忘れないでくれ。その目は、父さんからの贈り物で、その黒髪は、母さんからの贈り物だ。
とうさん。どうしてわたしには、かあさんがいないの。
───母さんはお前を産んですぐ後、死んでしまったんだ。でも、お前には母さんから、色々な贈り物を貰っているんだよ。それに、父さんもいる。できる限り永く、一緒にいるよ。
父さん。どうしてあの人たちは、わたしたちにひどいことを言うの。
───ARMは、信心深い人からは忌み嫌われるものなんだ。けれど俺たちは、ARMに同調しやすい力を持って生まれ、その力で今日まで生き残ってきた。お前も、もう少し大きくなったら、ARMを持てるようになる。そうなったら、父さんのARMをあげるよ。
父さん。どうして私たちの目には、こんな力が宿ってるの。
───『見る』んだ。貫かれたら痛い場所。急所を『見ろ』。弱点を『見ろ』。そこを狙え。そこを撃ち抜け。───お前にならできるはずだ。たとえお前がそれを望んでいなくとも。生きるために。命を繋いでいくために。俺には、もう時間が無いから。
父さん。
父さん。
父さん。
どうして、私をひとりにしたの。
ごぼ、ごぼ、ごぼり。
意識が浮上する。懐かしく哀しい夢を見たような気がしたが、それがなんなのか、もう覚えてすらいなかった。目を開けようとして、ニコレットはその所作が何かによって阻害されていることに気がついた。腕を動かすことすら酷く怠く、ゆっくりと目元に手をやると、ガーゼ質のざらりとした包帯の触感がある。
「──ニコレット、」
暗闇の中から、震える声で名を呼ばれる。ロディか、と呼びかけると、誰かが微かに動く気配と、衣擦れの音がした。
「すまないロディ、サングラスは何処だろう」
手をあたりに右往左往させると、ふと硬い感触が乗せられる。指先で触れて確かめれば、やはりそれはサングラスだった。包帯をずらして外し、サングラスをかけ、目を開ける。見慣れたキャメル色に染まる視界の中心で、ロディが眉根を寄せ、今にも泣きそうな表情で、こちらを見ていた。どうやら城の一室に寝かされていたらしい、上質なベッドの反発が手のひらを押す。
「その、……ロディ?」
「ニコレット」
「うん」
「目は、大丈夫?」
「ああ、うん。もう大丈夫、瞳孔も普通の形をしてるだろ──」
「そっちじゃ、ない。そっちじゃないよ、ニコレット」
ぐ、と唇を噛み締めて、ロディがニコレットの顔をじっと見た。ニコレットはどうしたらいいのか分からず、ぱちぱちと瞬きをしている様子を見て、ロディはニコレットから視線を外し、俯く。
「心配、した」
俯いたまま、ロディがぽつりとそう言った。ニコレットは目を張って、そろりとロディに手を伸ばす。
「そうか、──そうだな。そうだったな。」
目の前で人が血を流し倒れるそれは恐怖そのものでしか無かったはずだ。孤独にひとりで咽び泣くこの子なら、尚更。ニコレットはやっとそのことを理解して、ロディの頭を掻き抱いて、青い髪を梳く。
「ごめんね、ロディ。心配かけたね」
ロディが引きつけのような声を洩らし、ぎゅう、とニコレットの背中に縋り付く。胸元に顔を押し付けて、声を押し殺して泣いていた。しばらくの間、心臓の音を確かめるように、二人で抱き合っていた。
「おーおー、見せつけてくれちゃって」
オイラたちがいるの見えてないのかな、とハンペンが零したのとほぼ同時、ロディが跳ねるようにばっとニコレットの胸元から離れた。茹で上がった蛸のように顔を真っ赤にしているのを、部屋の隅に固まっていたザックが苦笑いで、セシリアはあらまあとにこにこしながら二人を見ている。
「セシリア、きみ、髪が」
「──はい。わたしは、ザックとロディ、ハンペンのお力を借りて、涙のかけらを取り戻す旅に出ることにしました。……黙っていてごめんなさい、ほんとうのわたしは、この国の姫なのです。」
「ああ、まあ、それは薄々わかっていたけど」
「えッ……!?」
「なッ……なんで言ってくれなかったんだ!?」
「薄々って言ったろ、憶測の域を出ないのによく知りもしない子のことをあれこれ吹き込むなんて、不誠実だよ。──それにしても、私は除け者のつもりかい。寂しいじゃないかセシリア」
髪の短くなったセシリアは、おろおろと宙に浮かせた手を右往左往させ、どう言ったものかと思案している間に、ロディは首を横に振り、駄目だ、とニコレットに言った。
「ニコレットは、さっきまで目から血を流して気を失ってた。病気なら、安静にしてた方がいい、と思う」
「──ああ、あれか。心配かけさせておいて説得力の欠片もないが、あれならもう心配いらない。対処法ならわかっているからね。
一種のリバウンドのようなものでね、光に過敏で無茶をするとああなる。──あの時、亀裂から猛烈な光が落ちたろ。本当は陽の光にもかなり弱いんだが、一気に大量の光を浴びたからああなったんだ、サングラスさえしておけば問題ない」
「あの……もし、差し支えなければ教えていただきたいのですが、あの目は、一体何なのでしょうか?……わたしから見ても、医者に見せても、ニコレットさんの目そのものは色素が極端に薄いこと以外は、ごく普通の眼球でした。けれど、戦闘中に見せたあの目は……」
構わないよ、と、ベッドに腰掛けながらニコレットは言う。
「私の目……というか、私の一族はどうやら代々この目でね。とはいえ私も父から断片的に聞いた話でしか知らないんだが、望むなら何でも『見る』ことができるらしい。そうだな……分かりやすく言うなれば、『千里眼』と例えた方がいいかな?」
そして、私の一族は代々、ARMと同調する力もそれなりに強かった。ニコレットはそう言って、「ロディほどじゃないけどね」と笑う。すると、黙り込んでいたロディがふと口を開いた。
「ARMは……、使用者と同調することで、その力を発揮する。『見る』力が強ければ、狙った場所に弾が当たりやすくなる。……そういう、ことかな」
「そうだね。概ねその認識で構わない。──言わば、私はスナイパーライフルのスコープであり、ターゲットマークの十字架であり、引き金を引く力だ。代償として、どんなに微弱な光にも過敏に反応してしまう。洞窟で掲げたランタンたった一つでも」
話を戻そう、とニコレットが手をひとつ叩いた。
「セシリアは三人と旅に出るんだろう?私もついて行きたい」
「え……ッ!? そ、それは……力を貸していただけるというのであれば、大変ありがたいのですが……」
セシリアはちらりとロディを見、ロディは険しい顔をして、眉間に皺を寄せている。似合わない顔だと、呑気にもニコレットは思った。
「私にだってきみに恩がある。間抜けにもブッ倒れた私を介抱して城で看てくれたのはきみだし、恩を返すのは道理だろう?」
「え、えと……その……」
「ハンペンにだって色々話を聞きたい、彼の話は興味深いからね。ザックの私に対する誤解も解けていないし」
「わお……やっぱり見る目あるなあ。」
「なんか俺がオマケみてえな扱いじゃねえか?」
「それから、これが一番の理由なんだが──ロディの旅に、私も着いていきたい。これでは駄目だろうか?」
たっぷり数刻の時間をかけて、ロディがぽつり、わかった、と頷いた。
「でも、無茶しないで。──今日みたいなことが、もう起こらないようにしてほしい」
「ふーむ、わかったよ。できない約束はしない主義だ、約束する。
──改めて、自己紹介をしようか。私はニコレット・スティーブン、スナイパーライフルのガンナーだ。」
「……ザック・ヴァン・ブレイスだ。トレジャーハンターで、早撃ちって呼ばれる居合を使える」
「オイラはハンペンさ! 古い言葉で「竜巻」って意味の亜精霊だよ」
「セシリア・レイン・アーデルハイドです。紋章魔法に心得があります」
「ロディ・ラグナイト、です……?えっと……」
「……締まらねえヤツだな、そこは「年上の女が好みです」とか言っとくんだよ」
「えッ!? お、おれはそんなんじゃ」
「へえ、ロディは年上がタイプなのか! 誰だろう、エマとかかな。それともセシリアくらいの年齢差?」
「………………」
「嘘だろ……?」
本気で言ってる?とハンペンに責めるような口調で詰め寄られたため、ニコレットは慌てて「すまない、深くつっこんでいい話題じゃなかったな」と謝罪した。ロディは力なく笑ったが、ザックはいっそ哀れになってきたな、と呟いた。
「まあ……兎にも角にも、よろしく頼むよ。」
ニコレットが手を差し伸べ、各々がそれに手を重ねる。奇妙とも呼べる渡り鳥の
書き溜め分ここまでです。