霊峰ゼノム山でバルバトスと戦った一行は、魔族を退けることこそ叶わず、集落へと戻り酋長に報告した。ここにいながら感じた、と語る酋長は、「エルゥの祠に向かえ」という導きを告げ、一行は森の中にぽつりと聳えるエルゥの祠へと赴いたのだった。
エルゥの祠の祭壇に立てば、眩い光に包まれる。凄まじい速さで空に上がり、大気圏を突き抜けて、気が付けば別の祠へと到着していたが、ニコレットはふらふらと、顔を青ざめさせていた。
「ニコレットさん? 大丈夫ですか……?」
「ああ…………いや………酔った……」
きもちがわるい、と吐き気を抑えて蹲る。『目』を通じて、揺れる船の上で文字を読むかのように、理解のできない様々な情報を押し付けられたような心地だった。エルゥというのも中々親切じゃない、と思いながら、背中を摩るロディとセシリアに、もう大丈夫だと告げて、立ち上がった。
祠から歩き森を抜ければ、見える位置にセントセントールという街がある。集落から海を越え遠く離れた位置に存在する都市であり、船で向かって陸を歩き数ヶ月の道をほんの数分で飛び越えて辿り着いた。エルゥの技術には目を見張るものがあるねと、ハンペンが呟く声が聞こえる。
「──あの町、どうして覆われているんだ?」
「えっ?」
その言葉に一行がセントセントールへ目を凝らすも、石造りの外壁はあれど覆われているという様相ではない。何が見えてんだ、とザックが尋ねれば、ニコレットはふむ、と、サングラスをずらして『見る』。
「不可視の障壁のようなものに見える。……中はよく見えないな。封印の要石とよく似た妨害だ」
「ということは、あの町にも封印が施されているのでしょうか?」
「……そういえば、聞いたことがあるよ。セントセントールは守護獣の像由来のエネルギーで、町全体に障壁を張ってるんだ」
「なるほど。まあ人間に害を及ぼすものではないだろう、とにかく行ってみよう」
そうして、町へ一歩踏み出すその時だった。障壁を乗り越えんとしたその時、電気の弾けるような大きな音がして、全員が吹き飛ばされる。
「なッ……なんだッ!?」
「すわ、一大事ッ! ……かと思えば。」
障壁の向こうで、誰かが首を傾げて、一体なんだとこちらを観察している。吹き飛ばされた痛みに呻き、文句のひとつでも言ってやろうとザックが身を起こせば、その人物は一行に、お前たち人間じゃないのか、と投げかけた。
「はあ? 俺たちの何処が魔獣に見えるんだよ。」
「セントセントールは町全体が巨大な結界で覆われて、魔獣の侵入を許さないようになっている。人間に擬態する魔獣がいないとも限らないしな」
ザックの肩口のあたりでもぞもぞと身動ぎしたハンペンを掴みあげ、掲げる。
「俺は人間だ、どっからどう見てもわかるだろ! それともこの足の短い亜精霊がマズかったのか?」
「セントセントールの結界は、魔獣の類と、精霊、亜精霊…使い魔などを識別して、侵入を阻止する。そいつはお前のペットか?」
「──どいつもこいつも心外なッ! こんな不当な扱い、初めてだよッ!」
亜精霊は町に入れないのですかとセシリアが問うと、男はいいやと首を振る。
「亜精霊程度の微弱な反応なら、人の身に紛れさせて誤魔化すこともできるだろう。懐に放り込んでギュッと抱いたまま入ってこい」
「だってよ、ハンペン。脚の長い俺様の寛大な心に感謝しろよな」
「はあ!? ザックなんか脚が長いだけでなんの取り柄もないくせに、そんな奴に寛大な心なんてあるもんか!」
「そうだぞザック。それに脚は私の方が長い」
「いやいや、そんな訳あるか──」
「じゃあ腰骨の出っ張ったところに手を当てて、比べてごらんよ──」
「──数センチくらい誤差──」
そんなところで変な喧嘩してないで、入ってきたらどうだと男が促した。ニコレットは勝ち誇った笑みを浮かべ、ザックは地団駄を踏む。ハンペンはぽつり、「なんでこんなに締まらないんだろ」とごちた。
「そうだ。君らは渡り鳥なのだろう? ひとつ頼まれてくれないか」
最近町で神隠しが頻発していてね、と語る男は名をヘネンロッターと言った。ヘネンロッターは続ける。
「一時行方不明となった者も、時を置いて無事に発見される。事件性に乏しく、公務として扱いにくいんだ。だから、君達渡り鳥に騒動の真相を調査してもらいたいと思ってね」
「調査って言っても、何をすればいいのさ?」
「町の外れに、ケイジングタワーという古い塔がある。行方不明者はその周辺で発見されることが多くてね、私はそこに何かあると睨んでいる──行って、見てくるだけでいい。報酬は払う」
どうしましょうか、とセシリアが振り返る。
「封印に関係あるかなあ」
「でも、困ってるみたいだ……」
ロディは心配を浮かべた眼差しで、仲間を見回した。
「ううん。まあ、でも、この町にずっといても仕方がないし、今はとにかく足で稼いで情報を探す方が先決じゃないかい」
「では、受けるということでいいな?」
ニコレットは、ロディ達に目配せして、それでいいかと促した。ロディは頷き、ヘネンロッターは、地図にケイジングタワーの場所を書き記す。
「気を付けるんだぞ。罠に塗れた古い塔だ」
「ああ、まあ、なんとかなるだろう。」
この町では『目』がうまく働かないから、早く出たいのが正直なところだった。
「しかし本当に……古い塔だな、ここは。」
「何のために建てられたのでしょうか?」
「さあ……何らかの機械施設だったことは間違いないだろうけどね」
もうすぐ頂上だ、とニコレットが呼びかける。宝箱に仕掛けられた罠は難なく突破し、高低差は酷く大きいものの、脅威という程ではない。道中なにか怪しいものでも見たかと言われると、そういうこともなく、一行は拍子抜けした。
最上階は、四隅にコイルにも似た柱が突き出した、がらんとした空間だ。何も無いな、とザックが辺りを見渡しながら、中央に歩く。ハンペンが肩口で罠の可能性について忠告したが、そんな気配も無さそうだった。
だが、突如として空間が歪む。響き渡るような笑い声が空間の奥底から聞こえ、一行は咄嗟に戦闘態勢を取った。
「誰だッ!?」
「ベルセルクから報告を聞きましたよ。──貴方がたですね? 守護獣と接触し、導かれた人間というのは」
空間を割って現れたのは、宙に浮く白いマントだった。禍々しい装飾の施されたそれは、恭しく礼をするかのように腕を動かす。
「──私の名はアルハザード。セントセントールに封印されたマザーを解き放つために参りました。
私は暴れ回るのは苦手ですので……無駄なく、スマートにやらせていただきますよ。セントセントールにはちょっとした実験も兼ねておりますので、邪魔をされると非常に厄介でして。」
退屈はさせませんよ。アルハザードを名乗る魔族はそう言い放つと、ぱちん、とひとつ指を鳴らす。再度空間が捻れ、その奥からずるずると這い出でるようにして、魔獣が立ち塞がった。
「塔内に封印されていた、ナイトゴーントを使わせてもらいましょう。私は私で、任務を終わらせてきますよ。それでは」
「待てッ──!」
駆け出したザックの目の前を、突如として現れた障壁が阻む。四本の突き出した柱から電流が流れているのが見える。
「待ってザック、障壁だよ!」
「ええ、その通り。小さな御仁は博識なようで──私にかまけている場合ではありませんよ。封印の期間で多少なりとも弱っているとはいえ、ナイトゴーントの能力は折り紙付きですから。」
ではこれで。言い残したアルハザードの周囲の空間が歪み、白いマントの魔族はその奥へと消えていく。ニコレットはARMを構え、戦うしかないな、と呟いた。ロディとセシリア、ザックはお互いに目配せし、ひとつ頷くと、各々の武器を構え、魔獣へと向かっていった。
「──クソッ、これでも駄目かよ……ッ」
「どうにも、あの柱から供給されるエネルギーで障壁が作られてるみたいだ。内側からじゃ干渉できないな」
魔獣を斃した一行は、障壁の内側で立ち往生していた。障壁に幾度も体当たりし、果てに剣まで抜いたザックは、結局目の前の壁を破ることは適わず、その場に座り込む。エネルギーがいつかは枯渇することを祈って待ち続けるしか今は策がないと結論付け、ニコレットは腕を組んで思考するが、いい案は浮かばない。
「おいハンペン、この壁、解除の手立ては無いのかよ?」
「そんな事言われても……。」
すると、梯子を登る音が響く。かん、かん、かんと靴底が金属を叩く音は、確実に此方へと登ってきている。それが、二足。
「……ねえ、仕入れた情報だとここに賞金首──ナイトゴーントがいるはずよね。」
「左様でございましたが。」
黄色いドレスに身を包んだ少女は、一行をぐるりと見渡して、これは何よ、と憤慨してみせる。
「このおっちょこちょいが、凶悪凶暴のナイトゴーントなの?」
執事服を纏う初老の男性が、私共と同じ賞金稼ぎでは、と少女に告げた。「──それにしても、随分とお困りのご様子ですが、如何なさいますか、お嬢様。」
少女はそうねえ、と逡巡を見せると、一行へと向き直る。高圧的な態度をそのままに、見下ろすかのように「ねえ、助けてあげよっか」と言った。
「そりゃ、助けられるのなら助けて欲しいけれど」
「そうよね。でも、あたしたちも賞金稼ぎ。アガリの見込めない仕事に手をつけるなんて、プライドが許してくれないのよね──言ってること、わかるでしょ?」
「ふうん。金か」
そういうこと、と頷いた少女に、セシリアがお金を取るのですか、と憤慨する。
「わたしたちは、封印を守るためファルガイアの平和をッ──」
「ノンノンノン、いるのよねあんたみたいなやつ。どこぞの精神世界から壮大な前世と任務を授かる輩が。」
「違います! わたしたちは本当に……」
少女はあからさまに響く大声を出して、セシリアを制する。
「あたしはね、『報酬』が欲しいだけ。あたしたちがあんたを助けて、あんたたちは、あたしに報酬を払う、そういう仕事の等価代償よ。──あんたの背負ってる人並外れたかっこいい設定なんて、これっぽっちもキョーミないのッ!」
「──わかった。いくらだい?」
「さっすが、そっちのオバサンは話が早いじゃない。──五〇〇〇ギャラってところかな?」
「そんなに払えるかよッ! 相場調べて出直してきなッ!」
「あら、命の価値なんて変動相場制よ? 今の自分の状況を正しく理解してるのかしら。」
あたしは見ず知らずの人がどうなったところでどうって事ないけどね、とおざなりに言う。ニコレットはふむ、と唸り、少女の提案に頷いた。
「わかった、私が払おう。払えない額じゃない」
「ふうん、立派じゃない。年長者の意地ってヤツ?──ま、そうこなくっちゃね。そこで見てなさいッ!」
少女は懐から金色の銃を抜き取り、銃口を石柱の一本に向け、引き金を引く。破裂音と破壊音が連続して響き、柱の一部が崩壊すると、忽ちのうちに障壁は消え去った。
「──ARMだ! ロディとニコレットと、同じ……」
「じゃ、仕事はしたんだから、払いなさいよね」
どうぞ、と五〇〇〇ギャラを差し出したニコレットの手から拐うようにして、少女は金額を確かめ、確かに、と頷いた。
「一瞬とはいえ仕事相手なんだし、自己紹介はしとくわね。あたしはジェーン・マックスウェル。地元じゃお姉ちゃんの次に美人と評判なのよ」
「世間では、カラミティ・ジェーンの方が通りが宜しいのではないかと。」
「カラミティ・ジェーン? ──きみはもしかしてニコラの娘か? うわあ、懐かしいな! 大きくなったなあ、まだ赤ん坊のきみを、私が抱っこしたこともあるんだよ。そうかあ、渡り鳥になってたなんて。賞金稼ぎのカラミティの噂は聞いてたんだが──」
「──ちょっとッ! その名前、あんまり好きじゃないし、第一知らないオバサンに親戚面されるのも嫌なんだけど!」
「恐れ入ります。ニコレット様も、御息災なされていたようで何よりです」
「きみとも久しぶりだな、マクダレン──おっと、待てよ。来るぞ」
「来る? 来るって何が──」
突如として空間の歪みが三つ発生し、またもやずるりと魔獣達が這い出してくる。──ナイトゴーントだ。先程斃したものとは別個体らしいそれらは、一行を見初めると、すぐさま襲いかかってきた。
「障壁の消失に反応して、封印が解けたのでしょうか……!?」
「なによもう、でも楽チンぼっきりで稼がせてもらったんだし──正直腹立つけど──まあいいや、アフターサービスくらいはしてあげる。」
「それは有難いな。きみのARMの腕前、是非とも見せていただくよ」
「だからッ! そういうのやめなさいよ! あんたみたいな詐欺師知らないったら──!」
来るぞ、と誰かが叫んだ。
「今度こそ、退けられたようですね……」
「ハア、終わりよ終わり。じゃああたし帰るわ。縁があったらまた逢いましょ……詐欺師以外と」
「詐欺師じゃないんだけどなあ……」
カツカツとヒールを鳴らして去ったジェーンをあとに、私達も急ごうと促す。ケイジングタワーを後にセントセントールへと向かおうとする直前、ロディがニコレットに尋ねた。
「大丈夫?」
「ん? 何が──ああ、五〇〇〇ギャラの件かい? 大丈夫だよ、私個人の金だから共同の財布には影響ない」
「そうじゃなくて、いや、それなんだけど、……五〇〇〇ギャラ、返すよ、ちゃんと」
助けてもらったから、とロディは呟く。ニコレットは首を振り、ジェーンの言う通り、年長者の意地だから、と断った。
「まあでも、そうだな。どこかの町でなにか奢ってくれたら、それでいいよ」
「二人とも早くッ! セントセントールに魔族の手が伸びる前に、なんとかしなきゃなんだよ!」
「ああ、すまないハンペン。──行こう、ロディ」
町に近付くにつれ、セシリアとニコレットは真っ先に異変に気付く。町を覆っていた障壁が消え去っており、町の中はあろうことか魔獣が闊歩していた。
「なんだ……? 襲われたって様相じゃないみてえだが。一体何が起こってるんだ?」
「まるで、これは」
神隠し、とセシリアが言った。とにかく、とハンペンが仕切り直す。
「詰所に行って、ヘネンロッターさんに話を聞いてみようよ。何かわかるかもしれない」
ニコレットは、町の中央に位置していた守護獣像が、粉々に砕かれている様相を『見た』。生存者はいないかと探るも、その気配すらひとつもない。
魔獣をいなし詰所に辿り着いた一行は、やはりその中も伽藍堂として人ひとりいないことに唖然とする。床に落ちた日誌には、前触れなく突如として町の中に魔獣が現れたこと、生存者は直ちにエルゥの祠から港町ティムニーへと向かってほしい旨が、荒々しい筆跡で書かれていた。
ニコレットはふと、嫌な考えが頭を過ぎった。定期的に居なくなっては無傷で帰ってくる住民たち。アルハザードの言った「実験」。突如、町の中に湧いて出るようにして現れた魔獣たち。
まさかな、と、ニコレットは頭を振って、その考えを打ち消した。