Side 零斗
「あぁ……疲れた……」
家に帰ると、俺はすぐにソファに倒れ込んだ。
「なんで休日にこんな疲れなきゃいけねぇんだよ……」
今日は休日だった。それがどうして、アヴァロンの書類仕事に追われていた。他にもドラマ撮影のスケジュールの調整に雑誌の撮影をするモデル達のメイクに付き添い、撮影スタジオの片付け等々……
まぁ俺がやらなくてもいいような仕事も任されたが、そんなことより休日を潰されたことの方が問題だ。
しかし、もう既に夜9時。流石にこれ以上仕事をする気にもならないし、風呂に入って寝──
(ピンポーン……)
インターホンが鳴る音が聞こえてくる。多分、例の奴等だろうな。俺は玄関に向かう。
「零斗!よかった……ちょっと力貸してくれる?!」
扉を開けると、生傷だらけのハジメがバニーガール?らしき格好をした少女を背負っていた。少女の意識は無く、身体には目立った外傷は無いが、酷くやせ細っていて骨が浮いて見えてしまう程だった。
「……分かりました、事情は後程聞きます。先ずは、その方を二階の客間に運んでください」
「うん!」
ハジメは女の子を背負ったまま、階段を上がっていく。暖かいお湯を入れた桶とタオルを持ってハジメのいる客間に向かう。
「それで……何があったんですか?」
ハジメが連れてきた女性を見て、俺は眉をひそめる。明らかに何かしらの事件に巻き込まれているのは間違いない。だが、今はそんなことを気にしてる場合ではない。まずはこの人をどうにかしなければ。
俺は彼女の首元に指を当てて脈を測る……まだ生きてはいるが、かなり衰弱している。にしても……
「随分と露出度の高い格好をしていますね……」
正直目のやり場に困る。それに、よく見るとこの人、頭に兎のような耳がついている。
「かなり完成度は高いですね、特にこの耳……ん?」
女性の頭についている耳をよく観察すると、微かに動いているように見えた。まさかと思い、俺は彼女のウサミミに手を伸ばす。そっと、優しく触れてみる……本物だ。
付け根の部分まで辿っていくと、そこには確かに人の肌があり、しっかりと血が通っていることがわかった。
「……とりあえず命に別状はなさそうですね」
「その子……大丈夫なの?」
「えぇ……怪我とかもしてないみたいですし、重度の疲労と軽い栄養失調状態ですね」
「……良かった」
ほっと胸を撫で下ろすハジメ。しかし、そうなるとこの人一体なんなんだ?
「……とにかく、暫く安静にしていれば目を覚ましますよ。それまでゆっくり休ませましょう」
「そうだね……ありがとう零斗」
それから、彼女をベッドの上に寝かせてからリビングに戻り、テーブルを挟んで向かい合うように座る。
「……それで?今回はどんな面倒事に首を突っ込んだんですか?」
「うっ……やっぱり怒られるよね……」
当たり前である。いつもの事ながら無茶ばかりするからこうなるのだ。少しくらい反省して欲しいものである。
「と言っても、路地裏であの子が倒れてるのを見つけて、つい……」
「『つい』じゃないでしょう……」
まあ、でも今回に限って言えば仕方がないかもしれない。目の前で倒れている人が居たら助けようとする気持ちはよく分かる。
「……はぁ〜、もういいですよ。次からは気をつけて下さいね」
「ごめんなさい……」
しゅんとするハジメを見ていると何故かこっちが悪い事をした気分になる。俺は小さくため息をつく。
「もう夜遅いですし、泊まっていった方が良さそうですね」
「……そうだね」
時刻は既に午後十一時を過ぎており、終電も逃してしまった為、今日はこのままここに泊まってもらうことにした。
「私は彼女の着れそうな服を見繕って来ます、その間彼女についていてもらえますか?」
「うん、分かったよ」
俺の部屋を出て、自室に向かい、クローゼットの中から適当な服を取り出して再び少女の眠る部屋に向かう。
(あの子は一体なんなんだ?明らかにこちらの世界の者じゃねぇし……それこそユエも人間じゃないみたいだし……)
そんなことを考えつつ、未だに目を覚まさない少女の顔を見る。
「大丈夫かな……」
「命に関わる様な怪我はありませんから、心配する事はありませんよ……まぁ、目覚めた後、どうなるかはその時になってみないとわかりませんけどね」
スヤスヤと寝息をたてて眠っている少女を見ながら考え込んでいると、少女がゆっくりと目を開く。そして、俺の顔を見ると驚いたような表情を浮かべた。
「お目覚めですか?体調の方はどうでしょうか?どこか痛むところとかありますか?」
少女は身体を起こすとキョロキョロと辺りを見渡す。その瞳には不安の色が浮かんでいて、今にも泣き出してしまいそうだった。そんな少女の頭を優しく撫でるハジメ。
「大丈夫だよ、大丈夫……」
(まるで母親みてぇだな……)
少女はハジメの言葉を聞いて安心したのか、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「……ここはどこですか?あなた達は誰?」
「私の名前は零斗、こちらは私の友人のハジメ……君を助けた張本人です。さて、ここが何処なのかという質問に関しては貴女の望む答えはあげられませんが、少なくとも貴女が思っている場所ではありませんよ」
その言葉を聞いた瞬間、少女の目つきが鋭くなり警戒心を強めるが、すぐにその目は弱々しいものへと変わる。俺はなるべく優しい口調で話しかける。
「まずは落ち着いてください、何も取って食おうなんて思ってないですから……ただ、いくつか聞きたい事があるんです」
「……はい」
「ではまず、お名前を教えてくれますか?」
「……名前……は……」
名前を聞かれると、彼女は顔を俯かせる。やはり、何か事情があるようだ。俺は彼女の手を取り、そっと握る。すると、彼女の身体が小さく震える。
「大丈夫……大丈夫です」
「……はい」
もう一度、今度はしっかりと手を握り直す。そうして暫くの間待っていると、彼女がポツリポツリと話し始めた。
「……私はシア・ハウリアと言います……それ以外は何も覚えてません……」
彼女の話によると、目が覚めたら路地裏に倒れていて、そこからの記憶が無いらしい。
「……なるほど、分かりました。ありがとうございます」
「いえ……あの、それで、私はこれから……」
「……とりあえず、暫くはここで暮らして貰います。行く宛も無いんでしょう?」
「は、はい……」
そう言うと、また下を向いてしまう彼女。ハジメはそんな彼女を抱きしめる。いきなりの行動だったので少し驚いてしまった。
しかし、それ以上に驚きなのは彼女の反応である。最初は戸惑っていたが、次第に肩を震わせ嗚咽混じりの声を出しながら泣いていた。
「うっ……ぐす……ひっく……」
それから暫く経って、ようやく落ち着いた彼女に改めて自己紹介をする。
「では、改めて……これからよろしくお願いしますね、シアさん」
「はい、えぇーっと……零斗……さん」
「呼び捨てで構いませんよ」
そういうと、少し照れた様子を見せる。
「わ、わかりまひた!」
……噛んだな。俺は苦笑いをしながら、ハジメと顔を見合わせるのであった。
「さぁ、もう遅いですし寝ましょうか。明日は色々と忙しくなりそうですしね……」
「そうだね、じゃあ僕はソファー借りてもいいかな?」
「えぇっと……私と一緒にベットで寝ますか?」
シアがボソリと呟き、それを聞いていた俺とハジメの動きが止まる。まさかの発言である。
「いやいやいや!流石にそれはダメですよ!!」
(何言ってんだよコイツ……)
「じょ、冗談ですよ……」
「そ、そそ、そうだよね」
シアが少しだけ残念そうな顔をする。俺は何も見てない……うん、そういう事にしよう…… その後、軽くシャワーを浴びてから眠りにつく。今日一日で色々な事がありすぎて疲れていたのか、布団に入るとすぐに睡魔に襲われる。
(あの子は一体なんなんだ?それにユエも……)
そんな疑問を抱きつつも意識は闇に落ちていった。