Side 零斗
「零斗!俺と勝負しろ!」
八重樫道場にて後輩門下生達と打ち合っていたところ、いきなり天之河がやってきてそう言った。
「お断りします」
俺は即座に断った。だが奴は諦めずさらに続ける。
「お前が雫を脅して、無理矢理付き合ってる事は知っている!!」
「は?」
俺は耳を疑った。今コイツなんて言った?雫を脅した?無理矢理付き合った?
「……何を言っているんですか?」
「とぼけるつもりか!?雫の気持ちも考えずに好き勝手やってるくせに!」
俺はその言葉を聞いて、怒りを通り越して呆れ果てた。そして同時に理解した。つまりあれだろ?天之河は自分の思い通りにならないからって嫉妬しているだけなんだろ?
くだらないにも程があるわ。だからそんなしょうもない事を言って、俺に恥をかかせて嘲笑いたいわけだ。だってそうだろ?そうでなきゃ……
「狂ってる……」
門下生の誰かがボソッと言った。消え入る様な声で、俺と言った張本人以外には聞こえていないだろう。しかし、その一言で十分だった。
(あぁ、そういうことね)
何となく分かった。要するにコイツは"自分の理想通りに動かない俺"が許せないんだ。それで俺をどうにかして屈服させて、優越感に浸りたいのだ。実に人間らしい思考回路だ。
「はっ!何か言ったらどうだ!!負け犬め!」
「…………」
俺は無言のまま、天之河の方へ歩み寄る。そしてそのまま鳩尾を殴りつけた。
「ぐぇっ……」
情けない声を出してその場に倒れ込む天之河。俺はしゃがみ込んで話しかける。
「勘違いしてる様ですから言ってあげましょう……もちろん丁寧に、そして簡潔に……ね」
「ゴホッ.ヴ.ゲホ」
「私と雫さんは両者共に合意の上で交際を開始しています。それを赤の他人である貴様にとやかく言われる筋合いはありません」
言い終わると同時に立ち上がり、未だに地面に伏したままの天之河に向かって告げる。
「せいぜいそこで這いつくばっていてください。貴方にはお似合いですよ」
そう吐き捨てて、俺はその場から立ち上がり歩き出す。後ろから聞こえる悲鳴の様なものは無視しながら、道場を出ようとした時……
「湊莉先輩!危ない!」
門下生の声と共に後頭部に衝撃を受け、少しよろめく。すぐに振り返るとそこには木刀を持った天之河が立っていた。
「ハァ……ハァ……よくもやってくれたな!」
どうやら先程の一撃は完全に不意打ちだったという訳ではなさそうだ。恐らく最初から狙っていたのだろう。本当にどこまでクズなのか……
「いい加減にして下さいよ……」
道場の床にポタポタと赤い液体が落ちていく。それが自らの血だと気づくまでに数秒の時間を要した。
(なんか……こんな怪我したの久しぶりかもな……)
そんな呑気な事を考えていると、俺が怪我をした事に気がついた門下生達が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか!?湊莉先輩!」
「あぁ、平気だよ……この程度怪我なら問題ないさ」
心配そうな顔を浮かべている彼らに笑いかけながら言う。実際そこまで深い傷でもないため全く痛まない。それよりも今は目の前にいる男の方が優先度が高い。
「おい天之河!お前自分がしたことわかっているのか!?」
「うるさい!黙れ!皆騙されてるんだ!あの男に!」
天之河は門下生達の静止を振り切り、再び襲いかかってきた。
「零斗ォォオオ!!!」
大振りの上段斬り。軌道が見え見えの攻撃など当たるはずもなく、手を剣筋に添えて往なす。
「なっ……」
天之河の顔に初めて焦燥の色が見える。それもそのはずだ。彼は剣道において県大会上位の成績を修めるほど実力者だが……
「遅い……」
「なっ!」
剣速も遅ければ、踏み込みの深さも浅い。これではとてもじゃないけど話にならないレベルだ。はっきり言えば雑魚である。
「良い機会ですし、自己流ではありますが相手をほぼ確実に仕留め方法を教えてあげます」
そう言って俺は天之河の懐に潜り込み、木刀を握っている手を軽く捻る。すると天之河の手からは簡単に木刀が落ちた。
「一、初撃は必ず意識外からの必ず当てる」
今度は天之河は腹に掌底を入れる。当然これもダメージにはならないように調整してある。
「二、相手が困惑している間に足元を狩る」
続いて足を払い転ばせる。これは流石に転ばないように威力を調整したが、それでもバランスを大きく崩すには十分なものだったようだ。バランスを崩した天之河はそのまま、尻もちをつく。
「三、確実に仕留めるために首を狙う」
落下している木刀を拾い上げ、天之河の首元に当てる。
「これができれば体格差のある相手でもある程度渡り合えます」
天之河の首元から木刀を離してやると、周りの門下生達から感嘆の声が上がる。
「騒がせて申し訳ありませんでした。私はもう帰りますので皆さんは稽古を続けてください。それじゃ……」
それだけ言って俺は道場を後にして、帰路に就こうとしたが……
「……(フラッ)ッ……」
少々派手に動いたせいか、出血量が増えた様で、貧血を起こしてしまった。視界が歪む中、必死で踏ん張り壁に寄りかかるようにして倒れるのを防ぐ。
「これは……ちょっと……不味いかも……ですね」
段々と気が遠くなっていく。しかし、まだ完全に気絶するわけにはいかない。
(まずいな……もう手足が動かねぇや……)
頭もボーッとしてきて上手く回らない。そしてついに身体を支えることすらままならず、その場に崩れ落ちる様に倒れた。
「──し──か──斗!」
誰かがこちらに近づいてくる足音が聞こえた。俺の意識は闇へと沈んでいった。
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「……ん……ここは……」
目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。辺りを見渡すと窓の外に盆栽らしき物やしし落としが見えた。
(あれ?俺って確か道場でぶっ倒れて……あぁ、そのまま発見されてこうなった訳か……)
自分の置かれた状況を理解した俺は、身体を起こし、部屋を観察し続ける。
(にしてもかなり古風だよなぁ……割と落ち着くな……)
そんな事を考えつつ観察を続けていると部屋の扉が開かれた。そこにいたのは雫だった。
「あら、起きたのね」
「あ……はい……今しがた……」
雫の顔を見ると、般若の形相をしていた。どうやら相当ご立腹の様だ。背中に冷や汗が伝うのを感じる。
「私がどれだけ心配したと思っているのかしら?」
雫はベッドの隣まで来ると、腰を落として座った。そして優しく頬を撫でてくれる。
「すみません……迷惑をかけましたね」
雫は呆れた様な表情を浮かべると…… パァン!といい音を立てて俺の頬をビンタしてきた。
「本当に心配したんだから!」
雫の目には薄らと涙が溜まっている様に見える。恐らく本気で怒ってくれたのだろう……それがとても嬉しかった。
「零斗!!無事!?」
部屋のドアが勢いよく開かれ、息切れを起こした刀華が入ってきた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと生きてますから」
「良かった……本当によかった……」
俺の言葉を聞くと彼女は安心した様に床にへたり込んでしまった。余程心配させてしまっていたみたいだ。
(後できっちりお礼をしないといけないな)
心の中で反省しつつ、そんな事を考える俺を見て、何かを言いたそうにしている刀華がいた。
「……貴方、私との約束破ったわね?」
「な、なんの事でしょうか……!?」
刀華からドス黒いオーラが立ち昇る幻覚が見える……
(でも、今回は流石に心配かけたしな……仕方ないか……)
俺は覚悟を決めると目を瞑る。その数瞬後、左頬に痛みを感じたと思ったら、次の瞬間、口内に甘い感覚が広がる。それと同時に刀華の方からも甘い声が漏れ出る。
「んっ……フフ」
ゆっくりと顔を離すとそこには恍惚とした表情をした刀華の姿があった。
「やっぱり零斗の舌は甘いわね……」
ペロリと唇を舐めてそんな事を言う刀華からは艶美な雰囲気しか感じなかった。顔に熱が集まっていくのを感じながら俺はそっぽを向く。
「あの……刀華…………人前で……やるのは勘弁して……ください」
「いいじゃない、別に減るものでもないでしょう?」
「私のSAN値が減るんです……」
口元を覆い隠しながら、ボソッと言った言葉だったが、バッチリ聞こえていたらしく。
「クフフ……照れちゃって可愛いのね♪」
と、言われてしまい、また恥ずかしさがこみ上げてきた。そして、刀華は俺の頬に手を添えて唇を近づけてくる。
(これ以上されると、ホントに理性が持たない……)
そう思った直後、俺と刀華の間に雫が割って入った。
「ストーップ!何二人で良い雰囲気になろうとしているのよ!」
刀華は不満そうな表情をしながらも渋々引き下がる。
「……それで零斗、体調の方はどうかしら?」
少し真面目になった声でそう尋ねられたため、布団から出て立ち上がろうとするが、足に力が入らずに倒れかける。
「回復にはもう少し時間が掛かりそうです……少なくとも今日明日は絶対安静ですね……」
苦笑い気味になりながらも答える。実際問題こんな状態じゃ何もできないわけだし……
「それなら今日はここで泊まっていきなさい」
「えぇ……流石にそれは悪い気が……」
「病人は黙って言うことを聞いておきなさい」
キッパリと言い切られてしまったため、反論する事を諦める。
「……分かりました」
俺の返事を聞いた二人は安堵の笑みを見せる。そこまで不安がらせてしまったのだろうか……
(なぁんか嫌な予感がするな……動けないし、何かされても抵抗出来る気がしねぇ……)
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「スゥ……スゥ……」
「…………」
「……フニュ……クゥ…………」
えぇ、予感が的中しました……いや、まぁ腕を枕がわりにするのはいいんだけどさ……キャミソール姿で寝られても困るというか何というか……目のやり場に困るんですよ。
「寝れる気がしねぇ……」
二人の規則正しい呼吸音が聞こえる中、悶々としながら過ごす夜が過ぎていくのだった。
あらすじのネタが伝わる人はおそらくニコニコ動画で育った人達。