Side 東雲
「お、お邪魔します……」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ?」
刀華さんがクスクスと笑いながら、手を引いてくれる。私は慌てて靴を脱ぎ揃えると彼女の後ろについて行った。
(やっぱり……綺麗な人だなぁ……)
こうしている今も彼女の周囲にオーラのような何かを感じてしまう程だった。その立ち居振る舞いには気品があり、姿勢はピンと張った一本糸のようにまっすぐで美しい。
一挙手一投足も美しく整っていて、見ているだけで心を奪われてしまう。
「そんなに熱い視線を向けられると少し恥ずかしいわね……」
刀華さんの困り顔を見てハッとする。私どれだけ凝視してたんだろう!? でもしょうがないよね!こんな美人なんだもん!!
「……さ、ここよ」
案内された部屋はとても広くてすごくオシャレな雰囲気の部屋だった。そしてそこには──
「お!来た来たー!やっほー、いっちゃん!」
明るい笑顔を浮かべた可愛い女の子が……私の友達である悠花ちゃんがいた。彼女はテーブルに置かれたケーキを手に取り美味しそうに頬張りながら手を振っている。
「貴方が先輩が話していた、東雲さん……ですか?」
「は、はい!そうですけど……貴方は……」
「私はマシュ・キリエライトと言います。先輩の……零斗さんの頼れる後輩です!」
悠花ちゃんの隣にいた薄紫色の髪で眼鏡をかけた子が声を上げたかと思うと、なぜかドヤっと胸を張るような仕草を見せた。
「っと、そろそろ来るかしら……」
刀華さんが何事かを呟いた瞬間扉が開いく音がした。
「こんにちわ、一花さん。自分の家の様に寛いでくれていいのよ?」
「ねぇねぇ、刀華ちゃん……この子が例の子?」
「ふーん?中々可愛いじゃない!」
入ってきた人達はクラスメイトの鏡花さんに、現役JKモデルの鈴鹿御前さん、グラビアアイドルの最高峰と名高いメイヴちゃんさん……アヴァロンに所属している人達が勢揃いしている。
「と、刀華さん?これは……一体どういう事なんですか?」
状況がよく飲み込めない私が混乱したまま尋ねると、にっこりと笑って。
「女子会を開催するのよ!」
楽しげな声でそういった。それと同時に周りのみんなも同じ様に笑みを浮かべる。私は突然の展開に追いつけないまま流されるように席に着いた。
……隣に座ってきた刀華さんから凄く良い匂いがするんですけどぉ……心臓の音うるさいくらいなっていますぅ……
「そして……女子会と言えばぁ?」
悠花ちゃんがニマニマと笑いながら質問を投げかけると、周りにいる女性陣全員がこちらを見てきた。
「それは……」
「もちろん?」
「あれ……しかないわよね?」
「え?え?え?」
置いてけぼりになっている私を周りの人達が意地悪そうな目付きで見つめてくる。
「恋バナ……よ!」
一斉に手が挙げられたと同時に刀華さんの口から飛び出た言葉を聞いた瞬間……耳まで真っ赤になるのが分かってしまった。
「……まぁ、女子会と言いつつも本当は零斗をどうやって堕とすのかを相談する為に集まっているのよね……」
鏡花さんが呆れた表情で溜息をつくとお茶を一口飲む。それを横目に鈴鹿さんが目を輝かせた。
「それでそれで?いっちゃんは零斗の何処が好きなのかな〜?」
完全に酔っぱらいのような口調になって顔を近づけてきた彼女の迫力に押され思わず身を仰反らせた後ちチラッと周りを見ると……すでにニヤついた顔で囲まれている事に気が付いてしまう。
(だ、誰か助けてぇ……)
助けを求めるように周りを見渡すが皆さんの顔を見る限り話さないと帰さないといった感じだったので諦めることしか出来なかった。
「零斗くんの瞳が好きなんです……南雲くん達も見る優しそうな目が、微笑んだ時に薄っすらと細まる目が、時々寂しそうな目が……」
ずっと眺めていたくなるほど魅力的なあの人のことを思い出して少し俯きがちになりながらも一生懸命伝えようとしてみるが上手く言葉にすることが出来なかった。それに途中で恥ずかしくなり段々と声が小さくなっていく。
「確かに、あいつはそういう男よね」
「何時も私達が困っているときに優しく手を差し伸べてくれるんですよね……」
私の拙い言葉を真剣に聞いてくれた彼女たちが口を開く。その顔は全員恋する乙女のように可愛らしく優しいものだった。
「……でも!あんな人たらしなのは絶対に許せないわ!!!」
先程まで紅茶を飲んでいたメルトさんはカップを置くと語気を強めながらそう言った。
「そうでしゅ!いつもいちゅも私達の好意に気づいてながら焦らすなんていけないと思いましゅ!」
何故か顔を赤くして、舌足らずになってしまっているマシュさん。
「……これウイスキーボンボンね。ほら、マシュお水飲みなさい」
「ありがとうごさいましゅ!」
刀華さんがマシュの食べたチョコレートの包み紙を確認し、マシュさんに水の注がれたコップを渡し、席に戻った。
「……まぁ、確かにあれは頂けないわよね」
鏡花さんがポツリと呟いた。その表情は少し複雑そうだったが、それも一瞬のことで直ぐに慈愛に満ちた顔付きになる。
「でも、誰にだってそうなんでしょう?」
「……はい、困ってる人を絶対見逃したりしないと思います」
苦笑いを溢しながらそう言った刀華さんを見て、ふと一つの疑問が思い浮かんだ。
「刀華さんって……何時ぐらいから零斗君と付き合い始めたんですか?」
「……中学に上がる前くらい……かしらね?」
頬に手を当てながら懐かしむような表情を見せた刀華さんが、ぽつりと呟いた。
「じゃあ結構長いんですね?」
「そうねぇ、彼との関係を表すとしたら……一番合う言葉は『家族』かしら?」
クスッっと笑った刀華さんが悪戯っぽい笑顔を向けてくる。なんだか見ているこっちが幸せな気分になってしまう。幸せとはこういう事なんだろうな……なんていう事を思ってしまう程だった。
「ホントに幸せそうだよねぇ……まぁ、四六時中イチャコラしている姿を見せられるのは勘弁して欲しいけどね」
「……私からすれば貴方も大概だけどね?」
悠花ちゃんの一言を聞いて鏡花さんが深いため息を吐く。
「いいもん!私は一途だから!」
悠花ちゃんは口を尖らせて不満気な態度を見せるが、鏡花さんからはそれ以上何も言われなかった。
「一花さんは先輩と何処まで行ったんですか?キスでしゅか?それとももっと先の事までしたんでしゅか???」
眼鏡をきらりと光らせぐいっと詰め寄ってきたマシュさんに思わずたじろいでしまう。
「そそ、そんな事はしてないですよ!?……まだ……はず……した事ありません……」
想像しただけで身体が熱くなったような感覚を覚え慌てて否定するが最後の方では自信が無くなってしまい声はどんどん萎み、ついに聞こえなくなる。
「へぇ?そんな事言われちゃったらァ……意地でも聞き出したくなっちゃうなぁ!」
「ちょ、ちょっと、くすぐらないで……ふひゃ!」
抱きついてきた悠花さんに抵抗出来ずなすがままにされてしまい、恥ずかしさで死にそうになる。
「そ、そういう悠花ちゃんは鹿野君と何処までいったんですか!?」
悠花ちゃんの手を必死に引き剥がそうとするけど、この細い体のどこにこんな力があるのかと思うほど離れようとしなかった。
「ふぇ?」
「……え?」
悠花ちゃんがキョトンとした声をあげた瞬間力が抜けたのを感じ咄嵯に身を離す。悠花さんの顔を覗こうとすると突然歯切れが悪くなり、明後日の方向を向いてしまう。
「まぁ、えーと、あれだ……うん、まぁまぁ、かなぁ?」
「はい?」
悠花ちゃんが急にもごもごと何かを喋り始める。だが、うまく聴き取れず問い返すように聞くと、彼女は観念したのかはぁと息を吐いてからポツリと零す様に……
「行くとまでは……行ったよ?」
「あらあら、初々しいわね?」
それを聞いていた鏡花さんが口元を隠しながらクスクスと笑う。
「そ、そういう鏡花はどうなのさ!恭弥と何処まで行ったの!」
顔を赤く染めたままの悠花さんが叫ぶと、鏡花さんは口元の笑みを深め……
「婚約」
とだけ言った。その言葉の意味を理解するのに数秒の時間を要したが、理解してからも驚きが勝る。
「……おぉぅ……」
悠花ちゃん達も似たような反応だった。正直そこまで進んでいるとは思って居なかったので、まさか婚約者になっていたことに心底驚く。
「……ってことはもう……」
「その先は言わせないわよ?」
刀華さんが言い終わる前に鏡花さんが手で遮るようにして止める。これ以上踏み込んだら殺すといった威圧感が放たれていた。
「……いいなぁ」
そんな言葉が自然と口から出てきた。他の三人も同意するように強く首を縦に振る。羨ましい。そう素直に思った。お互いを尊重し合い、愛し合うことが出来る人達が……
「私って零斗君にとって……どんな存在なのかな……」
自分で言って少し悲しくなる。自分は彼の隣に立ってもいいのだろうか……きっと相応しく無い。もしそうなら皆んなのように彼を好きで居る資格が無い。
「なら、直接聞けばいいじゃない」
首をコテンと横に傾けてそう問いかけて来たメルトさん。その顔は不思議そうにしていた。
「それもそうね……はい、電話掛けたから聞いてみなさい」
「え?!もうちょっと考えさせ『はい、もしもし。湊莉です』」
鏡花さんがポケットからスマホを取り出し画面をこちらに向けてくる。あまりの展開に頭が付いていかないが、それでも反射的に通話を開始してしまう。
「えぇっと……こんばんわ、湊莉君」
緊張で一瞬詰まるが何とか言葉を紡ぎ出す。
(あれ……これって結構ハズカシイ……)
何時もと同じ挨拶なのに酷く心臓がバクバクと音を鳴らして痛い。顔が燃えているんじゃないかと思うぐらい熱い。
『一花さん?こんな夜更けに何か御用ですか?』
機械越しで聴く普段よりもどこか優しさを含んだ声で名前を呼ばれる度に嬉しさや切なさが入り交じり複雑な感情が心に渦巻く。やっぱり好きだ。彼に対する想いがどんどん膨れ上がっていく。
「その……私の事…………どう思ってる?」
『…………はい?』
思わず口に出して言ってしまった言葉。それに対して、返ってきたのは疑問の声だった。胸の鼓動が早まり息苦しくなりながらも、返答を待っていると……
『……『仲のいい異性の友達』……でしょうか?』
帰ってきたのは拒絶の言葉。心の奥がズキンと大きく軋む。わかっていたはず、彼の周りには可愛い女の子が……綺麗な女性がいっぱいいるんだもん。私なんかより魅力的な子が……
「そっか……そう……だよね…………ごめんね?いきなり変なこと聞いちゃって……」
震えそうになる声を抑え平静を装いながら必死に絞り出したが、今自分の表情はどのような物になっているだろう。涙が出そうになる目頭にギュッと力を入れ、必至に堪え、無理やりにでも笑顔を作る。
「私の初恋……終わちゃったなぁ……」
ボソリと小さく呟いた筈の独り言は、まるで死刑宣告を言い渡された罪人のような重い雰囲気に包まれた部屋の空気をさらに重くしてしまう。
「ホント!にぶちんマスターは分かってないわね!こんなにも健気なアプローチを平気でスルーするなんて!」
メイヴさんがバンとテーブルを叩き立ち上がる。彼女の言っていることがよく分からず呆然としていると……
「マジで可笑しくない!?こんだけわっかり易いアプローチしてんのに気づかないなんてにぶちん過ぎしょ!」
「本当に先輩はにぶにぶでしゅ!」
鈴鹿さんやマシュさん……他の人達まで立ち上がり、口々に彼に悪態をつく。私は訳がわからないままその様子を眺める事しか出来なかった。
『……一花さん』
「ひゃい!なんでひょうか!」
突然呼び掛けられ思わず舌を噛んでしまう。恥ずかしさの余り消えてしまいたい衝動に駆られていると……スピーカーモードに設定されていたスマホの向こう側から彼の声が聞こえてくる。
『今度の日曜日、予定って空いていますか?』
「え?あ、うん。特に予定はないけど……」
突然の事に驚き戸惑ってしまうが、慌てて肯定すると彼はいつも通りの優しい声音のまま更に質問してくる。
『では、その日にデートしませんか?』
その瞬間、時間が止まった様に感じられた。周りの刀華さん達の動きも止まり、こちらを凝視していた。
「零斗から……お誘い?」
「私達のお誘いは断るのに?」
「自分からデートの提案?」
その場に居た全員が信じられないと言わんばかりに口をポカンと開けながら固まっていた。
「メイヴ、鈴鹿!今すぐこの家にある服のカタログを持ってきてコーディネートするわよ!」
いち早く硬直状態から抜け出した鏡花さんが大慌てで部屋を出て行く。
「刀華、メリュジーヌ、メアリー、ボニーは一花さんにデート中のアプローチの仕方を教授してあげて!」
鏡花さんの指示のもと、それぞれの女子達がこちらに向かって駆け寄ってくる。キャー!!という歓声が部屋に響き渡る中……
『……大丈夫ですか?』
「ふぇ!?う、うん!全然問題無いよ!」
耳元に届く湊莉君の心配そうな声で我に返り、返事をする。そして、もう一度スマホからは零斗君の声が聴こえてきた。電話越しに聞こえる彼の低い安心するような声で胸の内が温かくなっていく。
(……ちょっとだけ期待してもいいのかな……)
そんな淡い願望を抱きながらも、今夜は眠れないだろうと思いつつ、着ていく服装について盛り上がる皆んなの声を聴いていた。
リアルの女子会ってこんな感じなんですかね?恋バナとかで盛り上がったりするんでしょうかね?