Side 零斗
「あぢぃー……」
「焼け死ぬぅ……」
茹だる様な気温の中、市内を駆け回る事約三十分。目的である神社は一向に見つかる気配がない。現在は小さな公園のベンチに腰掛けている。
「件のクソ神は認識阻害の術使ってるのか?」
額の汗を拭い、スマホで地図アプリを開き、古い地図と見比べて、スマホの地図と照らし合わせて神社の位置を確認する。
「この辺りの筈なんだが……」
ガリガリと頭を掻きながら呟く。思考をフル回転させて、何故見つからないかを考える。
(可能性としては、さっき言った認識阻害の術……それもかなり高位のものを使用している、もしくは神社自体があの世とこの世の狭間にあるか……それか何かしらの条件を満たした者だけが認識できるのか……)
考えれば考える程、分からなくなっていく。ただ一つ言えることがあるとすれば……
「土地神ってのは随分と肝が小さい野郎だな」
思わずため息が出る。そして、そのまま立ち上がる。
「ん?ねぇ、零斗」
「どうした?」
「何か……鈴の音?みたいなのしない?」
言われて耳を澄ますが、特に何も聞こえない。唯々セミの声が五月雨の様に降り注ぐだけ。
「そんな音は聴こえ──ー」
急に視界から悠花の姿が消える。慌てて探すが見当たらない。
「おいおい……冗談キツイぜ……」
首筋に嫌な汗が流れる。流石に焦りを覚えるが、直ぐに冷静になる。
「悠花は『鈴の音を聴いた』後に消えた……なら、それが条件の一つ……だが、俺は聴こえなかった……」
頭の中で必死に情報を整理する。今起きている事象と自分の持っている情報を基に仮説を立てる。
「モスキート音の様に一定の周波数に乗せ、聴いた人間を攫う物か……」
仮説を立てた所で現状が変わる訳でもないので、とりあえず行動を開始する。
「タネが分かれば、後は簡単だ……」
ゆっくりと目を閉じ、神経を研ぎ澄ませる。すると、先ほどまで煩かった音が嘘のように消え去り、静寂が訪れる。
──チリーン……チリーン……
遠くの方で微かに聞こえるその音を聴き逃さない様に集中して聞き入る。そして、次第に鈴の音が大きくはっきりとしてくる。
「……こっちか」
ゆっくりと目を開けて歩き出す。少しずつではあるが近づいてくる鈴の音を聞きながら歩みを進める。
「みィつけた……」
少し歩くと目の前には古びた鳥居があった。恐らくここに一花さんと悠花も居るのだろう。
「……先ずは二人の捜索だな」
鳥居を潜るとそこは広い境内だった。神社の本殿に続くであろう道があり、周りにも何やら祠の様なものが並んでいる。階段を上がると、そこには古風な屋敷が見える。
「侵入はバレてそうだな……」
屋敷の中で複数の何かが忙しなく動いている気配を感じる。下手な事をすれば此方が殺されかねない。
「慎重に行くしかないか……」
取り敢えず正面突破は避けたいので裏口に回るとしよう。
『────は────』
『む──か──ーし──ー』
その時、人の話し声のようなものが耳に入ってくる。それはまるでこちらに向かって来ているかのように徐々に大きくなっている。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!タスケテェ!!!」
屋敷の中から絶叫に近い悲鳴が聞こえてくる。聞き覚えのあ声な気がするがきっと気の所為だろ……
「……俺は何も聞いていない」
自分に言い聞かせるようにして、その場から急いで離れる。これは戦略的撤退なのだと自分に何度も言い聞かせて……
「お、あそこからなら侵入出来そうだな」
裏手にあった塀を飛び越え、屋敷の敷地内に入る。着地と同時に辺りを見渡す。
「侵入成功っと……さぁて、ここからが本番だな」
気配を消し、屋敷の内部へと進んでいく。廊下を歩いていくと、襖の隙間から部屋の様子が見えたので、覗いてみる。
「……第一目標発見」
部屋の中には、白無垢を身に纏った一花さんとそれに寄り添っている男性がいた。その光景を見た瞬間、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥る。
しかし、動揺している暇はない。すぐに気持ちを切り替えて、二人を観察する。
(あれが土地神か?)
見た目的には普通の人間にしか見えないが、明らかに異常な雰囲気を放っている。
「あぁ……堪らなく愛おしい……」
土地神は、愛おしそうに一花さんの頬を撫でる。その表情は何処までも歪んでいて、見ているだけで吐きそうになる。
「……」
そんな土地神に対して、一花さんは無言のまま俯いている。その姿からは生気が感じられない。
怒りで我を忘れてしまいそうだ。拳を強く握り締め、今すぐ飛び出してやりたい衝動を何とか抑え込む。
(……ふぅー……落ち着け……今は我慢しろ……)
深呼吸をして、冷静になるように努める。ここで感情的になってもいいことは無い。
(連れ出すにしても、土地神の意識をどうにか逸らさないとなんだが……)
どうしたものかと考え込んでいると、突然背筋に悪寒が走る。警戒度を最大にし、部屋内の様子を見ようとするが大量の足音が近ずいて来る。
「あ!零斗、みーつけたッ!」
廊下の曲がり角を曲がってきたのは、満面の笑みでこちらに全力疾走してくる悠花と薙刀やら刀やらを持ち、狐の面を付けた人間?が大量に居た。
「……は?」
予想外過ぎる展開に思わず素っ頓狂な声が出てしまう。屈んだ体勢のまま固まっていると、悠花に担がれてそのまま逃走する。
「……おい、悠花……ここから出た説教な?」
「……ごめんなさい……」
「ま、過ぎたことだ。仕方ない……」
反省した様子の悠花を見て、肩の力を抜いてため息をつく。
「とりあえず、降ろしてくれ……俺がお前を抱えてが走った方が速い」
悠花の背中を軽く叩いて、降ろす様に促す。悠花は頷くと、俺を前方に投げ飛ばした……ん?
「ちょ!?お前!?」
受け身を取り、体勢を整える。後ろを見ると、既に奴らが追って来ていた。
「アッハッハ!わーい!にっげろー!」
「てめぇ、ホントに覚えてろよ!?」
ケラケラと笑っている悠花を小脇に抱えて、全速力で逃げる。こんなところで捕まる訳にはいかない。
「とりあえずは外に────ッ!!」
屋敷の外に出ようと曲がり角を曲がろうとした時、急に身体の自由が効かなくなる。
「クソ……マズイ……」
「あちゃ〜……ここまで来て見つかっちゃたか……」
いよいよ立っているのもしんどくなり、その場に倒れ込む。背後からは無数の足音。目の前には先程見たものと同じ姿の土地神。完全に詰みである。
「貴様達が我が領域に土足で踏み入り、あまつさえ我が花嫁を奪おうとした野蛮人だな?」
一歩ずつ此方に近づいてくる土地神。その瞳は濁り切っており、視線が合う度に体中に悪寒が走る。
「……だ…………め…………」
土地神の前に立ち塞がる影があった。それは紛れもなく、先ほどまで俯いていた一花さんだった。
「……ふんっ!」
軋む身体を無理矢理動かし、一花さんと悠花を回収して、土地神の側頭部に蹴りを入れてから逃げる。
「ねぇ!このままだと追いつかれるんだけど!」
確かに土地神以外にも沢山の気配を感じる。だが、此方もこれ以上土地神の近くにいたら動けなくなってしまう。
「うるせぇ!黙って抱えられてろ!」
半ばヤケになりながら走り続ける。しかし、土地神はお構いなしに追いかけて来る。しかも徐々に距離を詰められている。
「……クッソ……」
限界が近いのか視界が霞む。今にも倒れ込みそうだが、絶対に倒れるわけには行かない。
「……!出口か……!」
遠目に鳥居が見える。あと少しだ。そう思った矢先のことだった。
「グッ……ォオ……」
右足の脹ら脛に左肩に強烈な痛みと熱さが広がる。痛みの走った部分をみると矢が刺さっていて、血が滴っていた。
(チィ……射られたか……)
今までの疲労も相まって、遂に足を止めてしまった。それを見た土地神達は好機と思ったのだろう。一気に距離を取ってきた。
「悠花ァ!一花さんの事……任せるぞ!」
「えぇ!?ちょ……まさか!?」
小脇抱えていた悠花を鳥居の向こう側に投げて、同時に一花さんも投げる。手荒なやり方ではあるが、これ以外に方法が無い。
「さて……やっと二人きりになれたな……」
土地神の方に振り向き、睨みつける。もう動かなくなった足を庇いながら構える。
「……ハァ、もう良い……全員屋敷に戻っていろ」
土地神がそう呟くと、周囲の気配は消えた。どうやら他の連中は屋敷に戻ったらしい。そして、この場に残っているのは俺達だけになった。
「その傷ではもう長くは持たんだろう……この短刀で自らの首を掻き切るれば、楽に逝けるだろうさ……」
何処から出したのか分からないが、土地神の手に握られていたのは朱塗りが施された短刀だった。土地神の言う通り出血が酷いせいで意識が飛びそうだ。
「……最後に言い残すことはあるか?」
土地神の言葉を聞き、俺は目を閉じて小さく息を吐く。
「そうだな……強いて言うなら……」
ゆっくりと目を開き、目の前にいる土地神をしっかりと見据えて告げる。
「せいぜい吠え面かきやがれ、ロリコン野郎……」
その言葉と同時に短刀を土地神に向かって投げ、直ぐさま鳥居まで全力で走る。土地神の方は見ずに全力で駆け抜けていく。
「ふぅ……なんとか逃げ切れたか……」
鳥居を潜り抜けた瞬間、身体の自由が効き始める。やはり、あの空間は異常だったようだ。後ろを振り返ると、当然のことながら追ってくる様子は無かった。
「ア゙ァ〜……しんど」
大きくため息をついて、空を見上げる。まだ夜明け前なのか辺りは暗いままだ。
「とりあえずは家帰って、傷の治療しなきゃだな……」
痛む身体に喝を入れながら、自宅を目指すのであった。
●○●
Side 東雲
『────!?────────!』
『──────……』
聞き覚えのある声がする……それも二人分の声がする……一人は男の人の声で怒ってるみたいで、もう一人は女の子で謝ってる……のかな?
(あれ?私何してたんだっけ……確か……)
重い瞼を開けて状況を確認しようとする。ぼんやりとした視界の中に二人の姿が見えた。
「大体、貴方は何時も何時も……」
「うぅ……ごめんなさいぃ……」
こちらに背を向けている方の男性に叱られている女の子。私のよく知っている人物だった。
「零斗君?悠花ちゃん?」
名前を呼ぶと二人は振り返り、驚いた顔をしていた。どうしてそんな顔しているのか分からず、小首を傾げると二人が慌てて近寄ってきた。
「一花さん、大丈夫ですか?身体に違和感とか無いですか?」
「うん……多分……?」
「一花、良かったぁ〜!本当に心配したんだよ!」
悠花ちゃんが抱きついてきたので受け止めると、悠花ちゃんは直ぐに離れる。すると、今度は零斗君が私の前で目線を合わせるようにしてしゃがみ込んで、まじまじと見つめてくる。
「えっと……なに?」
「……いえ、何でもありませんよ。無事で何よりです」
そういうと零斗君は優しく微笑んでくれた。それだけなのに凄く嬉しくなって自然と笑顔になる。
「『
「……え?」
思わず呆けた返事をしてしまう。それに反応したのは何故か零斗君の方だった。その後、私が倒れていた経緯を教えてくれたのだが、全く身に覚えがなかった。
「……ねぇ、それって本当なの?」
「えぇ、勿論。嘘なんて言ってませんって」
「……そっか……」
先程からずっと気になっていた事がある。それは倒れていた時の記憶が全くと言っていいほどないことだ。
「……あれ?」
何かを思い出しかけたその時、一通の封筒が服の袖からパサりと音を立てて落ちた。
「これは……手紙……ですね……」
「誰からの……」
「差出人の名前が書いてないわね……」
宛名を見ると、『東雲 一花様へ』と書かれていた。すると、零斗君が手紙を私の手から取って、封を破って中身を取り出した。
「…………」
零斗君の顔から笑顔が消えて、感情の無い表情をしている。それを見た瞬間、胸の奥が苦しくなるのを感じた。
「……一花さん、この御守りを肌身離さず持っていてください」
「え?あ、うん」
そう言われて渡されたのはよく見るお寺のお土産の御守なんかじゃなくて、もっと神聖な雰囲気があるものだった。
「一花さん、貴方の身に何か常軌を逸した出来事が起きたら……それを握って私の名前を呼んでください。例えどんな場所に居ようと必ず助け出しますから」
そう告げて、彼はいつものように優しい笑みを浮かべる。それが何だかとても淋しく感じてしまった。
水着バーゲストの宝具で出てくる消防車の運転してるのってマスターなんだね()