ありふれた黒幕のありふれない日常   作:96 reito

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3話目ですね。今回は雫ちゃんがメインの話です。


八重樫家での一幕

 Side 零斗

 

 道場内に打ち合う音が響く。

 俺は、目の前で竹刀を振るう少女に視線を向けた。黒い髪を後ろで結びポニーテールのようにしている。その顔は凛々しく整っており、可愛さよりもかっこよさが際立つ容姿だ。

 

「……零斗、手加減しているわね?」

「バレましたか」

 

 俺の返答が気に食わなかったのか、彼女は不機嫌そうな表情を浮かべた。そして大きく振りかぶって斬りかかってくる。それを横に飛んで回避し、すぐに彼女の懐に飛び込んだ。そのまま勢いよく竹刀を振り下ろすと、竹刀では絶対に鳴らないであろう金属音と共に弾かれた。

 

「腕を上げた様ですね、八重樫さん」

 

 そう言うと、八重樫雫はその顔を嬉しそうにほころばせる。

 

「さて……そろそろギアを上げましょうか」

「えぇ、身体も温まってきた頃だしね」

 

 それから俺は彼女に向かって連続で突きを放つ。しかし、彼女は冷静にそれを見極めると最小限の動きだけでかわしていく。そのまま反撃に転じることなくひたすら避けることに専念していた。これは以前までやっていた試合ではない。だからといってただの訓練でもない。

 

 これは──―模擬戦だ。お互いの手の内を知っているからこそできるこの訓練は、相手がどんな動きをするか予測しながら動く必要があるため、実戦に近い緊張感がある。

 つまり何を言いたいかというと……めちゃくちゃ楽しい! 俺は彼女が振るってくる攻撃をギリギリまで引き付けて避けていく。すると、ついに痺れを切らしたのか、上段からの一撃を放ってきた。それに合わせてカウンター気味に打ち込む。

 お互いに一歩も引かない攻防が続き、気付けば数十分が経過していた。

 

 次の瞬間、視界の端で何かが動いたのを確認し、咄嵯に身を捩った。直後、先程までいた場所を通り過ぎていった物体が床板を砕いて突き刺さる。どうやら蹴りを放ったらしい。

 

「危ないですね」

「それはこっちのセリフよ!」

 

 思わず呟き声を出すとすかさずツッコミが入った。

 

「そろそろいいじゃろう……見学している者達も唖然としておるわ」

 

 俺達の戦いを止めたのは、道着を着た老人だった。彼はこの剣道場の師範代であり、名前は八重樫 鷲三という。歳は七十を超えているはずだが、鍛え抜かれた肉体にはまだまだ現役でも問題ないというほどの筋肉がついている。

 

「ありがとうございました」

「ふむ、もう少し早くなると思ったんじゃがなぁ……やはり若いもんは成長が早いわい」

「いえ、そんなことはありません。現に私は最後の方はほとんど防ぐことで精一杯でしたし」

「いやいや、何を言っておるか。昔なら今の攻撃を避けれただけでも大したものじゃぞ? それに最後の方はだいぶ余裕があったよう見えたしのう……」

 

 いや、まぁ昔の感覚は大分取り戻したしよ……身体もかなり出来上がってきてるし……普通は負けない筈なんだけどさ、鷹三さんには勝てなし……どうなってんだよこの人。

 

「ほぅ、そこまで謙遜するということはそれなりに自信があったという訳か?」

「……いえ、全く」

「素直なのは良い事じゃ。よしっ! 次はワシとやってみるか!」

 

 ……勘弁してください、お願いします。結局、俺はその後もう一回だけ付き合わされた。しかも今度は全力で……。その日は久しぶりに疲労困憊になった。

 

 ちなみに雫との模擬戦は週に一回程度行っている。最初は断ろうとしたのだが、彼女にどうしてもと言われてしまったのだ。理由を聞くと、他の道場生と違って雫の相手をできるのは今のところ俺と刀華だけだし、だが刀華は生徒会の仕事や実家の家業の手伝いなんかもあるから最近は来れて居ない。自分と同じくらい強い人との練習はかなり得るものが多いそうだ。確かに彼女の言っている事は一理ある。俺は対人経験だけは豊富だからね。まぁ元々剣を使った戦いじゃないけど。

 

 そうして時間は進み現在、時刻は既に午後八時を過ぎている。もうすっかり暗くなっており空を見上げると綺麗な星々が広がっていた。そして俺達はというと──―スーパーにいた。

 

「ごめんねぇ零斗君、手伝わせちゃって」

 

 申し訳なさそうに頭を下げるのは雫の母の霧乃さんだ。彼女の隣では買い物カゴを持った雫もいる。

 

 今日の夕食の材料を買う為に二人で近所のスーパーにやって来て、俺は荷物持ち役を買って出たのだ。まぁいつもの事だし別に構わない。俺が料理するのは二人共知っている為、こうして何かと頼まれることが多いのだ。もちろんバイトがない日にはちゃんとお礼をして貰っているから不満はない。むしろもっと頼ってくれてもいいと思うくらいだ。普段世話になっている分これぐらいはさせて欲しいと思っている。

 

 さっきまでは惣菜コーナーを歩いていたのだが今は肉のコーナーにいる。今夜は何を作るつもりなんだろう。

 

 一応言っておくけど、これはデートではない。

 決して一緒にご飯を食べているわけではない。ましてや将来を誓い合った仲でもない。あくまで友人として食事を作ってあげているというだけである。しかし、それが分かっていても傍目から見たらカップルにしか見えないような気がするので、周りからの視線が非常に痛かったりする(主に男からである)。特に男性陣の殺気の籠った目が鬱陶しい。

 

「まったく、俺達のマドンナに手を出しやがってあの野郎」

「本当だよ、リア充爆発しろ」

「今度見かけたらタダじゃおかねえ」

「……そこの御三方、聞こえていますよ」

「「「げぇ!?」」」

 

 少し声を大きくしただけで三人の男子生徒がまるでゴミを見るかのような目を向けてくる。そんな彼らを見て溜息が出る。いい加減学習したらどうだろうか。

 

「ははは、賑やかな子達ですね」

「すいません、お恥ずかしいところをお見せしました」

「いいえ気にしないでください。彼達があぁいう態度をとるのは、きっとあなたの事をそれだけ認めているんですよ」

 

 いや違うと思います。単に嫉妬しているだけですよ……だってあいつ等、俺に向かって中指立ててるし……うん、間違いない。

 

 そんなやり取りをしながら食材を選んでいく。そして会計をするべくレジへと向かう。さて、今日は一体何を作ろうか。

 

「……おい見ろ、あれ……」

「……ん? ……おぉ!」

 

 店員の方が金額を表示しているモニターを見た瞬間、なぜか二人の男が小声で話し始めた。よく見るともう一人も会話に参加している。そして三人ともものすごく嬉しそうな顔をしていた。

 

「うーわ……マジかよ」

「嘘……でしょ?」

「ひゃっほおお!」

 

 …………いっそ清々しいほどの喜びようである。そして合計金額が表示されるのだが、そこには予想以上の額が表示されていた。俺も雫も思わず顔を引きつらせる。

 

(こりゃかなりの量になりそうだな……)

 

 まぁ俺は食べる量がかなり多いから問題ないが、雫の方は大丈夫なのだろうかと思いチラッと横を見ると──―彼女は何故か笑っていた。というより、もう笑うしかないといった感じだった。その様子から察するにおそらくこれが普通の反応なのであろう。俺は苦笑いを浮かべながら財布を取り出した。

 

 ──────────────────────────

 

 それから家に帰りすぐに夕食の準備を始めた。と言ってもほとんど俺が作ったんだけどね。二人はそれをテーブルに持っていくだけだ。ちなみにメニューは焼き魚と肉野菜炒めとサラダと味噌汁だ。まぁこれだけあれば十分だろう。

 

 料理が出来上がるとみんな揃って食事をした。最初は相変わらず緊張していたが、今では慣れたものである。今日のご飯はかなり美味しくできたと思ったけど、果たしてどうかな? 俺は一口食べてみる。

 

 ふむ、味はまぁまぁかな。少なくとも見た目に関しては満足できる出来だ。霧乃さんはそんな俺の様子を見ながらクスッと微笑んだ。

 

 隣では、既に自分の分の料理を平らげた雫が、俺の横に移動してきた。何故かこちらをじっと見ている。何をするつもりなんだろうと見ていると、箸で摘んでいた魚をパクッと食べてしまった。しかもそのままモグモグしながら幸せそうに頬を緩ませている。……なんだこの可愛い生き物は! 霧乃さんはそんな光景を見てまたクスリと笑っている。

 

「八重樫さん、おかわりならありますから……そちらを食べてくださいね?」

「……はい」

 

 俺の言葉を聞いて少しだけ不機嫌そうに席に戻る雫。前の席に居る虎一さんや鷹三さんの視線が怖い。雫は最近になってこういう事が多くなった気がする。前はこんなに甘えたような行動は取らなかったはずなんだか…………もしや、彼女なりのスキンシップなのか? 今まで異性とは縁がなかったと言っていたし、友達と接する感覚で接してくるようになったのかも。だとするとそれはそれで嬉しいものがある。だから俺もなるべくそういう風に受け答えするよう心掛けようと思う。

 

 

 ─────────────────────

 

 

 食事が終わるといつものように後片付けをして、その後はリビングでまったりと過ごす。テレビを見て笑ってみたり、雑談してみたり……。あぁ~なんて平和的な時間なのだろう。前世では、これほど穏やかな時間は過ごしたことがないかもしれない。

 

 そしてしばらく経った頃、時計を見たらすでに21時を過ぎていた。さすがにこれ以上遅くなるのはまずいと思って帰る準備を始める。

 

 しかし、それを聞いた雫が慌てたように言う。どうやら泊まっていけと言っているらしい。だが、さすがにそこまでお世話になるわけにはいかないため丁重にお断りする。

 

「まだ居ればいいじゃない」

「でももう遅いですし……」

「私は別に構わないわよ?」

「えっと……」

「……私と一緒に居るのは嫌……?」

「っ!?」

 

 潤んだ瞳で上目遣いに見つめてくる。正直言って反則だと思う。ただでさえ美人なのに、その上涙目のオプション付きなのだから。こんな事をされたら誰だって落ちるに違いない。雫は俺の反応を見つつチラッチラッと見上げている。……これは絶対確信犯だ。俺が断る事ができないと確信しているのだ。

 

「……分かりました。じゃあお言葉に甘えてもう少しここにいます」

「やったぁ!」

 

 パァッと表情を明るくさせ、まるで子供みたいに飛び跳ねる雫。本当に楽しそうである。その様子に苦笑いを浮かべながら荷物をまとめ始める。結局、俺はその日も朝まで雫の家に泊まる事になった。まぁいいか。明日も休みだし。

 

 ────────翌朝─────────

 

 耳元で誰かの寝息が聞こえ目が覚める。確認する為に横を見る……そこには気持ち良さそうに眠っている雫の姿があった。昨晩は雫がベットで俺は布団だった気がするんだが……ま、いっか。

 

 俺はゆっくりと起き上がりキッチンに向かう。そして冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐ。喉を通る冷たい感触が心地よい。そして再び部屋に戻り、眠る彼女の側に腰掛ける。俺はそっと手を伸ばして彼女の頭を撫でた。サラサラした綺麗な髪だ。そのまま髪を弄んでいると、彼女はモゾモゾと動き始めた。やがて薄らと瞼を開ける。

 

 ボーッとした眼差しで見つめられる。俺は手を離すタイミングを逃してしまい、そのままの状態でいると彼女は微笑んだ。それから俺の手を掴み自分の頭へと移動させる。もっと触れという事だろうか? とりあえず要望通りに優しく撫でてあげると、猫のようにスリスリしてきた。とても可愛らしい。そのまましばらくの間、彼女を愛で続けた。




うーむ、雫さんがめちゃくちゃあざとくなっちまった……ま、ええか。
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