稟「純様っ!」
廊下に、稟の声が聞こえた。それはもう、耳がキーンとするレベルの声だった。
稟「曹操殿も今ではないと仰いましたが、では、いつがその時なのですか!」
稟「今こそが充実の時と私は考えます!何故、純様らしくない惰弱なお考えで水を差されますか。」
そう言い、鼻息荒く稟は純にそう進言していた。
純「惰弱かぁ・・・。」
稟「今こそ飛躍の時なのです。・・・純様はお感じになりませんか?この高まりを。」
そう稟は珍しく両手を大きく振り回し、熱の籠もった弁を続けている。
純「確かに、反董卓連合が終わり、皆が群雄割拠している。それに、先日は青州での黄巾の残党を平定し、その中から精鋭を選んだ。それによって兵の数も増え、精強な軍隊になったな。」
先日、青州での黄巾残党が反乱を起こし、兗州まで侵入したのだが、純の活躍で反乱を平定し、降伏した中から兵を選んだのだ。そして彼らは、『青州兵』と名付けられた。
稟「そうです!その機を最大限に生かす事を、何故お考えにならないのですか!」
稟「今こそ、この大陸に曹操殿が覇を唱える準備は整ったと言えましょう。将兵達も、曹操殿の大願成就のため、純様がご活躍されるための戦を待ち望んでおります!」
純「確かに。・・・その熱は心地の良い、歓迎すべきものだな。」
稟「では・・・その前に後顧の憂いを断ちましょうという策に、何故採用しないのです!」
純「後顧の憂いか・・・。」
稟「純様も、辺りの山地に巣食う盗賊が跋扈しているとの報告は届いてるはず。何故、それを見て見ぬふりをなさいます。」
稟「純様は、この曹軍全軍の将兵を束ねておられるお方です。曹操殿が何を言おうと、純様のお声で出陣する事が出来ます!」
すると
純「ネズミを殺すのに、虎をけしかけろと言うのか?それとも、大願成就の大戦の前に贄の一つを捧げろと言うのか?」
と純はそう返した。
稟「に、贄などと・・・」
純「血を目にすれば人は狂う。俺は大切な将兵に、無意味に血の味を覚えさせる趣味はこれっぽっちもねーぞ?」
その時、純の目にさっと冷たい輝きが映り込んだ。
稟「しかし民達は盗賊に脅され、喘いでいるのです!それを全軍の将帥として見逃すと仰るのか!」
純「それに、そいつらの生まれは、元々その辺りに住んでいた若い連中と姉上は言っていた。そいつらが力を持て余し、結果暴徒になっているんだ。放っておいても構わねーだろう。」
稟「なんという愚挙・・・なんという愚行!蟻の一穴より堤も崩れる事があるというのに・・・」
稟「それにこの一事を見逃しては、純様の姉である曹操殿の風評にも障りましょう!」
純「稟・・・頭に血が上りすぎじゃねーのか?」
稟「そ、そんな事は・・・!」
純「お前の冷静さとその鬼謀も、向こうに回す相手が小者過ぎると勝手が違うのか?・・・それとも、そうして頭に血を上らせる理由でもあんのか?」
稟「う・・・。」
それを聞いた稟は、その自覚があったのかバツが悪そうな顔をした。
純「姉上もそうかもしんねーが、俺の目には、お前の心配する暴徒など、稚気に満ちたものにしか見えねーよ。」
稟「し、しかし・・・っ!」
純「でもまあ、稟がどうしてもと言うのなら、制圧部隊を派遣するか。」
稟「・・・御意!」
純「では稟、兵はどのくらい必要だと考えている?」
稟「そうですね・・・三千で制圧しましょう。」
純「いや・・・もっと少なく出来るぞ。」
稟「では・・・純様は一体何人で制圧できると?」
それに
純「三人だ。」
と答えた。
稟「え、三人?・・・まさか!」
純「流石稟、察しが良いな。張三姉妹に一働きさせれば十分だ。ついでに開墾出来そうな土地も調査させておきたいのだが、三姉妹だけじゃ足りねーし、人選はお前に任せるとする。しかし、千も二千も動かすなよ。」
稟「む・・・。」
純「では稟、任せたぞ。」
すると
稟「・・・純様は、暴れるだけの下衆共に職を与え、顎の下を撫でてやろうと仰るのですか!」
稟はそう純に対して強く言った。
純「・・・稟。俺は国を治める立場じゃねーが、そんな俺でも分かる。跳ねっ返りの若者などは必ず居るぞ。そんな若気を窘めるのに、大切な兵を動かす必要はねーよ。」
純「姉上によると、その場合は二つのショク、そして少々の娯楽。その三つを与えてやれば、稚気にまみれた動乱なんか、すぐに鎮圧出来ると言っていたしな。」
稟「むぅぅ・・・。」
純「それに、暴れているとはいえ既に姉上の国の民だ。・・・その若者を無慈悲に討ち滅ぼして、その家族は俺達に頭を垂れてくれるか?」
稟「それは・・・」
純「そういう事だ。稟、任せたぞ。」
稟「・・・御意。」
純「まあでも、お前のそういう姿見れて楽しかったな・・・。」
稟「そ、それは・・・」
純「しかし、最近のお前は何だ?秋蘭によると、俺に嫉妬してるらしいな。」
稟「べ、別に嫉妬なんて・・・!」
すると
純「ふっ。その、隙あらば俺をも刺し貫いてしまおうとする目の奥に・・・揺れているのは何だ?」
と純は稟に近付いて、耳元でそう言った。
稟「つ・・・っ、あ。」
それに、稟は純の胸元に両手を置き抵抗しているのだが弱々しい抵抗だった。
純「何を恐れているんだ?稟。俺の信頼を完全に得る事が出来るかどうか?それとも、俺がお前の才を捧げるに足りる器かどうか・・・か?」
純「けど俺は、お前の事を全面に信頼してるんだぞ。それを疑ってるのか?」
稟「あ、あるいは、暗愚の主として・・・私はあなたに失望するかもしれません。」
純「ほう・・・?」
純「そんじゃあ、稟・・・。どうすれば、お前は俺に失望するんだ・・・お前の策も解さぬ愚か者と感じたらか?」
稟「如何にも。」
純「お前の献策をはね除ければ、即ち俺は無能か。」
稟「あるいは・・・」
純「なら、今の俺は無能で失望する相手という事か・・・ふっ、はっはっはっは。」
そして
純「主を侮辱する軍師か・・・ふっ、面白ーな。」
そう言って、純は稟の腰に手を回した。
純「けど、困ったな、稟・・・。お前がどんなに可愛くても、お前ばかりを構っては、俺の直属の臣下を寂しがらせてしまうな。」
稟「な・・・っ、わ、私がいつ寵愛の話など!」
純「本当は俺を独占してーのか?んちゅ・・・」
そう言い、純は稟の耳に口付けした。
稟「んっ・・・あふっ・・・」
それに稟も益々抵抗が弱まり、腕を純の背中に回そうとする寸前だった。
純「俺の視線を・・・信頼を、一身に集めてーのか?」
稟「あなたではなく、あなたの将帥として、主としての資質を・・・私は欲します!そんなものは・・・んっ、求めては・・・いないっ!」
しかし、稟は残った理性をフル動員してそう言い返した。
稟「あなたは私の野心です。私の知謀であなたをがんじがらめに、まるで傀儡の人形であるかの如く扱うのが・・・我が目的!」
と更にそう言った。
純「ふっ・・・あはははは。」
純「お前の思い通りになる主など、この大陸のどこにでも転がっているだろう?なら、どうして俺に仕えた?」
稟「・・・そ、それは・・・」
純「俺はそう簡単に、お前の思い通りにはならねーぞ?寧ろ、人形遣いの筈のお前を、繋がった糸でがんじがらめに縛り付けちまうかもな。」
純「それに、もう俺に縛り付けられちまってるかもな。」
稟「そ、そんな事・・・」
純「そんじゃあ、俺の背中に回してる両腕は何だ?」
稟「!」
その時、稟は自分の両腕が純の背中に回してる事に気付いた。それを解こうと考えたが、逆に強く抱き締めてしまっていた。
純「稟・・・。」
稟「あ・・・。」
そして、二人は顔を近づけ
純「んっ・・・。」
稟「んっ・・・。」
互いに口付けをした。そして互いに口を離して
稟「純様・・・。」
純「ん・・・?」
稟「愛してます・・・。」
純「ふっ・・・俺も・・・。」
そう言い、また口付けを交わし、互いにきつく抱き締め合ったのであった。
投稿できました。
稟の方が栄華よりヤバイ気が・・・。
そ、それでは、また。