僕――
他のメンバーは2名。
あてがわれた活動場所は、狭く、何もない空き教室だった。
立方体の空間で、部屋の中央には古びた学習机が4台ある。椅子も使い古しの骨董品。座るとぎしりと音をたてるけれどガタついているほどでもない。
零細同好会にできることといえばこうして平日放課後に集まってぐだぐだと益体もないことを喋ることぐらい。けれど僕はこのゆったりとした時間が嫌いではなかった。趣味について明け透けな所感を語りあう心地良さは他の何にも替えがたい。ましてその相手が、淡い恋心を抱いた相手とならば、なおのこと。
僕はそれとなく姿勢を正し、机の対面に座る幼馴染の横顔を眺めた。
艶やかなロングストレートの黒髪がさらさらと肩を伝いながら落ちていく。
僕の意中の少女、
「それではWeb小説研究同好会の定例会を始めるわ。今回の議題は――」
聞き取りやすい声がホワイトボードに書きなぐられた文字を読みあげた。
『幼馴染キャラはなぜ負けるのか』
眉をひそめそうになる。
もちろん、僕となじみちゃんの関係をあてこすった議題ではない。これはあくまで偶然の一致であり、サブカルチャー界隈における話――物語創作におけるテンプレートじみた展開に対して知見を深めようとする試みでしかない。
僕は努めて冷静に、声を抑えながら発言した。
「別になんでもかんでも幼馴染が負けるって決まってるわけじゃないよ」
「もちろん、幼馴染が勝つ作品だってあるわね」
「こんな議論は気が進まないな。そりゃ確かにこういう流れの作品が多いかもしれないけどね」
「その、多い、ってのが問題なのよ」
なじみちゃんは切れ長の目を細め、ゆったりとした動作で指を組む。
「多い、ということはウケているということ。需要がある、王道になっている。それはどうして? ……それを探るのがこの同好会の意義の一つでしょう?」
「そりゃあそうかもしれないけど……」
「相変わらずあなたはこの手のメタ的な話が嫌いなのね。いえ、受け手に媚びるような考え方が、といったほうがいいかしら?」
「だってさ、仮にも作者を名乗るなら初期衝動には忠実であるべきじゃないかな? なのに、ウケるために話を作るなんてさ……なんのために小説を書くんだって話」
そう、僕らWeb小説研究同好会は、執筆活動も行っていた。
拙いながらも小説を作り、Web小説投稿サイト『ハーメルン』に投稿する。
当座の目標はランキング上位に載ること。
とはいってもまだまだ駆けだしで、アクセス数も評価も胸をはれるようなものではない。けれど試行錯誤を重ねることで自作品の質を高めていく作業には他の何物にも替えがたい魅力があった。
だが、この場には、質を高めようとしていない者もいる。
当同好会のもう一人のメンバーが飄々と口を開く。
「おいおーい、話ずれてねー? 議題は『幼馴染キャラはなぜ負けるのか』だろー? そーいうお話がウケる仕組みを研究してよぉ、俺らの話作りに活かすのが目的じゃーん?」
軽薄な声が響いた。
プリン色の髪に、シルバーアクセサリー、浅黒の肌。椅子の背もたれに寄りかかってつまらなそうな表情を隠そうともしていない。
彼は同好会3人目のメンバー。
名前は、
僕はこの男が嫌いだった。
創作活動に対する不真面目な態度、それだけでも腹に据えかねるが、最も気に食わないのは同好会への参加動機だった。
こいつは、なじみちゃん目的で入会してきたのだ。
いわゆる女漁りというやつだ。
そうでなければ小説の読み書きを目的とするような地味な文化系の同好会に入るわけがない。
「幼馴染は負ける、こりゃもう決まってんだろ? だったらなんで負けんのかってハナシ」
「そうね……。そこをしっかり掘り下げていきましょう」
「……」
気に食わない。気に食わないけど、今さら議題を変えるわけにもいかないだろう。
僕は小さく溜め息をつき、気持ちを切り替えることにした。
「……幼馴染は、別のヒロインの引き立て役にされやすい。そういった損な役回りであるとこは否めないね」
「はー? なんだよー、イナメナイって。わっかりづれーなあ」
「意味はわかるだろ」
「まっいいけどよ。……で、ハナシを本題に戻すと、その『引き立て役』ってとこがミソなんじゃねーかって俺は思うわけ。他のヒロインの存在ありきな踏み台。要するに幼馴染ってのは、真ヒロインの価値をあげるためにいるんじゃねーかなー?」
「なんだよそれ、キャラクターを商品みたいに扱ってさ……」
「でも物語作りってそーゆーもんだろ?」
「ねえ。私、思うんだけど」
なじみちゃんが口を挟む。
「幼馴染キャラがいなかったら、どうなるかのかなって」
「どうなるって?」
「そりゃ別の女が引き立て役になるだけなんじゃねーの?」
少女の黒髪がかすかに揺れて、僕たち男二人を見渡した。
「あのね、実際に書いてみたのよ。ボーイミーツガールの物語で、幼馴染がいるバージョンといないバージョンを」
「へえ、わざわざ今日のために?」
「うん。……でね、ちょっとわかったの。幼馴染の役割は、引き立て役だけじゃない、もっと重要な仕事をもっていたのよ」
「へえー、さっすがなじみちゃん! 教えてよ!」
「それはね……ブースターよ」
「ブースター?」
「そう。……考えてみて。ボーイミーツガールってまず出会いから始まるでしょ? 関係はゼロから始まる。それって乱暴に言ってしまえば、物語序盤は主人公はヒロインから好かれていないってことよね」
「うん、確かにそうだね」
「ここの好意の空白期間は、読者にとってはきっと苦痛なのよ。漫画やアニメだったら一話切りされかねない。無料のWeb小説だったらなおさらね。だから、別の誰かにその役割を担ってもらう必要があるの」
「ははあ、なるほど。それが幼馴染ってわけか」
「そうよ。つまり、物語序盤には無条件で好意を向けてくれるキャラクターが必要なの。それは両親でも兄弟姉妹でもいいんだけど……。これを男女の愛としたいなら、すでにある程度の時間を共に過ごした異性……つまり幼馴染ということになる」
「ってすると~、んん? つまりどーいうことぉ?」
「要するに、幼馴染ヒロインっていうのは、物語の構造上どうしても不足する序盤の好き好き成分を補うための存在に過ぎないってこと。読者を物語に引きこむための誘導係。ある程度ストーリーが進んでいって主人公と真のヒロインとの関係が強くなってしまえば役目は終わり。打ち上げロケットのブースターのように切り離されるのよ」
「へえ~! なじみちゃんあったまいいねー! 真理見たりって感じだな!」
「……ふ~ん」
「あら、夏戸くん。不満そうね」
「僕はそういうの嫌いだな」
その幼馴染キャラはずっと主人公に好意を向けていたはずだ。
主人公だって傍にいたなら気づくはず。離れていないってことは嫌じゃなかったんだろう。
なのに、ぽっと出の別のヒロインにあっさり鞍替えしてしまう。
そんな軽薄な態度は気に入らなかった。
幼馴染とは使い捨ての都合のいいキープちゃんではない。
「僕はね、物語に登場するキャラクターにはそれぞれ意味があって、全員納得できる結末を迎えてほしいって思うよ」
「素晴らしい考え方だとは思うけど、そんなことを言っていたら悪役なんて出せなくなるわ」
「悪役だって悪役なりの落としどころがあると思う」
「夏戸はマジメだなあ!」
根鳥はポケットからガムをとりだして口に放りこむ。
くちゃくちゃと噛みながら、「ほれ、感染症対策にいいらしいぜ。食う?」と押しつけてくる。断ったが、なじみちゃんは受け取ってしまった。
「これってやっぱアレだよなー、メイドさんとか、獣人奴隷とか、そーいう『主人公好き好き!』ってキャラをいつでも出しとけっつう結論なわけよ。……はぁ~ん、俺にもWeb小説ってヤツがな~んとなく分かってきたぜ。そろそろ俺も書いちまおっかな~?」
「え? 根鳥が? きみ、そもそも読んだこともないって言ってたじゃないか」
「いやさぁ~、俺だってこの同好会のいちメンバーとしてちょっとはベンキョーしてるワケ。電車に乗ってるときとかにWeb小説の人気作をスマホでちょろちょろーんって読んでみたり」
「ちょ、ちょろちょろーん……」
「んで、俺にもウケ要素ってやつがけっこうわかってきたんよ。要するに、あれだろ? 俺ツエーして、TSして、掲示板やって、もう遅いってしときゃいいんだろ? あとは人気原作を選べば赤バー確定。楽勝じゃーん!」
「……は?」
楽勝? 執筆が?
聞き捨てならない台詞だった。
「根鳥、きみはちょっと創作というものを、」
「面白いわね」
割りこんできたのはなじみちゃんの声だった。
「執筆初心者の根鳥くんがどんなストーリーを描くのか、興味があるわ」
「え!?」
「ま~じでぇ!?」
根鳥はすっとんきょうな声をあげる。
「なじみちゃんに期待してもらえるなんてチョー嬉しいんだけど!」
「別に期待はしてないわ。ただ私は、これまでサブカルチャーにほとんど触れたことのない人間がどんな作品を作るのかを知りたいだけ」
「いやいやいや! 俺、まじ頑張っから! ランキング上位とっちゃうよ~?」
「お、おいおい根鳥、そりゃいくらなんでも無謀だろ」
「あら、夏戸くん、わからないわよ? 処女作って、妙な型にはまっていないぶん熱量がストレートに乗った作品になりやすいっていうから。案外ほんとに人気作になったりして」
「え、ええ……? なじみちゃん、本気で言ってるの?」
なじみちゃんは形の良い唇に人差し指をあて、妖しげに微笑んでみせる。
「可能性は無限大っていうじゃない」
「いや、でもさあ」
だって、根鳥だぞ?
こいつにまともな小説が書けるわけがない。だって読書感想文すら書き上げたことがないって豪語していたんだから。
まじまじと幼馴染の少女を見てしまう。熱でもあるんじゃないか。
「あっ、じゃあさ、ランキングに載ったらご褒美くれよ!」
「ご、ご褒美?」
「見返りがありゃー、やる気もでんじゃん!」
「なぁにそれ? 根鳥くんは何がほしいの?」
「なじみちゃん、クリスマスにデートしようぜ!」
思わず頬がひくついた。何を言ってるんだ、こいつは?
「クリスマス? 私とデートしたいの?」
なじみちゃんも眉を顰めている。
当たり前だ。たかが同好会の活動に精をだしたぐらいで、いちいちデ、デートの約束をとりつけようとするなんて、まったく誠実さに欠けている!
根鳥、お前は馬鹿な奴だ。なじみちゃんは自身を安売りするような女じゃない。もしも異性として関係を深めたいなら、もっと慎重に互いの気持ちを確かめながらでなければ断られるに決まってる。
その証拠に、なじみちゃんは溜め息をつきながらこう言った。
「別にいいわよ」
「えっ、マジで!?」
……んあっ?
「はぁああ!?」
怒声が口から漏れていた。
幼馴染の驚く姿に羞恥心が湧きかけたけど、今はそれどころではなかった。
クリスマス。
デート。
いいわよ。
……なんだそれ!?
「なじみちゃん! き、きみは、この男と、クリ、クリスマスに、デートするのか!?」
「え? いえ、まあ……その可能性があるという話よ」
「か、可能性って、そんな簡単に……」
「前々から誘われてたのよね。面倒だったけど、今回根鳥くんが執筆活動を頑張って成果もだしてくれたなら、まあいいかなって」
「そんな……軽率だよ、きみは!」
幼馴染は眉間に皺を寄せ、
「なに? 言いたいことがよくわからないんだけど」
「あーっ、わかったぞ!」
根鳥が僕に指を差す。
「夏戸ぉ、お前もデートに誘おうとしてたんだろ? なじみちゃんに気があるってわけだなぁ?」
「そっ」
そうだよ!
――と叫んでしまいそうになる。しかしどうにか直前で止まることができた。
こんな情けない告白などしたくなかった。
けれど。
なじみちゃんが、僕をじっと見つめていた。
今の僕はきっと耳まで真っ赤になっていて、言わずとも気持ちはバレバレでしかないんだろう。明らかなYES顔ってやつを晒している。
そんな僕を前にして、なじみちゃんは瞳を丸くして驚いていた。その表情に拒絶の色はない。ないように見えた。
彼女の隣には根鳥が顔をにやけながら座っている。
僕は悟った。
ここで引き下がれば、取り返しのつかない事態になってしまうかもしれない。
「僕は、なじみちゃんと、クリスマスに……」
心臓が爆発しそうだった。
ぐわんぐわんと耳鳴りがして、足元が不確かになってくる。
「ク、クリスマスに……」
ごくり。誰かが唾を飲む音がした。
均衡を破ったのは根鳥だった。
「おっけーおっけー、夏戸、ようくわかったよ。じゃあさ、勝負しようぜ!」
「しょうぶ……?」
「そうさ! Web小説同好会らしくさ、執筆勝負といこーじゃん? ハーメルンに投稿して総合評価が高いほうの勝ち! 投稿日は一週間後、評価日はさらにもう一週間経ってから! 勝ったほうがなじみちゃんとデートする! ……どうよ!?」
「ど、どうよって、」
ちらりと幼馴染を窺ってみる。
「私は、別に……」
眼に光を揺らめかせ、首を一度大きく振った。
「……そうね。景品にされているような扱いは気に食わないけど、私はそれで構わないわ」
「やった! じゃあ一週間後だな! そうと決まりゃあ早速始めねえとな。俺ぁ帰るぜ。夏戸ぉ、負けねえからな!?」
言うが早いか、根鳥は勢いよく空き教室から飛び出していってしまった。
僕となじみちゃんはぽかんと口を開けるだけだった。
たった数分でとんでもないことになってしまった。恐らくなじみちゃんも似たような心地だったと思う。
気まずい空気のまま、互いに一言も発さずに教室を出る。
別れ際に一瞬、目が合った。
勝って、と訴えているような気がした。
あれは僕の驕りが見せた幻影だったのだろうか。
◇
勝つ。それ以外の道はありえない。
僕には小説投稿の経験がある。赤バーになっている作品もあるし、ランキングも下位なら入ったこともある。普通にやったらど素人の根鳥に負けるはずがない。
それでも1つ、大きな懸念があった。
――俺にもウケ要素ってやつがけっこうわかってきたんよ。要するに、あれだろ? 俺ツエーして、TSして、掲示板やって、もう遅いってしときゃいいんだろ? あとは人気原作を選べば赤バー確定。楽勝じゃーん!
……頭が痛くなるような発想のように聞こえたが、あながち間違っていないからWeb小説界隈は怖い。それほどまでにテンプレートの力は絶大だった。
特に、主流のタグをつけていれば、それだけで評価・感想は桁違いになると僕は知っている。
昔、なじみちゃんが実験したことがある。
人気タグを盛りに盛った作品と、まったく無い作品を、同じ話数だけ投稿してみるとどうなるか?
筆力はもちろん同じ。この条件でどれほど差がついたと思う?
人気タグ作品は、即日に赤バーになり、ランキング下位にのった。
不人気タグ作品は、永遠の透明バーで、ランキング圏外。
ちなみにUAは1/20、お気に入りは1/50、総合評価にいたっては1/100。
あまりにも残酷な結果だった。
つまり僕は決断しなければならない。
今回作る作品に、人気タグをつけるか否か……?
しかし僕には人気タグがなにゆえ人気なのかがよくわからなかった。
「ううう。TS……掲示板……わからない……」
僕は自宅で頭を抱えていた。
ノートパソコンのモニター上では文字入力のカーソル位置を示す縦棒が虚しく点滅している。
あれから二日が過ぎた。
僕は文字入力はおろか、大まかなストーリーラインさえ決めかねている。
「TSってなんだ……? なんでみんな女の子になりたいんだ?」
「しゃあっ、異世界・性転換・送り!!」
「うわぁっ」
いつの間にか背後に兄たちが立っていた。全員が大仰に腕を組み、目を油のようにぎらつかせている。
「にっ、兄さんたち! また勝手に部屋に入ってきたな!」
「やかましい! おめえの唸り声がリビングまで届いてくんだよ! ……で、いったいなんなんだ、悩み事か? この偉大なる一郎兄さんに言ってみろ!」
「い、嫌だよ……。だって一郎兄さんって、思想が過激だし……」
「なにっ。この俺じゃ頼りにならないってか? ククク、ひどい言われようだな……まあ事実だからしょうがないけど」
僕の後ろに扇状に並び立つ4人の兄たち。それぞれが大きく胸を張り、天井に向けて吠えたてた。
「俺の名はっ、『政治批判』の一郎!」
「『カルト宗教いじり』の二郎!」
「『野球界叩き』の三郎!」
「『対人ゲーム工作員』の四郎!」
すぅ~~~っ。
「我らっ! 人呼んで『ヘイトスピーチ四兄弟』!!」
四兄弟……
よんきょうだい……
ょんきょぅだぃ……
ぐわんぐわんと大音量がこだまして、遠くのどこかで犬が吠えだした。
頭が痛くなってくる。胃に穴が開きそうだ。
「……ほんとにさぁ、最悪なんだけど」
「何がだ?」
「何もかもがだよっ。夏戸家の兄弟はクズ中のクズって噂になってるの知ってるでしょ!? 僕まで変な目で見られてるんだ!」
「はあっ? 何言ってんだ、それおかしいだろジャップ」
「全員ジャップだろっ」
「まあまあ、一郎兄さんも五郎も落ち着けって。……で、五郎。どうやら小説を書こうとしてるみたいだがネタにでもつまったか? 俺らに言ってみろよ」
「二郎兄さん……」
「俺らは小説のことなんざわからんが、代わりに違う分野は詳しいんだ。アイデアならだせるかもしれない、そうだろ?」
「う、う~ん。実は……」
ダメでもともと、相談してみた。
ハーメルンではどうしてTSが流行っているのか、という疑問を。
初めに口を開いたのは、『対人ゲーム工作員』の四郎兄さんだった。
「ゲームの世界では女キャラを使うやつは珍しくないぜぇ。だって長時間プレイするんだからな、男のケツを見るよか女を見ていたいのは当然の心理だろ」
言われてみれば、確かに。
その声が呼び水になったのか、他の兄たちも口を挟んでくる。
「でも小説には絵がないぜ?」
「そこは脳内で補完すんじゃねーの」
「ふうん……。ま、男より女のほうがいい、ってのはわからんでもないな」
「おいおい、待て待て。女が主人公なのに、周りに集まってくる仲間も女なのは
なんでだ? 恋愛要素をいれるなら男を増やすべきだろ」
「そこはほら、やっぱ男は見たくないんじゃね? あと元男と男の恋愛ってホモだし」
「ホモはだめなのか」
「だめっていうか、見たい人は少ないんじゃないかな……」
「いちゃつくなら女のほうがいいっス。忌憚のない意見ってやつっス」
「はぁー? 女と女でいい感じになってどうすんだよ? そんなの非生産的じゃねえか」
「一郎兄さん、ウェイト」
「女性蔑視する宗教ってクソだよなーっ」
「二郎兄さん、やめようか」
「つーかさ、だったら始めから女主人公じゃだめなの? なんでわざわざ性転換すんだ?」
「それは感情移入のしやすさが……」
「あん? じゃああれか? TSものっていうのは、潜在的に女になりたい願望があるやつが読む小説ってことか?」
「そう……なるのかな?」
「そんな奴がいっぱいいんの? それが流行りなんか?」
「うん」
「わっかんねえなあ」
「俺ぁ、わかるぜ」
またしても四郎兄さんだった。
「男で美形になったところで内面を見透かされてモテやしねえ――みんな心のどっかでわかってんだ。だから女のほうになりたがる」
「なんじゃそら」
「女なら、可愛さが絶対正義だろ? 他ならぬ自分たち男が見た目だけでもてはやしてるから納得できるのさ、TSさえすればモテるって。……だからTSに惹かれるんだ。生まれ変わるなら男より女、それも美少女になりさえすれば勝ち組だ。そうすりゃモテるし、褒められる、認めてもらえる……」
「さっすが四郎、ネカマへの造詣が深いな。美少女アバターに貢ぎまくった経験は伊達じゃねえ」
「うるせェーッ! 俺だって最初は女だって思ってたんだよ! くそっくそっ許せねえ……!」
「怒らないで下さいね。貢いだ相手がネカマだったってバカみたいじゃないですか」
「粘着荒らし工作員になった四郎に悲しい過去……」
「……兄貴たち、一つだけ言わせてくれ。あんたたちはクソだ」
「ぜ、全然参考にならない……」
やっぱりこの兄たちは駄目だ。
他人を貶めることばかり考えている男たちから建設的な意見など出ようはずもない。僅かでも期待してしまった僕がバカだった。
「もういいよ。TSは……やめる。僕にはよくわからない。わからないものを描くことはできない」
「そうかぁ? でもよ、どうもTSものって、第一話で『TSしました』って書くだけで人気でるみたいだぞ? その後の性差や恋愛観の話はメインテーマにしなくてもいいようだ」
「だめだよ、そんなの……。やるからにはちゃんと深掘りしないと」
「深掘りねえ……」
「主人公をわざわざ性転換させたなら、その試練を乗り越えて得るものがなければだめだ。意味の無い設定があってはいけない……物語創作における基本だよ」
「ふぅ~ん、そういうもんなのかねぇ」
そうだ、大切なのは基本だ。
そもそも僕はどうして小説を書いている?
イラストでも漫画でも演劇でもなく、小説を選んだ理由はなんだ?
それは、僕自身の衝動を文章にしたいからだ。
裡にあるものを文字で表現したい、その気持ちが創作の原動力。
評価を得ることばかりを考えて大事なことを見失っていたかもしれない。
「僕は僕の気持ちを大事にするよ……。人気タグにはとらわれない」
「そうか」
「ま、いいんじゃないか」
「やってみろ」
「五郎、俺らは待ってるぜ……。お前も俺らのように闇落ちしてヘイトスピーチ五兄弟になることを……」
「ならないよっ!」
そして僕は渾身の力をこめて一作を書き上げた。
登場人物はたったの2人。モチーフは僕自身となじみちゃん。現代舞台の恋愛モノ。
俺ツエーはない。
TSもない。
掲示板もないし、もう遅いもない。
人気原作でもない完全オリジナルのラブストーリー。
タイトルあらすじタグは凡庸も凡庸。引きこまれる読者は少ないだろう。
でも、読んでさえもらえれば。
魂をこめた文章にきっと何かを感じてもらえる、そう信じている。
そして、決着のときがきた。
◇
ぼろ負けした。
「あっあぁぁああぁあ!? う、嘘だろ……!?」
「わっはっは、やったぜー! これでクリスマスはなじみちゃんとデート確定ーっ!」
何度モニターを見直しても結果は変わらなかった。
投稿日からきっちり一週間後の本日この時間、総合評価の差は歴然だった。
根鳥の作品が圧倒的に勝っている。
視界が歪んだ。胃が縮こまった。
……こんなことがあっていいはずがない!
「ま、待ってくれ! こんなの反則だろ!」
「あん? なにが?」
「全部だよ!」
PCモニターに指を差し、根鳥の作った作品に盛られた要素をあげつらう。
原作は擬人化動物娘が走るレースもの。
主人公は青春ラブコメ陰キャ主人公。
もちろんTSしていて、掲示板ありで、追放復讐もので、特撮キャラに変身できて、特殊能力としてエロゲーラスボスの無限武器生成&投射スキルを使うことができる。登場キャラ全員から無条件に好かれていて、ストーリーには山も谷もなくただただ勝利を重ねるだけで、短編なのに締めもなく唐突にぶつ切りされている。
文章は稚拙。そもそも小説の作法すらできていない。
文頭は空いておらず、句読点忘れもある。
さらに台本形式。
というかそれ以前に、大部分に別サイトからのパクリ疑惑さえされていた。明らかなコピー&ペーストを感想欄で指摘されている。
しかし評価は天井知らずだった。
バーはもちろん真っ赤っか、ものすごい量の感想とここ好きが積み重ねられていて、ランキングの上位に載っている。
先述のパクリ疑惑への指摘は、大量のBAD投票でアンチ扱いされていた。
な……なんだあっ?
ウソだろ……こ……こんなことが許されていいのか……。
「夏戸くん」
なじみちゃんの声。
はっとして、縋るように見つめたが、裁決が変わることはなかった。
「残念だけど、あなたの負けね」
「そ、そんな!」
「だって総合評価で決めるって話だったでしょう? 夏戸くんの作品と根鳥くんの作品の総合評価の比率は、1:10よ」
「夏戸ぉ~、負けは負けなんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」
「う、うるさいうるさいっ! ぼ、僕は認めないぞ! こんなのは作品のていを成していない!」
「……いい加減にして」
どきりとする。
冷たい声質が空き教室を支配する。なじみちゃんの目は全然笑っていなかった。
「あなたさっきから文句ばっかりね。人気原作を使ったらだめなの? 人気要素を重ねたらだめなの? そんなルールはなかったわ。後からいうなんてみっともないわよ」
「で、でも、パクリ疑惑だって……」
「疑惑は疑惑でしょ。いえ、それ以前に……極論をいえば、『パクリをしてはいけない』というルールもなかったわ」
「はっ、はあぁっ!? なじみちゃん!? きみは何を言ってるんだ!?」
「評価の基準はただ一つ。総合評価、それだけよ」
「へへへ、夏戸よぉ、往生際が悪いぜぇ~」
「根鳥っ! きみはっ、こんな作品を作って恥ずかしくないのか!」
僕の怒声に、なじみちゃんの目がぎろりと細められた。
「恥ずかしいって、なに?」
「え、あ、いや……だってこんな、」
「創作なんてしょせん妄想の具現化よ。恥ずかしくったっていいじゃない。みっともなくていいのよ。……根鳥くんの作品は、そりゃ確かに稚拙かもしれないけど、それでも私は遠い昔の最初の気持ちを思いだせたわ。サブカルチャーに触れたての、痛々しくもわくわくするような気持ちを」
「でも、こんな、ウケるためだけの、勝つためだけの物語なんて……僕は認められない!」
なじみちゃんはしばらく無言だった。
ただじっと僕を見つめて、仮面のように顔を固くさせていく。
それは失望の表れだったのだと思う。
「あなたは結局、自分だけが大事なのね」
「な、なんだって?」
「あなたの作品……とても良いと思う。体重がのっていて真に迫るものがあるわ。……あなたが私をどう見ていたか、それを初めて知った」
それは好意。
僕がなじみちゃんを好きだと思う気持ち。
長年抱いていた本物の感情だ。
「あなたとは長らく幼馴染の関係だったわね。けれどこの作品にこめているような気持ちは今までおくびにも出してくれなかった。アプローチは1つもなし。……そんなんじゃ何も伝わらないのよ」
「どういう……こと……?」
「あなたがいくら私を好きでも言わなきゃ伝わらないってこと。行動しなきゃ伝わらないってこと」
なんだ? 何を言いたいんだ?
わからないという事実にただ焦る。自分がどうしようもない出来損ないであるようで心臓が痛みを訴えた。喉が乾いてしかたない。
「今回の勝負は総合評価で争うんだから……勝ちたいなら人気要素をいれこむべきだったのよ。でもあなたは自分の主義を優先させた。私とのデート権よりも、自分の主義を優先させたのよ」
「……」
「根鳥くんはこれまで何度も私を誘ってくれた。彼とは知り合って間もないし、軽い気持ちで言ってるのかもしれないけど、それでも何度もアプローチしてくれた。……じゃあ、あなたはどうだった? 何も言わず、態度にもださず、裡に秘めているだけ。今回の勝負でも勝ちにこだわるよりも自分のやりたいようにやっただけ。私のためにって様子は一つも見えてこない」
「ねえ、人と人が付き合うっていうのは、互いに歩み寄ることでもあるの。……自分は何も変えたくない、そんな人を選ぶことはできないわ」
◇
どうやって家に帰ったのか覚えていない。
気がつけばリビングで正座して、PCモニターを見つめていた。
ハーメルンのランキングを眺めて根鳥の作品を読み直す。
「……」
無茶苦茶だ。
幼稚だ。
つまらない。
……そうとしか思えない。
けれどなじみちゃんは、これが良いと言っていた。
僕の作品より良いと言っていた。
高尚なテーマを定めて、魅力的なコンセプトを掲げ、構成を練り直し、読みやすさに重点をおき、誰の目からも好かれるようなキャラクター像を整えた、そんな僕の一世一代の作品よりも――妄想がだだ洩れで、みっともなくて、恥ずかしい子どもの書きなぐりのような、そんな根鳥の作品のほうがましだと言う。
「なんで……?」
わからなかった。何もかもが。
何が悪いんだ?
僕が悪いのか?
僕の何が悪いんだ?
「わからない、わからないな……」
気がつけば、ローテーブルの対面に4人の兄たちが座っていた。
夕暮れを背負ったシルエットのまま、真剣な眼差しでこちらを見つめている。
「よお五郎。どうした」
「……」
「その様子だと勝負に負けたようだな。……まあ、負けるとは思っていたよ」
「……」
「あのな、実は俺たちも同じなんだ」
「え……?」
始めは、一郎兄さんだった。
「俺はとある議員の秘書だった。政治方針にがんがん口出ししてたら汚職の罪をなすりつけられた。うざかったんだろうな」
次は二郎兄さん。
「俺はとある宗教団体に全財産寄付しなきゃ地獄に落ちるって彼女に迫られてなぁ。んなもんNOに決まってんだろ? そしたらセクハラをでっちあげられて会社をクビになった」
三郎兄さん。
「球団の仲間にシャブに手ぇだすなって止めたら意気地なし呼ばわりだ。なのにあいつらが逮捕されたら初対面の連中に「お前が止めなかったから」って責められる」
四郎兄さん。
「俺ぁネカマにいれこんだバカってお題目で顔写真つきで晒されてる。死ぬまでネットのおもちゃさ」
四人の兄たち。
『政治批判』の一郎。
『カルト宗教いじり』の二郎。
『野球界叩き』の三郎。
『対人ゲーム工作員』の四郎。
全員、どこにだしても恥ずかしいクソ野郎。
他人を貶めることばかり考えていて、建設的な意見などほとんど出さない。
けれど始めからそうだったわけではない。
「五郎、お前は悪くない」
「悪いのは、お前を理解しない他の奴らだ」
僕はゆっくりとかぶりを振った。
「違う、違うよ。誰が悪いって話じゃない……。しいて言うなら、自分の考えに凝り固まって動こうとしなかった僕自身が悪いんだ……」
「じゃあお前はこれからどうするんだ?」
「わからないけど……人生遅すぎるってことはないと思う。今からでも改めて、なじみちゃんにアプローチする。ちゃんと告白する。だって、」
大切なのは人の声に耳を傾けることだって知ったから。
それはきっと小説だって同じ。
小説とは、創作とは、きっと一方通行の出力手段じゃない。
誰かに影響を受けたこと、誰かに知ってほしいと工夫すること、それらを含めて心を伝え合うためのものだから。
ピロン♪
スマホが着信を告げる。
ふと見ると、メッセージアプリに根鳥からの写真が添付されていた。
綺麗な一室、仄かな照明、豪華なベッド、
はにかむ幼馴染の俯き顔。
『へーい夏戸くん、見てるぅ~? これから俺たち、大人の階段のぼっちゃいまーす^^』
ぷつっ
僕のなかで、なにかが死んだ。
なじみちゃん――いや、なじみ。
あの女はとんでもないビッチだった。
そうに決まっていた。
僕は悪くない。
一つだって悪くない!
「いぃぃいいいいきっききっきっきっきっきっきききっ! おあっおがっがああああ!!」
ちくしょう!!
人の声に耳を傾けるぅ!?
心を伝え合うぅ!?
綺麗事ぬかすな!
「ふっざけやがってえぇぇっぇええええ!!」
どいつもこいつもゴミ野郎どもがァ!
この世のすべてのウケ狙いの媚び作品は許さない! 残らず低評価してやる!
「まずは有名原作作品! てめえらだあっ! うおおおおお! 評価0! 評価0! 評価0! 評価0! 評価0! 評価0! 評価0! 評価0! 評価0! 評価0! ……ああっ!? もうゼロ評価できねえのかよ! だったら1だ! 評価1! 評価1! 評価1! 評価1! 評価1! ……」
「……一郎兄さん、いいんスか、これ」
「みんなでヘイト活動するから尊いんだ。絆が深まるんだ」
「やっぱ怖いスね、夏戸家の兄弟って」
「ま、いいじゃないか。これで五郎もはれて俺らの仲間入り……」
すぅ~~~っ。
「我らっ! 本日このときをもって『ヘイトスピーチ五兄弟』!! これより世界を爆撃する! わはははははははー!!」
◇◇◇
「――ってことがあってな。俺の兄さん、夏戸五郎は『Web小説低評価爆撃機』になったんだ。最悪だろ?」
「えーっ、六郎先輩のお兄さんってそんな過去があったんですね……。ちょっとかわいそうかも……」
「同情することないって。……まあそんなわけで俺は夏戸家をでて独り暮らしするようになったわけ」
「へぇー、人に歴史あり、ですねぇ」
「ところで
「
「ふうん、いい夢じゃん。応援するよ」
「ありがとうございますっ。あ、そういえばこのサークルの先輩って外国の人なんですって。知ってました?」
「へえ、初耳だな。いい人だといいね」
ガチャリ
「お、新入生のミナサーン、きてますネー。演劇サークルにヨウコソ! 私はぁ、部長のフトク・テ・カッタイノと申しマース。よろしくお願いしマース!」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
光が多いところでは、影も強くなる。
明るく照らされた舞台の裏には、同じだけ暗い影が存在することを忘れてはならない。
他意はありません。