~誰もいないセカイ~
(ここはいつも静かだなぁ……何も考えなくていい……怖い事も、不安になる事も、嫌な事も、何もない……)
「えむ?」
「あっ、ミクちゃん……」
「……えむ、元気ない?」
「え? あっ、元気だよ? ほら、わんだほーい!」
「……私、遠くの方にいるね」
「え?」
「一人に……なりたいんでしょ?」
「あーうん……ごめんね。ミクちゃん」
(ダメだなぁ、私。みんなを笑顔にしたいのに、しなきゃ、ダメなのに……)
「あれ……」
「どうしたの? ミクちゃん」
「誰か……来くる……」
「え? 誰か?」
ミクの言葉は確かな様で、えむの方へと優しく、静かな、足音が聞こえてくる。
「朝比奈先輩……?」
まふゆはえむの前に立つと、少し不思議そうな顔をする。
「笑ってない鳳さん、初めて見た」
そして、首を傾け不自然な笑みをまふゆは見せた。
「あっ……」
「鳳さんでも笑わない事あるんだね」
「笑わない? 私、ずっと笑ってるよ? ほら、わんだほーい! って……」
「ふふ」
そんな風に言うえむに、まふゆは言う。
「鳳さんは、そんなに笑顔が大切?」
「うんっ! とっても大切……」
「そう……なら、笑っていなよ」
「え?」
「そんなに笑顔が大切なら、ずっと笑っていたら?」
「それは……そうなんだけど……」
「まふゆ?」
「笑顔ってね、簡単にできるんだよ。この人の前では笑っていなきゃとか、この場所では笑っていなくちゃとか、そいういう風になっていくと、人は自然と笑える様になるの」
そう言って、まふゆは笑う。
鳳えむに向けて、笑う。
「朝比奈先輩の笑顔は怖いです……楽しそうな笑顔じゃない……」
「そう? ふふ、私はこれでいいと思うけど」
「ねぇ、まふゆ?」
「なに? ミク」
「きっと、えむは、ただ皆に笑顔になってほしくて……でも、その笑顔はまふゆとは違って……」
「そう……で? 鳳さんが笑っていないのに、誰が笑えばいいの? それに私は鳳さんが笑っていないのが気になって、鳳さんっていつも笑ってるイメージだったから。気になっただけ、邪魔だったなら……そうだね、もう帰る」
そういうと、まふゆはえむに背を向けた。
「25時になったのに、えむがこないって絵名と瑞希がうるさいし、奏が心配してるから、早く来て」
そう言って立ち去ろうとするまふゆ。
「まって、朝比奈先輩っ!」
「なに?」
「今日はその……行けないって、伝えてほしい……」
「……分かった」
そうしてまふゆはえむに背を向けスマートフォンを取り出す。
「早く笑える様になってね……静かすぎるのも、好きじゃないから」
「うん……ありがとう。心配してくれて……」
「……またね。鳳さん」
(そうだ、笑っていないと。皆を笑顔でいっぱいにするんだって、そう決めて、そうしようとして、ステージで踊って、歌って、笑顔をそこに……)
「……」
(そして、曲を作ったんだ)
「えむ」
「なぁに? ミクちゃん」
「えむはとても、素敵な心を持ってる」
「え?」
「私は、えむのおかげで歌えているから……確かにここは、まふゆの思いで出来た世界かもしれない、けどこの世界が生まれるずっと前からえむは私と歌を歌っていた……だから、ありがとう」
「ありがとう……?」
「まふゆも、えむが歌わせてくれた私の歌声に何か感じているんだと思う」
「そっか、朝比奈先輩も私が作った歌。聞いた事があるんだ」
「だから、やっぱり……あの子も、えむの事をあの子なりに心配してるんだと思う」
「そうなのかな……私、朝比奈先輩の事はよく分からないや……」
えむは床に座り、何もないその静かな世界の空気を吸う。
それは、冷たく、少し心が痛くなる様な空気だった。
「♪―――――♪ ♪~~~♪」
「あっ、その歌……」
「ふふ。これは、えむが作ってくれた曲だよね」
「うん……」
(その歌を作った日、私はお兄ちゃん達と喧嘩をした。アトラクションを取り壊さないでって、ステージを残してって、沢山お願いして、断られて、納得いかなくて、何度も何度も聞いているうちに喧嘩になって)
(その想いを、そのまま歌にした)
「素敵な歌だと、思うよ」
「うん……」
(また、曲を作ろうかな)
~まふゆの部屋~
「ごめん。遅れた」
「あっ、雪ー! 急にいなくなるから、心配したじゃん!」
「ごめん……ちょっと気になる事があって」
「え? 雪が何か気にしてるの?」
「えななんーその言い方酷くなーい?」
「あっ、ごめん。珍しすぎて」
「それで、雪。どうしたの?」
「鳳さんが、笑ってないなって」
「「「え?」」」
~絵名の部屋~
~奏・まふゆ・ログアウト後~
「ねぇ、Amiaまだ起きてる?」
「起きてるよー! どうしたの?」
「いや、ちょっと雪の言ってた事が気になって……Mが最近笑ってないって言う」
「あーあれね。ボクもちょっと、気になってたけど……」
「あの子、いつも通りだったよね?」
「いつも通りに見えたけど……でも」
(誰にだって、人に言えない事。言いたくない事はある。えむはもしかすると、それを抱えて、一人で悩んでいるのかも……)
「隠すのが上手なんだろうね……自分の、辛さを」
「え?」
「ううん。なんでもない……」
(こういう時は、いつもなら遊びに行こうって、前までは言えてたんだけどなぁーなんだか、それを言うのも、ちょっと……)
「ねぇ、Amia?」
「ん? 何?」
「今度、MとAmiaと私の三人で遊びに行かない?」
「あっ、それいいねぇ~! 久しぶりに三人で遊びに行こっか!」
~えむの部屋~
(結局、戻ってきちゃった……もうちょっと、曲を作ったら、またセカイに戻ろうかな……あそこは静かで、落ち着くし)
そんな風に思うえむが一人でいる部屋のドアが叩かれる。
「ん? はーい!」
部屋に入って来たのは、えむの姉だった。
「ねぇ、えむ」
「何? お姉ちゃん」
「その、ごめんなさい……」
「え?」
「私が最初に諦めたから、こんな事になって……それを謝りたくて……今更かもしれないけど」
それ以上の言葉をえむは聞きたくなかった。
「お姉ちゃんは何も悪くないのっ! 私がもっともっと、お兄ちゃん達が良いって言ってくれるくらい、お客さんを笑顔でいーっぱいにできなかったのが悪いの、だから!」
「ほんとうに、ごめんなさい……」
そう言って、姉はえむを抱きしめる。
「ほんとうは、えむにそんな事言わせたくないのに……ほんとうにごめんね……」
「謝らないでよ……」
「え?」
えむの声は、静かで暗い部屋に落ちる。
「お姉ちゃん、わんだほーいっ! だよ?」
その声には元気がなく、ただただ暗らく重い声だった。
「え?」
「大丈夫。何も心配しないで、お姉ちゃん!」
「えむ……」
「ほら、お姉ちゃん! わんだほーいっ!」
その言葉は静かに床に落ちて、誰にも届かない。
そして、またえむの心に傷をつける。