薄暗い研究室。一人の男がコンソールをしきりに動かす。
男の名はカーター・マクドナルド。アンドロメダ流国の影の実力者にして、最高の頭脳を持つ研究者でもある。
男は地球侵攻の一環として過去データの洗い出しをしていた。着実に地球を人類を滅亡させること、それがマクドナルドの使命だ。ところが、ゲッターロボアークが現れてから計画は狂っていく。予定にない過去が現れ、予想外の結果を出していく。それは、地球人類を第一とするゲッター線の修正力なのだろうか?
―いや、よい影響はこちらにも出ている。
蝶の羽ばたきは嵐の如き力を、アンドロメダ流国にももたらしていた。
それは約15年前のデータ。様々な形の蟲の卵の一覧が並ぶ。反応なし、死滅済み、自己破壊済み…。ようは役目を終えたスパイ兵器の一覧だ。その中にマクドナルドは見たことのない生きた強い反応を発見した。
本来の役割とは違う変化を遂げていた寄生型の蟲の卵。なぜ今?
「…そうか、ヤツを見つけたということか。しかしこれは……いや、使えるかもしれんな」
*
獏は焦っていた。
それは行きつけのコンビニで起こった事。
そこの店員はとても気さくでどんな人間にも愛想の良い、まさに理想のコンビニ店員。しかも笑顔の素敵な美人の女性がしているというこれまた理想の、いや理想以上の店員だ。
拓馬とよくつるんでこのコンビニで食べ物や飲み物、余裕があればお菓子を買っては帰り際にコンビニの店員と世間話をして研究所へ帰るというのがいつものパターンだ。が、今日の拓馬とコンビニ店員のやり取りに獏は一段とジワジワとくるお告げアンテナの反応を感じていた。
「どら焼き?ああ、来られないお友達にお土産買うのね」
「俺達だけでコンビニ楽しんでんのも悪いからな。おっ、ドクペ!!」
「拓馬くんが飲んでみたいって言ってから仕入れたの」
「ありがとよコンビニちゃん!じゃあ3本よろしくな!」
「ふふ、毎度ありがとうございます」
普通、コンビニ店員がここまで好意的に接したり、名前呼びしたり、仕入れに手を加えるだろうか。ここに来れば来るほど二人の親密さが上がっているような…いやこれは!
このとき、ジワジワ反応したいた獏のアンテナがビンビンと反応した。
―そうこれは!まさしく!!拓馬の恋愛フラグだ!!!
買い物が終わり、拓馬と2人になった獏はコンビニ店員の事について拓馬がどう思っているか早速探りを入れた。
「拓馬、コンビニちゃんすごーく機嫌いいと思わないか?特に!お前と話してるとき」
コンビニちゃんとはこの行きつけコンビニの店員の愛称だ。
「そうか?いつも通りだと思うけどな」
「いやいや、あんなに笑顔でまたいらしてくださーいってそうそう言わないと思うぜ」
「教育がなってるんだろ?とてもいい子じゃん」
「………だな!とってもいい子だな!」
獏は思った。まさか、19歳にもなって恋愛の「れ」の字も知らないのでは?これって兄貴分してた自分の責任じゃないか?
ドクターペッパーの味を想像して楽しみで仕方ないと言うような足元の軽い拓馬に比べ、数年分の恋愛観をどう叩き込むか真面目に考える獏の足取りは重かった。
*
早乙女研究所にも静かで落ち着ける場所がある。日の射すテラス、暖かな陽光、日頃の喧騒と離れられる場所。少ない穏やかな時間をカムイはここで過ごす。『The Notebook』と書かれた洋書を片手に、拓馬から貰ったお土産のどら焼きを食べながら一息ついていた。
「ここにいたかカムイ」
「獏か。何のようだ」
「『一生のお願い』をしにきた」
「一生のお願い?」
拓馬の身の上を混ぜながら、どうかコンビニ店員の子と仲良くする手伝いをしてほしいとお願いする獏だったが、カムイの目は冷ややかだった。
「なにを深刻そうにしてるかと思えば……断る。拓馬の頭が恋愛年齢5歳児なのが悪い」
「例えが酷いな!?」
「復讐一辺倒で異性に対して感心をなくして今に至っただけだろう。俺の暇をお前たちに使う気はない。俺を関係のないことに巻き込むな」
また本に目線を移し、この話は終わったと態度に出すが獏は引き下がらなかった。
「拓馬の事は俺が悪かったとして、コンビニちゃんのことを無関係だと捨てた言い方はしてほしくないな」
「なに?」
「あのコンビニ、店を開くには危険なエリアなんだよ。聞いたことがあるんだ。あのコンビニにヤバめの強盗がきたってよ。なんとか自警団を呼んで撃退できたらしいんだが、それでもあの子はコンビニを辞めなかった。なあ、カムイ。もしかしたらあの子はそこまで働く理由が、深い事情があるんじゃないか?理由の詮索をするのは野暮だが、そういう苦労をしてる子の恋心を応援したってバチは当たらないだろう?」
爛々と光る青い目がカムイの良心に訴える、お前だって人の不幸を願う奴じゃないだろうと説き伏せてくる。
良心の押し売りは好まないカムイも今回は迷ってしまった。こういうのは元宗教団体の中心にいた者だからこその技なのか、それとも獏自身の素質なのか。
「……勝手だな」
「勝手で結構!俺はこんなご時世だからこそ縁を大事にしたいだけなんだよ。カムイに頼むのも少なからずコンビニちゃんの縁があるからだ」
―面倒な縁だ。
心で愚痴るが、切るには惜しいと微かに思ってしまうのは、今までの見えない獏たちの言う『コンビニちゃん』の気遣いからなんだろうとも理解した。
食べかけのどら焼きはカムイの口に合っていた。
「どら焼きは美味かった。良いメーカーから仕入れているんだろう。こんな物まで、良く気を使うな」
「…カムイ!」
気まぐれに付き合うのもいいかと、終わりに差し掛かった洋書にしおりをはさむ。
「手伝ってやる、お前の『一生のお願い』」
「そうか!いやぁ、ありがとうよ~!!」
破顔する獏は誰よりも拓馬の幸せを願う兄貴そのもので、カムイにはそれがすこし眩しかった。
「それで、その『コンビニちゃん』と言ってる店員の名前は?その呼び方、俺には抵抗がある」
「………ずっと『コンビニちゃん』って呼んでたから、忘れた」
「馬鹿だろ」
*
カムイにお土産のドクターペッパーとどら焼きを渡した後、拓馬は自室で一人考え事をしていた。
獏から言われたことが今になってボディーブローのようにじりじりと気に掛かり、スッキリしない。それに例えようのないもやもやが胸中に溜まっていってる気もする。
『特に!お前と話しているとき』
そう言った獏の目は期待に満ちていた。拓馬に言わせたかった言葉があの時にあったとするならば…。
「…コンビニちゃんが俺を?まさか、そりゃ自信過剰だろ。だってあの時はよ…」
―俺達はただ秘密を共有してるんであって、そんな特別視なんかじゃないんだ。
俺が初めて研究所からもらった給料で早朝からコンビニ巡りを満喫しようとしたその一軒目で、大当たりを引いてしまった。
コンビニの店員の女の子と俺だけがいた店内に徒党を組んだ強盗共がドカドカと上がり込んで、持っている凶器を振りかざし「これが見えるんなら金と食料を寄越しやがれ!」と頭の悪そうな脅し文句を垂れ流していた。
店員は言われるままカウンター越しにレジの現金を明け渡し、金庫の場所も教えていた。まあ、それは仕方ない。ここの店員は女の子で人数は一人。抵抗したとしても逆上されて殺されるか……おもちゃにされるだけだ。
その時俺はおにぎりコーナーで様子をうかがっていた。強盗が店員から少しでも離れれば、この場の強盗を制圧して被害をは最小限で抑えられる自信があった。こんな物騒な野郎に脅されては恐怖に竦んでるに違いないと、カウンターにいる店員を見遣った。
店員の子と視線がかち合う。店員の方も俺を心配しているかのように目を配っていた。余裕があり、まるで大丈夫と言っているようだ。その視線は恐怖の色を感じさせない。
強盗共は動かない俺達を見て恐怖に陥れてやったと(たかが二人相手に)悦に浸っているようだったが、俺ははむしろ冷静に強盗対応をしてる店員の強かさに違和感を覚えた。
「頭ぁ!金庫ありました!!この人数ならなんとか持ってけますぜー!」
「よーし、金庫を確保してそのまま警報機と防犯カメラ全部ブッ壊しちめぇ!!」
少しは頭が回る奴らのようだ。頭と呼ばれたリーダー格に指示通りに荒らし回っている。
ここらを荒らす強盗団がいるとか途中で聞いたがこいつらか。
「わりぃなぁ全部奪っちまってよ。データもなけりゃ今のボロボロのポリ公なんてゴミ屑以下のお働きしかできねぇのよ。分かるか?」
「……お客様の無事は保証してください」
「はあ?誰に物言ってんだ」
店員は言葉を淀み無く続ける。
「お金がほしいなら持って行って。物資がほしいならそれでもいいわ。でも、お客様は傷付けないでください」
「このアマ!俺は全部奪うって言ったろーが!後でてめえの身体も俺達が使い潰してやるよ!!ヒヒ、ヒヒヒヒ!」
顔の半分がひしゃげたように歪んでいるリーダー格の強盗は、心の根っこも相当歪んで腐りきっている。
俺はこういう輩が大嫌いだ。ルールを守らず暴力で支配しようとするこの男が無性に気に入らない。
そこまで好き勝手にしてたんなら、やり返されても文句は言えないだろう。
「どさんぴん、何女の子相手にイキがってんだ」
「ああん!?てめえ!このナイフが見えねえのか!」
雑に殺気を撒き散らし強盗はナイフをこっちに向けるが、それは店員を開放したのと同じことだ。強盗との距離を滑るように一気に詰めて腹に拳を叩き込こむと強盗は短く悲鳴を上げて倒れ込む。
リーダー格の強盗が動けないうちに金庫のある部屋に向かい、慌てる三下を鎮圧する。
無造作に振り回される凶器は最低限の動きで避ける。ハエがどこに飛んでいくかよりもわかりやすい軌道だ。武器がだめなら掴みかかろうと一斉に走ってくる三下共の足下を軽く払えば、そのまま壁へドシャっと突っ込んでくれる。それでも立ち上がろうとするならば両手で首を引っ掴み、頭同士をかち合わせてやる。
そうすればのびてバタリと失神してくれる。徒党を組んでもリーダーがいなきゃ烏合のなんとか。手応えすらない。
防犯カメラやテレビは粉々にされたが、質のいい機材にもしやと事務デスクの周りを確認する。案の定バックアップのデータが送られる仕組みになっていた。流石あの防犯対応、この事態に慣れてる。
この強盗共はもう捕まったも同然だ。三下共が使い物にならなくなったのに気づいたのか起き上がろうとするリーダー格の強盗に、今度は頭突きで大人しくさせる。
「お前の言うボロボロの警察も防犯データがあればお前らを簡単にお縄にする事くらいはできるんだ。もう逃げ場はねえ。甘く見すぎだぜ、チンピラ以下の三下奴」
「グェっ…ヒ、ヒヒヒヒヒ!女の手前でカッコつけてやがって!くらえ!」
強盗が懐に手を突っ込むと隠し持っていた銃で俺を撃つ。誤った、初期動作から何かしら弾くものが来ると思ったが、少し甘く見た。回避が十分に間に合わず二の腕に凶弾を少し掠めてしまった。
「今度はテメエの頭に銃弾ぶち込んでやる!」
ガタン!今の音は俺でもあのイカれた男でもない。レジカウンターでじっとしていた筈の、コンビニ店員の女の子がカウンターからドアを開ける音だった。ズカズカと足音がなりそうなくらいに気を荒立たせ、強盗に向かっていく。
「おいっ!アンタ下がっ…!?」
俺が言い終わるのを、この子は待ってはくれなかった。
「おいでジャッキーちゃん!!!」
ギュオオオアアアアア!!!
突然だった。予兆も何もなかった。彼女をが叫ぶと同時に外から獣の咆哮と高周波が入り混じった怪音がコンビニを囲うように鳴り響き空気を揺らす。
キシキシとガラスは鳴り、下は地鳴りに似た振動がする。さすがの俺も状況についていけず発端だろう彼女を見遣る。
彼女は、凄く怒っていた。
「だからお客さんになにするのよ!!!」
怒りに呼応するように、怪音を纏った鉄の塊が自動ドアのガラスをブチ破って入ってきた。それは獣のような形をしたロボット。口を大きく開ければ、様々な銃口がジャギリと飛び出し、すべての照準が強盗に向けられた。
「う、うう、うぎぃやああ!!?」
あの強盗は、髪の毛は全て焼かれ服は全て焦がされ、残ってた眉毛は鉄の獣から喰らった恐怖で真っ白になっていた。
「あたしは言ったのよお客さんの無事は保証してって。ちゃんとしてくれたらここまでやらなかったわ!」
俺は言いたいことが山のようにあった。けれど流石に混乱しててたった一言しか聞けなかった。
「アンタ、一体なんなんだ」
「…ただのコンビニの店員よ」
パトカーが強盗達を連行したあとは、さっきの騒動などなかったかのような静けさが戻った。
警察には、なんでこんなに強盗達が丸焦げなんだと事情聴取で聞かれたが、アイツらが持っていた脅し用の武器が暴発したと適当な嘘をついた。俺だけならボロが出たかもしれないが、『コンビニの店員』は慣れているかように虚実交えた状況を話し、警察はすんなりと信用して俺達側が事実であると受け取って帰って行った。
午前早朝に起きた出来事と、今の『麗らかな日差しと暖かいそよ風が吹く穏やかな晴れ空のもと、駐車場の掃除する2人』というギャップに俺は『病気したときに見るひどい夢ってこう目まぐるしいよな』と他所事を考えてしまうくらいにはまだ混乱が残っていた。
「片付けまでさせてごめんなさい」
自称『ただのコンビニの店員』は竹箒でせっせと塵ゴミを掃く。だがその塵ゴミは落ち葉ではなく強盗達が荒らし回ったあとのガレキ、と俺達(特にあの鉄の獣)の暴れた跡のガラス片や燃えかすだ。
掃除の仕方もルーチン化され効率的にゴミ処理がされるのは掃除が得意だからというものじゃなく、このコンビニが荒らされることに慣れているからだろう。手際が良すぎる。
「いいって、今日1日はコンビニ巡ってるかほっつき歩く予定だったからよ。あの様子じゃ俺がへましなかったらアンタはうまく立ち回れたんだろうし、コンビニ荒らした弁償代ってことにしてくれ。しかし、アンタほとんど一人でコンビニ回してたんだな」
「あたしここの雇われ店長みたいなものだからね、最初は大変だったけど今は慣れたわ。でも男手があると作業がとても捗るわね」
笑顔で「手伝ってくれてありがとう」と応える彼女の表情は、コンビニの店員としてのマニュアル的なものや、さっきのような憤りで荒れ狂う夜叉のようなものでも無い。柔和な普通の女の子の顔だ。不意の表情に少し息が詰まったが、気を取り直して山のようにあった疑問を少しでも解消してく事にした。
「でも女の子一人じゃここで働くの危ないんじゃねえか?」
「この子がいるからね、ちょっとのことなら大丈夫」
くぅうぉーーーん。
『コンビニ店員』の脚の下で寝そべってる鉄の獣、よくよく見れば中型犬の不格好なブルテリアによく似ている。コンビニの守護神らしいコイツは、御主人の掃除が終わるのを日向ぼっこしながら待っていた。
「あー、スゴかったなその……ロボの犬?」
「そうよ犬のロボット。お父さんが作ったの、可愛いでしょ?」
「お、おう」
―ロボでも日向ぼっこするのか。可愛いというよりブサかわいいだと思うぜそれ。そもそもなんであんなに武器仕込んでんだ?
山のようにあった疑問がまた増えてしまった。話の流れの腰を折るのは忍びないので、混乱した思考は一旦置いとく。
「本当の子は、おにィちゃんに一番なついてたんだ。この子はね、レプリカントなの」
「レプリカント?」
「かんたん言えば本物にそっくりなロボット。お父さんが何があったときにって、家の犬のジャッキちゃんっていう子のレプリカントを残してくれたのよ」
なにやら『お父さん』は『コンビニの店員』の一番の自慢らしく、父親を語れば身振り手振りが激しくなっていく。地の性格は美人めの顔と違いややお転婆のようだ。
「親父さん、なんかの研究者なのか」
「そう!お父さんはね、色んなロボットを作るスゴイ研究者だったんだ。何年前かに亡くなったけど、大好きだった。色々と破天荒で、お酒好きで、でも家族が大好きで…!」
『コンビニの店員』は元々東京の下町にある研究所の子供で、小さい頃に研究施設を襲撃されて博士の父親と主婦の母を亡くし、兄貴とペットの犬は行方不明になってしまったことを話してくれた。その行方不明の兄を探すために2年前から金払いがとてもよいここのコンビニでお金を稼ぎ、捜査費に当ててるため、どんなに危険であっても今は離れられないというものだった。
俺も、自然と身の上の話をしていた。
幼い頃、俺を庇って亡くなった母ちゃんの仇を取るためここに来たこと。そこから縁なのか導きなのか早乙女研究所でパイロットになったこと。そんなお互い言いっぱなしの聞きっぱなし、相槌打つだけのやり取りだったが、それが不思議と心地良かった。同情されたり泣き嘆くわけでもなく、下手に励まされるよりも聴いてもらえるだけで満足で、不思議な充足感だった。
その後は取り留めのない話だ。『コンビニの店員』には叔母がいてそこに保護してもらい、そこの『いとこ』と仲がいいこと、少し前にその『いとこ』が「ルーキーに喧嘩で負けて悔しいから、いつか泣かしてやる!」と意気込んでいたことを楽しそうに話していた。
俺も仲間や他のチームと喧嘩してはその後馬鹿騒ぎしたりしてること、もう金を切り詰めないでコンビニの飯を好きなように買えるのが楽しいことを話しながら、久しぶりの普通の平穏な時間を感じていた。
集めた終えた山積みのゴミ袋の塊に、達成感となぜか一抹の寂しさを覚えた。日は暮れ始めて空は夕映えで赤く染まる。そろそろ平穏な時間はお開きだ。
「久しぶりにたくさん笑って喋った気がするわ。ありがとう、えーと…」
「拓馬。流拓馬だ。今は客じゃないもんな」
「そうね。……拓馬くんはここから近いの?」
「バイクで少し走るかな、でもここが一番近いからまた来ようと思ってるよ」
「へえ、近いのね。そっか早乙女研究所のパイロットだもの…そっか……あ、ゴミ袋あつめなきゃ!!ゴメン、この竹箒持ってて!」
『コンビニの店員』が俺に竹箒を渡す。その時、ふっとやさしい甘いかおりがした。
長い髪を靡かせると、ただようそのかおりが俺の思考を一瞬遅らせる。
袋を持とうとゆっくりと腰をおろしたときのはらりと黒羽色を揺らす動作に、本当に取り留めのない動作に引き込まれてしまった。
―……そうだ、疲れているんだ俺は。自分の境遇の話をするなんてなれないことしたり、くまなく掃除したり、そこで寝ているロボ犬の所為で色々疲れてるんだ。
彼女が持つには重そうなゴミだし、俺も手伝おうと手を伸ばした。その時消えかける夕日の光が、彼女の髪留めに反射した。星型の飾りが空の一番星よりキレイに見えて思わず言葉が出そうになり口篭る。
多分、聞こえてないはずだ。お互い疲れているから何かの聞き間違いだと思うだろうし。
「俺もゴミ袋の片付け手伝うぜ『コンビニちゃん』!こんだけ疲れたあとだ、今日の飯は絶対美味いぜ!」
赤らんだ空が黄昏れ始める頃にはコンビニはすっかりきれいに片付いた。作業が終わったと気づいたロボ犬もギゴガゴと音をたてならが伸びをして、御主人の足に擦り寄り甘えている。…お前、ずっと寝てばっかじゃねえか。
「じゃあ、また来る。アンタ、強盗にあったばかりだから色々と用心してくれよな」
「うん。……あの、拓馬くん」
なんだろうと『コンビニちゃん』を見ると、彼女ははにかみながらこう言った。
「『コンビニちゃん』ってあだ名、あたし好きよ。だから、またそう呼んで?」
勢い任せに言った『コンビニちゃん』がこうやって『コンビニの店員』の愛称になり、俺はその時から彼女をコンビニちゃんと呼ぶようになった。
目まぐるしくも穏やかなそんな1日に、俺達は秘密を共有した。お互いの身の上、警察に話した嘘、ヤバいロボ犬。些細なことから大きなことまで。
俺達は秘密を共有した同士。それが、コンビニちゃんと俺の関係なんだ。
「……何もおかしくなかったよな。ただお互い秘密を共有してるだけでよ、特別視するあいだからじゃねえし。まあ『髪飾りの星がキレイだ』なあんて柄でもなく思っちまったのは変だったけどまあなんつーか疲れから来た勢いだったからノーカンだろノーカン。おかしくない、俺はおかしくない!」
一人で喋ってはゴロゴロとベッドで悶え転がる拓馬はしきりに柄じゃない、自分らしくない、今更悩んでどうなると自問自答を繰り返しうだうだしていた。
ヒートアップするあまり、余裕がなくなっていた拓馬はこの醜態を2つの影に見られていたなど気づいてなく、まったくいつもの『拓馬らしく』なかった。
「おかしいなあ、絶対おかしい。それってつまり『恋』してるんじゃあないのか?」
「おめでとう。恋愛年齢5歳児は恋愛初心者に進化した」
ニヤニヤと嬉しそうに笑う獏と真顔で冗談を言うカムイが、全開に開いたドア越しから拓馬を見ていた。
流拓馬、19歳。生まれて初めて『拓馬らしく』ない悲鳴を上げ、早乙女研究所に拓馬の悲痛な叫び声の残響が広がった。