「コーメイ様、お話が」
「何だマクドナルド。……む、その資料は?」
アンドロメダ流国の最高幹部コーメイ。早乙女研究所攻略を指揮するこの男はマクドナルドの出現に少々驚いた。また次の計画には時間が必要なはず、なのにコーメイのもとに来るということは、何かしらの嘆願があるという事だ。
「はい、実は……」
マクドナルドが言うに地球時間の約15年前にスパイ寄生虫の卵を放った際、通常であれば地球人類側に気づかれないよう全て死滅して存在が抹消するはずだった卵に、何故か生き残りが一つ存在し、それが大きな変化を遂げたというものだった。
それが何になるとコーメイが問うと、マクドナルドはその寄生虫の卵が驚くべき事態になったと資料を渡す。
「……スパイ兵器が、再生強化の媒体になっただと?」
「あり得ないことでした。しかもインセクターすらも再生強化させる能力を獲得していたのです。インセクターは破壊されればケイ素素材と同等の情報すら残さないチリになります。ですがこの変異した寄生虫の卵はどのような物質からも情報を吸い出し再構築させ……それ以上の力を引き出すというデータが出たのです」
「なんと。マクドナルドよ、もしや……」
マクドナルドの目が鈍く光る。その光は狂気を宿していた。この男が百鬼にならずとも、研究にかける灼熱は人ならざる鬼そのものだとわかるだろう。
「ゾルドXXを、変異寄生虫で再生強化させるのです。まだ地球側はゾルドXXのコアを回収できていません。あの地球の科学力ではコアを感知することは絶対不可能。そして、もともとそのスパイ寄生虫の卵は捜索用のもの。捜索能力はかなり落ちますが、ゾルドXXのコアを見つけることは他愛ありません」
「……言いたいことはわかった。次の作戦に待機させているインセクター軍団の一部を預けよう。責任はこのコーメイが持つ」
「はっ!ありがたきお言葉、感謝いたします!」
蝶の羽ばたきは時空を超える。
どのような嵐となるのか、人類も、ハチュウ人類も、当のアンドロメダ流国にすらまだ誰もわからない。
*
水島は食堂の入口前にいた。
まだ腹が減ってないのに食堂に足を運んでしまったのは、無意識に拓馬たちがここにいるのだと、会わなくてはならないと思っているからだ。水島は自分の弱さに嘆息をもらした。
拓馬に対し羨望が高じて憎悪に似た感情を持っていた事を謝罪するべきか、それとも何も拓馬に害していないのだからずっと心に閉まっておくべきか。まだ、迷っていた。
―本当に、本当にこのままでいいのか?…いとこの恩人だぞ。
あれだけ手術費を受け取らない頑固な妹分の心を開いた拓馬に、何一つ言わず終わらせていいのだろうかと自分に問う。
省みて、小さくかぶりを振り、水島は意を決して食堂の扉をくぐった。
「……よう。ん、なんだ拓馬はいないのか」
いつも拓馬と獏、最近ではカムイもが占領しているテーブルには獏と珍しく桜坂所員の二人がいた。ちょうど話が終わったところなのか桜坂所員は「じゃあ私はこれで!成功するといいですね!」と、高めのテンションで席を外した。
「おう、チケットありがとさん!っと悪いな、水島さん。拓馬は今カムイと近くの商店に行っている。もう少ししたら戻るが、あんたが拓馬に用だなんて珍しいな」
「いや、なんだ……ちょっとツラを、じゃない。会って話したいと思ってよ」
「お、喧嘩か?悪いが今回は待ってくれ、明日は拓馬の大事な日だからさ」
水島は拓馬がいない事にどこか安堵してしまった。このまま獏の断りに乗っかりD2の調整に行くといえば、何事もなかったように誤魔化せる。
しかし、彼女もまたデチューンされているとはいえゲッター乗りだ。逃げることは性に合わない。
「……その大事な日の、礼に来たんだ」
なにより自分が礼を欠こうとしたのが許せなかった。
「拓馬には感謝してもしきれねえ。オレにはチビ子…いとこの気持ちを変えることができなかったからな」
拓馬達が言う『コンビニちゃん』は自分のいとこであること。そのいとこが14年前に事件に巻き込まれ孤児になったところ、水島家が身元を引き受けたこと。目の障害のことも、手術しなければ失明するところだったことも水島は獏にすべてを話した。
獏は最初は驚いていたものの、何か腑に落ちたのか話の一つ一つに頷いていた。
「今考えれば14年前からオレは何もいとこにしてやれてない。……オレは拓馬を羨んでたよ。神司令の仲間の息子だかなんだか知らねえポッと現れたルーキーがいきなり功績を上げて、信用されて、そしてどんな悪状況もすべて変えてきた。トラジックな運命なんて知ったこっちゃねえって感じでよ。……そう、だからだよ、変えられるアイツが羨ましかった」
水島は自分の気持ちを整理しながら話すことで、何も変えられない自身の不甲斐なさを不相応な悪感情を持って拓馬に当たり散らしていたのだと悟った。
拓馬には『流れを切り拓き変える力』がある。それが、羨ましかったと。
「こんな卑小な人間に言われてもムカつくだけだろうが……どうか、いとこを、大事な妹分を頼むと言いたかったんだ。友人であれ……その、それ以上でもよ」
「愛、だな」
突然の『愛』という言葉にぎょっとする水島。その言葉を発した獏の青い目には慈しみの情がこもっていた。まるで祝福を与える僧侶のような雰囲気は、水島にはとても居心地が悪かった。
「な、なんだよ急に。そりゃいとこにゃ家族愛みたいなのはあるけど」
「愛ほど深くなれば憎しみに変わりやすいものはないぜ。それが渇愛だ。コンビニちゃんへの執着に近い深い情愛が、焦りや拓馬への憎しみになってしまったんだよ」
「……坊主の説教か」
「あんたは慈愛に目覚めたのさ」
慈愛、自分には程遠い言葉だと水島は思った。この元グリーンアース教のカルト坊主の言葉をどこまで信じていいのかは分からない。だけど、もし本当に慈愛に目覚めたのならば、少しはマシな人間に近づけたのだろうなと水島は内心自嘲した。
「さてと。俺は拓馬とカムイの初めてのおつかいを待ってるが、水島さんも一緒に帰りを待ってるかい?」
「悪い、オレはこれからD2の調整やらチームミーティングに行かなきゃならない。……拓馬への礼は直接言う。だから、今の事はまだ内緒にしてくれねえか?」
「ああ、わかった。じゃあな」
水島も獏に別れを告げそのまま格納庫へ向かおうとしたが、少し気になって質問をした。
「なあ、拓馬たちのおつかいってあのボロ商店街にだろ?何を買いにいったんだ?」
「え?あー、いやぁその、それがなぁ…」
まさか拓馬がコンビニちゃんと口喧嘩したお詫びを買いに行っただなんて、獏は水島隊員に申し訳なくて言い淀んでしまった。
*
研究所から近い場所にある小さな商店街。大きな街と違い、空きのテナントが多く、しごく寂れた雰囲気が漂っていた。
その中でこぢんまりとしている雑貨店に、拓馬とカムイは来ていた。
「まだかかりそうなのか?昼の時間を使っているんだ。あと5分しかないぞ」
「ま、待てって!あと少し、こう、あるだろ!!?ビビッとくるのが…んん゛~~~」
「五月蠅い、静かに選べ」
彼女の為とはいえ強く叱咤した事への詫びをしたいし、デートに誘われた礼もある。それに獏の提案もあった。デートをするならプレゼントのアクセサリーくらい買ってスタートくらいはいいものにしろ、と。
朝の訓練後、急いでプレゼントを買いに行くため拓馬はカムイに昼休憩中に出せる車はないかと尋ねた。
車を使った外出はセキュリティ上申請をしなければならない。そして申請は時間がかかる、普通なら事前にするものだ。
咄嗟の思い付きで行動するには遅過ぎる。だがこの昼休憩中でなければ今日一日のスケジュールで外へ行けるような時間もなかった。
流石にカムイも協力を渋る……かと拓馬は思っていたが、カムイも騎虎の勢いだ。
拓馬が頭を下げ頼み込もうとする寸前、スラッシュポケットからほぼ記入済みの申請書を出し、さも当然のように車庫があるフロアへ足を向けた。
分かりきっていると言わんばかりの用意の良さに唖然とする拓馬に軽くため息をつき、「選ぶ時間が惜しくないのか?」とせっついた。
カムイはある意味、拓馬を信頼していたのだ。
『アイツは何かやらかす』と。
拓馬にとって人にプレゼントを渡すなんて初めてのことだった。しかもアクセサリーを渡すだなんてことを3日前の自分自身が見たらなんというだろうか?絶対笑うに決まっている。
それにしても、品揃えがいいワケじゃないこの小さな雑貨屋で、どれだけのモノが買えるのか。
女性のアクセサリーの好みなど、全くと言っていいほど分からないものはない。こうなったら……と、拓馬は彼女に合うものを探し当てることだけを考える。
―ビビッとくるような、コレだというなにかは……一体どれだ?!
「拓馬はコンビニの子を見てどう思ったんだ?」
「はあ!?ンだよ時間ねえって言ったの誰だよっ!」
迫る時間に焦る拓馬。カムイはだからこそ言葉をゆっくりと出した。
「落ち着け。何か、印象に残ったものがあるだろ。お前がその子へのイメージがハッキリあるのなら、それを選んだらどうだ」
「あー、イメージ……イメージかあ」
拓馬は焦る気持ちを置いて思い出す。
夕日に照らされた烏の濡れ羽色、風で波打つ長く艶やかな黒髪。
そしてその黒い波に輝く星の髪飾り。そう、その『星』がキレイだと思った。
「……星、だな。黒羽色の夜空に輝く一番星が……ウア゙ッーー!?いやっ!?コンビニちゃんの髪飾りが星型のでさ!!!」
「車のエンジンをかけてくる」
カムイは用は済んだとばかりに店を出ようとする。
「お、おい!置いてく気かよ!」
「すぐ来るだろ、それにそろそろスカーフが息苦しいんだ」
そう、用はもう済んだ。彼女に一番似合うものに、拓馬はもうすぐ気づく。
「あン?!待ておいほんとに行くなって!……あ」
それは金色の星のチャームがキラリと輝くブレスレット。
拓馬は迷わずレジに急いだ。
*
デート当日の朝。または診察の日。
コンビニの店員は、今日はただの恋する女性だ。
普段使わない化粧品に悪戦苦闘しながらも、拓馬の隣にいてもおかしくないようにと懸命に整えていく。
クローゼットの主となっていたたおやかな白いプリーツワンピースを手に取り、思わずぎゅっと胸に引き寄せる。
胸が高鳴り、顔の火照りが抑えられない。
―自分で誘ったのに、今更恥ずかしくなるなんて…。
足元で御主人の赤くなる顔を不思議そうに見つめていた愛犬レプリカントのジャッキーがうわん!と吠えた。
「ねえ、ジャッキーちゃんは拓馬くんのことどう思う?」
ジャッキーはぐぅ?と首をひねった。なんで今そんなこと聞くんだ?と言っているようだった。
「彼、とても優しいよね」
もしあそこまで踏み込んで言われなかったらヤケになって失明するまで何もしなかったし、最悪左目を摘出していたかもしれない。
拓馬に言われて強くなれたのだと彼女は感謝していた。そして、拓馬への想いも大きくしていった。
「もしね、左の目を手術したら…拓馬くんと星を見に行きたいの。……星がキレイって言ってたから」
頬を上気させ、拓馬に思いを寄せながら星飾りの髪留めを見つめた。それをいつものように豊かな黒髪に銀の星を留める。
普段と様子が全く違う彼女にジャッキーは頭を彼女の膝にこすりつけて「俺もうれしい!」と言いたげにアピールをした。
「お店のお留守番、よろしくね」
いつもは裏手で寝ているジャッキーを店先に居座らせて鎖でつなぎ、行ってきますの抱擁をする。
ジャッキーが本気の力を出せばこんな鎖はかんたんに引きちぎってしまうだろうが、この賢いレプリカント犬はよっぽどのことがない限りそのような真似はしない。気に入らない奴への噛みグセはあるが。
ヒヤリとした金属の頭をわしわしと撫でて立ち上がった瞬間、彼女の左目に鋭い痛みが走った。
悪化した目が、痛い。思わず左目を覆う眼帯を押さえ、うずくまる。
確実に、一昨日よりも症状が強くなっている。
―早く行って、診てもらって、痛み止めを貰わないと……。
「弱気になってちゃ、らしくないわね!」
気持ちが負けないよう、立ち上がり顔を上げて、幸せなことを考える。
もし目が治ったら、一緒に星を見て、そのときに自分の気持ちを伝えてみたらどうだろう?
どんな結果になっても、きっと充たされ幸せだ。
コンビニの入り口に臨時休業の張り紙を貼り、彼女は大きな街へ行くバス停へ向かった。
燦燦と降り注ぐ太陽の光が気持ち良い。この暖かな陽光は眼帯の裏にある痛みを和らげてくれている気がした。
涼しげな風が吹き抜け、彼女の白いワンピースがひらひらと舞う。
それはまるで、白い蝶が羽ばたいているかのようだった。
*
新品のジャケット、糊の利いたチノパン、足を見れば配属時に貰ったっきりのシワの少ないタクティカルブーツ。
―動きづらいったらありゃしねえ…。ブーツくらいか、マシなのは。
ごわつく肩周りを動かして軽くストレッチをする。
街のモニュメント前、現在時刻は13:30。待ち合わせの時間は15:00。間違いなく……早すぎた。
昨日から緊張したり妙に気が逸ったり、とうとう時間までよくわからなくなるんだから始末が負えない。
まだ自分自身どういう感情をコンビニちゃんに抱いているかはわかっていない。だからといって初めてのデートで緊張しない男ってのはそういないだろう、たぶん。
何もせずに突っ立っていてもしょうがない。忘れた物はないか肩にかけたバッグの中身を確認する。
研究所の通信機、ハンカチ、財布、獏から貰ったチケット……このチケットは今日のメインとして獏が俺にくれたものだ。『きみに読む物語』と書かれている。
なんでもリバイバル上映の映画チケットらしい。しかも直球ど真ん中のロマンス映画だ。……絶対これ冷やかしているよな。
「いやーこのチケット争奪戦必至だったんだが極秘のルートで手に入れたんだ。そんな俺の労に報いるために成果上げてこい!あ、いい雰囲気になったらちゅ~の1つ2つやってもイイんじゃないか?」
「まだそんなんじゃねえよ!」
「うんうん、そうだな!未だだもんな!じゃあいい雰囲気になって流されろよ~」
顔をこれでもかとニンマリさせ、長年の悪友として送り出されたのを思い出した。ありゃ完全に俺で遊んでいる顔だ。お膳たてはしたから後はイジり倒すってことだな…こっちは必死だっていうのに。
カムイもカムイだ。アイツは身だしなみにうるさかった。
「歯は磨いたか?髪はとかしたか?靴に汚れはないか?ジャケットをカジュアルに着るならポイントをおさえておけ。ハンカチはポケットとバッグに入れろ。おい、人前で鼻をほじるだなんで馬鹿な真似はやめるんだぞ」
「だからお前は俺の一体なんなんだ!というか俺がハナホジなんてそんなことするワケが……母ちゃんが親父は人前で屁はこくしガキのようにはしゃぐことがあるって言ってたな」
「……そうか、悪かったな」
あの時カムイの心底俺を同情する目、なんか負けた気がしてならない。何が悪かっただよ何が。性格が遺伝で全て決まるだなんてねえから、絶対ねえから!
こうなったらパーッと遊んで美味いもん食って嫌なことは忘れてしまおう。
コンビニちゃんにあったらお礼にブレスレットを渡して、散策して、そんで映画に…。
突如、浮かれ調子の頭を覚ますけたたましいビープ音がバッグから鳴る。
音の正体の通信機を即座に掴み、モニターをオンにし臨戦態勢に入る。
……緊急時じゃなければ、コイツは鳴らない。
「拓馬、ストーカー0が出現した。まもなくインセクターはその街へいく」
モニターに現れたのは、神隼人司令。眉間の皺と険しい眼つきが状況の難解さを伝えていた。
「っ、今から研究所に戻ってアークで出撃するんだな!」
「いや、インセクターは緊急出動するD2部隊で一掃する」
神司令の声は落ち着きを払っていたが、奥歯に物が引っかかったような言い方をする。
「……なんかあるってことか?」
「相手の動きが妙だ。まるでこちらの様子を窺っている……いや、あれは捜しているな。ストーカー0から現れたインセクターの数はその数50、陽動にしても数が少なすぎる。今敵側が少数で攻めこむ理由がない」
「理由だなんてなんだっていい。早くあいつらをブッ叩けりゃな!」
インセクターがここに到達するまでにアークで一掃すれば良い話だ。数が少ないなら余計にそうした方が安全で被害も少なくできる。
しかし、そう簡単にいくなら神司令がこんなこと言うワケがない。
「焦るな。現時点インセクターが何故その街目掛けて侵攻しようとするかは不明だ。……敵の出方を見たい。だがこのままでは街の混乱は避けられん。拓馬、1時間経過後ゲッターロボアークを街へ出撃させる。お前はアークが到着するまで民間人をシェルターへ誘導、及び街の被害状況を通信機で報告をしろ」
「了解。……神さん、ちょっと聞きたいんだけどよ」
「なんだ」
神司令のギラつく目に怯まず、むしろ気の置けない知り合いに話すような口調で気がかりだった事を聞いた。
パイロットではなく個人的な、ただの俺として聞きたかった。聞けなかったならそれはそれでいい、無駄話と言われればそこまでだ。
「俺がいる場所から走って20分くらいのとこにでっかい病院あるだろ、あそこって避難シェルターは近くにあるのか?」
「あるが、インセクターの攻撃に耐えられるかは怪しいな。……良いか拓馬、1時間だ。その間、命令は必ず遂行しろ。どのルートからどのシェルターへ誘導するかの判断は任せる。ゲッターロボアークは通信機の信号を追う。何処にいようが着陸誤差の修正をし、お前のいる場所に向かうだろう。以上だ」
通信が切れ、モニターは黒くなる。
そのモニターが切れる寸前、神司令の目尻の緊張がほんの少しだけ緩んだ気がした。
「へっ、まかせろ!……ありがとよ神さん」
神司令は俺にチャンスをくれた。1時間の間、どのルートでもいいなら病院近くのシェルターもその対象となるだろう。
最優先は民間人の安全確保、避難所への誘導。それをしながら病院に移動し体の不自由な患者をシェルターへ護送……かなりギリギリな時間だが、できる。
病院近くのシェルターに民間人を避難をさせるという名目で、コンビニちゃんの安全確認が取れるかもしれない。顔を合わせられるくらいの時間が、もしかしたら……。
憶測でものを語ってはいけない、けども期待せずにはいられないのが人間だ。
チャンスは所詮チャンス、必ず会えるワケじゃない。それを活かすには、どれだけ指示通りに動くことが出来るか、だ。
無くさないよう内ポケットに大事にしまっていたブレスレットを軽く握る。応えるように微かな金属のかすれる音がした。
できるなら、コレを彼女に会って渡したい。
「……今は避難させるのが先だ!」
俺は通信機を仕舞い警察と連携を取るため警察署へ走った。
同時に、街中に耳をつんざくサイレンがなった。
*
なんでよりによって、何故今日まで平穏が続いてくれないのだろうか。
「こんな時に来やがって!メカニック班!オレのD2の整備出来てるよな!?」
「最後のシミュレート結果のデータが足りません!まさかこんなに手こずるって……あと160分で!」
「馬鹿野郎!普通に考えろ間に合わねえだろうが!!」
稼働に必要なデータが揃わないと安全性がからっきしになってしまう。そう言って新人のメカニックは確認の作業をやめない。
女王蟲騒動で多くのパイロット、所員、メカニックが死んでいった。その人員補充で新人も多く入ってきたが、水島はこの新人メカニックにやり辛さを感じた。
早くしろ、間に合わせろと怒鳴ろうとも手を抜かずチェック作業を譲らない。本来は、それが当たり前なのだ。人命を第一に考えるのがメカニックの仕事だ。
「車で言ったらレストアじゃなくてオーバーホールもんなんです!特殊塗装だけじゃない、それに耐えうる精密部品のチェック、検証、シミュレーションも……」
「稼働が確認でき次第出撃準備じゃ!」
言い合いを制したのは狂気の老人、敷島博士だった。目を血走らせ、その狂気を更に加速させている。
敷島博士の口から出る言葉はすべて人命を無視した方針だった。検証は戦場ですればいい、実験のための死などよくあることだと。
新人は言葉を失う。そんなの検証でもなんでもない!しかしこれは早乙女研究所に配属されたどのメカニックでも通る道なのだ。慣れて、良識の境がなくなり、狂気に疑問を持たなくなっていく。
「うわ、キチガイジジィ」
水島は正直だった。狂気に疑問を持ち、喧嘩っ早くとも最低限の良識と正義感があった。だからこそ、敷島博士がとても苦手だった。
「ふふふ、だがお前も望んでいたのじゃろう?ゲッター乗りなら狂気を持っているはずじゃ、死にたくなくてもそのさらに上回る闘いへの魅力!荒れ狂うアドレナリン!わしとなーんも違わんよ」
「そこまでジャンキーじゃねえ。ただ守りたいものがあるだけだ!」
「ほう?なら狂気に飲まれずに平静が保てていると?あっはっひゃ!そりゃあ地獄を見るのぅ」
「んだって?」
敷島博士はそれ以上の話はせず、悲鳴を上げる新人をズルズルと引っ張り稼働確認作業へ連れ出した。
狂気に飲まれないのがパイロットとして最良なんじゃないか?そんな水島の疑問は直ぐに妹分への心配へと変わった。
どんなに助けたくても今は無事でいてくれと願うことしかできない。
「……ドチクショウ。弱きものよ、汝の名は……ってか」
女らしさは捨てたはず。それなのに心の奥底で『どうか、いとこを助けてくれ!』と、悲鳴を上げそうになる自分が嫌になる水島だった。