人は危機的状況になると本性が現れる。
この平和だった街も、例外はなかった。耳を塞ぎたくなるようなサイレンに人々は恐怖を想起し、狂瀾怒濤が巻き起こる。
「間に合わねぇか……!」
拓馬は混乱した人々を見た。黒い人だかりが我先にとシェルターに駆け込んでいく。その中に、体の弱いもの、不自由なもの、老人にまだ母親を必要としている子供がいた。
今こそ助け合う事が大事だというのに、弱いものは置いていかれる。助けを求めようにも、突き飛ばされ暴言を吐かれる始末だ。
拓馬は人々を誘導しながらも体が弱っている人の手助けをし、動けずにいる人を護送し、老人に邪魔だと喧嘩をフッかけるアホを一蹴しながら病院近くのシェルターへ向かう。
もう、1分もない。
「拓馬くん!?」
「良かった!コンビニちゃん無事だったんだな…良かった!」
ちょうど彼女は足を怪我したとおもわれる男の子をつれて、シェルターに入ろうとしていたところだった。男の子は何かを察して、ここまでくれば避難はできると言って人の流れに入っていった。
時間は残りわずか。
「あ、その!お洒落してたんだ。とても似合うよ」
「お、おう!コンビニちゃんもすげえ似合ってるぜ。だからこれをさ……」
「うん……。えっと、あの……!」
彼女が言い吃るのと拓馬が内ポケットに手を伸ばした時だった。
ゴオォォン!!と、金属が破裂物を受け止めたと思われる轟音があたりに響き、衝撃波で風が吹きすさび、彼女の声はかき消される。
「ちィっ!!台無しにしてくれるなあ!」
でも、それを待っていた。それは時間通りにきた。
衝撃波で舞広がった土煙が消えると、上空にゲッターロボアークがトマホークを振り下ろした姿を見せた。拓馬の通信機のビープ音が鳴ると、アークが音を拾うように振り向く。
今行くしかない。もうここまで敵が来ているなら。
分かっている、今が俺のアークの出番だ。
彼女も拓馬の戦う使命を理解し、笑顔で見送った。
「落ち着いたら!またコンビニで待ってるからっ……!」
「俺もあげたいのあんだよ!絶対また会おうな!」
「残念だったな、映画はおじゃんか」
拓馬がアークに乗り込む。座席に置かれたヘルメットをかぶり、どう殲滅してやろうかと敵に集中したい時だというのに、そんなあっけらかんとした獏からの軽口に『開口一番に言われるのがそれかよ!』とげんなりした。
「そもそもアレはなくね?!段取りがクセえよ」
「なんだよ割と拓馬もノッてたろ」
「ねぇよ!」
「もったいないこというなァ」
―やはり馬鹿なんだなこいつら。これから闘いへ行くというのに、ぎゃあぎゃあとよく騒げるな。
きっとこいつらの心臓には剛毛が生えているのだと、モニターで行われているじゃれつきにカムイは呆れ返った。
「騒ぐな。拓馬、獏。おかしいと思わないか?インセクターが囲むようここへ徐々に集まってきている。D2部隊を避けてここまで一直線にだ。攻撃はしてくるが人間を追い詰めるだけに留めている……包囲戦?いや、これは狩り、巻狩か?」
―神司令の読みが当たったということか。捜しているのは、人間。一点に集め選別する理由は何だ?何故この街なんだ?それをしなければならないほどのターゲットとは何だ?
読めない状況にカムイが敵の動向をデータで確認する。そんな中、拓馬がアークのゲッタービームの準備を始めた。
早く、こんな戦い終らせてやる。
「じゃあこっちが狩る方になってやるぜ!最大出力のゲッタービームで飛んで火にいるなんとかだ!」
レバーを引き、迫るインセクターにエネルギーをためていく。実は、今の拓馬にはこの動作がちょっとキツかった。
今の格好はパイロットスーツじゃなくジャケットにチノパンのカジュアルスタイル。
しっかりGが直に掛かるんだからそれはそれはキツかった。
「一張羅動きづれえェーー!!」
*
たおやかな白いワンピースを土埃で汚しながら、コンビニ店員の彼女はバイクを走らせていた。
シェルターに避難したあと、彼女はあの足を怪我していた男の子を見かけた。
無事に着いたんだねと話しかけようとしたが、その子の父親が男の子をシッカリと抱きしめていた。いや、動けないように拘束していた。母親は父親の隣で声を押し殺し泣いている。
男の子は行かせてくれと声を嗄らして藻掻いていた。
「俺は妹を助けに行きたいだけなんだよ!きっと俺のいた病室にいる!だから、だからさ……行かせてくれよお!!」
彼女はそれを耳にして、いても立ってもいられなかった。
シェルターが完全に閉まるのは今から約30分後の15:00。病院の近くにあると言っても探す時間を考えれば走っても間に合わない。
なら、早く走れる足を『借りる』しかない。彼女はシェルターを出てあたりを見渡した。するとちょうど投げ捨てられたバイクがあった。幸運な事にキーも刺さったままだ。
「妹ちゃん、おにィちゃんと一緒にいたいよね」
無謀だとわかっても、彼女は自分を止められなかった。兄と妹が離れ離れになるのを、もう見たくはなかったからだ。
*
多少Gを感じるほうが生きてるって気がするだろう!一張羅が動きづらくともアークを操る手さばきはマイナスになる点など一つもなく、拓馬は戦意を更に上げた。
「標的は、たまに街を攻撃してはD2から逃げ回りっぱなしの蟲共だァ!」
このエネルギーを最大まで溜めたゲッタービームで一掃する。やはり最初からこうすれば良かったのだと拓馬はこの戦いの勝利を確信した。
近くにいたインセクターの集まりにゲッタービームを放つ。インセクターは蒸発するようにチリとなり、爆風とともにあたりに消え去った。他のインセクターにもゲッタービームを見舞えば同じようにチリになっていく。
順調だ。インセクターはまたたく間に数を減らしていく。
しかし……順調すぎる。拓馬の本能が耳打ちする。『何かがおかしい、気を張れ』と。
ゲッタービームの発射動作にD2部隊と対峙していたインセクター軍団もアークに反応する。しかしそれはゲッターロボアークから逃げるための反応、ではなかった。ましてや、戦うためでもなかった。
インセクター軍団は各々D2から離れると、まるで自分からビームを喰らうかのようにアークに群がろうとする。
今まではD2部隊の攻撃に当たらないよう回避行動ばかりとってたのが嘘のように『飛んで火に入る夏の虫』の言葉のままに、進んで消し炭になろうとゲッタービームを撃とうとするアークに集まってくるのだ。
「おいおいおい!何だこれ嫌な気配がビンビンするぜ!?カムイ!何が起きているんだ!!?」
「爆発するワケでもない、ただゲッタービームを受けてチリになっていく……倒される事が目的のように見えたが、ゲッターに倒されるだけならD2でもいいはずだ。インセクターはまるでアークのゲッタービームに倒される事を望んでいるようだな……!」
「クソバエのようにたかってきやがる……。ゲッタービームで殺られて何をやりたいんだ」
このままゲッタービームをインセクターに撃ち続けていいのだろうか。少数だと言うのにやることはD2部隊を撹乱する行動ばかり、かと思えばゲッターロボアークのゲッタービームには進んで無抵抗に破壊されようとする。
神司令の命令を待つか、このまま倒すか。
そうこうしているうちにインセクターの一体が突然軌道を変えて、アークから逃げるように撤退した。拓馬は追おうとするが、今度は他のインセクターが道線を阻む。まるで「追いたいのなら自分たちを殺してゆけ」と言っているようだ。
道を阻まれたのなら広範囲にサンダーボンバーを放つのが有効だ。高圧のエネルギーを拡散して放つことで周囲のインセクターを燼滅することができる。……本来であればそうした。
だが、ここでは場が悪い。サンダーボンバーの余波で街の広範囲に悪影響を与えることになる。道路は抉れ、水道管は破裂し、送電線はサンダーボンバーの電圧に耐えきれず崩壊するだろう。
街のインフラが死ぬ事になる。それは避けたかった。
しかし、インセクターを逃がすワケにもいかない。
拓馬のレバーを握る手が冷たい汗で不快な感触になる。
―どうする。人の帰る場所を壊してまでサンダーボンバーを放つか?それともその場しのぎで敵の思惑通りにゲッタービームを、撃つかしかないのか?
「何をちんたらやってるんだ!」
通信に水島隊員の声が響く。改造の終わったのD2がアークの後方に近づいてきた。
「よお!ヒーローは遅れてくるんだぜ!」
「助かる!けどすぐ来いよ!」
「へへ、『お色直し』は時間がかかるんでね」
「気色わりぃっ」
「てめえ!!」
インセクターに分断されていたD2部隊が水島隊員の到着で動きが変わる。インセクターに翻弄されていたD2たちの連携は一気に見事なものになった。D2部隊は人員の出入りが多い。しかしチームで戦うことを第一に叩き込まれている為、フルメンバーとなれば本来の力を発揮できるのだ。
D2部隊はゲッターロボアークの援護に回る。これならゲッタービームを撃たなくても、連携で逆に囲いこんでトマホークで一網打尽にする事もできる。
死にたがりのインセクター軍団をD2部隊が押さえつけ、空へと逃げたインセクターをアークは追った。
そのアークの真下を、コンビニの店員の彼女が小さい女の子をバイクに乗せて走っていたのは誰も気づいていなかった。
……いや、あの男は知っている。
「そう、これで良い。一体でも多くインセクターをゲッタービームで倒させ高エネルギーを含んだ粉塵にし、『あの』一点に集中させ、そして……」
ここまでは計画通り。あとは寄生虫が卵から孵ればいい。
新しい生命が生まれる為に必要なのもまた、生命のエネルギーだ。
人の赤子は生まれる為に、母のこぶくろから緒を通し命を分け与えられる。
なら寄生虫の卵には宿主の、このバイクに乗った女の命そのものが必要だ。
モニターに映るのは戦場のだけじゃない。卵のバイタル情報と宿主の視覚情報がマクドナルドに状況を知らせる。
「因縁よな。流拓馬、貴様に死を贈るのはお前を愛する女だ。14年前の影が貴様を喰らいに行くぞ。ああ、それを告げられないのが残念でならんよ」
*
耳が壊れてしまうほどの破裂音をあたりに響かせて、上空のロボットたちが戦っている。その真下、コンビニの店員の彼女はバイクをトップスピードで突っ切っていく。
その爆音と暴風に、彼女の背中で無言だった女の子が恐怖と緊張を抑えつけられなくなりわあわあと泣いてしまった。
「ごっごめんなさい、ごめんなさい……お兄ちゃんから貰ったボンボン、なくしたくなかったから……ごめんなさいごめんなさい」
「いいのよ、大事だものね。大好きなお兄ちゃんからもらったんだものね」
「う、うああん!!ごめんなさいっアタシっホントは…嬉しかったのに、ボンボン嬉しかったのにっ……子供っぽいって言っちゃった!お兄ちゃんの誕生日の、お返しっ!もらった……の…にっ……うあああん」
女の子は彼女の背から回した腕をキュッと締めて、その手の中にある花柄がプリントされたボンボンの髪留めをひしと握った。
そして泣きながら、兄の病室に気に入らないと言って置きっぱなしにした髪飾りを取りに行ったこと、病室に引き返したら戦いが始まってしまってもう助からないと諦めていたことを正直に喋ってくれた。
「うん……お兄ちゃんに素直にありがとうって言っていれば、良かったね。でも、ちゃんと謝れば許してくれるわ。ほら、シェルターが見えてきた!だから元気出して!」
あと少しで到着する。シェルターが完全に閉まるまでほんの数分。もう走れば間に合うくらいの距離、バイクなら余裕があるくらいだ。
エンジンブレーキをかけつつ一瞬後ろを見る。遠くで戦う音がするだけ、ロボットは近くにはいない。
―良かった!この子を助けられた!本当に良かった……。拓馬くんにこんな無茶した事を言ったらどういう顔をするだろう?怒るかな、それとも喜ぶかな。……やっぱり笑った顔がみたい。早く逢いたい、またコンビニで、何時ものように。
高鳴る胸の血潮の音が耳に響く。でもまだ終わりじゃない、この女の子を家族の元へ送り届けなくては。
集中して、片目を凝らし直線にタイヤを滑らすその時、彼女の思考にノイズが雑じる。黒いもやが頭を圧迫するような、別な意識が自分を視ているかのような強い違和感。
その一瞬のノイズが意識を混濁させ、左目に今までにない激痛が走る。思わずハンドルから手が離れそうになるがありったけの意識を集中させブレーキを引いた。
「お、お姉さん!!?ねえ、どうしたの……?」
なんとか転倒せずに止まったものの、これ以上バイクを動かす集中力はもう彼女にはない。女の子を振り落とすことなく、停車出来たのが奇跡なくらいだった。
女の子をそっとバイクから降ろし、彼女は顔を痛みでしかめながら女の子を追い立てた。
「走って!!!そのまままっすぐ行けば避難シェルターよ!あなたのお兄ちゃんが待ってる!行きなさい!」
「そ、そんな!もうすぐって言ったのお姉さんだよ!……アタシ一人じゃ怖いよ。お姉さんも、ねえ、行こうよ……!」
本当は一人なんかにしたくない。けれど、今はそうするしかない。彼女は今、激痛で何度うずくまるか分からないほど立ってるのがやっとの状態だ。
この女の子に、彼女を介助する力はない。
「……この目を見ても、そう言えるかな」
これは治るまで誰にも見せたくなかった。
拓馬に病院へ行くと約束したその後、彼女の左目は落ち着くどころか悪化していった。今、きっと医者にも見せられないような状態になっていると彼女は感じた。
だが、だからこそ、彼女は眼帯を外す。すると、おぞましいものがそこにあった。
本来黒いはずの瞳が灰色と黒が波紋を打つように重なり合い、まるで鼓動のようにうごめいている。それは蟲の腹のような生理的に嫌悪する動きにも似ていた。
「ひっ………!?」
「忘れなさい。あなたは悪い夢を見てたのよ。さあ、ほら!行って!」
「ごめんなさい……ウ、ウワァァーー!!」
女の子はか細く謝ると、しっかりと髪飾りを握りしめてシェルターへ走った。
この子は賢い。コンビニ店員の彼女の状況を理解し、振り向くことなく、きっと家族の……一番謝りたいお兄ちゃんのところへ着くことが出来るだろう。
「……もう、おにィちゃんと喧嘩して、はぐれたりしたら、ダメ…なんだからね」
彼女は女の子が見えなくなると同時にバイクを立ち上げて発煙筒を炊く。もしかしたら、煙に気づいて早乙女研究所の良いロボットに助けてもらえるかもしれない。
そのまま痛みに耐えるためにバイクに寄っかかる。
刹那、脳を貫く激痛が左目から発された。
……そういえば、なにか忘れていた気がする。
「ああ、そうよ。たくまくんとの、やくそく……。モニュメントまえのまちあわせ……。ああ、もう、じかんだったわ。いかないと」
彼女はバイクに跨り、デートの待ち合わせのモニュメント前へ急ぐ。
左目の痛みを感じてないことに疑問を持たない今の彼女には、もはや思考の自由などない。
そして、その一部始終をあの百鬼の男、マクドナルドがモニターから見ていた。
「さあ行け、命の苗床。ゾルドXXを再生強化させ、ゾルドXXXと生まれ変わらせるのだ」
マクドナルドの指令が寄生虫の卵へと伝えられる。
もうすぐ、卵が孵る。
*
拓馬がインセクターに追いつこうとアークを操る中、カムイは敵情を図っていた。インセクターの行動を羅列し整理する。
―人間たちはシェルターというあなぐらへ逃げた。これで敵の思惑は潰せたか?いや、インセクターはD2から退きながらも包囲の陣形はゲッターロボアークが来るまで崩さなかった。ならば、最初から敵の目的はゲッターロボアークか。アークのゲッタービームで倒されることを想定している作戦とは……待て、奴らは獲物をもう手中に収めた可能性は?
今、考えられる最悪の状況。それは「敵側は捜していた何かを既に所持していており、その何かはインセクターをゲッタービームで破壊することでアンドロメダ流国が本来求めていた結果へと導くのに必要であり、その結果はもうすぐ達成される」というものだった。
―このインセクターは時間稼ぎの囮役、なのか?どんな可能性も視野に入れておかなくてはな……。
「ぐっ……ぐおおおっ!!!?ああクソッ!何処までちょこまか行きやがるんだよっ!」
いくら拓馬がアークを操れたとしても、高度を上げて逃げるインセクターを追えば追うほどほど、四方からくる重力が徐々に拓馬の体へダメージを与えていた。このままではアークは大気圏を越える。
「拓馬!これ以上上昇しての戦闘は無茶だ。パイロットスーツがなければ流石のお前でも負荷で死ぬぞ。それにこのインセクターは囮の可能性もある。ここは退いてD2と合流しパイロットスーツを装着しに地上に戻るべきだ」
「うるせえ!水島隊員だって言ってたろ、ちんたらすんなって!時間かけてらんねえんだ!」
拓馬はふと、あのときなんでちんたら戦っていたのかを思い出す。
ここは上空。もうだいぶ街から離れている。どうも熱くなりすぎてたようだ。
「そうか!ここなら街に被害はねえ!だったら、こっからトマホークでぶった斬る!!」
カムイの助言を無視し、拓馬はアークの手にしていたトマホークを振りかぶり、そのままインセクターへめがけて投擲した。
「トマホォゥク!ブゥウウメラン!」
刃は大きく弧を描き、インセクターの逃げる手前で反転しその勢いのままインセクターを切り裂いた。逃れられず真っ二つになったインセクターは爆発することなくざあっと砂のようなチリになっていった。
「ヨシッ!……見たか!不死身の拓馬様の勝利だァ!っていででだだだ!!!?」
「……無茶をするからだ。まだ街にインセクターがいるんだぞ。すぐ戻れ、ここで這いつくばるなよ」
拓馬の戦闘への本能と興奮が脳内麻薬のエンドルフィンを最大にまで活性させていた為なのか、目前の敵を倒した事で緊張が緩み、今になって少々重力が辛いと思っていた身体にそれ以上の痛みが一気に押し寄せてきた。
「だ、誰が這いつくばるか!バカ言うな!」と痩せ我慢を言う拓馬と「俺はバカを言っているんじゃない、バカに言っているんだ」と小言を言うカムイの2つの声が通信で飛び交ってる中、獏はモニターからアークの足元にある大地を見ていた。
大気が太陽光を散乱させ、薄青色の光が地球を包んでいる。今が緊急時じゃなければゆっくりと見てたいと思える美しさがあった。
「ふう、危なかったぜ〜。あともう少しで成層圏……なんだ?何か感じる……まだ嫌な気がビンビンしやがる、さっきより強く!!」
青く透き通る空の先にある大地、そこに見える今まで戦っていた街に異様な気を感じる。
「赤い光が、集まっている?」
獏には見えていた。あの青い地球に霧のように揺らめく赤い禍々しい気を。
*
コンビニ店員の彼女は街の大広場のモニュメント前にいた。
広場入り口近くにある大時計の針は、約束の時間を過ぎた午後3時15分を指していた。いつも人で賑わう憩いの場は、時偶遠くで地響きが聞こえてきては静寂が支配するという歪な空間となっていた。
「あら、たくまくんは……まだなのね」
拓馬くんってあたしより忙しい人だからなあと、彼女はクスクス笑ってモニュメントに軽く寄っかかった。
彼女を支えるそのモニュメントは茶褐色で様々なガラクタが積み重なり、ムール貝を縦に突き刺したような形をしている。見ようによっては昆虫のサナギにも似ていた。
モニュメントの横には真新しい看板があり、『街の新たなシンボル。復興への祈りを込めて。過去の困難を乗り越えるために、被害にあった土地の被災物を利用して作成されました。鎮魂と平和を表現しています』……と書かれていた。
その被災物の一つに、歪な長方形のガラクタがある。なんらかの機械の備品かと思えるだろうそれに、寄生虫の卵は反応していた。そのコアは、我々のものだと。
卵は孵るために宿主の脳に刺胞を伸ばし、ある夢へ誘う。死んでもいいと思えるような至上の夢へ。
彼女の身体はビクリと跳ねモニュメントの方へ向き、鉛のおもちゃのように重く硬直した。
やわらかい風が吹いている。人が賑わう広場であたしは待ち人を待つ。はやく、逢いたかった。言いたい言葉があった。
『悪い、待たせちまったな』
彼だ。彼が来た。忙しいのに来てくれた。待ってなんかないよ、今来たところだもの。
『いつにも増して美人だな……誰も放っておけないくらいに』
そんな!私なんて誰も見向きもしないわ。ずっと……一人なんだもの。おにィちゃんだってまだ見つからない……ずっと、ずっと一人よ。
『一人?じゃあ、俺とずっと一緒にいようぜ。なあ……愛してるよ』
彼の指先があたしの顎の先にそえられると、優しく唇を重ねていく……。
「ぁ……ああっ。あたしも、あいしてる………」
その待ち人がたとえ蟲が見せている幻想であっても、彼女は幸せだった。もう彼女には現実と幻想の境目がわからない。愛しの人の愛の囁きと口づけのイメージに彼女の心は偽りの歓喜に満たされ、そして意識はとけて沈んでいった。
生命も感情もエネルギーとなるものは全て吸い付くし、卵が孵る。
宿主の左目が完全に灰色一色となり、ガクリと頭が垂れる。首の付け根からずるりと触手のような器官が生え、それがモニュメントに絡みつき赤黒く発光しはじめた。
寄生虫の求めていたものは、宿主の生命と、モニュメントの中で眠るゾルドXXのコアだ。モニュメントに触れている触手はさらに発光を激しくし、この街に漂う飛散したインセクターのチリを吸収する為、触手をさらに大きく拡げ皮膜を作り出した。
そして自己強化の為のエネルギー源として、散乱したゲッタービームのエネルギーも集めていく。宿主の身体の背骨に沿って赤黒い触手が急成長していき、モニュメントを包み、さらに自身をも包んでいく。それは繭玉、と言うには禍々しい。
苗床は完成した。ゾルドXXを産み直す為に必要なのは時間のみとなった。
その頃、コンビニ店員の彼女の愛犬レプリカントのジャッキーは異変を感じ取っていた。スリープモードからオフェンスモードへ移行する。
この子はとても優しい。御主人の彼女の心の支えとなり、忠実に従い、どこまでも愛していた。
『いいかジャッキ・Ⅱ。わしはS・O・C(セルフ・オーガナイズ・チップ)を最小の完全な形でこの世に創出した。それがお前の中にあるのじゃ』
自分を造った博士の言葉が感情を司る回路から再生される。
『天才のわしは気づいてしまった。見てしまったのだ……S・O・Cが見せた計算の果てを……家族の運命を!受け入れがたい運命を!……ジャッキ・Ⅱ、わしらに何かが……悪を成そうとすることがあったなら、お前が止めるのだ。戦うのだ!わしらが最期まで正しきものであるように!』
生まれてきたからには何かしらの役割というものが出る。ジャッキーの役割は『正義のロボット』だ。
ウギォォオオ!!!
ジャッキーは咆哮をあげると首をグォンと振り、紙を破くよう鎖を引き千切った。
目の前にあるものすべてをなぎ倒し駐車へ駆け出す。輝く太陽が見えるこの場所で、ジャッキーは搭載されたS・O・Cのリミッターを切り本来の機能、自己進化を始める。
地面を揺らす唸り声を出しジャッキーの表面が発熱する。爛れるように鋼鉄の皮が剥がれ、中の鉄骨やモーター……どくりと脈打つコードが現れる。コードをコンクリートに突き刺し抉り、大地に張り巡らせ、光や大地様々なエネルギーを吸収していく。
御主人の音が聴こえない。悪意に阻まれて聴こえない。
ジャッキーに使命を果たさなければならない時が来た。眠っていたチカラが、目を覚ます。