水島隊員の「…3、2、1、実施!」の掛け声で拓馬、獏、カムイが装着した軍用時計のタイムハックが行われる。
合わせられた時間は1750。各々は愛機に搭乗し、拓馬もゲットマシンの計器を点検し異常がないかを確認する。
作戦決行は1800。計器の確認をすべて終えた拓馬は軍用時計を見る。針は正しく数分しかうごいてない。
―まだなのか!早く!俺は戦いたいんだ!!
拓馬の中で迷走する戸惑いは、時間の感覚を狂わせていた。
そして、自分の感情から逃げようとしている事に、拓馬はまだ気付かない。
今回の戦いは電磁パルス攻撃による電子機器の異常発生の可能性を考え、時間確認やタイミングの微調整は軍用時計を使って行く事になった。
「拓馬、準備はいいか?」
「っああ!!いつでもいいぜ!」
カムイの通信に拓馬は応える。気合の入った喉からのがなる声。しかし、入れ込み過ぎた声は戦いへの意志を最前に出さねばという焦りが透けて見えた。カムイは念を押すように拓馬に作戦の内容を確認させる。
頭に血が上りやすい拓馬への牽制、それと会話で戦闘への切り替えを完全なものにしようとする意図も多少あった。
「ブッ壊して終わり、ではない事は頭に入っているな?」
「対策しなきゃ逆に地球にある電子機器全部が電子レンジに入れた金具みたいに、バチバチ火ぃ吹いてブッ壊れるんだろ。分かってるよ」
「伊賀利隊長の話ではターゲットはゲッター線を吸収して自身のエネルギーにする厄介なタイプだ。今作戦はゲッタービームの使用は不可、そしてゲッターロボアークの機能停止は絶対的に許されない」
深刻に語るカムイに「うひいっ」と背筋を凍らす獏の裏返った声が通信に入る。
「アレがゲッター線だけじゃなくゲッターロボすら取り込む可能性があるんだもんな。あの赤い霧があんなのに吸収されていくゲッター線を意味してたなんて……今思い出しても嫌な感覚だぜ。うう〜ん、気色悪い!」
「解析班からの情報だと微粒子状のチリとなったインセクターとゲッター線の莫大なエネルギーを吸収、核融合した姿がアレだそうだ。元は2mそこらだったのが今じゃゲッターロボアークの5倍の大きさまで巨大化している。そしてアレはまだ成長を続け文字通り、あの黒い繭から何かが羽化しようとしてる」
ゲッター線を取り込むと言うことは、最悪の場合ゲッターロボアークがターゲットの通称【黒繭】に吸収される可能性を考えなければならない。
解析では黒繭はゲッター線を核融合のエネルギーとして活用しているというデータが出た。あのまま拓馬がゲッタービームでインセクター軍団を倒し尽くしていたら、黒繭の羽化はもっと早い段階で行われ、強力な個体となっただろう。
「指示通りやるよ。何も余計な事は考えねえ……考えてる暇なんざないんだ」
だからこの余計な感情は消えてくれよと拓馬の思考は1に戻る。拓馬はこれ程『らしくない』自分に腹が立つのは初めてのことだった。
解析班からのデータは作戦が始まるギリギリまで随時送られる。拓馬はその画像データの中でターゲットとなる黒繭に目を向ける。赤黒く鈍い光を放つ巨大な黒い繭のような物体、静止画だというのに繭を形成する触手は今にもうねり狂いすべてを取り込もうとしてるように見えた。
―気色ワリィ……。
肥大化する黒いモノ。それはまるで自分の中にあった仄暗い本音と同じなのではないかなどと気の滅入る思考のループに入る直前、個別通信のアラームが鳴る。ループをシャットしたのは水島隊員だった。ヘルメットのシールド越しから見える2つの眼にはいつもの血気溢れる双眸とは違う澄んだものだった。
「拓馬!お前に言いたいことがある」
「……なんだよ?」
水島はゆっくりと目を細める。それは誰にも見たことのない、きっと愛していた家族へも見せたことのない柔らかな眼差しだった。
「今まで悪かった。オレはずっとお前が羨ましかったよ」
「え?何、俺が?」
突然の打ち明けられた水島の本音に拓馬は驚く。急な話であったし、まさか水島隊員がそんな風に自分を羨ましいなどと思っていたなんて、露ほども考えたことがなかったからだ。
「運命を切り拓く力ってのかな、お前は何度も最悪の危機を救った。それが出来るお前が、それを持っているお前が羨ましくて嫉妬してたんだ。すげえカッコワルいくらいヒステリックに、情けないくらい心の中で当たり散らしてたよ。……許してくれ」
一拍置いた謝罪の言葉の後、水島は一呼吸し普段通りの水島らしい精悍な目付きになる。そこにはもう柔らかさなど微塵になかった。
「突然で悪いな!今しか言うタイミングなかったんだ」
「な、なんだ。アンタそんな事思ってたのか。そんなの、許す許さないじゃねえよ。嫉妬する心なんて誰だってもってるし……」
今の言葉を発したのは自分のはずなのに、拓馬自身の胸をついた。
『誰だってもっている』
思わず口の端が引き上がる。
たったそれだけの事だった。あまりにも簡単だった。
「……ククッ…ハハハ!そうだ、誰だって持ってるよ。そういう自分じゃ認めなくもないヤな心。…水島隊員、アンタカッコイイぜ。情けないと思ってんのに口に出して言えてんだ」
本当にカッコイイと心から拓馬は思った。胸にこびりついてた憑き物が落ちていく。単純すぎて憑き物が潜んでいた隙間を埋めるよう自然と笑いが出てしまう。
「アンタのおかげで俺、見えてきたぜ。今ならちゃんとケリをつけられる。フフ、危ないところだったぜ。逃げちまうとこだった!アハハハ!」
「は?拓馬?え?お前どうした?!」
拓馬は『俺だけに見せてほしい』という独占欲を、暗く浅ましいモノだと思い込んで言葉にしていなかった。当のコンビニ店員の彼女の気持ちを考えず、勝手に浅ましいモノなんだと自分一人で思い込んで、一人相撲をとっていた。
今まで通り正直に言葉にしていけばいいのだとわだかまりが氷解した途端、抑圧された荒ぶる炎は形を変えた。
拓馬の中で青々とした好意という芽が開花する。それはあたたかな愛しさという感情。
「おう、急に悪いな水島隊員!アンタと話してたら胸のつかえが下りてさ!いやホーント、アンタのおかげだ!にひ、にひひひ!」
「誰ださっきオレを気色わりぃって言ったのは。お前自分の顔見ろよ。まあ、何か解決したようならいいさ。こっちもお前と話せて……覚悟できたからな」
覚悟の形は違えど、拓馬と水島の意思は一つのことに向けられた。
「拓馬、ハジかくんじゃねえよ?」
「アンタもな!さあ、あんなウジャウジャした気持ち悪ぃのブッ倒しやろうじゃねえか!アンタだってあんなのに良いようにされたらたまったもんじゃないだろ?」
「当たり前だ!あんなのに良いようにされたんだとおもうとハラワタがな……煮えっくり返るぜえ!!」
時計の長針が0をさす。
誰かの悲劇に幕を下ろすため、マシンたちは天頂に輝き始める星を背に黒い繭へと翔けていく。
*
夕闇に輝く一番星の輝きは誰だってキレイだと思うはずだ。
たそがれた空の下に、あまりにも似つかわしくない巨大な黒い繭が存在した。
街の大広場を占拠するそれは、息をするように触手を張り巡らせ皮膜を膨れ上げさせていた。黒繭から放射される赤黒い光は、街の凄惨たる未来を映し出しているかのようだ。
―あそこに俺はいたんだよな。
俺とコンビニちゃんの待ち合わせ場所。デートするはずだったあの場に、あの黒繭がある。
きっと彼女は避難シェルターで辛い思いをしているだろう。電磁波でシェルター内の電気が落ちている可能性もある。早く、終わらせないといけない。そして、早く会いたい。もっと、話したい。
―俺達だけの特別な話をもっと、したいんだ。
ポケットを軽く触る。ここにあるブレスレットをコンビニちゃんに渡したい。アンタにこの想いを伝えて、その手を握りたい。
―俺は、コンビニちゃんが大好きだってな!!俺だけにあの笑顔を見せてほしいってくらいに、独り占めしたいくらいに!!
次のデートの約束は俺からするんだ、必ずな。
水島の攻撃開始の号令が各ゲットマシンの通信に入る。
3機のゲットマシンが一斉に急降下しながら錐揉みし、合体変形した姿は獏の操縦する爆発的な火力を誇るゲッターカーン。
黄土色の巨体を大地に着地させれば轟音と共に砂塵が巻き上がる。カーンは威勢そのまま間髪入れずに黒繭の下部へミサイルを射出した。
蠢く触手は攻撃を防ごうとミサイル目掛けて触腕を振るうが、それは神隼人が用意した劇物によって阻害される。
その劇物とは昔、早乙女研究所が東京にある世界最高のロボティクス研究所と謳われる島本研究所と合同開発した秘蔵の『鎮静材』。ミサイルの中には『もしゲッターが人の手で負えない暴走をしたとき』の為に用意されていた『極低温瞬間冷却材』が全弾に込められていた。
その効果は絶大だった。急激な温度変化は物質を脆くさせる。正面から受け止めた触腕は低温脆性の働きで動きが鈍くなっていく。カーンはその隙に残りのミサイルを黒繭に全弾を撃ち込んだ。
しかし、すでにその繭の巨体はカーンの5倍以上にまで成長させていた。物量に物を言わせ、このままでは触手の修復はものの数分で完了してしまう。黒繭はチリとなったインセクターから得た物質情報とゲッター線のエネルギーを再び吸収し再生し始める。
だが、その再生の時が、ゲッターに乗るもの達のほくそ笑む瞬間だった。
超低温で核融合は反応を遅らせられていた。人で言えば息を吸えない状態の黒繭にカーンがパンジャンドラムのような形態となり激突する。冷却ミサイルが撃ち込まれ脆くなる表面に微細なヒビが入ったその一瞬、カーンがオープンゲットし変形する。
現れるは拓馬の駆る多彩な攻撃とバランスに長けたゲッターアーク。肩から射出されたトマホークを振りかざし、ヒビに渾身の力を込めた打撃を喰らわせる。
装甲を貫いて脳に直接響くような激音とともにヒビはさらに大きく広がり、巨大なクモの巣状の亀裂が走る。
黒繭の赤黒い光は段々とその発光を鈍らせていく。そこにアークは更なる追い打ちを掛ける。両腕を仰ぐように広げバトルショットカッターを発動させて、怒りをその犀利な刃に託す。
構えるその相は阿修羅。黒繭の赤黒い光を反射させて血を啜ったような刃を鈍くギラつかせる。黒繭の亀裂を嬲るように滅多斬りにし、さらに蹴り上げてそのままアークは空へ急上昇する。
生き残っていた触手がアークを捕らえようと音速で触腕を伸ばすが、アークは捕まる寸前オープンゲットする。
刹那、ソニックブームが炸裂し蒼白の閃光が空を跳ぶ。カムイの操る強襲を得意とするゲッターキリクが触腕よりも高速で空を翻る。キリクはさながら分身をしたかのように自身の残像を発生させて触腕を翻弄し、そのまま超高速で降下しながらドリルマニピュレータを一点に絞り、振りかざす。
その一点とは水島がゲッターロボアークの後方で解析し送信した黒繭の急所。
再生活動させても高温にならない室となっている黒繭のコア部。
キリクの狙いは正確だ。喰らわした一点への一撃は巨大な黒繭をぐらつかせる程の力があった。
その一点に深い穴が空く。その穴目掛け水島の強化型D2が突貫する。黒繭の内側から核融合を止める為、強化型D2はコアへと続く穴へバズーカ砲に込められた冷却弾をありったけブチ込む。
水島は通信音声を切った。
この絶叫を誰にも聞かせてはいけない。
―終わるんだ。これで全て終わるんだ。悲劇はここで幕を閉じるんだ!
しかし、終幕にはまだ早いと鬼が笑う。
*
黒繭の禍々しい光が夜の闇に吸い込まれるように消えていき、空の月明かりだけが広場の惨状を映していた。
しかし、誰もがゲッターの、地球人側の勝利を確証する形がそこにはあった。
「やったな水島隊員!大金星じゃねえか!…おい?なんで通信切ってんだよ」
「電磁パルスが黒繭の再生活動に入る直前に発生した形跡がある。もしかしたら音声に異常が出てるかもしれないな」
「ンだよ、心配させてさ。さて!ちゃちゃっと処理を済ませて俺はちょっとシェルターに顔出してくるわ!」
上ずった気持ちを抑えきれない弾む声にカムイが注意しようとモニタを見る。
そこに映る拓馬は戦いで殺気立つ憤怒の形相とも、ゲットマシンに乗る前の困惑を振り払えない面持ちとも違う、晴れやかでそして初々しい自信に満ちた表情をしていた。
「……悩みは晴れたようだな」
今は言わなくてもいいだろう。カムイは小言を飲み込んだ。
「水島隊員のおかげでな。へへッ、今度は俺からデートを誘うつもりだ!」
「まだまだ拓馬の百面相が見れるのか。暇が潰せてちょうどいい」
「ム、どういう意味で言ってんだよ」
聞いたことのないカムイのくぐもった笑いがスピーカーから流れる。拓馬は茶化されたとわかった途端こっ恥ずかしさが湧き上がり、耳まで真っ赤にさせた。
ここで言い合っても負けるだけだとのぼせた頭を振り、「ヨシッ!帰るかー!」と帰投を促す。
だがそれに獏の悲鳴に近い大声の警告が被さった。
「拓馬!アークに変形だ!早く!」
「獏!?」
「早くッ!!」
強化型D2が強い衝撃波を受けて穴から外へと吹き飛ばされた。地面に叩きつけられる寸前、ゲッターキリクはアークへ変形しD2の左腕を掴む。
ぐいと引っ張り抱き留めた強化型D2の被害は少なかった。ギリギリの救出だった。安全な地面に下ろしたと同時に、アークの背後にある黒繭の残骸が倒壊する。
轟音と共に落ちてゆく残骸が広場を埋め尽くし、蜂のような異物が黒繭のあった場に存在した。それはアークの4倍ほどの大きさで、その腹部にはギョロリとした目玉のような器官があり、ギチチチチチ…と異音を発していた。
獏が叫ぶ。
今まで感じてきたビンビンする正体。本当に感じ取っていたのはコイツだ!
「覚えてるか拓馬!お前がゲッターに乗って初めて戦ったヤツを!アイツだ!!アイツが再生してたんだ!!」
再び生を受けたゾルドXXが産声を上げる。改められたその名はゾルドXXX。
ガイガーカウンターのカウント音のような不快音を闇夜にばら撒き、たたまれていた4枚の翅をゆっくりと広げ、すべての覆い尽くさんばかりに展開する。
腹部の目のような器官使い、四方八方を見回したと思うと赤黒く発光し動きを止めた。その一ツ目は、アークを捉えていた。
側部にある無数の触手を束ね、二本の触腕に変化させる。その触腕を空高く大きくうねらせて、アークに襲いかかった。
アークはトマホークを肩部から射出し触腕からの攻撃に対抗した。
ゾルドXXXはアークを捕食しようとしていた。ゲッターロボアークのその無限に注ぐゲッター線のエネルギー、そしてゲッターの申し子である流拓馬を求めていた。拓馬達からすれば、アークを執拗に狙っているようにしか見えなかったが、ゾルドXXXのコアの正体を知る悪鬼からしたら、滑稽なトラジコメディに見えたに違いない。
何故拓馬を求めているのか。その理由を推察できる人間は、水島だけだった。
「水島隊員!どうしちまったんだ!?」
依然強化型D2は動こうとしない。
「チェックした。バイタル値は血圧と意識の低下を示している。軽い脳震盪を起こしているようだな」
「助けに行きてえが……くそ!」
カムイのフォローに安堵する余裕はない。自在に伸縮する触腕からアークは寸で回避する。翻るアークを手にできない事に堪らずゾルドXXXは顎を極限まで開放しギチギチと牙を鳴らした。
「こいつ、アークを食おうとしてやがんのか!まさかD2も!?」
「大丈夫だ拓馬!よく見ろあの触手アークに狙いをつけている。お前が囮になっていれば水島さんは大丈夫だ。……俺達が食われなければな!」
獏の言うとおり、ゾルドXXXは確実にアークを捕食する素振りを見せていた。
ゾルドXXXは異形ながら色があった。丸みのある逆三角型の頭部は蜂の頭ようなフォルム。そしてその顎は顔面の二倍に広がり、牙をむき出しにして粘性のある液体をぬたりと滴らせている。
腹部はゾルドXXの名残なのか一ツ目のパーツを始め特徴的な部位を残した姿だった。より有機物的な姿形で再生させたのはゾルドXXXが寄生虫を介して依代の生体情報を得たからだろう。怪獣全とした佇まいにも関わらずどこか女性的な流線型をしていた。
…ただ拓馬達には機動破壊兵器から蜂怪獣に変化したに過ぎないが。
「アークだけ狙うなら都合がいいけれどっ…チッ!何でだ!」
「あれの再生前がアークに倒されたからじゃないのか?それに食べるならゲッターロボアークの大容量のエネルギーで腹を満たしたいんだろ!」
「今のは言い得て妙だな。キリクは作戦通り黒繭のコア部に直撃を与えた。だがあの生体にその跡が見当たらない。修復に全エネルギーを使った為にアークを捕食しようとするなら合点がいく」
歯肉をむき出しにし、拓馬が吠える。
「じゃあまたコアに攻撃を当てればいいんだ冷却弾で一度はボロボロだったんだ。見た目よくても脆いだろうさ。今度はトマホークでブッ壊す!…いや、ブッ殺す!!」
水島は意識は戦場から離れ、遠い昔の思い出に浮かんでいた。
幼少の頃、水島はみんなと同じ音が聞こえないのがトラウマだった。いらない音が聞こえる。知りたくもない悪口が聞こえる。変だと分かっているのに、いつも悩めば悩むほど聞きたくない音が聞こえた。
それを振り払うために元来あった男勝りの性格が強くなり男のように振る舞った。悩んで落ち込む弱っちい女の自分を捨てるために、どんな喧嘩でも飛びかかっていった。
手のつけられないほど暴れて、水島は小学生でありながら休学を言い渡された。親は理解者だったが、周りからしたらただの幻聴が聞こえる病人でしかない。
親はありもしない噂話から遠ざける為に、娘を親戚の家に預けることにした。
それが島本家。母方の姉の家だ。熊みたいな厳つい義叔父、美人で優しい叔母、そして水島よりもヤンチャな年上の従兄とお転婆な年下の従妹。気を許した相手には人懐こいブルテリアのジャッキ。
皆、いい人だった。島本家はどんな事があっても水島を偏見の目で見なかった。従兄とジャッキとの喧嘩は日常茶飯事として思う存分暴れさせ、仲を良くしたら叔母は褒めて手作りのお菓子をくれた。その自由さが水島の聴力を安定させた。
従妹は水島を『デカおねェちゃん!』と親しみを込めて呼び、本当の姉のように接していた。水島は女として見られたくなかったが、従妹からの曇のない眼差しが拒絶できずにそう呼ばせていた。
島本家は小さい研究所を持っていた。家自体が研究施設を兼ね、ロボットの研究で大きな成功を収めていた。水島は恩のある島本家に憧れて、将来はロボットのパイロットになる事を夢みるようになった。
3ヶ月後、水島は実家に帰り学校へ戻った。凶暴さは鳴りを潜め、ヤンチャ程度に落ち着いた。
そしてその数ヶ月後。研究所が謎の集団に襲撃された。
生き残りは山の中で倒れてた従妹と、その従妹を守るように寄り添っていたジャッキに良く似た知らないロボット犬だった。
それから水島は従妹を大事な家族として妹分として見るようになった。自分だけが助かった気がして、いいようのない贖罪の思いがあった。
水島はこの自分の過去をみたくなかった。あの幸せだったときに帰りたくなる。叔母さんとおっちゃんと、ジャッキにチビ子がいて……そして、シュン兄がいた幼い頃。
でもそんな甘えは自分が一番許さない。拓馬に言った手前、ここで過去に浸るなんてのはカッコがつかない。
大事な妹分の人生をいいように蹂躙した寄生虫に、アンドロメダ流国に、このハラワタが煮えくり返る怒りをぶつけないと気がすまない!
『当たりめえだろ!!大事な妹をあんなふうにされて気味の良い家族なんていねえ!!!』
遠く、白い装甲を纏う悪魔のような姿をした鋼鉄のバケモノが、地を震わす怒りの咆哮を上げた。
単調だった触腕の攻撃にフェイントパターンが増えていく。拓馬は慌ててゾルドXXXとの距離を取った。
「こいつ、さっきより動きが良い!学習してるのか、あの図体で…!」
「黒繭から羽化したばかりだ。この大蜂、まだ切り札があるだろうな。それをされる前に叩かなければ……負けるぞ」
「誰が負けるか!いいか、ゲッターロボアークは負けちゃいけねえんだ。それはカムイ!お前がよく知っているはずだ!!」
言われなくてもとカムイはギリと奥歯を噛む。カムイは自分が背負う使命を、片時も忘れたことはない。
「なら早くしろ。核融合が始まる前にコアを破壊するんだ。俺はコアがどこにあるか位置の特定をする。獏はあの大蜂の気になるとこを上げてくれ。お前の勘は頼りになるからな」
「任せてくれ!まだビンビン来てるんだ。きっとあの蜂怪獣は何かを隠している!アイツを見てると因縁めいたものを感じてしかたないぜ。拓馬!お前がその因縁を断切るんだ!」
青い団栗眼を爛々と光らせ獏は言う。
「へっ!ならご期待に応えてやるよ!」
距離を取るアークにゾルドXXXがさらに触腕伸ばし空を斬る。その隙を潜りアークはゾルドXXXの胸部にトマホークの一打を与える。
手応えはあった。が、音が軽い。
アークは即座に間合いと取ろうとするがゾルドXXXが剥き出しの牙をギチギチ鳴らす。……嘲笑っていた。
「っ!罠かっ!?」
崩れた外骨格の下から無数の触手が這い出た。アークは両脚を捕まれ、ねじられる。
動きを封じられたゲッターアークの顔面に触腕が襲う。藻掻いて振り払おうとすると触腕の力が増し、鋼鉄のひしゃぐ音がコクピットに聞こえる。
最早、後のない状況だった。
踏み応えてコアを探るカムイのモニターに、遠くから超高速で向かってくる物体が引っかかる。
闇夜を切り裂く鋭い怪音がやって来る。
それは白い悪魔。翼竜のような骨ばった翼、筋肉を思わせる脈打つコード、白い装甲と黒い表皮のコントラストが異様なバケモノは怒りに吠える。
拓馬は最善の攻撃策を迫られていた。
頭部と両脚部は拘束されている。トマホークは右腕から離れていない、バトルショットカッターは稼働できる状態。サンダーボンバーは放てるが……敵に吸収される可能性がある。
―だけど今可能性の話を考えている余裕はない!やれる事を優先しなければどっちにしたって勝ち筋が見えない。なら!サンダーボンバーで焼き焦がす!
「獏!カムイ!サンダーボンバーを…」
「待て拓馬!その攻撃はまだだ!!」
割り込んで緊急回線に入るのは水島の声だった。
「水島隊員!?だがこのまま敵に攻撃されっぱなしじゃ、アークもどうなるかわからない!」
「……大丈夫さ。今味方が来るよ」
その声は落ち着いていた。絶望するワケでもなく、悲観するワケでもなく、ただ有りの侭を告げる。
グギャオオオオオ!!!
ゾルドXXXとアークの狭間に剣撃のような熱線が割って入る。アークを捻じ伏せようとした触腕や触手はその熱線によって轟々と燃え千切れる。
アークは重力に任せ着地する。頭部はまだ動いたが、脚部は膝をつくのがやっとだった。
ゾルドXXXは触手を覆う炎の熱エネルギーを自己のエネルギーへ変換しようとするが、何故か炎は消えなかった。痛みに悶狂うようにギチチチとわめく。
それの荒くも迷いのない動きは猛々しい獣を思わせる。しかし、直感と観察眼に優れたアスリートような計算された一撃は人が持つ知性を感じさせた。
それは黒いゴム状の皮膚と、オイルとコードの血肉を持つ生物のようであり、身に纏う甲殻のような装甲は無機物なしろがね色をしている。生物と機械を超越したバケモノがアークの目の前にいた。
右腕の鋭利なカギ爪は、煌々と燃え輝く剣の形を成す。
「た、助けられたのか?あの、バケモノに」
獏は胸を撫で下ろした。不利な状況を変えたのは紛れもなくあのバケモノだ。見た目は恐ろしいが、味方だと分かれば頼りになる。
「待て、獏。水島隊員、なぜあのバケモノを味方と言えるんだ。俺達を庇いだてしているようには見える。しかし、味方だと断言できるのか?」
しかしカムイは作戦外のイレギュラーを警戒した。いまの水島は正気に見えない。まるでバケモノと交信しているかのような口ぶりだ。
水島は目を閉じて、耳をそばだてる。
「聞こえるんだよ、あいつの声が。……あいつはジャッキ・Type0。またの名を、ジャキオー」
ジャッキ。拓馬の記憶に引っかかる名だった。たしかそれは、コンビニちゃんの行方不明になっている飼い犬の名前だった。珍しい名前だから妙におぼえている。
「カムイ、今優先するべき事はあの大蜂をやっつけることだ!バケモノだろうが協力してくれるならその手を借りる。水島隊員、俺はアンタを信じるぜ」
それにジャッキの名を持つなら、彼女が捜している行方不明の兄貴の手掛かりがもしかしたらあるかもしれないという薄い期待があった。
カムイからすれば『異常な聴力があったとしてもバケモノが人語を話すのか?』という疑問があったが、それを深く考える時間はなかった。ゾルドXXXはジャキオーに斬られた触手を自切し、ゆっくりではあるが再生を開始した。
水島が指示を出す。
「いいか、ジャキオーはあの大蜂と同じ取り込む能力がある。大蜂とジャキオーがエネルギーを喰い合って動けないうちに、アークはコアのある外殻を叩き割り、露出したコアをオレがこのマシンガンで……っ!?」
水島の言葉が止まる。今、弾込めを確かめようと強化型D2は引き金を引いたはずだった。
「ジャムってる……まさか、あの時の衝撃のせいか!?」
強化型D2を襲った黒繭の衝撃波はD2の武器を無力化していた。今の強化型D2にできる事は状況観測だけだった。
「拓馬!こっちは脚部ダメージが大きい!こりゃ長くは姿勢制御とれないぞ、踏み込み一回分が限度というところだ!」
獏の報告はアークの厳しい状況を物語っていた。だが拓馬にとってはその一回分があるだけで十分だった。
「獏、あの大蜂が一番に狙っていたのはアークだ。ゲッタービームを撃つ素振りを見せて大蜂をひきつける。飛びかかれる距離まで近づいたら、2つのトマホークで一気に叩っ斬る。早々のご退場願おうじゃねえか!」
何処までジャキオーがゾルドXXXのエネルギーを喰い抑えつけられるかは未知数だ。しかし、貪欲にゲッター線のエネルギーを欲しているゾルドXXXはなりふり構わずアークに寄ってくるだろう。それほどエネルギーの枯渇した状態だった。
「それしかない、か…」
水島は決めなければならなかった。知っている側だからこそ、自分がケジメを付けなければならない、そうと思っていた。
しかし、その片意地だけで状況を悪化させるワケにはいけない。
カムイがゲッターアークの損傷状況を整理し水島に述べる。
「そうなれば細かいタイミング合わせは水島隊員に任せる。アークの頭部だが締め付けられたときのダメージが思ったより大きい。俺は制御系のフォローをする。いいか?」
「……わかったぜ。では軍用時計から15秒後、開始する」
フォーメーションを組み直す拓馬たちの話を聞いていたかのようにジャキオーがゾルドXXXの背後に回る。翼をグワリと広げ上昇し、勢いのついた左腕を全力で突き上げて後頚部に爪を立てる。外殻はミシミシと割れていきそのまま立てた爪を抉ればゾルドXXXの毒々しいオイルが吹き上がった。
ジャキオーを完全に敵と認識したゾルドXXXは再生した触手を束ね触腕を槍状に変化させる。背後にしがみつくジャキオーに二本の触腕を深々と突き立てエネルギーを喰おうとする。
ジャキオーは痛みを感じるのか悲鳴のような鳴き声をあげ、身体はバチバチと漏電の火花を散らす。だが、そのゾルドXXXに立てる爪はさらに頸部を抉っていった。
二体がエネルギーの喰い合いを始めたのを確認し、水島は強化型D2を上空高めに待機し観測の用意をする。
「アークへ!コア部の情報が同期完了後カウント願う!」
「了解!……来たぜ!よし、ゲッタービームのエネルギー充填開始!5、4…」
拓馬はレバーを倒し、ゲッター炉のエネルギーをカウント毎に徐々に上げていく。
アークがゲッタービームの体勢に入ったと気付いたゾルドXXXは、頸部の損傷もひび割れそうになる巨体も無視し、アークのエネルギーを貪ろうと卑しく牙を広げ好餌に向かおうとする。
「3、2、1ッ!充填完了!水島隊員!!」
拓馬の号令を欲する声が通信に入る。それなのにどうしようもない迷いが、水島の判断を惑わせる。
―アークがターゲットを捉えられる距離に入ったら号令を出せ。声を出せ。拓馬に知らせろ。……何をだ?何を知らせる?そのコアの正体は……オレの妹分で、お前の……。
引導を渡す一言を、どうしても言えないと迷いが邪魔をした。そんな混迷する水島の耳に、懐かしい声が語りかける。
それは先程からジャキオーの中から聞こえる声だった。
『男にゃ超えなきゃならない試練があんだよ。きっとアイツはそれを乗り越えられる、自分の力に出来る。妹が惚れたのはそういう男さ。だから、言ってくれ。終幕を、告げてくれよ』
ゾルドXXXがアークの間合いに入った。
水島は声を血を吐かんばかりに張り上げる。
「っいけェ!拓馬ァアアア!!」
水島の怒号とともに、アークは迫りくるゾルドXXXの懐へ入るため全重を双脚にかける。踏み込まれた脚部は金属の歪まる音をたてた。もう、回避行動は取れない。
襲い来る触手を払い除け、一ツ目へ翔び込む。同期された情報が示すコア部へ、一ツ目の裏側へ刃が届くよう、アークは両肩から二振りのトマホークを射出し振り上げる。
ゾルドXXXは危機を感じ取り、ジャキオーに刺した触腕の一本をアークへ突き刺そうとする。それは、拓馬のいるコクピットを狙っていた。
触腕がアークに迫る。
「俺は、好きだって、伝えに行くんだよ!!」
アークはトマホークで触腕の勢いを受け流す。火花を散らし競り合う刃、力は互角。
ゾルドXXXを焦らせたのか、触腕は引き気味になる。
拓馬は息を殺し、大蜂へ一撃を喰らわせようとする。ゾルドXXXはトマホークの刃を払い、アークを今度こそ突き刺そうとする。しかし、仕掛けたその先にアークはいない。
淀んだ水が一気に流れるように懐へ、二振りのトマホークを薙ぐ。
「……二天一流、流水の打ち」
アークは受け身を取るように着地する。手応えは、確かにあった。
蜂の巨体が動く。一歩、二歩……グラリと揺れる。
今までゾルドXXXの首元で意地でも離さんと、脊髄までもを抉ろうとしていたジャキオーは、それ以上のことはしなかった。むしろ、抉っていた爪をビシャリとオイル状の液を滴らせながら引き抜いた。
もうゾルドXXXは叫ぶことはない。
コアは、アークの切り込んだ太刀筋を深く刻み、その活動を永遠に止めた。
拓馬たちは機体から降りるとジャキオーが4人をジッと見ていた。
骨ばる翼を広げ、活動を停止したゾルドXXXに自身の無数のコード出現させる。それを自身より巨大な亡骸に、ゆっくり巻きつけていく。
コードの圧に耐えられなくなると巨体が崩れ落ちる。外骨格の雨は地に落ちることなく、チリとなる。微風に流され拡散するチリが月の明かりに照らされ、星が瞬くようにキラキラと輝いた。
瞬きが鎭まると、ゾルドXXXのコアの残骸が現れた。人が一人分入れそうな大きさのコアをジャキオーは爪を引っ込めて、両手で抱擁した。
バケモノの姿からは考えられないくらい、優しい手つきだった。
キュー……。キュイィィーーン。
ジャキオーは悲しそうに鳴いた。
水島は戦闘の緊張状態が終わったためか、もうジャキオーから聞こえていた声は届かなかった。涙の代わりなのだろうか、ジャキオーのレンズ状の目がぼうっと光る。
細いコードがコアの残骸を包む。ジャキオーは拓馬を見ながら、コアを自身の身体へと吸収していった。
「……なんだ?なんか言いたいのか?ジャキオー、だったよな」
拓馬がジャキオーに歩み寄ると、ジャキオーは人が握れるくらいの細いコードを拓馬に差し出した。
「んん?握手、か?……ありがとよ!お前のおかげできっちり仕留められた。街も殆ど被害はないし、街の人たちの生活も早くもとに戻るだろうな。これで胸張ってコンビニちゃんに好きだって言いに行けるぜ!」
「…最後何言っているんだ」
拓馬はコードを握手するように握り、ブンブンと振り回す。そんなハイテンションに任せた浮つく話をする拓馬に、カムイは白い目を向けた。
「いいじゃねーかよ!こっちはもう会いたくてウズウズしてんだからさ」
「しかし、デートする前に恋の自覚するなんてなあ。まあ、気づいたら行動に移るのは昔っからだ。今から避難シェルターに行くんだろ?」
獏は微笑ましく思いつつしょうがないと軽くため息をつくと、拓馬はニカリと歯を見せて笑った。
「にひ、よく分かったな!じゃあ、俺は行くぜ。ジャキオー、またな!!」
キュュオオオオン!
名残惜しそうにジャキオーはコードを引っ込める。そして、翼を高く広げた。コアを吸収して変化したのか、骨ばっていた一対の翼は新しく二対生え、白い鱗粉のような細やかな淡い煌きを放っていた。
拓馬から静々とさがり、翼を上下に勢い付けて羽撃く。
ジャキオーは高く、鼓翼を響かせ満天の星空へ飛んでいく。いつもより瞬く星の海原へ、バケモノに似つかわしくないシルエットを写す。
それは白く煌く蝶の翅。凛とした美しい光が、天へと舞い飛んだ。
ジャキオーを見送った拓馬はシェルターの方角へと駆け出した。ポケットのプレゼントを取り出して、全力で走る。
「待て拓馬、神司令への報告が先だ!彼女のところへ行くのは後に……」
静止しようとしたカムイに水島は前へ出て、無言で頭を振った。そして重い口を開き、状況報告をする。
「アークチームに報告。先程の蜂状の巨大物体のコアには人間の生体が使われていたと解析班から情報があった。あのコアには……あれにはな……オレのいとこが使われていたんだ」
「それは…残念だったな」
今まで戦っていたものが水島の親類を取り込んでいたという突然の事実は、カムイを僅かに動揺させ、追悼の言葉を一言言うのがせいぜいだった。しかし、拓馬が揃ってない状態で何故言うのだろうか。その疑問は目を見開き愕然とする獏が知っていた。
「水島さん待ってくれよ!嘘だよな……いや、こんな時嘘なんて言うワケない、よな……」
「どうしたんだ?亡くなってしまったのは残念な事だが、そこまで驚くとは……知り合いだったか?」
尋常ではないほど当惑する獏を不思議に思い、可能性のありそうなことを挙げた。
「ああそうだよ。たくさん、世話になった。なにしろ水島さんのいとこは……コンビニちゃんなんだからな」
水島の言外に示す意味に気付き、愕きを隠せず言葉を失うカムイ。
二人は、ただ遠くなる背を見続けるしかなかった。
青白い月の光は、拓馬が向う真実への道程を容赦なく照らしていた。
水島には気になったことが一つあった。
ゲッターアークと大蜂。一見あの二体は力が拮抗していた。
しかし、観測側として見方では大蜂に分があった。アークが攻撃を与えようとする直前まで、どんなにジャキオーに押さえつけられていようとも大蜂は変わることなく、いやエネルギーの飢えが大蜂の捕食を駆り立て戦闘意思を上げていた。
飛躍的に上がっていく学習能力もあり数値上なら大蜂がアークを圧倒していた。きっと、エネルギーの喰い合いをしていてもジャキオー側は相当のダメージを覚悟して挑んでいたはずだった。
もし、感傷的な想像が許されるなら、それはコアに囚われた者の意志が拓馬を庇い、大蜂の力を抑えていたから、ではないだろうか。水島自身も自覚をしている、根拠などないロマンがかかった甘い考えだ。
―妄想が過ぎるかな。
問いかけたい者はもう居ない。コアの残骸があった場所は、チリを微かに残すだけで、静寂に包まれていた。
水島の目尻から涙が静かに伝い流れる。感情が昂ぶったからではない、ただただその空虚な野辺が最初から『いとこ』など存在しなかったのだと見せ付けているようで、物悲しかった。
不意にその積もったチリの中に、鈍く光る物を見つける。近寄って手にとって見ると、それは妹分が大事にしていた銀星の髪飾りだった。様々なエネルギーに当てられて、澄んだ銀の輝きは消え失せていた。
「チビ子の髪飾り、こんなにくすんじまって。……魂はもうここにいないんだな」
頬を伝っていた冷たい涙が熱くなっていく。水島はぬばたま色の夜空を見上げ、星へ祈りを捧げた。
「なあ、聞いてたかい。拓馬のどさくさ紛れの恥ずかしい告白。お前が、好きだって。…伝わったかい?」
愛しさを胸に拓馬はシェルターへと駆ける。
初めて抱く感情のままに、今にも溢れそうになる思いをを伝えるためひた走る。
少し強い風が街に吹く。街を照らす蒼ざめた月の光は行雲に遮られ、星達が本来の煌きを天頂に写す。
その煌きの中にある一際美しい銀色の星芒が、彼の手にある小さな金星を儚くも優しく瞬かせた。
その瞬きが、拓馬への答えなのかもしれない。