殺生院キアラ、カーマの二人が記憶を失った事……この事実は瞬く間にカルデア中に広がった。
とはいえ最初は英霊達も冗談の類かと、まともに取り合おうとはしなかった。
だが、二人を目の前にすると英霊達は流石に動揺を隠せなかった――そして現在、マスターである私の目の前でも起きている。
「ふふ……アンデルセン、今日は二人きりの時間を作ってくださいませんか?」
「くっ……!記憶喪失とは聞いてはいたが、ここまでとは……」
食堂の真ん中でアンデルセンの腕に抱き付くキアラ。
普段は誰彼構わずに毒舌を浴びせるアンデルセンだが、流石にキアラの豹変ぶりに困惑を隠しきれないようで、今まで見たことないぐらいに困った表情を浮かべている。
何せキアラの目や仕草があり得ない程に変わっているのだ、それも仕方のない事だろう。
そして何より戸惑いを覚えてしまう原因なのが服装だ。
今のキアラが着ているのは普段着ている尼僧服ではなく、黒いセーターの上に白衣を纏った、いわば医者のような服装だった。
その服装からは清純さを感じるが、キアラ自身の体つきの良さも相まってか色気も同時に出ている。
「ええい……ッ!離せ……!俺は執筆活動がある……!」
「あ……待って!置いてかないで……!」
涙目になりながら腕に抱き付くキアラを引きずるアンデルセンは、傍から見るとアンデルセンが悪役に見えてしまうのが悲しい。
精神は大人とはいえ見た目は完全に少年であるアンデルセンの腕に抱き付き、涙目になりながら引きずられる若い女性――キアラ。
うん……完全にアウトだ……
「キアラさん……アンデルセンも嫌がってるし、止めて上げたら?」
黙って脇から見ていた私だったが、流石にこれ以上は無視できないと思い、私が一言キアラに呼び掛けるとキアラは何も言わずに大人しくアンデルセンの腕から手を離した。
「ようやく手を離したか……!よし、さらばだ!」
アンデルセンはキアラから解放されると一目散に食堂から出て行った。
「ああ……アンデルセン、貴方ともっとお話ししたかったのに……」
去っていくアンデルセンを見つめながらキアラは悲しげに呟く。
記憶喪失になってからは本来あった真面目さが蘇っているせいか、ふとしたことでキアラは思い詰めたように表情を曇らせる。
自分なりに先程アンデルセンに抱き付いたのは軽率だったと思い詰めているのだろう。
「キアラさん、大丈夫……また食堂にアンデルセンが来た時に想いを伝えればいいから……」
「しかし、アンデルセンは嫌そうにしていました。やはり、私のような罪深い女が恋など無理です……」
涙を流しながら私に訴えるその姿は、とてもじゃないが見ていられるものではない。
すぐさま私は口を開いた――
「そんなことない……!今のキアラさんは誰にでも優しく接してる。アンデルセンは記憶喪失になったキアラさんに動揺しただけだよ!」
「だから、またチャレンジしよう!」
「マスター……!」
激励の言葉を掛けたおかげか、少しばかり表情にも光が戻った。
「私ったら本当に涙脆いんだから……!こんなんじゃ、あの人にも想いを伝えられない……」
自分自身を叱咤激励するキアラからは美しい物を感じれた。
普段とのギャップを感じるからこそ、今のキアラが尊く見えてしまうのは勿論あるだろう。
しかし、それを抜きに考えても今のキアラは聖人と呼ばれるに相応しいぐらいに善良で真面目な性格を持っている。
「マスター……こんな私ですけど、よろしくお願いしますね?」
私に微笑んで笑顔を浮かべるキアラ。その顔は一瞬頭が真っ白になってしまう程素敵で純粋な素晴らしい笑みだった。
だっしゅ
「エミヤ先輩……今日はどうしますか……?」
マスターが記憶喪失になったキアラを監視している間、俺はカーマを監視することに
なったの……だがッ!
「すまない……カーマ、その呼び方はあまり好きじゃなくてな……」
「あ、そうですよね……!ごめんなさい!私、馴れ馴れしすぎますよね……!?」
外に連れ出そうにも連れ出せず、俺の部屋で監視しようとした結果がこれだ。
現状備え付けられたベッドの上に座っているだけなのだが、カーマは俺の隣から決して離れようとしない。
俺が”少し用がある”と言って部屋を出ようとすると、すぐに捨てられた猫のような悲壮な空気を匂わせる為、とても部屋が窮屈に思えた。
普段の性格は時空の彼方にでも消えてしまっている分、あまり外に出したくないというのが俺の本音だ。
他の英霊達と絡みが多い自分ではカーマを監視しきる自信が無い――そう考えて食堂の当分の管理はタマモキャットに一任した。
「(はぁ……まさか、カルデアに来ても俺は女に振り回されるのか……)」
普段の性格から180度も変わったカーマの姿を見ると、どうしても
もちろんカルデアには他にも彼女に似た英霊が居るが、どうにもカーマはより彼女に性格というか根本が似ているような気がした。
「すいません……それでは普通に”先輩”って呼ばせてもらいますね……!」
「待て……私は”先輩”呼びを直して欲しかったのだが……」
「駄目です……!これだけは絶対に譲れません……!」
先程までは馴れ馴れしいと謙遜していたはずなのに、先輩呼びは変えたくないというカーマに思わずツッコミでも入れたくなる。
「(記憶喪失になっても多少強情な所は変わらないか……)」
先輩と呼ばれるのはいつぶりか分からないが、呼ばれるととてもくすぐったい気分になる。
それを考えてしまう度に俺の心臓は鷲掴みにされているように苦しい。
「それじゃあ、先輩……!早速得意のお料理を、って――大丈夫ですか……?」
「あ――ああ……!すまない!君が外に出てくれる気になったのなら良かった……早速、行くとしよう……!」
ぼんやりしていた頭を振り払い、カーマに作り笑いを返す。
――やはり俺はカルデアに来ても運命という鎖からは逃れられんらしい。
「ふふふ……!先輩がどんな料理を作ってくれるのか楽しみだなぁ……♪」
上機嫌で部屋のドアを開けるカーマに対して俺は心臓の高鳴りを抑えるのに精一杯でベッドの上から立ち上がることすらできない。
カーマの依り代に抱いた想いなど、家畜にでも食わせてやったつもりでいた。
だが、この胸の高鳴りは間違いなく俺が未練を残している証拠……認めたくはないが。
「(やれやれ……俺は結局冷酷にはなり切れんようだ……)」
口元を微かに緩めると、鉄のように固まっていた身体はすぐに動いた。
「”先輩”か……ふっ……悪くない……」
再度口を緩めながら、カーマに聞こえない程度の大きさの声で呟くとベッドから立ち上がり、カーマの後ろへと付いていくのであった。
―――
アンデルセンと一悶着があったあの後、私とキアラは相も変わらず食堂の席に着き2人で和気あいあいと会話を楽しんでいた。
「キアラさんって記憶を完全に失ってた思うんだけど、何でアンデルセンの事が気になるの……?」
「さぁ……?私にも分かりません……記憶を失う前の私もあの方に執着していたと聞いていますが、今の私はあの方と接点が全くないものですから……」
困った顔をして答えるキアラの顔からして本当に何故アンデルセンが気になるのかが、自分自身でも分からないようだ。
「(やっぱりキアラさんは記憶を戻して上げないと可哀想になってきちゃうな……)」
このままの純粋なキアラがいいと一瞬思った時もあったが、やはり人への想いやプライドが無くしたままなどあまりにも酷い仕打ちだ。
本当であればシミュレーションルームにでも連れて行くのも手であろうが、「記憶を失ったきっかけである食堂ならば記憶を思い出させるんじゃない?」というダヴィンチちゃんの考えに基づいて食堂に居座っている。
そして、しばらくすると一人小さな英霊がこちらに向かって近づいてきた。
「わー!キアラだー!それにおかあさんも居るー!!」
目を輝かせながらこちらに近づいてくるのはアサシンの英霊、ジャック・ザ・リッパ―。
戦闘時では相手に容赦ない攻撃を加える彼女だが、私にはとても懐いてくる可愛らしい少女だ。
「まぁ……!何と可愛らしい方、とても元気そうで何よりです……」
「ん……?キアラ、何かかふんいき変わった……?」
聖母の微笑みを見せるキアラに勘の良いジャックはすぐに異変を察知したようだ。
「ジャックちゃん、キアラは今記憶喪失になってて……それで――」
首を傾げるジャックに色々と複雑な話をすると、勘の良いジャックはすぐに合点がいったようで、すぐに納得してくれた。
「わかった……ようするに、キアラが”やさしくなった”ってこと……?」
「うん、まぁ……そういう認識で良いと思う……」
あまりにもポジティブな物の捉え方をするジャックに私は逆に胸を撫で下ろした。
幸いにもジャックはキアラに恨みがある訳では無いし、むしろ今のキアラに興味を持っている様子である。
キアラもジャックに興味を抱いているようで、先程から目を輝かせながらジャックを見ていた。
「(ふぅ……やっぱり、ジャックちゃんは良い子だなぁ……)」
キアラやカーマが記憶喪失になってからまだ時間は浅いが、この短い時間の間にキアラの記憶喪失を面白がって見に来る英霊が少数ながら居た。
大概は私が一言掛けるとすぐに立ち去ってくれるのだが、それでも立ち去らない英霊も少しばかり居た為に、最終的には令呪を使ったりや他の英霊の力を借りるなどした。
それから比べるとジャックはすぐに事情を理解してくれるのだから、これ程ありがたい話は無い。
ジャックのありがたさに思いふけっていると、座っていたキアラの胸にジャックが――抱き付くように飛び込んでいた。
「よっと……ッ!えへへ、キアラってあったかいね……!」
「まぁ……!本当に大胆な子ですね!私、そういう子は大好きですよ……!」
突然の出来事にも関わらずキアラは朗らかな笑みをジャックに返す。
キアラもジャックを愛らしく思っているのか、抱き付いたジャックの頭を柔らかく撫でてやっていた。
「ふ、ああ……気持ちいい、キアラ……撫でるの上手いね……」
「そうでしょう、そうでしょう……!もっと撫でてあげますからね!」
甘えたような声を出しながらジャックに褒められたのもあって、キアラは上機嫌で頭をさらに撫でてやる。
ジャックの甘え切った姿を見ると私の過去の姿を思い出す。私もキアラの身体に甘えた事はあったが、一度甘えてしまうと中々抜け出せなくなってしまう。
溢れ出る母性や聖母のように穏やかな性格……ジャックのような境遇の者であれば飛び込みたくなるのも分かる気がする。
「キアラって……”お母さん”みたいですっごく安心するね……」
「ああ、そういえばジャックさんは確か――ううん、ここで言うべきことではないですね……」
ジャックの成り立ちについても把握していたのか、キアラは咄嗟に口を閉ざす。
先程までの穏やかな目と違って、キアラはどこかジャックを慈しむ目へといつの間にか変化していた。
それと同時にジャックの頭を撫でていた手も、もっと柔らかく丁寧な手つきへと変わった。
「ジャック……思う存分甘えて良いんですよ?私が出来る限り貴方の母の代わりとなりましょう……」
「あ――う、ん……分かった……”お母さん”……」
まるで母と娘の関係かのように見える程、キアラはジャックを強く抱きしめる。
ジャックは嫌がる素振りは一切見せることなく、喜んでキアラの抱擁を受け入れていた。
「(キアラさんは記憶が戻らない方が幸せだったりするのかな……?)」
先程結論を出したはずの事を、ついつい考えてしまう。
ダヴィンチちゃん曰く「キアラとカーマの性格は元々の依り代や英霊になる前のものに戻っている」そうだが、詳しい事は分からないらしい。
しかし、仮にキアラの今の性格が本来のキアラであるならば記憶喪失のままでも、問題は無いんじゃないか?そう考えてしまう自分が居た。
未だに考えてしまうこの歪んだ考えを自身の中に抱えながら、私はジャックとキアラの姿をジッと見つめるのであった。
―――
「すぅ……すぅ……おかあ、さ……ん……」
「あらあら、すっかり眠ってしまったみたいですね……」
キアラの抱擁に眠気を誘われたのか、ジャックは静かに寝息を立て始めていた。
すっかり寝てしまったジャックだったが、キアラは尚も慈愛に満ちた目で見つめる。
しかし――
「こんな可愛らしい子でも戦いに駆り出されてしまうのですよね……」
キアラはそう呟くと、先程までの穏やかな表情から一変して悲しい表情を浮かべる。
「キアラさん……」
「あ、ごめんなさいね……!別にマスターを責めてるわけじゃないんです……私は、ただ……この子を……」
恐らく無意識に呟いてしまった言葉なのだろう。
私を責めている訳ではなく、ただ小さな子が戦いに出るということに理不尽さや悔しさを覚えた結果の言葉だったと断言できる。
「(キアラさん……そこまでジャックちゃんのことを……)」
ジャックをレイシフトに連れているのは私だ。
今まではジャックを連れて行くことに何の抵抗も感じていなかったが、キアラの言葉には自身の歪んだ部分を掘り返されたようだ。
ジャックを今後『レイシフトに連れて行かない』という訳にはいかないが、無茶な戦闘を行わせるということはしない。
英霊達に対する配慮や倫理という物をキアラの言葉から改めて考えてみようと思う。
「キアラさん……やっぱり貴方は優しいんだね……」
「いえ、マスターこそ……本当にお優しい方です……」
目の端を濡らしながらキアラは微笑んでみせる。
その顔はやっぱり純粋で、裏表の無い鏡のように眩しい笑顔だった。
「よし、それじゃ引き続き食堂で――」
凛々しい表情で立ち上がった私に水を差すような腹が鳴る音。
――そういえばご飯食べてなかったな……
「ふふっ……!マスターのお腹の虫を聞いたら涙も吹っ飛びました!それに、丁度良い所に”シェフ”がいらっしゃいましたよ?」
いたずらげに笑うキアラが視線を変えると、そこにはエミヤとカーマが居た。
「マスター、君も大変そうだな……良ければ私がまかないを作る予定なのだが――」
「食べたいです!」
エミヤの言葉を最後まで聞かず、速攻で返事を返す。
そんな私に苦笑しながらエミヤは厨房へと入って行った。
「待ってくださーい!私もお手伝いしまーす!」
相変わらず性格がおてんば娘に変貌したカーマはやはり見慣れないな……と心で思いつつ、まかないができるまでの間一息つくのだった。
次で多分ラストになると思います……多分pixivの方で先に投稿すると思うので、良ければpixivのアカウントもよろしくお願いします。
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